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その5

真理子はとことこと道を歩いていた。

店の前を歩くときは自然と顔が横を向き、そのガラス戸に映し出される自分を見る。

「······」

気弱そうなひょろっとした可愛げのない女が、心配そうにこちらを見ている。

ふるふる、と真理子は首を振り、またとことこと歩いていく。

いつぶりだろうか、真理子はスカートをはいていた。

とはいえ、サーシャがいつも着替えさせられるミニスカートとは違う。くるぶしまで隠れるくらいのストンとしたロングスカートだ。

ただ、この間のリリの装備を参考に、焦げ茶のスカートに、濃いピンクの薄手のセーターを購入して合わせてみた。

家で着てみたときは心踊ったのだが、実際こうしてクロトの元に向かっていると、どうにも不安になってくる。

変じゃないか···やはりいつも通りジーパンにシャツで良かったんじゃ···。

そう思うが、戻っている時間もない。

観念して真理子は俊の部屋のインターホンを押した。

「お〜、かわいい格好だな!」

俊は、ドアを開け開口一番にそう言った。

真理子はもう、回れ右して帰りたいほど恥ずかしくなった。

「あ、あ、あ、秋だから、夏とは、服が、違う···」

そうかそうか、と、俊は身を引き、真理子を部屋に招き入れた。

くん、と、コーヒーのいい匂いがする。

「ちょうど落とし終わったとこだ。ナイスタイミングだよ」

俊はそう言うと、真理子をテーブルにつかせ、コーヒーの入ったマグカップを置いた。

その横に、黄色い物体の入ったガラスコップのような物がおいてある。

「これ、プリンだそうだ。アレルギーとかないよな?」

真理子は首を振る。

「これを、私が食べるのか?」

俊は頷く。

「そうだよ。まずいってこともないと思うけど、口に合わなかったら無理しなくていい」

真理子は、意図がわからず首をかしげたが、目の前に置かれたプリンは、とてもおいしそうに見える。

「あの···じゃあ、イタダキマス」

もしもこれで、からし入りだったとしても、食い切るしか他にない。

真理子は覚悟して一口入れた。

「ほわぁ、おいしいっ!」

それは変な声が出るほど美味しかった。味は普通のプリンだ、が、なんだろう、優しい味がする。

クスクス笑いながら俊は見ている。

「そうか、なら良かった」

真理子は俊を見た。

「クロトは食べたか?どこのお店のなんだ、すごくおいしいな」

俊は首を振る。

「一個だけだ。食ってない、あぁ、気にしなくていい。甘いもんそれほど好きじゃないし俺」

でも···と、真理子の手が止まったのを見て、俊は顔を近づけた。

「じゃ、一口くれ」

あ〜ん、と口を開ける俊。

え、え、え、と焦る真理子。スプーンですくって、そして俊の口に入れる。

「ふん、相変わらず、甘いな」

即座にコーヒーに手をやる俊。

真理子はスプーンを見つめている。

そーっと、もうひとすくいし、ゆっくり口に入れる。

「どうだ?無理はしなくていいぞ」

俊が様子を見ながらそう言うと、真理子は

「おいしいよ、ありがとう」

と言って笑った。

それから毎週、真理子が俊の部屋にお菓子を食べに行くメンテ日が続いた。

それはカップケーキだったり、マドレーヌだったりパウンドケーキだったりする。どれも一人分でそれしかなく、真理子が震える手で俊の口に一口分入れるのも定番となっていった。

季節は移ろい、来週からは俊の長かった夏休みも終わり、学校が始まるという日のメンテ日。

今日のお菓子はクッキーだった。親指の先大の丸い小さなクッキーで、少しポロポロした食感がおいしい。真理子はいつものように、その一つを俊に食べさせようとしたが俊は首を振った。

「来週からは、この時間じゃ無理だな。もっと遅い時間にしないと。一回学校行かないと講義の時間はわからんのだ」

真理子はぱく、とクッキーを口に入れる。

「無理に続ける必要があるだろうか?私は嬉しいのだが、おいしいし···あ、店を教えてもらって自分で買うとか?」

もぐもぐ、と真理子が食べる様子を見て俊は言う。

「予想はしていたが、あれはもう止まらん。食べてやってくれ、それが後生だ」

「??」

真理子には意味がわからす首を傾げた。最後の一個を口に放り込む。

「あ、今日のは味どうだった?」

突然俊がそう聞く。

え、と真理子。

「たった今最後のを食べてしまったぞ、すまん。すごくおいしかったのだが···」

真理子は、クッキーの粉が指についていて、それを中途半端に顔の横に漂わせていたのだが、俊はその手を取る。

くいっと引っ張り、そして

「!?」

俊は真理子にキスをした。真理子は目を大きく見開き固まった。

「ふむ。そうだな、おいしい」

ペロ、と唇を舐めて言う俊。

「は、は、は···」

真理子は真っ赤な顔でそう言う。

「は?」

俊がケロッとした顔でそう繰り返す。

「反則だっ!さっきちゃんと、一個あげようとした、のにっ」

俊は真理子を真っ直ぐ見て言った。

「お菓子が食べたかったわけじゃなくて、おまえとキスしたかった。嫌だったか?」

うぐ、と真理子が詰まる。

「い、いや。まぁ、びっくりした、んだ。ごちそうさま」

ぶくく、と笑って俊は、

「おそまつさま」

と言った。

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