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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

独りぼっちオオカミ怪異斬

作者: 淵虎高線

ある霊媒師が言ったとか言わなかったと伝わる、究極の理論。


『化け物には化け物をぶつけんだよ』


この日本では、むかしむかしからそれは行われたのです。

鈴鹿のお山の鬼が暴れたときも、日本を破滅寸前に追い混んだ化狐が暴れたときも、近江のお山が人喰いの鬼に不法占拠されたときも。


おおかみは人間と共にたたかったのです。


外つ国の文化が日本に入ってきた頃。


おおかみはたくさん殺されてしまいました。 

外つ国のおおかみは悪いおおかみだから、日本のおおかみも悪いおおかみに違いないとされたのです。

それでもおおかみは人間と共にたたかいます。


函館で壬生の狼が力尽きるときも、ロシアの人の機関銃が日本の人をなぎたおしたときも、海の向こうからいっぱいやってくるアメリカの人にとつげきするときも。


もうおおかみはいません、一人を除いて。




 ────愛媛県、某所山中


 暗い森の中、少年はがむしゃらに駆けた。走り続け、新鮮な酸素を求め口を開けて喘ぐ彼の浅い呼吸は最早自分の肺に酸素が送り込まれているのかすら判らない。


 ──どれぐらいこうしているのかも判らない、数分前の出来事かもしれないし、もう数時間前からこうしているのか、しかしもう少年にはどうでも良い事だった。


 少年の手足は既に感覚が無い。周りの景色は同じく、木、木、木、であり自分は前に進んでいないのでは無いかと錯覚すら覚えた。


 ──どうしてこうなったのかも判らない。初夏の大型連休を利用してパパの実家に家族みんなで里帰りをしたのは覚えている。山と、田んぼと、川しかなくゲーム機も無い、つまらない場所だという事も覚えている。


 後ろから声が聞こえる。少年は意地でも振り返らない、見てしまったらもう走れなくなるから。


 ──じいちゃんが言っていた。『山のお地蔵様に近づいちゃいかんけんのぅ』と言う言葉を思い出して、一緒に暇を持て余した妹の佳奈と興味本位で見に行こうと誘ったのは覚えている。


 父の、母の、祖父の、祖母の、妹の、顔がよぎる。──あぁ、なんで、なんで僕はこんな事を……!後悔で目に涙が溜まり視界がぼやける。


 ──山の中はロープ(神社とかによくある奴)だらけで、佳奈はこの時にもうとても怖がっていたけど僕は「何でもないよ!こんなの!」とロープを引っ張り中に入っていったのも覚えている。


 アレの指先が背中を掠った気がした。

「ヒッ……!」小さな悲鳴が漏れ少年の身体は更に加速する。──ごめんなさい、ごめんなさい!少年は心の中で謝り続ける。もう、『絶対に』赦されない事を本能で知りながら。


 ──「なんだコリャ?」ロープを抜けて暗い森を歩くと顔がないボーリングのピンのような変な像が唐突に現れる。永い間、人が訪れていないのか掃除がされた様子は無く、苔むしており、頭の部分に赤茶色く汚れた御札が貼られているのを見て、気味悪く感じたのも覚えている。


 既に体力も限界、精神も限界、──でも妹は逃した!きっと妹がじいちゃんに言って助けが来てくれる!少年は無理矢理希望を作り、それを糧に疾走する。


 ──泣いて怯え「帰ろう」としつこく、くり返す佳奈に苛立ち「っ……!こんなの!」何でもない事を示すためお地蔵様を蹴倒した。──地蔵が転がる、御札が取れる、空気が変わる。覚えている?


 僕は助かる!《タスカラナイヨ》助かる!《タスカラナイヨ?》帰るんだ!《カエサナイヨ?》そう思わないと壊れてしまいそうだから。


 ──泣き声を上げるのを止めた佳奈は泣く代わりに僕のシャツを掴む手を、見て判るぐらいガタガタと大きく震えさせて後ろを振り返っているのを見て僕は視線を追った。覚エテイル?


