⒉東ノ市で、お取り込み中。
カツ、カツ、カツ。
草履の音が鳴り響き、風が頬を撫でる。
見慣れない光景を眺めながら、撫子の後に続く。
「奥さん!今日は良い品物が入ったよォっ!お一つどうだい?」
「まぁ、凄く良い布だわ」
「今なら、特別お安くするよ!」
辺りには沢山の店が並び、どれも賑わっている様だ。
布屋、服屋、肉屋、魚屋、八百屋、家具屋、楽器屋……。
現実世界でもあった店が、名を連ねている。
朱色の屋根に、たなびく暖簾。
東洋風の世界観が、見る人の心をくすぐる。
懐かしい雰囲気からして、商店街……いや、この世界からしてみれば、市の様な物だろう。
興味が湧いて、あちこちを覗き回る。
今のお金でも、買える物があるかもしれないという希望に従って。
しかし、値札を見て雅は倒れそうになった。
「150マーラ」「265ダイ」「300マーラ」……。
金銭感覚が違うのだ。
否、価値と言った方が正しいかもしれない。
円どころか、ドルすら使えないのだ。
どうりで、武器屋の主人にも通じなかった訳だ。
――「嬢ちゃん、その金は何だ?此処じゃ使えねぇよ」
そのときは服屋だけ例外だと、現実逃避する事が可能だったが、もはやそれも不可能と化したのである。
それはさておき、国際的に通用するドルも使えないとなると、手持ちの15000円と、100ドルは無意味になるのか。
――メイドに持たされた大金だ。決して、雅の意思では無いと、強く主張しておこう。
値札から目を逸らし、撫子の後を追って行く。
――ところで、撫子は一文無しだが、何とかなるのだろうか。
「う」
嫌な想像を、頭を振って遮る。
いつの間にか、撫子は遥か彼方に居た。
雅は息を切らしながらも、撫子の後を追う。
本当は、運動神経は良い方なのに。
――持久力がないだけで。
撫子を追って、小走りになった。
此処で迷えば最後、永遠に帰れないと本能が察する。
撫子と離れるわけにはいかない。
「おかーさん、これ買っ……」
「駄目よ」
「えぇーっ!」
「奥さん美人だねェ!特別にお安くするよォッ!」
「まぁ、お上手ね〜」
「この布が良いわ、お父様」
「よし、これを十くれ」
「毎度ありィ!」
人混みが人混みを呼び、賑わっていると言えば聞こえは良いが、騒がしいと言った方が適切だろう。
つくづく、一人で来ると帰れなくなるのがオチだと痛感させられる。
市場は、気を抜くと迷いそうな所ではあるが、撫子は迷わず進んで行く。
そこは、尊敬するが。
「今から行く武器屋は〜、良い武器があることで有名なんですよ〜!敵をぶった斬れちゃいます!」
――逐一、物騒な事を言わないでほしい。
周りの視線が痛い……。
どうやら、この世界には武器やら戦いやらがあるらしい。
……出来れば、平和な世界が良かった。
上手くいかないかとは思っていたが、ここまで武器が身近に有るとなると、些か不安が生じても不自然では無いだろう。
すぐ側を、人力車が通りかかる。
召使いなのか、家来なのか。
上品な女性を乗せて、懸命に運んでいる。
この世界って、電気は通っていないのか。
くだらない事を思案していると、子供達の遊ぶ声が聞こえてきた。
無論、子供も狐の姿。
和気藹々と遊んでいるが、普通の人間から見れば、異常過ぎて気を失う程である。
狐の擬人化とは、この日の為に作られた言葉ではないだろうか。
行き交う人々は、殆どが狐の耳と尻尾がついている。
これは、正常らしい。
「雅さん!よそ見していると、車にぶつかってしまいますよ〜」
付け加えておこう。
「車=人力車」である。
分かりにくいので、ゲーム的には−10。
「どうしました?雅さん」
撫子はくるりと後ろを見た。
「何でも無いわ」
それより……と、雅は続ける。
「撫子、武器屋は何処なの?」
元々、長い時間歩くのは好まない。
理由?
