その2
もうすぐ9月になろうかという頃。
ラーミャの世界はいち早くオレンジと黒に包まれ、早々とハロウィンイベントが始まった。
イベント告知はこうだ。
〈ハロウィンイベント〉
大変だ!
マップいっぱいにジャック・オ・ランタンが
溢れ出した!
諸君、皆でこれを討伐し、
かぼちゃの種を集めるんだ!!
皆で協力し、その数が50万個に到達したら
きっと諸君らも魔女になれる♪
もしも魔女の箒が見つかれば
諸君らはもっと効率よく、
ジャック・オ・ランタンを討伐できるように
なるぞ!?
〈◇月◇日〜◇月◇日まで〉
サーシャとクロトは、剣を持つことなく、マップそこら中に涌くオレンジのかぼちゃを倒し続けた。
「お、見ろ真理子。魔女の箒だってさ」
マップどこにでも沸くジャック・オ・ランタンは、倒すと必ず『かぼちゃの種』をドロップする。
とはいえ目標数は50万個。サーバーにいるユーザー全員でといっても到達させるのは大変だ。
何十個かに一個の割合で『魔女の箒』というアイテムがドロップでき、使用すると専用マップに転移するようだ。そこでの方が『かぼちゃの種』が集めやすいのだろう。
「使ってみたらどうだ?クロト。もし私も出たらそっちに行こう」
クロトは『魔女の箒』を使用する。シュンっとクロトの姿が消え、フレンドリストの現在地が『Duck Apple Castle』となる。
さて、今回のドロップ運はどうか···。
季節イベントの難易度は底辺だ。ドロップも、レアということはない。
それでもクロトに遅れること十数分、サーシャはやっと、『魔女の箒』を入手した。
ふぅ、と息を吐き、サーシャは『魔女の箒』を使用する。
シュ···と、転移独特のラグを体が感じる。···と、
「う、うわぁぁぁぁ!真理子ぉぉぉぉ!!」
「は!?」
ものすごい数のジャック・オ・ランタンを引き連れたクロトが、上半身裸、下はパンツ一丁でこちらに突進してくる。
どうやら、パーティ単位でマップ形成されるようだ。
「い、いやぁぁぁっ!!」
サーシャは焦って、範囲魔法をぶっ放した。
モンスター:ジャック・オ・ランタンのHPはわからない。どれもどの攻撃でも一撃で倒せるほど低いとしか。サーシャの放った広範囲魔法で、クロトに群がるジャック・オ・ランタンは瞬時に蒸発する。
ものすごい数のかぼちゃの種が、辺りにポロポロ落ちていた。
ぜーぜーぜー···。
がっくしとうなだれるクロト。
「そ、そうか···範囲魔法、その手が···」
サーシャは両手で顔を隠し
「なんで裸なんだぁ!早く服を着ろ!!!」
と叫ぶ。
いやあっはっは。とクロトは座り直した。
「もっと奥に行くとな、真理子。すげぇ数のジャック・オ・ランタンがいるのよ。お〜♪と思って突っ込んだらな、あっという間にズボンが故障してな」
サーシャは顔に手を当てたままだ。
「なんだと。下半身装備の修理キットは持ち歩いていないな···。とりあえず鎧のは持っている。そっちだけでも修理して、着ろ!」
あぁ、とひらひら手を振るクロト。サーシャには見えていないが。
「鎧は壊れてない。こりゃまずい、と思って外したんだ。おまえにもらった鎧だからな」
サーシャはそうか、と頷き手を離した。
クロトはまだパンツ一丁だ。
「···っ、お、おい、鎧を着ろ」
凄むサーシャにクロトはカラカラ笑う。
「イランだろ。こんなんで耐久が削れるのは納得いかん」
サーシャはアイテムインベントリを開き転移スフィアを取り出す。
「ならせめてズボンを直してこい。ほらこれで飛べ」
べーと舌を出すクロト。
「また『魔女の箒』からやり直しか?めんどいだろ。いいから集めようぜ」
パンツ一丁でニコニコ笑うクロト。
サーシャはどこに目線を置けばいいかわからない。
