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その13

連れられた家は、とても大きいものだった。

「······」

真理子は唖然とする。

そういえば。なんかそんな事言ってたな、あの、なんだっけ、俊の幼馴染が。

「真理子はよ来い」

俊が立ち止まり振り返った。

あぁ、と、真理子は覚悟を決め、俊に続いた。

「いらっしゃい、わざわざ来てくれてありがとうね」

俊の母は優しそうな笑顔で迎えてくれた。家中に、甘い香りが漂う。

「あの、いえ、いつもご馳走さまでした。すごく美味しくて。ありがとうございます」

ぺこ、とお辞儀する。

真理子が頭を上げるのを待って、母は言った。

「こちらこそ!今日つけてみたのエプロン。どう?もう嬉しくって。ありがとうね、真理子さん」

いえいえいえ、と、手を振る真理子。

俊は既にリビングに移動しており、声をかける。

「真理子、いいからはよ座れ」

どうぞ、と笑顔の母に先導される形で、真理子は椅子に座った。

テーブルの上には薄い黄緑色のまるいお菓子がまとまって大皿に乗っている。

「今日はね、マカロンにしてみたの。ピーナッツクリームなんだけど、真理子さんアレルギーはないかしら?」

アレルギー···なんかデジャヴを感じる。最初のプリンの時、俊が言った。あれはこの人のセリフだったのか···。

「私はアレルギーはありません、ありがとうございます」

母は小さなトングで器用にマカロンを小皿に取り分ける。

取り分けたマカロンは、二つの小皿に三つずつ。それを自分の前と「どうぞ」と、真理子の前に置いた。大皿に一つだけ、ぽつんと、残る。

「ナッツも?蕎麦とか、全部?良かった!作り放題ね」

俊が嫌そうな顔をした。

「調子乗んな。そばの菓子ってなんだよ」

母は俊に顔を向けると親指を向こうに向けた。

「コーヒー」

くいっとテーブルを指す。俊はため息をつくが素直に立ち上がる。

真理子は身動き一つ出来ない。

「今日はね〜、結構上手くできたと思うのよね。この色合い、イケてるでしょう」

母はマカロンを一つ取って口にいれる。

「うん!マカロンの味がする」

「そらそうだ」

キッチンから俊が戻ってくる。手にはお盆に乗ったカップが三つ。

コンコンコン、とテーブルに並べる。

「砂糖とミルクも用意してあったでしょ」

母が俊に言うが俊は座る。

「俺も真理子もブラックだからへーき」

母は愕然とする。

「おかーさんミルク入れるかもしれないじゃない」

俊は唇を変な形にした。

「おまえが今日、入れるモードか入れないモードかなんか知るか。欲しければ自分で持ってこい」

「入れないモードでした〜」

へっへーん、とコーヒーを飲む母。

「仲いいね···」

思わず呟く真理子に

「どこが」

「そうなの」

と、同時に返事があった。

「あ、の、いただきます」

と、そろそろとマカロンを口にする真理子。

「っ!おいしい···」

実は初めて食べた。マカロンってなんぞやって思ったけど、これがマカロンなのか···。

俊は、大皿に残った一つを摘み、口に入れた。

「なんじゃこの色。黄緑に黄土色って、センスおかしくね?」

えっ、と真理子は

「可愛いけど···」

「あら可愛いじゃない」

予期せず重なった声に思わず母を見る真理子。

ねぇ〜、と、母は嬉しそうに笑った。

「あぁ、そうだ」

と、母は立ち上がる。

「ね、ね、真理子さん。俊の小学校の卒業アルバム、見る?」

は?と俊が声を上げる。母は気にしない。

これなの。とすぐに真理子の前に出す。

「おまえおかしいよな、そんなすぐ出ないよな普通。スタンバってやがったな」

俊に背中を向ける形でテーブルにはみ出ていた母は俊の方を向く。

「だって、お母さん、夢だったんだもの。なのに、雅也は誰も連れて来ないまま売れちゃうし、未菜ちゃんに見せても仕方ないし」

そして真理子のほうに向く。真理子は1ページ目をめくろうとしていた。

「俊は2組よ」

コク、と頷く。

「ったく。あ、雅也って兄貴な。5歳上の。もう結婚してんだ」

俊も真理子に言う。

真理子は圧倒されつつページをめくった。

ツツツ、と目線が動き

『瀬上 俊』

「か、かわいいいいっ」

そこにはまるまるっとした弾ける笑顔の俊がいた。

ちょっとほっぺが赤っぽい。今と同じ位置に、八重歯がある。

「でしょぉぉぉ?この頃はね、ずっとちっちゃくって可愛かったのよ〜!」

母が自慢げに言った。

「え、もっと見たい?そう?あるのよ。待ってね」

一人で話を進める母。

真理子はチラっと俊を見る。

「止まらん。そう言ったろ」

諦め顔の俊。

入学式から一気に飛んで5年生のサッカーの試合。

戻って海に行った3年生。

「おまえ準備するくらいなら時系列に並べろよ···」

写真をばらばらめくる母に、俊はそう言う。

母は気にせずシャッフルするように写真をばらばらこぼしながら

「これは幼稚園のときの遠足ね。お母さんも一緒に行ったのよ〜。ずっと抱っこで···」

む、と、俊は写真をいくつかめくる。

「これ全部···自分写ってるヤツ抜き取ったな」

ふぁっ、と母。

「てめ···」

俊が何か言う間を与えず

「あ、これこれ。これは6年生の運動会」

はい、と、目の前に置かれた写真。

お昼の時間のようだ。周り皆がレジャーシートをひろげくつろいでいる背景に、俊が立ってピースをしている。

膝小僧に土がつき、乾いた色をしている。所々濡れたようにみえ、血が滲んでいるのかもしれなかった。体操着は所々土汚れがあり、顔は笑っているがなんだか妙にテカっている。

「この時ね、リレーのアンカーだったの。俊の番に回ってきたとき、チームは1位でね。でも俊は、派手に転んでしまって。ビリケツになったのよ。ずい分泣いてね」

母はその時のことを思い出すように、頬に手を当てて続ける。

「アンカーに選ばれるくらいですもの。普通に走れば普通にイケたと思うわ。昔からね、妙に力んじゃうとこがあってねぇ。いいとこでコケるのよね」

真理子は頷いた。

俊は立ち上がる。

「あったまきた。おまえの白無垢写真、あれどこだ。見せてやる。今より30kgも太ってたあの写真」

母はツーンとした。

「見つけられるもんですか。しまってあります」

がたん、と俊は部屋を出て行く。

ふぁー···と、真理子はあっけにとられる。

廊下の様子を見ていた母は真理子に向き直った。

「あの子がね、言ったの。『大切な女の子が、太れなくて悩んでる。手を貸してくれ』って。今日見たら確かに!おばさんはうらやましいと思うんだけど、こんなんで良かったらいつでも作るわ。最近あの子、ずいぶん優しくなって。貴方のおかげなのね。ありがとう」

にこっと笑って、母はコーヒーを飲んだ。

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