……疲れるからだ。
息を弾ませ、撫子の後について行く。
普段、通学する時しか歩いた事がない雅は、早くもダウンしてしまいそうだ。
昔から、何処かへ行く時は、基本自動車。
その他欲しい物は、歩いて手に入れなくとも、既に手の中にあった。
持久力皆無でも仕方がないと思って欲しい。
それに比べ、普段から山菜採りや釣りをしている撫子は、どんどん先に進んで行く。
「雅さん、もうすぐです!頑張ってくださ〜い!」
前から撫子の声が聞こえる。
――なんか、置いて行かれたみたいで癪。
雅の横を、六歳くらいの子が駆け抜けて行く。
その運動能力を、半分くらい分けて欲しい。
いや、三分の一で良いから。
年上らしくもなく、恨み言を頭の中で繰り返す。
リピート機能は、怖い物だ。
「あ、着きましたよ〜。此処に来るの、何年ぶりでしょうか〜」
そうこうしているうちに、武器屋に到着。
今更だが、撫子は来た事がある様だ。
外見は服屋と同じく、白い建物に朱色の屋根。
暖簾には、『武器屋』となんとも、物騒な文字がずらりと並んでいる。
「御免くださーい♪」
撫子は手慣れた様子で入って行く。
その勇気は、毎度感心させられる程だ。
「雅さーん!早く〜っ」
雅も後に続き、恐る恐ると暖簾を潜った。
――定食屋以来の感覚。何故か懐かしい。
「おう!ろく……じゃねぇ、撫子の嬢ちゃん!久方ぶりでェなぁ!」
「撫子ちゃん、いらっしゃい!あら、お友達も一緒?」
愛想の良い老夫婦が出迎えた。
「こーんにちは〜♪お久しぶりですねぇ〜」
撫子が遠慮無く武器を手で触れる。
不気味な色が光った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
――剣、盾、鞭、弓、槍……
綺麗に飾られた武器の数々。
不気味に光る鋭利な物、鈍器等を見て、雅は一歩後ずさる。
「怖い?」
声を掛けて来たのは、奥さんの方だった。
しかし、雅を気遣ったのであるが、生憎、雅はこういう事に慣れていない。
「別に」
一言返すと、雅は店内を見渡す。
良い武器を、探す為に。
主人の妻は、雅の性格を瞬時に見抜く程には、察しが良い人であった。
――この子には、愛情が必要だ。
即座にそう判断した。故に、店から追い出すという選択肢は当然無くなった。
「お嬢さん、属性はなに?」
訳のわからない質問。
異世界系の定番というやつだろうか。
「属性?」
ここはゲーマスの意思に従い、素直にストーリーを進めておくか。
「えっと……。武器のことは、よく知らないわ。お勧めは?」
面倒臭そうに聞く客である。
しかし、夫人は優しそうに目を細めた。
彼女は手前の棚を指差し、食前の説明ならぬ、武器の説明を行う。
「そっちは、遠距離にも最適な物が多いわ。これみたいな、ほら。よいしょっと。そう!これなら、扱いやすいと思うわ」
そして背伸びをして取ったのは、薙刀だった。
紅い柄、銀色に煌めく穂の部分は、惹きつける様な輝きを放っている。
石突は黒く、鈍く光る。
「それでね?お嬢さん、これは接近戦でも使えるけれど……」
主人の妻は、穂の部分をいきなり前に突き出した。
「んんっ⁉︎」
撫子が飛び退く。
ヒュッという音がして、刃先が撫子の髪を掠めた。
「半径二メートル以内なら、こんな風に突き出したり、槍の様に投げて使うのもアリ、よ」
現実世界での使用方法はさておき、割と便利な道具だ。
「薙刀、凄いわ……」
本心のままに呟くと、夫人は首を傾げる。
「ナギナタ……?それは何か、よく分からないけど、木刃は便利な武器でしょ?遠距離も、接近戦もアリなの。今なら、特別お安くするわよ?」
それで思い出した。
「撫子、お金、どうする?」
「あ、、、」
しまった!という顔で、彼女は雅を見る。
案の定、すっぱりと頭から抜け出ていたらしい。
「あらあら。おっちょこちょいな子だこと」
「なぁ、文無しなのに来たってのか?すげぇな。撫子の嬢ちゃん、度胸あンなぁ」
夫妻は、あっけらかんと言った。
って、そんな場合じゃ無いのだが。