 僕は硬い何かに躓き、前のめりに派手に転げた。──いけない!急いで体を起こそうとして躓いた何かを見た。ソレは、僕が蹴り倒したお地蔵様で……。


 ──視線の先はとても、とても背の高い女の人で白い服に白い帽子にそこから伸びる黒くとても長い髪──『ぽ、ぽ、ぽ……』咄嗟にポケットの中のスマホを女の人の頭に投げつけて、女の人の横を抜けて佳奈をもと来た道へと逃した。「兄ちゃんが何とかするから走れぇッ!佳奈ぁッ!パパかじいちゃんを呼んでくれぇッ!」精一杯叫ぶ、佳奈は一度振り返ると走り出した。覚エテイルヨネェッ!


 あ、あ、あ、もとの場所だ……女の人が僕を見下ろしてる。──両手で両目を覆う。かおがわからない…ぼくはかおをみてないよ?


 ──佳奈が走ったのを見た僕はスマホを拾おうとしたら目の前に女の人の顔があって怖くなって佳奈の後を追って走った。ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、ア、かおみたおぼえてる。見タヨネ、見タヨネ、覚エテイルヨネェ!


 あのときのかおがぼくのまえに、おさかなみたいなめ、て、おおきい、ぼくのあたま、つかまえて。


『ぽ、ぽぽぽぽぽ』


 ──パパ、ママ、じいちゃん、ばあちゃんごめんなさい、かな、いじわるしてごめんね。


 ────────



「──由良は小さき童をいじめるのは良き事と思えぬ故」


 閃光が閃く、幼い子供を取り殺そうとする凶手が宙を舞う。


 大女の怪異と絶望に打ちひしがれる少年の間に影が着地する。


終剣(ついけん)──釣瓶落(つるべおとし)


 チンッ…と(かしら)を右手で軽く押さえ鍔と鞘を鈴のように鳴らして納刀し、両足を広げて着地のショックを殺し、重心の右脚を軸に反時計回りに脚を滑らせながら半回転し、怪異と顔を突き合わせる形で静止する。


 腰に届く程の艶煌めく黒い長い髪を、背中の辺りで白い布を以って結った垂髪を靡かせ、紺のセーラー服と同色のスカートを身に纏う少女。


 真神由良(まかみゆら)は、残心しつつ空気を孕み中空で閃く膝丈ほどのスカートの裾が動きを止める前にはもう次の抜刀(ニ之太刀)に備えた。


「祟神よ、この場を収める気は──」


 怪異は自分の斬り飛ばされた右腕の切断面を不思議そうに見つめたと思えば、次の瞬間には残った左腕を自分の狩りを邪魔した闖入者に対し、言葉を遮る形で振り下ろした。


 ──由良は逆袈裟の抜刀を以ってこれを迎撃する。


 ギャリッ!と金属がこすれる音がする。鞘から抜き放った刃は、振り下ろされた凶手の手首を狙ったものの手首どころか少し爪を削った程度であった。


 ──呪いの質が恐ろしく高い


 余程知名度があるか、土着の怪異として信仰が今も強く、畏れの純度が高いか……。


 ──その両方でしょうや


 由良は斬り上げた刀の切っ先が最大点に届く前に、右手首を廻し柄を持ち替え、左手を柄巻辺りに手を添えるように持ち、両手で以って逆袈裟の軌道を描く刃を唐竹に斬り返す。


『ぽ、ぽぽ』


 白刃は空を斬り、不気味な声を上げながら怪異は音も無く下がり、木々の間の闇夜へ溶けるように消える。


 ──逃げる……?否、か様な化生(けしょう)が幾年ばかりの馳走をみすみす逃がすとは由良は思えませぬ故……


 後ろでカタカタ震え、顔色が青色どころか土気色に届きそうな程消耗しきっている少年に、由良はにこりと微笑むと少年の側にしゃがみ込むと努めて穏やかに話し掛ける。


「童殿、よく頑張りましたね。由良は感服いたしました」


 少年は震えを止めるが、由良の言っている事にピンと来ないのか由良の顔を困った様な表情で見上げる。


「童殿の妹君が翁殿に、童殿が死んでしまうと助けを求められたのです。由良は翁殿と聖(お坊さん)殿の求めに応じて馳せ参じたのです」


 妹──佳奈の無事が判った途端に少年は顔に血色が戻りワァッ!と泣き出した。


 ──余程、怖い思いをしたのですね……久し振りの馳走を愉しもうと嬲りものにしたといった所でしょうか……


「大丈夫、大丈夫」と繰り返しながら由良は少年を胸に抱きしめ、落ち着かせる。


 由良の胸の柔らかな弾力から逃れるのと息継ぎの為に「ぷわっ」と小さい息継ぎをして顔を赤らめながら少年は上目遣いで由良の整った顔を見ながら、疑問を呈した。


「で、でも!おねえちゃんの剣はアイツを切れなかったよ……?」


 不安そうに声の大きさ尻下がりになっていく少年の質問に由良は「ふふっ」と短く笑う。


 少年が何かに気づき視線を上げる……


「────!!」


 少年の心臓が早鐘を打ち、瞳孔が縮小する。


「大丈夫ですよ」


 由良が能天気に質問に答える、今はそれどころじゃない!伝えなければ!伝えなければ!