「じゃぁおまえはあっちに行け。私はこっちでやるから···」
サーシャはあさっての方向を見ながらそう呟いた。
たしかに、マップを進んでいくとジャック・オ・ランタンがわらわらと群がっている。サーシャは的確に範囲魔法の魔法陣を合わせ、ガツガツと倒していった。
しばらくすると
「ンにゃぁぁぁぁぁっ!!!」
と、パンツ一丁クロトが出現する。
後ろに大量のジャック・オ・ランタンを引き連れている。
「真理子ぉぉぉ!持って来たぞぉぉぉ!!」
「いらんわ!!!」
クロトが大量に集め、サーシャがまとめて一気に討伐する。
図らずとも連携の取れた形になったアイテム集めは効率が高く、3時間もするとかぼちゃの種は一万個近く集まる事となる。
同じようなパーティがあと50組いればいい。目標の達成も難しくなさそうだ。
『Duck Apple Castle』から転移し、ハロウィンイベント専用のNPCに『かぼちゃの種』を納入する。EPポイントがいくつかもらえ、ハロウィン専用EPスキルが一つもらえた。
発動すると〈Trick or Treat〉という吹き出しが出て、周りにコウモリが舞うエフェクトが出る。
「よう、お二人さん」
野太い声がかかる。
姿が見えなくなる程連打しているクロトの隣で、サーシャは顔を向けた。
「おうギミク。久しぶりだな、元気か」
ギミクは片眉をピと上げ首をかしげる。
「いつも通りだな。おまえがイベントマップに現れるとは、珍しいもんだ」
サーシャは後ろの黒い雲と化した部分を親指で示す。
「ガキの子守だ」
ぶわはは、とギミクは笑う。
「おまえは子守でも全力か。3位だぞ。まぁ、抜かされるかもしれんが」
3位?サーシャが首を傾げると、ギミクは張り出された告知版を見上げた。
「今回はパーティ単位での集計のようだ。NPC納品数の多い順に順位が発表されてる。パーティ解散すると初期化されるから気をつけろよ」
へぇ、と、サーシャは告知版をよく見た。
確かに、『クロト・サーシャ組』は12698個で3位だ。
1位は『青い稲妻組』の35778個。
「ライトのところか、さすがだな」
サーシャは呟く。ギミクはサーシャに鎧の修理キットを売りつけるとどこかに消えていった。
「あっ、サーシャさんっ!」
可愛らしい声が響く。
「見ましたよ告知版!3位なんて凄いっ!どうやったんですか?」
リリが、茶色とピンクで統率されたお嬢様といった格好で現れる。
「リリ!すごいな、イベントって、皆やるものなのか。皆に会えるんだな」
サーシャが変なとこで関心していると、ふふふ、と口に手を当てリリが笑う。
「サーシャさんったら。たった二人のパーティで、どうやってあんなに集めたのか、皆不思議がってるんですよ?」
すると、黒い雲からにょきっと腕が現れ、リリの肩を抱いた。
「それはな、こうすんだよ」
クロトはリリの肩に腕を回しその顔を自分に向け、言う。
「脱げ!裸になり!そして集めろ!漢なら豪快に、ゆくのだ少年よ!」
ざっぱ〜ん、と、後ろに日本海が見えてきそうな勢い。
リリは両手を自分の頬に当て、「ふにゃ?」という顔をしている。
サーシャは呆れて顔に手をやる。
「やめてやれクロト。リリすまんな、そいつはただの猿だから」
あははいえいえ、と、乾いた笑いのリリは、早々に人混みに消えていった。
「今日はもう飽きたなぁ、でも1位狙うのもありだな、どーする真理子?」
サーシャは周りを見回す。
「おい馬鹿。ここで本名で呼ぶな。知り合いがたくさんいただろが」
クロトは肩をすくめ
「じゃ、家に帰ろうぜ」
と言って、サーシャの左手をとった。
キュッと握り、リバーシで家へ。
クロトは、サーシャを、じっと見つめていた。