その4
「これを見ろっ!」
自宅に来るなりクロトは、サーシャの目の前に躍り出た。
バーン!と胸をそらしたクロトは、今にも魔法魔術学校に行きそうな格好をしている。
サーシャはあぁ、と頷いた。
「かぼちゃの種の数、50万個突破したのか。まぁ、あれだけ沸くマップがあればあっという間だろうな」
クロトは、かけている丸メガネをくいっと上げて言った。
「女用はまた違う種類みたいだ。おまえのも貰ってきてやったぞ」
バーン!!と再び、クロトはサーシャに、手にした装備を見せる。
ほれ、と渡すクロト。サーシャはしぶしぶ受け取り、どんな形をしているかをよく見た。
背中は···開いてないな。肩も、オープンではなさそうだ···が···。
「これを、着るのか?」
絶望的な顔をするサーシャ。
クロトはにっこり笑う。
「何も着ないという選択肢もある。どちらでもおまえの自由だぞ真理子」
うぇぇぇ、と、サーシャは渡された『なりきり魔女セット』という装備をつけた。
膝上15cmに広がるスカート、きゅっとしまったウエスト、袖は短く肩の部分にもこもことレースの盛り上がりがありそのまま襟の方まで続いている。色はすべて黒に見えそうな程に濃い紫。
サーシャは片手でふわっと浮き上がるスカートを抑えつつ、もう片方で胸のあたりを抑えていた。
「ちょっと、襟の、開きが大きいな···」
クロトは、ん?どれどれ?と、躊躇なくサーシャの手をどける。
「見えてない、大丈夫だぞ真理子。リアルと違って、動いたら見えちゃうってこともないしな」
サーシャは、クロトに持たれてる片手ではなく、スカートを抑えていた方の手を上げクロトの顔面をはたいた。
「あてっ」
サーシャは顔を真っ赤にしている。はたいた衝撃で、クロトが手を離したので、サーシャは両手で胸の部分を隠した。
「そ、そ、そ、そういう意味じゃない。露出はあんまり···」
クロトは鼻を抑えつつサーシャを見た。
「あぁ、自信がないんだったか。ステータス画面の設定の仕方、教えてやるよ」
システム画面を見る為、クロトが一歩サーシャに近づく。サーシャは首を振った。
「外見変更のタブなら知っている。だが、私のポリゴンはすでにエラーの塊だ。設定を動かして変なエラーが出た場合、どうにもならなくなるんだ」
クロトは動きを止めた。そしてゆっくりサーシャの両側の二の腕を両方の手で持つ。
「そうか。もしも、もしもだが、おまえが望むなら」
クロトはサーシャを見つめて続ける。
「キャラを作り直すなら手伝うぞ。養殖とまではいかないが、やりようもあるだろう。俺も一からでも構わんし。いっそ別ゲーに行くって手もあるんだ」
サーシャはクロトの伸ばしている二の腕に自分の手を乗せた。
「ありがとうクロト。いつも、おまえにばかり合わさせて。本当は、もっとサイズをでかくしてみようとも思ったんだが、難しそうだ」
クロトはへ?という顔になる。
「サイズ?でかくって、なんの話だ···」
サーシャはちょっと照れて下を向く。
「ち、乳の話だ。でかいほうがいいんだろう」
クロトは途端に半眼になった。
「あー···いや···なんと、言ったらいいのか···」
女に聞かれて困る質問トップテンだ。
でかいほうがいい。そりゃそうだ。じゃぁでかけりゃいい?そういうわけでもない。無くてもいっか。それは違う。乳で選ぶわけでもなし、存在を否定するわけでもない。いや、そもそも乳ありきで話が進んでいる今のこの状況なんなの?
サーシャは大真面目な顔で続ける。
「わ、私はな、クロトには感謝してるんだ。おまえを、よ、喜ばせたいとも思っている。が、あまりよく、知らない···し、現実の方の、その、体は、だ、駄目駄目なので、せめてこっちだけでも···」
フ、と、クロトは笑う。そして、ん?と眉を寄せた。
「リアルの体はエラー吐かないだろ。なんかあんのか?」
サーシャは首を振る。
「いいや。でもあれだ。おまえには見せられないが、ちょっと自分でもひどいと思う。絶壁みたいな···昔はそこまでじゃなかったと思うんだが···」
クロトは目を剥いた。
「今なんつった···」
サーシャは、え、と口に手を当て
「ぜ、絶壁···」
と言う。が、クロトは首を振る。
「違う!その前!見せられないとはどういう事だ!!」
今度はサーシャが目を剥く番だ。
「は?リアルの話だぞ!?おまえ馬鹿か!見せられるかっ!!」
クロトはクラ〜とふらつく。
そしてそのままソファにどすん、と座った。
しってた。うんしってる。だってこの人ゲームのキャラの裸でテンパるんだもん。
そうねそうだよね、しってたよぼくしってたから。
「ク···クロト···?す、すまん。えーと、ち、違うんだごめん···」
サーシャはちっちゃくなってクロトの隣に座った。
「おまえを怒らせたかったわけじゃない、けど、またやったんだな。どこだ?どこで怒らせた?」
ん?と、クロトはサーシャを見た。
「怒る?いや、怒ってはいないぞ。ちょっとまぁ、遠いんだなって思っただけで」
サーシャはクロトを見上げた。必死な顔をしている。
「とおいい?何がだ?私にわかることなら答えるぞ。出来ることなら···するし···」
クロトはサーシャを見る。そしてふ、と笑う。
「そうだな···まずは、毎週メンテの日に俺の家に来てくれ。たぶん準備できるだろうから、渡したいものがある」
サーシャはうんうん、と頷く。
「毎週だな、わかった」