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前編

「バイト?」

 諸星(もろぼし)英輝(ひでき)は、怪訝そうな声を出した。電話の相手、立蔵(たてくら)速水(はやみ)はお構いなしに話しを続ける。

「そう、バイト」

「…小遣いが少ないのか?」

 速水の笑い声が聞こえる。

「そういうわけじゃないよ。まあ、でも、バイトはしたいなぁ」

「俺らの通っている高校だと、アルバイトは禁止だけどな」

「バレなきゃ問題ないっしょ」

 速水のお気楽な様子に英輝は思わず呆れる。

「そういう問題じゃないだろ」

「ヒデ、怒るな。バイトというよりお手伝いに近いな。夏目(なつめ)さんっているだろ?」

 夏目さんと聞いても、英輝の頭の中にはその人物が浮かばなかった。

「ごめん、誰?」

「あ~、ヒデは去年以来あのビルに行ってないんだっけか?」

 あのビルと聞いて一つ思い浮かんだ

「速水の父親が管理人のビル?」

「そう」


 去年の夏休み、家を出て行った速水の父親が分国長のとあるビルの管理人になっていること、知り合いの小学生に空いている部屋を無料で貸していることを知った。他にも気になる点はいくつかあるが、速水が話したくないと言っていたので、この件について二人の間で話題になることはなかった。


「花ちゃんたちに貸してある部屋の上の階で探偵事務所を開いている人。若干、胡散臭い風貌をしているけど、良い人だよ」

「…胡散臭い風貌の探偵がなんだって」

「詳しいことは言えないけど、一週間の間、仙田市内のある家にどういう人が訪れたか見張りの依頼が来て夏目さんも引き受けた。ただ、どうしても一日だけ外せない用事があるから、代わりに俺にしてほしいんだと」

「…引き受けたのか」

「もちろん。お金もらえるし」

 英輝はまたも速水に呆れた。

「お前な…胡散臭い人もよく信用したな…」

「胡散臭いのは風貌だけだから。それに夏目さんは、一応は信用できる人だから安心して」

 一応じゃねーか。英輝は内心突っ込んだ。


「ところで、何で俺にバイトするって電話かけたの?」

 聞いといて嫌な予感がした。

「ヒデにも手伝ってほしいから」

「断る。引き受けたんなら、お前一人でやれよ」

「俺も初めてだから、不安でさ、ヒデと一緒なら安心かなって。それに今は夏休み。時間はたっぷりある!」

「…せめて、引き受ける前に相談してほしかったよ…」

「やってくれるの!」

「…宿題や部活で忙しい…」

「夏目さんが、引き受けたらヒデの分のバイト代も出すってさ」

「う~ん…」

 お小遣いが足りないというわけではないが、お金がいらないわけじゃない。バイトもやりたいと思っていた。

「1回ぐらいなら…」

 英輝は後ろめたさを感じつつも引き受けることにした。




「訪ねてこねえじゃねえかよ…」

「人はあまり訪ねてこないと夏目さんから聞いていたが、想像以上に人が来ない」

 二人はアパートの窓から、家を見張っていた。

 9時前にアパート着いて以降、誰一人として訪ねてこない現状。

「見張っている意味ってあるのか?」

「依頼人に頼まれたからね…引き受けたからにはどんな仕事でもやるのさ、ヒデ」

 この日、英輝は夏目と初対面だったが、思ったより胡散臭い風貌ではなかった。

「ヒデ、甲子園って見てる?」

「見てない」

「…野球には興味ないね」

「ハンカチ王子は知ってるぞ」

「姉キングとかか話してたのかな」

「…人の姉をそう呼ぶな」

「呼んじゃうんだよねぇ…」

 正午になったので、二人はコンビニで買った弁当やおにぎりを食べることにした。その間も、見張りは続けていた。


「ヒデ、面白い話しってない?」

「…あるわけないだろ」

「面白くなくても話したいことはない」

「あー、一つあるな…」

「何、何?」

 速水が興味津々で聞いてきた。

「先日、お前の母親とバッタリ会って聞かれた」

「何を?」

 声が若干曇る。

「出て行った父親と速水が会っていることを知っているかって」

 速水が一瞬面食らった顔をして英輝を見たが、すぐに視線を戻す。


「仙田駅で、速水と父親が一緒にいるところを見たと」

「…気づかなかったな」

「言ってなかったのか?」

「いつかはお袋に言おうとしたんだけどね…」

「今日、伝えたら」

「…伝える側にも心の準備があるってものよ」

 速水の父親が出て行ったとき、見るからに速水の母親は落ち込んでいた。英輝の母親と姉はすっかり同情して、しばらくは速水の父親の悪口を言い合っていた。

「…父親と母親を会わせる気は?」

「それはない」

 はっきりと断言する。

「親父はともかく、お袋は会いたくないだろうな…聞かれたとき、何て答えた?」

「知らないと答えた。上手いことを言おうとしたが、咄嗟に言葉が出んかった」

「これは俺らの問題だから、ヒデが気にする必要はないさ」

「…何かあったら手伝うけど」

「今のところは必要ない。教えてくれてサンキュ」

 しばらく二人は見張りに集中した。


「俺も面白くない話しをしていい?」

「どうぞ」

「先月だけど、懐かしい人物に会った。誰だと思う?」

「分からん」

「小6の時、同じクラスだった田辺(たなべ)って覚えてる?」

 今度は英輝が面食らった顔をして、速水を見た。

「覚えてるんだ」

「意外そうに言うなよ。忘れるわけないだろ」

「嫌な記憶?」

「出来れば思い出したくない」

「どういう意味で?」

「あの頃の俺はどうかしてたと思う…」

「正義感が強すぎるんだよね、ヒデは」

「ただの自己満足だ…」

 恥ずかしさがこみ上げてきた。

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