その12
二人は手近なレストランに入った。
休日の昼間とあって、店内は混雑していた。
真理子はどうしてもカップルばかりに目が行く自分の顔を、ギギギ、と不自然に動かして目の前の俊を見る。
俊はメニューを見ている。
「う〜ん、どーすっかな、あぁこれでいいかな」
と、周りは全く気にならない様子。
真理子は胸に手を当てる。私は、サーシャ。
「真理子どうする?」
メニューをパタ、とテーブルに広げる俊。チラと、たたまれたままのメニューを見るが、真理子は広げてもらったメニューを覗いた。
食事が済み、頼んでいたコーヒーが運ばれる。
それを口に運びながら俊が携帯を見た。
「昼過ぎか、どうしようかな」
真理子は口を開いた。
「予定がもしもないなら、付き合ってほしい事があるんだが、いいだろうか?」
俊は心持ち眉を上げて頷く。
「いいぜ、どこに行きたいんだ?」
真理子は、う〜ん、と唸る。
「なんかこう、家庭的な、物がたくさんありそうな、場所?」
「へ···」
う〜〜ん、と真理子は腕を組む。
「デパート···かな。なんか布っぽいのが、いいな」
俊は携帯を取り出しそこに地図を表示した。
「デパート···昨日見たときそれらしいのがあったような」
真理子は首を傾げた。
「昨日?も、来たのか?」
俊は、はっ!という顔になった後、苦々しい顔になった。
「いや、昨日、あの後、ずっと調べてて···。このあたりの地図を、だな···」
真理子は目を丸めた。なんの迷いもなくすいすい歩く俊を思い出す。
そうか。そうだ。そうなのだ。
人は皆、自分を大きく見せて、強がって、見栄をはり、知ったかぶる。
ふふ、と笑い真理子は言った。
「ありがとう、俊。おかげで今日はとても楽しいよ」
やりすぎなければいいだけで、それは立派な
努力となる。
デパートに着くと、真理子は案内板を睨むように見つめた。
3Fに、婦人服···。
真理子は口に手を当てる。
あ、4Fに、家庭用品、か···。
「何を探しているんだ?」
俊が隣で声をかけた。
真理子は俊を見上げた。
「おまえのお母様に、何かお礼がしたい。お料理が好きならそういう時に使える物がいいと思ってな···」
俊は目を丸める。
「お礼?なんでだ。あれがやりたい事を与えてやったんだぜ。いらんだろ」
真理子は呆れて俊を見る。
「そういう問題じゃない。とりあえず3階に行こう」
二人は売り場をあっちこっち行き来し、ぶーぶーとぶーたれる俊を引っ張って決めたのは、濃いピンクのミトンと、茶系統でまとめられたエプロンだった。
真理子はそのニつを綺麗にラッピングしてもらうと俊に渡した。
「私からと、言わなくていい。というか言うな。おまえが頼んで作っていただいたんだ。おまえからということでいいだろう。頼んだぞ」
俊は
「俺が渡すのか?まぁいいけど。おまえ後悔するなよ?」
後悔?真理子は首を傾げる。
「いいんだ。渡したいだけだから。私からだとは、わからなくていい」
俊は肩をすぼめる。
「まぁいい。明日にでも届ける。帰るか」
うむ、と頷き、真理子は俊の手を取った。
翌日、サーシャは一人でログインし、はじまりの街をふらつき鎧の修理キットをいくつか購入し、ついでに見つけた下半身修理キットも一つ買った。
あとはどーするかな···、と、金報酬のいいクエストをいくつかこなし、稼ぐことにした。
今日はクロトはログインして来ない。
実家に行くなら夕飯まで食うだろうから遅くなる、と俊からメールが来ていたのだ。
一人でこのラーミャをうろつくのも久しぶりだ。
サーシャはセラルを肩に乗せ、あっちの街からこっちの塔の上に、『お弁当』を届けては報酬をもらっていた。
なかなかいい稼ぎになった。サーシャは翌日も、昼になるまでクエストの周回を繰り返した。
懐が潤ったので、はじまりの街をふらつき、露店巡りをして
その昔、シギアに見せようと購入したワンピースを見つけた。
それは、過去のなにかのイベントで配られたものだったか。誰にでも入手できたから当時はゴミのような値段だった気がする。
もう入手することのできない現在、それはびっくりするほどの高値がついていた。
「ノスタルジックはプライスレスだな···」
ふ、と笑う。欲しいとも、着たいとも、戻りたいとも、もう思わなかった。ただ懐かしく、暖かく、嬉しい気持ちにだけなった。
サーシャは腕を上げ、システムを起動する。
シギアさんとのペアを解消します。
よろしいですか?
ピ、と操作する。
ずいぶん支えてもらった。
長い間。
恨まなくて良かった。
なんで恨めないのかと、思ったこともあった。
でもこれで良かった。
私の最初のペアはおまえだった、シギア。
今の私の相方はクロトだ。
ありがとう。
午後遅い時間にクロトがログインする。
そしてサーシャのいる自宅へ飛んできた。
「言った通りだ、覚悟しろ真理子」
サーシャは首を傾げる。
「なんのことだ?」
クロトは嫌そうな顔を向ける。
「母親が、おまえに会いたいとさ。今週末だ。逃げるなよ、俺が殺される」
ふぁっ!と、サーシャが変な声を出した。
「なんでだ、私からだと言わなくていいと言ったろ?」
クロトは肩をすぼめる。
「言ってない、が、まさかおまえ、俺が母親にピンクのエプロンを贈ったことがあると思うか?すぐバレる」
うぐぐぐ、とサーシャは
「エプロンは茶色だ···」
とだけ反論した。