「あのぅ、お、お金は……?」
一文無しの撫子は、おずおずと尋ねた。
「んー、そうだなぁ」
主人は悩む様に考えると、主人の妻が提案した。
「だったら、撫子ちゃんの隣のお嬢さん」
「雅です」
隣のお嬢さん呼ばわりは気に入らないので、遅すぎる自己紹介をした。
しかし、突き放す様なな言い方でも、主人の妻は悪い顔をしなかった。
それどころか、納得した様に頷き、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うん。雅ちゃんね。じゃあ、交渉の続きだけど。その妙な食べ物と交換するっていうのは、どう?」
条件に提示して来たのは、お弁当だった。
先程、主人が興味を示し、中を開けたのである。
不思議なおかずに、夫妻は興味を持った様だ。
「こりゃあ、なんだ?」
「卵焼きです」
「じゃあ、これは何?」
「サラダ」
夫妻が質問し、雅が答える。
そして、10分ほど(体内時計だが)過ぎた頃――。
「よゥっし!交換成立だ!雅の嬢ちゃんの『オベントウ』と、木刃の交換でいいなァ?」
「はい」
物々交換とは、なんと便利な手段だろう。
撫子の一文無しが発覚したが、この調子なら、他も何とかなりそうだ。
「そういや、雅の嬢ちゃん。今更武器を買うなんて、珍しいにも程があんなー」
「?」
小首を傾げると、主人が豪快に笑った。
「自分で言うのも何だけどよ。このご時世、撫子の嬢ちゃんくらいの歳なのに、短剣一つも持ってねぇなんて、危な過ぎんだろ?全く、おかしな嬢ちゃんだなぁ。肝が座ってんのかー?」
茶化す様に言われ、この世界の危険性を確認。
どうも有難う。
不安になる要素を加えてくれて。
「まぁ、事情があるんでしょう。あ、それよりね……」
奥さんの言う事には、だが。
「魔法屋の、私の叔母様の所に行くといいわ。話を聞いていると、魔法も知らない様だし」
それは正直、言えているとしか返す言葉が無い。
何故なら、今の雅はプロの目にとって、素人としか言い難い状況なのは、雅も自負しているからだ。
武器を選ぶ時に大切なのは、自分の長所を伸ばす武具を選ぶ事だと、何かの書物に書いてあった。
この世界に魔法がある以上、自分の最大の長所として挙げられるのは、一に魔法、二に身体能力だと考えられる。
普通は、武器を選ぶ際に魔法に属した武具か、確認するのだろうか。
夫妻の話を聞くと、その可能性は否定できない。
むしろ高い。
それもせずと、素人を否定したところで何と言えよう。
撫子並みに感が鋭い夫妻に、雅は押し黙る。
この夫婦は察しが良い様だ。
良いような、悪いような。
「え?何で魔法屋に行くんだ?てか、魔法知らねーのか?なんで?」
――訂正。
察しが良いのは、夫人だけである。
「もう!察しなさいな!あ、紹介状書いておくわね」
てきぱきと仕事をこなす夫人は、かなりのベテランと言えよう。
その気持ちは有り難い。が、紹介状の代わりに、1マーラでも良いから欲しいというのは、欲であろうか。
(無論、お金の価値は分からないと付け加えておこう。)
「わぁ、色々有難う御座いまーす♪」
撫子の他力本願も相当なものだ。
「はいはーい。これで!OK!っと!」
幾度か意気込んだ夫人から、魔法屋への住所を書いてもらう。
「気を付けてね!」
木刃を受け取り、急足で外に出た。
「あ、オベントウ有難う!」
「頑張れよー!」
優しい夫妻の声が響いた。
☆★☆☆
「あっ、此処ですね!」
魔法屋についたのは、その5分後。
同じく暖簾に『魔法屋』とでかでかと書いてある。
中からはアロマの匂いが漂っているが、線香だろうか。
「わぁ〜!来るのが久しぶりなので、どきどきしますねぇ」
物怖じせずに、暖簾をくぐった撫子。
その勇気は計り知れないと、末代まで伝えられるだろう。
「……いらっしゃい」
ぼそぼそと声が聞こえる。
「此処は◼️◼️◼️は立ち入り禁止だと言ったっつーの」
風が吹いて、雑音が混じった。
だが、『立ち入り禁止』の言葉はしっかりと聞こえていた。
誰が立ち入り禁止?
――私が?撫子が?
