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その6

相変わらず家に送ると聞かない俊と共に、真理子は俊のアパートを出た。

エントランス部分に差し掛かったとき

「あら、瀬上君」

と、呼びかける女性の声がした。

「うぇ」

と、かすかに俊の声。

見ると、ウェーブのかかった長い茶髪の女の人がこちらに向かってくる。

そして俊の前で立ち止まった。近くで見ると綺麗にメイクをしていて大人っぽい装いで、不可思議な色のネイルをした手を顔の横に起き、その肘にはブランドのバッグがかかっている。

「ちょうど良かった。学校来週からだから。朝何時に行く?」

小首をかしげ親しげに話しかける。

俊は

「さあ」

とだけ言う。

くす、と笑い女は言った。

「せっかくご近所さんなんだし、一緒に行きましょうって言ったじゃない。この間頂いたもの、とてもおいしかったわ、ありがとうね」

俊は首を振る。

「あれはただの挨拶。あ、これ俺の···」

俊は横を見、真理子を掴もうとして、そこにいないことに気づき、振り返った。

真理子はエントランスすぐの植え込みに入り込んでいる。

「おまえは何しとんじゃ···あ、これ俺の彼女だから、今後もよろしく」

まぁ、と女は真理子を上から下まで見る。

「お姉さんかと思ったわ、よろしく」

コツコツ、と中に入っていく女。微かに香水の匂いが漂う。

「······」

微妙な空気。

「違うぞ」

と俊。

「そうか」

と真理子。

ふぅ、とため息をつくと俊は真理子の手を取って繋いだ。

真理子はおとなしく俊の横に立って、一緒に歩く。

「同じ学校の同じ学部だ。名前は確か···林だったか。···森かも。とにかく人数多いからいちいち覚えてない、が、あっちはなぜか覚えていたみたいだな。引っ越しの挨拶のとき話しかけられたんだ、それだけだ」

こく、と頷く真理子。

「俺はおまえと付き合っていると思っている。そう思っているのは俺だけか?」

ふるふる、と首を振る真理子。

「だが」

長く黙っていた真理子の声は掠れている。

「変な噂が、流れたり、おまえの、次に差し支えるような、真似はしたくないな···」

俊はギュゥっと握る手を強める。

「次ってなんだ。お前にはもう次があるのか」

真理子は俊を見上げる。

「私に次はない。が、おまえにはある。あるんだよクロト」

明るい駅前を超え、暗い道へ。

二人は手を繋いだまま無言で歩く。

真理子の住むアパートについたとき、俊は

「部屋まで行きたい」

と言った。

今さっきまで俊の部屋にいたわけだし、一時期は二人で過ごしてもいた場所だ。

真理子は頷く他なかった。

部屋に入り、明かりをつけるとパトラッシュが尻尾を振る。途端に真理子は、それまでのふさぎ込んだ気持ちが晴れ、笑顔になった。

「ただいまパトラッシュ。今ご飯を···っ!」

真理子は俊にぐいっと引っ張られそのまま抱きしめられた。

「···っ!」

真理子はびっくりし、咄嗟にぐいっと腕を伸ばして俊の体を引き離す。

「俺は···そんなに···汚い、か···」

俊は俯いたまま絞り出すようにそう言うと、

バタン

と、出ていってしまった。


「パトラッシュ、ここでいい子にしてて」

へっへっへっ!と、舌を出し真理子を見るパトラッシュ。

にっこり笑って真理子は立ち上がり、店の中へ一人入っていく。

途端甘い香りが鼻をつく。ここはケーキ屋さん。

ショーウィンドウには色とりどりのケーキやお菓子が並ぶ。

う〜ん、と、腰を折ってそれを見る真理子に、

「何かお探しですか?」

と、店員がにこやかに話しかける。

「えと、プリンを···」

真理子がそう言うと、店員は丁寧に、ガラスケースに並べられたプリンの一つを取って見せてくれた。

「こちらですか?」

真理子は、口に手を当て、う〜ん、と唸る。

それは、丸いチョコレートがいくつか刺さり、パンダの顔が形作られているプリンだった。

「もっと···シンプルな感じで」

え〜と、と、店員がもう一つ出す。

「こちらかしら」

それは、ずいぶん小ぶりで上にたっぷりと生クリームが乗っかっている。

「あの···いえ、すいませんでした。また来ます」

こそこそと逃げるように店を出、パトラッシュのリールをほどく。

ペロペロ、とサーシャの顔を舐めるパトラッシュ。

「応援してくれてるのか?まぁまだ4件だから。次に行こう」

すくっと立ち上がり、真理子はまた通りを歩く。

真理子は今、いつも俊が用意してくれていたお菓子を探していた。

昨日はずいぶん怒らせてしまった。

携帯には出てくれないし、LFOにも来ない。

二人で食べた、最初のお菓子、プリンを持ってもう一度そこからやり直したかった。

でもちっともみつからない。

店に並ぶプリンは、どれもひと工夫してあり真理子の記憶にあるシンプルなプリンに合致するものはなかなか無かった。

だんだん記憶も怪しくなってくる。

確か···強化ガラスのような分厚い透明のコップみたいなカップに、卵液がぷるぷるするだけの、プリン。店の···名前は···。

「ふぅ」

真理子は顔を上に向ける。

どうしても店の名前がわからない。俊に、何回か聞いた気がするが、答えたっけか。あんなに何個も食べたのに、マークくらい目に入らないもんか。

「私って、食いしん坊なんだな···」

その日一日探すも、目当てのプリンは見つからず、俊は携帯に出てくれなかった。


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