その9
ピンポンと鳴るチャイムと共に玄関が開く。
「······。おいおまえ、チャイム取り付けた意味ないだろそれ」
真理子が凄むが、俊はパトラッシュとじゃれてて聞いてない。
両手で抱えるようにして、パトラッシュの全身をガシガシと撫で回す。
「うひょ〜ほれほれほれほれ」
バタバタバタ···。
ひとしきり暴れると、満足したのか俊は、もう一度パトラッシュを撫でて離した。
「また真理子借りてくな。ウチにも来れたらいいのにな」
真理子はフン、と鼻を鳴らす。
「あんな真新しい家で飼っていいわけないな。ペットは汚れるから。というか、おまえも今、毛だらけだ」
そうか?と、ポンポンと適当にはたく俊。
真理子はため息をつく。今さっきまで、自分についた毛を神経質に取っていた真理子だ。俊のほうにあんなについてたんじゃ意味がない。
俊は立ち上がって真理子に手を出す。
「ま、んじゃ、行くか」
二人は手を繋ぎ俊の方のアパートへ歩いて行った。
エントランスに着くと、俊は真理子に言う。
「鍵持ってる?先行ってて。BOX見てから行くから」
と、アパート入り口に設置されている宅配ボックスのほうに歩いて行った。
真理子はそれを見やり、俊の部屋に先に歩く。
バッグから鍵を取り出し、形を確認して差し込む。
ガチャ、と開けると俊の匂いがした。
玄関に立っていると程なくドアが開く。
「うおっ、びびった。おまえ何してんだ、中に入れ」
真理子は靴を脱ぎ、先に部屋に進む。
俊はヤレヤレ、とキッチンの方に進み、ジャーと水を出している。
テーブルについて待っていると、やがてポコポコと音がしてコーヒーの香りが漂い始める。
俊は手にガラスコップを持って部屋に来た。
「コーヒーはちょっと待ってな。ほれこれ、プリン」
コト、と黄色いぷるぷるしたコップを置く。
真理子は一度それを見、俊を見た。
「昨日あれから、ネットを見てたんだ。同じものを見つけることはできなかったんだが」
真理子はバッグを持った。
「どれも、一個単位での注文は受け付けていないようだった。それか、200円程度の商品に送料が500円かかるとか。俊、おまえは親の金で暮らしているんだろう」
そう言うと、真理子は財布を取り出す。
「支払わせてくれ。自分で買ってでも食べたいくらいおいしいんだ。問題はないはずだ」
俊は、「あ、コーヒー落ちた」と言ってダイニングに姿を消した。そしてマグカップを手に戻ってきて、言った。
「これに、今日も今までも金はかかってない。まぁ、原則に言えばかかってるだろうが···。真理子、これは、うちの母親が作ったものだ」
ふぇ···と、真理子は固まる。
「プリンって、作れるものなのか···」
コーヒーに口をつけていた俊は吹き出しそうになる。
「作り方は知らんが、できるんだろ。ウチの親はな、料理が好きなんだが、特に甘い菓子を作るのが好きでな。だが、俺も兄貴も、父親も、甘いものが苦手で、母親はいつも作る機会を虎視眈々と狙ってやがんだ。引っ越しの挨拶の手土産とか、そういうのな」
はぁ〜、と、真理子は息を吐く。
「お兄さんいるのか···」
ん、と、俊は止まる。
「言ったことなかったか。いるぞ。5歳離れたのが。おまえ食細いからな、少し食べて実になるもんっつったら菓子だろ、と。母親に言ったらノリノリでな、毎週頼みもしないのにウチまで届けてくる」
真理子は開いた口が塞がらなかった。どうりで···どこ探してもないわけだ。店のマークも、あるはずない。しかし、
「いくらなんでも迷惑かけすぎた···知らんかったとは言え···」
なんせ遊びに行く我が子に炊飯器持たせる母親だ。わからんでもないが、食べているのは俊ではない。
「私が食べるべきではないように思うのだが···」
俊はスプーンを取り真理子に持たせる。
「なんでだ?俺はいらんぞ。真理子は食べたかったんだろ?嫌なら別にいいが」
ふるふると首をふる真理子。
「お母様は俊が食べると思っているだろ」
「いいや?おまえが食べると言ってある」
真理子はスプーンを取り落とした。
「はっ、母親に私の事を言ったのか?」
俊は怪訝な顔をしている。
「そりゃな。俺が食わない事は先刻承知だ。あんまし食わない女が好きそうなものを、って注文出してある」
真理子はスプーンを持つ。目が泳ぐ。そして一口食べた。
「···おいしい···」
俊はコーヒーを飲むためマグカップに口をつけつつ目を細める。
「なによりだ」
真理子はもうひとすくい、スプーンを上げる。
「ほら、俊も。すごくおいしい」
俊は、ふん、と鼻を鳴らし口を開ける。
パク
「うぇぇ、甘い」
コーヒーを飲む俊を見つつ、真理子はプリンを食べた。
二人はそのまままったりと部屋で過ごし、夕方になると「腹が減った」と言い出す俊と、夕飯を取るため外にでた。
「もう随分冷え込むなぁ、真理子寒くないか?その格好」
真理子は午後に出てきたせいで白いシャツの上に半袖丈のセーターを重ねているだけで少しだけ寒かった。
「まぁ···歩けば···」
俊は手に持っていたパーカーを真理子にかける。
「よし行こうぜ」
真理子はごわごわ大きい俊のパーカーに袖を通し、俊の手を取って繋いだ。俊が手を見る。
「今日も肉か?たまには魚にするとか」
真理子が言うと
「漢なら肉だろ」
と俊が言って歩き出した。