8400円の代償
「あ、当たってますね、おめでとうございます。」
「え、まじで!」
先日県外に日帰り旅行に行ったとき、SAに宝くじ売り場があってですね。
ちょうどレジが混んでてさあ、並ぶ時間にちょっと買うかって話になってですね。
それを、宝くじ売り場で調べてもらったところ、当選が判明したというわけでございまして!!
「この前かったやつ?」
「うん、当たったんだって…いくらだ…8400円?!ちょっといい金額じゃん!!」
何を隠そう、この私…めったにくじを買わない方なんだけどさ、意外とこう、当たるのですよ。
スクラッチを買ってみれば3000円当たったり、年末ジャンボを買ってみてはお楽しみ賞が当たったり。
まあ、一等二等三等辺りは当たったことないけどさ!!!
「すごい!大金だ!」
「よし、この金でいいパスタ食べて帰ろう!!」
大型ショッピングセンターに買い物に来ていた私と息子は、思いがけず良いものを食べて帰ることになった。
予定ではさあ、330円のラーメンとソフトクリーム食べて帰るはずだったんだけどね、思いがけない収入はですね、とっとと使うに限るといいますかね。
「よーし、厚切りベーコン入りパスタにバゲットも付けちゃお!」
「ポテトも頼んでいい?」
土曜のお昼ごはんにしては少し豪勢だけどさ。
たまにはこういう日があってもいいんじゃないの。
胃袋がイタリアン一色で満たされた後、ホールのケーキを購入。
旦那と娘の分でございますとも。
当選金は、家族みんなで平等に使わないとねえ、いろいろとめんどくさい事になっちゃうのさ。
パスタ代で2000円、ケーキ代で2800円。
…残りは明日フードコートでたこ焼きでも買うか。
たこ焼き屋の全メニュー買って食べ比べしちゃお!!!
かくして、数字選択式くじ四等当選金は、あっという間に使い果たされたのであった。
…そんなことがあったのをすっかり忘れていたとある日の、夕方。
「あら!!奥さん、宝くじ当たったんですってね!!いいわねえ、おすそ分けしてちょうだいよ!!」
「え?ああ、堂本さん、こんばんわ。もうとっくに使っちゃいましたよ。」
なんだ、なぜこの人が宝くじの事を知っている?
あの時見られてたのかな??
「そんな無計画に使っちゃだめじゃないの!!」
「無計画も何も、きっちり計算して使いましたよ??」
堂本さんが、やや訝しげな顔をしているぞ…。
「で、何買ったの!車?」
「はあ?!パスタ食べてケーキ買って、タコ焼き全種類食べただけですけど…?」
…なんか、おかしいぞ。
「ああ、ちゃんと計画してるって事かあ!さすが!!」
「ちょっと待ってください!当たったのは8400円ですけど?!なんかおかしな話になってませんかね!!!」
どうも話がかみ合わないので、いろいろと聞いてみると。
近所の人たちの間で、宝くじ当選者が出たといううわさが流れているらしい。
―――子供が自慢していたのを親が聞いたので間違いない、ずいぶん高額が当たったらしいよ。
――あの気前のいい家族の事だから、何か配るかもしれないね。
―子供向けのイベント企画してくれるんじゃないかなあ。
「ちょっと!!うちが当たったのは8400円ですけど!!見てくださいよ!!記念に写真撮ったんだから!!」
「あら…本当に8400円…。本当に??」
一応ちょっとした自慢材料になるかもって思ってさ、写真を撮っといたのですよ!!
それをきっちり堂本さんに、見せたわけだけど。
「うわあ…でもこれを見せられたところで、これ以外のが当たったんでしょっていう人もいるんじゃないの…。」
「そんな!!ちょっと堂本さん、8400円の噂流してくださいよ!!!」
しかし今さら流したところで、噂というものは真実よりも物珍しさ優先で流れてしまうものであってですね。
…うわあ、マジですか、これはめんどくさい事になりそうだぞ。
家に帰ると、旦那が何やら…知らない人ともめていた。
「ええと、何のことかわかんないんですけど!!」
「だから!!今度の懇親会さあ、バス旅行がいいって言ってんだよ!!」
なんだ、地区の関係の人かな?一応挨拶しておくか…。
「こんばんは…。」
「ああ。奥さん、この度はおめでとうございます、なんかいろいろと計画してくださってるって聞きましてね、伺ったんですけど。」
…これは、もしや!!