「──お、おね、ちゃ……」


 恐怖で震えて声が出ない。


 ()()()()……()()()()()()()()()()()()()()……!!


 気の幹に蜥蜴のように逆向きに四足で張り付いて由良達を見下すソレは、少年と目が合うと首を捻じ曲げ闇よりも深く暗い色をした口から


「ぽ」


 ソレは油断した馬鹿な闖入者と久方ぶりの獲物を頭上から鏖殺するために幹から飛び降りた


 少年の目に涙が浮かぶ、「あぁ……やっぱり助からない──」そう思う前にまた由良の胸に顔を埋めさせられる。


「だって由良は──」


 由良は頭上より来るドス黒い死を、少年を抱きかかえた状態で、ひょいっと身軽に前方に飛び背後で地面が抉れる音と振動を感じながらスカートの裾をふわりと広げ優雅に着地した。


 そのまま少年を地面に下ろすと、人差し指を自分の唇に当ててシーッとウィンクをしながらジェスチャーをした後に、くるりと元いた場所を振り返る。


 両脚を肩幅に広げると改めて自身の得物である打刀『髪切』を柄の頭に右手のひら添える構えを取る。


「──由良は無辜の民草に牙を剥く不条理を祓うのが役目です故」


 もうもうと上がる土煙から怪異の輪郭がぼやけた形から段々と形を正確にしていく。現れた怪異は最早ヒトの形を捨てていた。


 肉が盛り上がり数倍の大きさとなり、斬り飛ばした筈の右腕も再生し、手足は平行に地面につけ四足獣のよう、死んだ魚の様な瞳孔が開いた感情を表さない眼は由良を虚ろに写し、開いた口は黒黒として冥府への入口のよう、そこから絶えず「ぽぽぽ」と声が漏れる。


 ──獣に人の道理は通りませぬ故……


 由良の黒目が赤く発光する────両脚を広く広げ、腰を落とし、胸が地面に付きそうな、否、ほぼ地面と並行な異様な低姿勢で抜刀の姿勢を取り、怪異を真正面に見据える。


「……おねぇちゃん……?」


 少年は彼女が一体何がしたいのか全く理解できなかった。アレと彼女との距離は相当離れている。


 刀を振ってもまず当たるわけがないし、仮に相手が近付くのを待って斬るにしてもあの巨体の突進を止められるとは思えない。


 少年は彼女が今やっている事が自殺行為に思えた。


 ──だが、少なくとも由良はそう思っていない。


「──神気開放」


 由良がそう呟くと、血液の流れが早くなるのを感じた。心臓が勢い良く脈打つ。


 ──神降し


 由良の頭に獣の──狼の耳が発現する。





 ────────


 ────真神由良は真神の血を引く一族である。

 真神とは狼の神性で、神代の頃より人々とともにあった。またかつて日本に存在していたニホンオオカミは、日本人にとって田畑を害獣から護りクマを遠ざける益獣として信仰の対象となった。


 古代より真神一族は山でオオカミと共に暮らし害獣を狩り、転じて民草に必要以上に害を為す怪異を狩る者として生き、神代から近代にかけて日ノ本の存亡の国難にも命を賭して立ち向かった一族である。


