その8
サーシャは、大きな机の横にしゃがむと、その脇の壁を丁寧になぞり始めた。
やはり···ここに少しだが溝があるな···。
ツ···と、指を添わせつつ目を閉じる。
この形状はさっきどこかで見たぞ。
そして立ち上がり、部屋中央の床に丸まって転がるクロトを跨ぎ部屋反対のキャビネットに近付く。
そこに乱雑に置かれた知恵の輪が。
えぇと···。
その一つを取り上げ、知恵の輪を解こうとするが、なかなか上手くいかない。
ケタ、ケタケタ、ケタケタケタ···っ!
部屋に不気味な笑い声が響く。
サーシャは思わず知恵の輪を取り落とし、しゃがみこんでいるクロトの背中に抱きついた。
「あぁ、悪い。怖かったか?ちょっと待ってな、これがたぶんヒントに···」
クロトはそう言い、サーシャの肩を抱きながらもう一度カラクリを作動させた。
ケタ、ケタケタ、ケタケタケタ
クロトの胴回りにしがみつきながらサーシャは言う。
「どう考えてもヒントだなそれ。私も見つけたんだ。知恵の輪なんだが、俊は解けるか?分解してから使うんだと思うんだが」
クロトが笑い声の数だけサイドテーブルの引き出しについたダイヤルを回すとそこが開き中からカードが一枚出る。
それをサーシャに渡し、クロトは知恵の輪を受け取った。
「こういうの得意だぜ。カードは真理子に任す」
カチャカチャと、クロトが知恵の輪に奮闘している間、サーシャはカードを開き中を確認する。
♧♡♢♤3342
えーと···あぁ、なるほど。
部屋は再び静かになり、今度はクロトは、大きな机の横に、サーシャはソファの裏側に潜り込む。
〈Congratulations!!〉
軽快な音楽とともに、サーシャとクロトは玄関ドアを開けた。
「今回のも中々凝ってたなぁ」
ドアを振り返りクロトが言う。
サーシャは伸びをして頷いた。
「豚シリーズではなかった。あれのほうがいい」
クロトはぶくく、と笑い言った。
「あれ絶対怖くないもんな」
サーシャは嫌な顔をしてクロトを睨む。
「べ、別にどれも怖くない。脱出ゲームはどうもお化け屋敷寄りになりがちだが、豚シリーズはかわいいアイテムが多い。緑の小人でもいいけど···」
二人はラーミャにある遊園地に来ていた。
お化け屋敷とは逆側に大きな建物が建ち、そこに立体脱出ゲームが実装していたのだ。
実装時期は夏。
クロトはすぐにやってみたかったんだが、真理子が怖がりなのを知っているので話に出さなかった。
脱出ゲームは基本的な精神影響がお化け屋敷と同じだ。
何が出るか、ドキドキビクビク。勝手に出てくるのを想像して怖がるのがお化け屋敷。自分の指で突いて出させるのが脱出ゲームといった違いか。
「なぁ、俊。脱出ゲームって知っているか?」
と、サーシャが言い出して今日はここに来ている。
案の定、ビクビクと怖がりながら仕掛けを解いていくサーシャ。
音が発するたびにクロトに抱きつく。
クロトは何とも言えない気持ちで少女サイズのサーシャの肩を抱き頭を撫でてやる。
真理子できてくれたらな。まぁいいけど。いいんだけど。こうしてれば、そのウチ慣れてくるかな。
「見ろ真理子、これたぶんピンク豚のやつだろ」
一覧を見ながらクロトが指差した。
おぉ!とサーシャの顔が光る。
ピンク豚なら怖い要素がない。
クロトは苦笑しつつ部屋を作成する。
二人は手を繋ぎ、中へ入っていった。
「そろそろ終わりにするか。俺腹減った」
サーシャは時計を見て頷いた。
「21時か。そうだな、私も風呂に入らねば。あぁ、明日はどうしたらいいかな?メンテ日だが···」
クロトはログアウト操作をしようとしていた手を止めた。
「あっ、そうだった。えーと4時には家につくな」
サーシャは頷いた。
「その時間に行こうか、一息つきたいか?というかまだ店教えてもらってない。私が買っていこうか。どうせ暇してる」
ふるふる首を振るクロト。
「それならがっこ終わり次第おまえの家に迎えに行く。それでウチに帰ればもう届いてるだろーから」
サーシャは首を傾げた。
「届けてくれるのか。すごい店だな。ネット通販か?」
ん〜、とクロト。
「まぁ、そのうちわかる、かな。そろそろ調子こき始める」
「??」
怪訝な顔をしているサーシャを見、クロトは言った。
「4時じゃ、メンテはもう終わってるな。メンテ日にした意味ないな」
サーシャは笑った。
「別に、構わん。ここにも、アパートにでも、おまえに会う為なのは同じだ」
クロトは手を伸ばし、サーシャの髪の毛をぐしゃぐしゃにかきまわし、そしてログアウト操作をした。
「風呂が終わったらメールくれよ。とりあえずおやすみ」
ああああ、とサーシャは声を上げながら頭を抑え
「わかったおやすみ」
と答えた。