「伏線を張ったわね」
雅は深くため息をついた。
しかし、雑音の中身を聞こうとは、到底思えない。
中では、撫子が魔法屋との交渉に勤しんでいたからである。
「あの、でも……」
「とにかく、出てけ。金にならん者は要らんっつーの」
あくまで付き合おうとしない声が、外に漏れる。
「私たち、紹介状は持ってますよ!それに、物々交換なら可能です!」
「……紹介状?」
店主の声に驚きが混じった。
彼女は早々に、切り札を突きつけた様だ。
中に入る勇気が無い雅は、その場で右往左往する。
暫く沈黙が続いたものの、
「……連れってお前さんのこと?だったら、さっさと入ってくれ」
雅は、むっとなった。
が、感情を押し殺す。
――その理由は、面倒臭さにあるにせよ。
「……早く」
フードを肩にまで下ろし、こげ茶の短髪は乱れている。
同じくこげ茶の狐耳には、ピアスが銀色に光っている。
接客の意思が見えない主人ではあったが、此処でクレームを付けても埒があかないだろう。
日が暮れてしまう。
少しの反発にと、主人の言葉に耳を傾けず、ゆっくりと店内に入った。
「で、おたく。魔法を知りたいっつー、認識で合ってる?」
営業する気が欠片も感じられない店主、もとい魔法研究者に向かい、刺々しく言葉を放つ雅。
「極羽雅よ。認識は合ってるけど、接客に関しては勉強し直した方が良いわ。良い塾を紹介してあげましょうか?貴方の様な頭でも入れて、脳を鍛えてくれる……いいえ、無いわね。忘れなさいな」
研究者の狐耳が、ヒクッと微かに動く。
どうやら、逆鱗だったらしい。
研究者は狂った様に怒りだした。
「はぁ?そっちが教えて欲しいっつー、話だよなぁ?求めてる側が偉そうなこと言ったら、教える気にならないっつー、もんだよなあ?」
大きめに出た態度。この様子からして、社交的とは口が裂けても言わない。
言わないのだ。
言えないのではなく。
「さっきから、つーつーつーつー、五月蝿いわ。静かにできないなら、ガムテープで口を塞いであげましょうか?私、この市場の全員から感謝される自信があるわ」
「ふ、ふざけるなぁ!」
雅も社交的では無かったのは、お生憎様だった。
こちらは毒舌歴16年。――ご愁傷様。
心の中で恭しく手を合わせ、彼を見据える。
撫子だけはまともで、しっかりと慌てふためいていた。
「ひぇぇ、み、雅さーん!赫海さぁーん!おっ、落ち着いてぇ……‼︎」
尻尾を丸め、怯えている様子は気の毒なのだが、それを理由に素直に従う気は、雅には無い。
「貴方、店主よね?少しは接客くらいすれば?」
刺々しく言葉を放つ。
「て、てめぇ……!」
ポーカーフェイスが崩れたらしく、彼は酷く顔を歪めた。
殺意のこもった目を、雅に向ける。
その手に握られた短剣に、力が込められるのが分かる。
……あ、ピンチかも。
そう思った時には、遅かった。
目にも止まらぬ速さで、雅の顔に行き着く。
刺される……!
しかし、朱色の目に刃が届く頃。
「――あんた、楽しいん?そんな一言で人、殺そうとしはるなんて。あり得へんわ」
短剣が取り上げられ、宙を舞い、紅い屋根に突き刺さる。
トンッと音がして見てみると、金髪に同じく狐耳と尻尾、淡い蒼色の丈の長い姫服を着た少女が立っていた。
赫海は、その事を呆然と見ている。
長い長い沈黙が、両者を包み込んでいた。
「お前は……まさか」
瞠目して、現れた彼女を見る。
魔法研究者は、深くフードを被り、目を逸らしていた。
声のトーンも、先ほどより少し高い。
まるで、別人の様だ。
つー、と言う癖も皆無。
二人は、顔見知りと考えるのが妥当だろう。
「んー、なんて答えたらええんかな?ま、自己紹介せぇへんのもあれやな。んじゃ、ひとまずやけど」
彼女は、胸に手を当て、狐耳の右側を折り畳んで言った。
「総真……総真琥珀って名乗っとこか」
鈴の様な声音で、聞く人の心をくすぐる。
撫子のハープが奏でる様な声とは違う、でも美しい音色で。
関西弁の彼女――琥珀は、そう名乗った。
んー!
2話目行きました!
あれ?3話目かな⁇
とにかく、ここまで読んでくださって、有難うございます!
さて、謎の関西弁少女琥珀の正体はいかに……⁉︎
みたいな展開になってしまいましたが、次話も頑張ります!