 由良は真神の純血、最期の一人であった。


 そして由良の臨戦態勢としての超低姿勢の抜刀の構えは、狼が獲物を狩る際の攻撃体制と同じである。


 つまり由良にとってはその構えは『殺傷可能領域(間合いの中)』という意味を持つ事に外ならない。


 ────────




『ぽ、ぽぽぽぽぽぽ』


 怪異がユラリと蠢く、顔をギチギチと捻じ曲げながら由良を正面に捉える。


 瞬間、豪ッと暴風を巻き起こし、近隣の木の枝や草花をバキバキと押し退けながら、怪異が爆発的な突進で比喩も無く殺しにかかった。


 四足で地鳴りを響かせ、土石流の様な死の奔流に対し、由良は綺麗な景色を眺めているかの様に見つめている。


 ────ニノ太刀で詰みですね


 由良がジリッと右脚に重心を掛け左手の鞘をしっかりと握り直す。


『ぽぽぽぽぽぽ』


 もう逃さないと言わんばかりに加速する怪異、数秒もすれば小娘など血と臓腑に塗れた物言わぬ亡骸に変わるだろう。


 ────由良は特殊カーボン製の鞘を握る左手の中指にあるスイッチを軽く押す。同時に圧縮空気が鞘の中に生まれ、納刀された刀を圧し出す。元々は抜剣の際の鞘走る刀の速度を補助し、驚異的な抜刀スピードを促すギミックだが、由良は刀を握らずに鞘から加速しながら圧し出されるのを黙って待つ。


「──終剣」


 刃が圧縮された空気の塊の煙と共に鞘から半分程見えた所で右指の人差し指と中指をググッと内側に曲げ、両指の第二関節で柄の頭を握り、自身の加速力を以って刀身を迫りくる怪異に文字通り飛ばした。


「──飯網(いづな)


 鞘から生じる圧縮空気をカタパルトのように加速力に転換し投げナイフのように投擲したのだった。


 凄まじいスピードで怪異に向かう髪切も十分な突進力が付いた怪異の前には羽虫と同じ、無造作に払った左腕で弾かれ中空に舞った。


「──あぁ……」


 空中でくるくると上昇していく髪切に、少年は終わったと感じた。投げても刺さる訳無いだろと怒りさえ感じた。視線を由良に戻すと異変を直ぐに感じた。


 ────いない!?消え──え?


 由良は神降しによって得た爆発的な身体能力の向上によって、投擲した髪切を追い怪異に突っ込んだのである。目にも映らないような速度で加速する彼女には、少年にとっては消えたと同義である。


 ──由良は弾かれた髪切を見上げた。彼女には世界が全て緩慢に見える。ゆっくりと空に昇る髪切、由良に気付き顔をこちらにゆっくり向ける怪異。お互い1mも無い距離で由良は跳んだ。


 怪異に向かって。


 ────いきなり現れたかのように見えた小娘に右の豪腕を振り抜く。指先に感触を感じる。頭に当たれば頭蓋がひしゃげる。胴に当たれば臓腑を零しながら真っ二つに弾け飛ぶだろう。どちらにしろ勝利は確定した。


『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽッ!!』


 突進を止め鏖殺の悦びに震え吼える怪異。


 ──だが、勝利の感触はそこに無かった。


「その程度で、()()()()を討てるとは思えませぬ故……」


 身を竦める程の殺気が怪異の全身を撃ち抜いた



 ────────


 ──数秒前


 由良はこちらを視認しつつある怪異に向かって跳んだ。攻撃の右腕がこちらに向かってくるのを流し目で一瞥し、左肩を踏台にし三角跳びをする。右腕が由良の下で振りぬかれている。


