その7
「おまえは···何をしているんだ」
肩からカバンがずり下がる。俊は目の前の物体を凝視していた。
玄関ドアを開けた真ん前に、それはいた。
「おはよう、し、俊」
落ち窪んだ目をした、真理子。そこにいたのは、それだった。
靴をきちんと履き、鍵をかける。そして俊は真理子に向き直った。
「で?何してるって?」
「一緒に、学校まで行こうと思ってな。ここの、森さんとは行かないんだろう?」
すたすた、とアパートの廊下を歩く俊を、追いかけるようにして真理子が続く。
「何時からいたんだ。登校時間は言わなかった」
「······」
俊は真理子を横目で見ながら携帯を取り出す。
電源をいれるとメールの着信が光る。が無視して時間を確認した。
「今は11:30だ。何時からいたんだ」
「少し前···だ」
ぴた、と、俊がいきなり止まる。その広い背中に真理子がボフンとぶつかる。
俊が振り返ると、真理子はギューっと目をつむり鼻を抑えている。
「もう一回だけ聞こう。何時からいたんだ」
偉そうに聞く俊を、真理子は鼻を抑えながら見上げた。
「家を···5時に出て···ここについた時間はわからん」
大袈裟につくため息。そしてまた歩く。
「今日は講義の予定確認するんで休めないんだ···あっちの購買まで案内するから飯はそこで食え」
真理子はまた小走りで俊を追いかけ横に並ぶ。
「大丈夫だ。学校の近くまでで···」
俊は真理子を振り返る。
「俺に二学期まるまる講義に出るなと言ってるのか?」
ぷるぷるぷる、と振る頭。真理子は、そのせいで少しふらついた。
俊は構わずまた歩き出す。
「じゃぁおとなしく言うことを聞くんだ」
すたすたと歩く俊。が、先程よりはだいぶ速度が落ちた。
「ログインしないで、何してたんだ?」
俊は聞く。聞いてすぐに失言を後悔した。
これじゃ様子見てたのバレバレじゃねーか···。
しかし真理子は気づかないようで
「あぁ、そういえばインしてないな···」
と呟き、続けた。
「いつも、ク、俊が用意してくれていたお菓子があるだろう?あれの置いているお店を探していたんだ。なかなかなくて···。歩いてるだけなのに疲れてしまってな、夜は早々に寝てしまっていた」
俊は真理子を見下ろす。真理子は少し俯いた感じで歩いている。
「結局、見つけられなかった···。プリンを、一緒に食べたかったんだ···」
俊は何も答えない。
だってずるいだろ、あぁ、くそ!
「まずは飯を食え。話はすべてそれからだ」
威厳をもって、俊は言い切った。
真理子を購買の机につかせ、俊は昼飯を適当に買う。それを真理子に押し付け
「ここにいろ。そんなに時間かからんから」
と言うと教室に向かった。
大学はエスカレーター式とはいえ入れ替わりが激しく私服なので、見咎められることもないだろう。
俊は、真理子から見えなくなる程離れると、手をぷるぷる振って頭を掻いた。
あぁ、焦った。来るか?さすがに直接は来ないと油断していた。
油断プラス混乱アンド警戒のせいで、かなり無愛想になってしまった。よくあれでついてきたもんだ。
もう一度拳を握り直す。
せっかく来てくれたんだ。もう駄目だぞ、俺。
遠いのは承知したはずなんだ。いいか、いいな。
よし、と、俊は拳を振って教室へ入っていった。
「一個しか食ってねぇじゃんか。まだ三個あるぞ、パン」
小一時間ほどして購買に戻ってきた俊が言う。真理子は、え、と顔を上げる。
「おまえは?というか、何個も食えんぞ?」
ふむ、と、俊は隣に座り袋を開けてかぶりついた。
「こんなんいくら食っても腹にたまらんがな···」
もぐもぐ、と、パンを食べる俊を見て、真理子は言った。
「私はおまえを裏切らない。私が優先しているのはこの約束だ。それで、考えた。私が、クロトに出会ったとき、おまえは私にレベル上げの指南を願い出ただろう」
俊は、あぁ、と頷いた。
「あン時のおまえはクソ強かったからな。なんでも知ってたし」
真理子も頷く。
「そうだ。おまえの前で、私はそうでなければならなかった。そうしなければ裏切ることになるんだ。変に弱い所を見せてすまなかった」
えーーーーーと···。俊は考えを巡らす。
「ちが、違うと、思う。おまえが戸惑ったのは、おまえの知らない領分だったからだ。俺が焦っただけだろ」
真理子は俊の腕に触れる。
「大丈夫だ。私が何年生きてきたと思う?経験は、私のほうが上だ。問題ない」
力強い笑顔。
俊は塞がらない口からパンがこぼれ落ちないようにするのに苦労した。
ごっくん、と飲み込み、言う。
「俺自身を裏切っても、おまえを裏切らん。俺も優先しよう」