「あの!うちは、宝くじ当たってないし、イベント企画もしてませんよ?」
「一等が当たったんでしょ?隠したい気持ちはわかるけど、みんなもう知ってますよ!」
「何それ!!なんで一等が当たったって話になってんの?!」
旦那も今この場で初めて聞いたらしい。
「なんか、近所でうちが宝くじに当たったって話で持ち切りって、さっきスーパーで会った堂本さんが教えてくれた。あの8400円が完全におかしな話になってる、どうする、やばいよこれ…。」
「はあ?!あのケーキとたこ焼きの?!」
「8400円って何?」
地区会理事の神保さんが言うには、今朝がた隣の奥さんから情報が回ってきたらしい。
こういう話は広がる前に本人に確認すべきと、気を利かせてうちに訪ねて来てくれたとのこと。
・・・当たったと決めつけて確認に来たあたり少々もにょらないでもないが、ありがたい。
「ちょっと!火消しは早い方がいいよ!!私は噂の出どころを探るから、お父さんは自慢の人脈使って噂をもみ消してきてよ!!」
「らじゃー!!」
「私も同行します。」
かくして、大人三名で必死に動き回った結果。
「ごめんなさい…。」
噂の出どころは、息子であった。
事実確認したところ、友達につるっと言ってしまったらしい。
あの日、ショッピングセンターに、お気に入りのプラパズルを買いに行っていたのだが。
けっこうなお値段で、息子の貯めた3000円では、足りなくてですね。
がっくり来ていたところで、8400円ゲットできてですね。
予定外に美味しいものを食べてですね。
予定外にケーキを買ってですね。
気をよくした私が、足りない分を出してあげてですね。
その流れを一部、言っちゃったらしいんだわ。
「ねーねー!このパズル買ったの?」
「うん、買ってもらえた。」
「いいなー俺小遣い足りなくて買えねーんだよ!」
「僕も足りなかった。」
「なんで、買ってるじゃん!!」
「宝くじが当たったから、買ってもらえた。」
「うわ!!マジで!!いいなー!!」
「いくら当たったの?!」
「8400円。」
「すげえええええ!!!」
「大金じゃん!」
小学生にはさあ、8400円は大金だよねえ??
…大金じゃ、ないかなあ?
…うちは普通の庶民だからさあ、子供のお小遣いに一万円とかあげてないしさあ。
どこの家でも、こんなもんだと思うんだけどなあ。
もともと無口な息子だ。
多少…意思の疎通が困難な場合もあるわけで。
多少…話の流れがおかしな方向に向いてしまう場合もあるわけで。
…うはあ、なんか息子が落ち込んでるよ!!これはまずい!!
「あのね、怒ってないし、仕方なかったんだって、気にしないでね?ええと、誰と遊んでた時に話したんだったっけ?」
「優と、宗次と、海斗。」
三人とも近所だし、顔見知りだ。
念のため状況説明だけした方がいいか…?
なんか逆にわざとらしくはないか…?
うーん悩むな。
「ただいまー!!!いいもんもらったー!!!」
ちょ!!相変わらずの旦那だよ!!!
ホント近所に出向くたびにいらんもんを良いものと丸め込まれて押し付けられがちというかさあ!!!
「ちょっと!!火消しはどうなったのさ!!!」
「わかったわかった!!あれね、海斗君のママだったわ!!!」
旦那が噂をさかのぼって行ったところ、海斗君のお母さんに行きついたらしい。
…あの人も大概早とちりでやらかし勝ちで思い込みが激しいからなあ。
「で、お詫びってことで、焼き立てパンもらってきたー!」
旦那は早速もぐもぐとパンを食べている。
ちょっと、晩御飯はもうすぐなんですけど!!!
…まあいいか、パン食べたら私の分のおかずが食べつくされることがなくなるかも。
「なんかね、優君と宗次君もいたらしいのさ、宝くじの話した時。どうしよう、話に行った方がいい?」
「まあ、もぐもぐ…大丈夫でしょ、多分。」
旦那があちこちに聞き込んでいたら、事のあらましを知らぬ人たちまでやってきて逆に噂が広まってしまったようだ。
8400円でひどい目にあったみたいだよ、気の毒だから慰めてあげないと、そういう流れができたとかなんとか。
…丸く収まったような、収まってないような。
「よかったね、もう大丈夫だから、元気出してね?」
「わかった。気を付ける。」
「ただいまー!吉田さんからなんかお菓子もらったよー!元気出してねだってー!」
落ち込み気味の息子を慰めていると、娘が何やら大きな袋を下げて帰ってきた。
むむ、これはもしや。
「わーい!食べよう食べよう!!」
噂はものすごい勢いで広まっているようだ。
…なんだかなあ。
しばらく近所の人たちからいろんなものが届きそうな雰囲気だ。
…なんかうちが逆にこう、ものをですね、もらいたがってる感じがしないでもないんですけど。
というか、もらったら返さなきゃいけないじゃないですか…。
明日からしばらく、お菓子作りに精を出した方がいいな、うん。
パウンドケーキにシフォンケーキにアイシングクッキーもいいな、そうだパンプキンパイ作ろう、いやいやべっこう飴もいいな、いっそのことりんご飴作ろうか…。
ハロウィンも近いことだ。
いつもとは少し傾向の違うお菓子も作ってみたいな。
「ああ…8400円の代償がこんなにも重くのしかかろうとは。」
お菓子作りという仕事が増えて、ずいぶんセリフでは不服を訴えているものの。
私の顔は緩みっぱなしだったりするのだな。
お菓子作りってのは楽しいですからねえ~♪
「あたしマシュマロ作りたい!!!」
「卵割るのは任せて。」
「食べるのは任せてねー!!」
「配るやつだってば!!!!!」
…明日からずいぶん忙しくなりそうだ。
私はにこにこしながら…晩御飯を作るべく、キッチンに向かったのであった。