 掌のインパクトの瞬間(由良の中では数秒)を狙って右人差し指に右爪先で降りたち、また蹴り上がる。


 蹴り上がり空中をゆったりと回転する髪切を手に取る事で、その身をくるんと縦回転させ、地上に頭を向ける。


 更に自分の足元にある立木の枝の根本を両足で蹴り加速する事によって暴力的な加速を得る為に枝の根本に両足を付け両膝をグクッ…と曲げる。


 ───『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽッ!!』


 怪異の哄笑が響き渡り耳朶を打ち、鼓膜を震わせる。


 ──(かしま)しい、もう由良に勝った気でいますね


 右手で髪切の柄を西部劇のガンマンのガンスピンよろしく回転させ、鞘にチンッと音を立てながら納刀する。


 ──では、由良が本当の『怪異』とは何か教育してやります故……


 由良の眼がスゥッ……と細められ、殺意を剥き出しにする。


「その程度で、()()()()を討てるとは思えませぬ故……」


 怪異の顔が雷に打たれたかのように跳ね上がる。


 ──もう遅い


 勝利を誤認した怪異が油断をした。例えそれが一秒に満たなくても、由良の前でその事実は絶望的な程の隙となる。


 由良は両足を蹴った。パァンッ!という空気の破裂音と共に怪異に向かって急降下する。怪異は右腕を迎撃の為に全力で振り下ろす。


 ──あなたにはここで果てて戴きます故


 急降下しながら左手で鞘を浅く持ち、親指で鍔を軽く押し上げ、右手は柄の頭に添えられている。


 怪異の右手の爪が眼前に迫る。が、由良は避ける素振りすらみせず地表に這いつくばる怪異へとひた翔ける。


 怪異の、触れるもの総てに呪死を与える不浄の手が、爪が、由良の艷やかな黒髪と顕現した狼耳に触れる、赤く爛々と光を反射し、深い、深い紅を湛えたアルマディン·ガーネットを思わせる由良の眼に、凶爪が眼一杯に映る。


 ────刹那、怪異の右手は邂逅時の再来を思わせるかの様に、手首から先が寸断されていた。あの時と違うのは怪異の命を終わらせるべく、身体を抜刀の勢いのまま右回転した由良が自身に白刃を向けた姿と、自身の伸ばした右手首が指を総て斬り落とされた上に手首までも斬飛ばされているのが怪異の虚ろな瞳一杯に映った事だ。


『ぽぽ…』


 ──何故?何が起きた?憎い!殺してやる!


 色々な感情が(あるならば)混ぜ込ぜになったような呟きが怪異の口から漏れる。


 怪異の眼前まで逆さまで迫った由良は髪切を 両手持ちに切り替え、クルンと縦回転しながら自身の速度と膂力を全力で注いだ真向唐竹割を振り下ろす。


 ギラギラと美しく月の光を跳ね返す白銀の刃が、怪異の首元へめり込み、黒い血飛沫を撒き散らしながら熱したナイフで切られたバターの様に呆気なく首が寸断される。


『ぼォッッ!?』


「──終剣・火車(かしゃ)


 耳元で聴こえた由良の言葉が怪異の現世で聴く最期の人間の言葉となった。


 ────────


 少年は何が起こったのかさっぱり理解できず、口をポカンと開け、目をまるくしている。


 由良が消えたと思ったら、アイツの笑い声が聴こえて、視線を向けると物凄い爆発音と地面の土煙の中に由良が立っていた。


 ──まったく意味がわからない……


 ただ、由良の足元にあいつの頭が落ちていて、顔の半分程が燃えながらチリに変わっていくのを見て、少年は漸く心から安堵した。


「おねぇちゃんっ!」


 大声で呼び掛けると、じいちゃんがいつも観てる時代劇みたいに刀を降って黒い血を飛ばして静かに鞘に刀をしまったおねぇちゃんが、後ろで結んだ長い髪を振りながら、振り返って僕を見てにこりと笑ってピースをする。


「童殿、もう安全です故。由良と共に妹君や翁殿の所へ帰りましょう?」


 走り寄った僕に、おねぇちゃんは左膝に左手を当て、前屈みになって僕に右手を差し出した。


 僕はおねぇちゃんの手を取った。クラスの女子とだったら恥ずかしくて嫌だけど、おねぇちゃんだったら僕は平気だった。


 ────山の森には月の光が射し込んで、明るかった。走っているとき、あんなに怖かったお月さまは今はとても優しい感じがする。


 僕は繋いだ手を振りながらおねぇちゃんに色々な話をする。じいちゃんやばあちゃんの事や、パパやママの事や佳奈の事……。


 他にもクラスで流行っているYYtubeの動画やゲームの事も話したけど、おねぇちゃんは「由良は、由良は外つ国のモノは良くわかりませぬ故……」って困ったような顔で笑ってた。トツクニって何?


 ふと、おねぇちゃんが左腕に抱えているものが目に入る。あの顔の無いお地蔵様だった。


「お、おねぇちゃん……。なんでそいつを……」


 僕がびっくりして、おねぇちゃんに話し掛ける と、僕の顔を見て気付いたのか「あぁ…」と口を開いた。


「これは由良が、神様を斬り捨ててしまった故。由良の責でまた人を呪う神様にならぬように、神様の家に迎えて慰めるのです」


「神様……!?あんなのが神様なの!?」


 信じられないと驚く僕に、おねぇちゃんはクスッと笑い目を細める。


「神様にも心がありますし、好きな物もあります故。寂しいと構ってほしくて暴れる神様も居ますし、人間の味が好きな神様も日ノ本には居るのです」


「でも、人間を食べるのはどうなの?」


「童殿も魚や、牛や、豚等を召し上がるでしょう?それと変わりませぬ故」


「命は廻るのです。何も由良たち人だけでは無いのですよ」


「うーん……よく分からないや……」


 おねぇちゃんはまたクスクスと笑って「良いのです」と言ってくれた。


 急に視界が開け、あのロープが見えた。


 ────森の外だ!


 ロープを潜ると、見覚えのある田んぼが僕の目に入る。たった数時間の事なのに凄く懐かしく思える。


 蛙や虫の鳴き声が合唱するあぜ道を歩いて、僕はやっとじいちゃんの家に帰ってきた。


 家の入口の左隣にある、縁側から蛍光灯のオレンジ色の光が伸び地面に影絵を作り、僕たちの足元で影が踊る。


「おにーちゃんッ!」


 奥から妹の声が聴こえる。泣きそうな顔で両手を伸ばし僕に向かって走ってくる。


「──!佳奈っ!」


 僕はおねぇちゃんの手を離し、佳奈に駆け寄った。


 地面に伸びる蛍光灯の暖かな光の上で佳奈は僕に強くしがみつき、わんわんと泣いた。


「馬鹿だなぁ……。泣くんじゃねぇよ、兄ちゃんが何とかするって言ったろ?」


 嘘をついた。

 あの時僕は無力だったし、今もちょっと泣いて涙声だ。でも僕は妹より強くないといけない。僕のシャツに顔を埋めて涙と鼻水でシャツをグシャグシャにする佳奈の頭を撫でながら、そう思う毎に瞳の奥からぽろぽろと涙が押し出されてくる。


 僕たちに気付いた大人たちが慌てた様子で騒ぎながら僕の周りに集まってくる。


 その中にはじいちゃんも、ばあちゃんも、パパもママもいた。みんな、みんな泣いていた。じいちゃんが僕と佳奈をしゃがみ込んで抱き締め、泣きながら僕に怒鳴る。


「ほじゃけん、言うたじゃろが!お地蔵さんに近付いちゃいかんよと!」


 僕はそこで我慢が限界を迎えた。我慢してた涙が決壊して止めどなく流れ出し「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝る声は涙としゃっくりで何を言っているか判らなくなっていた。


「良かった……!本当に良かった……!八尺さんところから生きてっ……!帰ってこれて……っ!」


 じいちゃんはうっ、うっ、と泣き、首に巻いたタオルと肩が震えていた。


 あぁ……僕は陽のあたる場所に引き上げてもらったんだ……。



 ────────


 由良はわんわんと家族の無事を泣いて喜ぶ家族と「良かった、良かった」と口々に安心を口にする近隣住民達を横目で穏やかな表情で見守りながら、縁側の近くに立つスーツ姿の真面目そうな中年の男と近所の寺の住職の下へ歩を進めた。


 綺麗に頭を丸めた初老の年頃の住職は、由良が歩いてくるのを認めると深々と一礼した。


「この度はこの村の大切な家族をお救い頂き、まことにありがとうございます。何とお礼をすればよいか……」


 住職が心からの感謝を口にする。由良は「良いのです」と一言だけ伝えると、山から回収した顔無し地蔵を差し出した。


「由良が斬り捨てました。無理であれば由良が引き取りますが、ここで御供養はできますでしょうか?」


 住職は地蔵を由良の手から恭しく受けてると顔をみで、少し驚いたように口を開く。


「これは……首が折れておりますな……それに──」


 住職は由良が一緒に差し出した御札も受け取り、納得したような口調で続ける。


「──それに、これは30年前に私の父が持っていた物と同じです」


「父君の……?」


「はい……。この村ではずぅっと昔から八尺さんと呼ばれる怪異がおりまして、何でも息子を不幸に亡くした母親が転じたモノだとか、鬼の一族だとか、色々謂れはあるのですが共通している事は若い男子をつけ狙う事なのです」


 住職が……ふぅ。と小さく溜め息を吐く。


「そして30年前の夏に、ここの少年達が次々と消える事件がありまして……。──私も当時はこの村の寺で父の下で修行の身でございまして、何度か消えた少年達の遊び相手になった事もございます。ですから私も少年達の捜索隊として方方探したのですが見つからず……。あの山にて捜索隊の他の方が注連縄が切られてるのを発見したのです」


「注連縄……あの山の周りを囲んでいたものですね」


 由良が小首を傾げて言葉を返す。


「えぇ……そうです。ただアレはその事件の後に、改めて施された物で昔はもっと山の中でしてそれこそ、このお地蔵様の周りに張ってあったのです。あの地蔵様の周りは不可解な事が起きるらしく何せ森から出られないとか、山を下ったらお地蔵様の所に戻ってくる等色々あります」


 ──認識改変……怪異の固有の能力ですか……


「それで、その注連縄が切れた事で八尺さんが歩き回っているのだと、村が混乱に陥った所に私の父が山の中に入って行ったのです。……それ以来父は戻りませんでしたが、村から男子が消える事も無くなったのです」


 最後に「今日までは」と付け加え、住職が話を締める。


「このお地蔵様は私が責任をもって供養させて戴きます。父の意思を私が継ぎましょう」


 再び、深々とお辞儀をする住職に「よろしくお願い致します」と一礼する由良。


「──真神さん」


 住職の隣で口を挟まず黙って成り行きを見守っていたスーツ姿の中年の男、藤堂弘道(とうどうひろみち)は住職との会話が済んだのを確認し由良を呼ぶ。


「今回も怪異の滅却お疲れ様でした。行きと同じで帰りも家の裏手に駐機させたOH-1(ニンジャ)に搭乗して下さい」


「いえ、必要とされたのならそれに応えるのが由良の──真神の掟である故」


 由良はとんでもないと頭を振って、返答した。


 藤堂は右腕に巻いた時計で時間を一瞥し、件の山の方角に目を向けた。


「この後、ご住職をお送りした後に私達は山の浄化を行いますので、気にせずにお戻りください」


 藤堂は由良に帰るよう促すと「次に響きますので」と付け加える。由良は苦笑し「相わかりました」とだけ応え踵を返す。


 家の敷地から出ようとする寸前で背後から少年が由良を大声で呼び止める。


「おねえちゃん!ありがとう!また会ったらYYtube見せてあげるっ!」


「本当に!ありがとうございました!私どもで出来ることがあれば──」


 真っ赤に目を充血させた少年が、立ち上がって由良に手をブンブンと元気よく振る。妹の佳奈は少年のシャツに隠れながら顔を半分だけ出し、緊張気味に小さく手を振る。少年の背中でしゃがんで少年の両肩を抱く両親も深々と頭を下げている。


 少年の祖父は祖母と一緒に少年の横で立ちこちらも由良に向かって深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べる。


 そんな彼等を左半身で後ろを見遣るように振り返る彼女は祖父の言葉を「良いのです」と遮り、言葉を続ける。


「──由良は無辜の民草に牙を剥く不条理を祓うのが役目です故」


 左手に握られた鞘に納められた日本刀「髪切」が音を立てる。


 桜の紋章が付いた、その鞘には『日本国防衛省対異常災害特殊機動班』と刻まれていた。

文字数が多い中、あなたの貴重な時間を使って頂き、更にここまで読んで頂いて本当に感謝しております。

今回が初投稿となります。やったね

システムに慣れてない(考えていない)ので分割を考えず全文ぶち込むという脳筋ムーブをしてしまい、この場を借りて謝罪します。


さて、力をお借りした八尺様はじっとりした怖さにオネショタ要素が入る、責任者出て来い!天才かよ!というとても素晴らしい作品で私も大好きな作品です。

どういう形であれ八尺様の話を書けた事に投稿サイトの素晴らしさを感じました。そんな八尺様を斬り捨ててしまった事をこの場を借りて謝罪させてください。

ちなみに元ネタは八尺様の派生作品でもやっぱり出てきた『寺生まれのTさん』です。彼ならこの話も半分以下に圧縮されるぐらいの強さを誇るでしょう。


それと主人公である真神由良さんは…実は元々考えているお話しの中でのキャラクターをちょっと動かしてみたくて書いた短編となっております。

つまりまだ投稿していない作品の外伝となっています。訳わかんないよね、ごめんね。


それでも由良を知ってくれる人が万人に一人でもいれば私は幸せです。


近々、連載も始める予定です。この子も出ます。


もし宜しければ、感想を書いて頂けたり意見を頂けると嬉しいです。


また、お会いできる事を楽しみにしております。


淵虎高線

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