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その11

クラン戦の行われている競技場から、二人はリバーシでサーシャの自宅へ戻った。

中に入る。時間はもう22時だった。

「俊、今日はもう夕飯食べたのか?私は風呂がまだなんだ。そろそろ落ち(ログアウト)ようかと」

クロトはメールシステムを起動し、何やらやり取りをしている。恐らく先程のクラン戦での事を、『Gozhic』メンバーと話しているんだろう。

「んあぁ、そうだな。土曜はクラン戦が遅くなるからいつも早い時間に食ってる。まぁ今日はここまでだな。···真理子」

メールシステムをしまい、クロトはサーシャを呼ぶ。

「ん?」

サーシャは机に座ったが、振り向いてクロトを見た。

「明日、日曜だろ、暇か?」

まぁ···。

「私は曜日に関係なく暇だな」

クロトはよっし、と立ち上がるとサーシャを見る。

「どっか行こうぜ。朝10···いや、9時に家に行く」

ふむ、と、サーシャは

「あぁ、わかった。おやすみ」

と言ってログアウトした。


翌朝、真理子は早くにパトラッシュの散歩を終わらせ待っていた。

9時少し回った頃に俊が来る。

ピンポン、ガチャ。

「······」

パトラッシュが千切れんばかりに尻尾を振って玄関に向かう。

真理子の味方はいないようだ。

「わしゃしゃしゃしゃ〜!!」

またしても毛だらけになりつつ俊がパトラッシュとたわむれる。

ひょいっと体を起こす。俊は真理子を見

「行くか」

と、手を出した。

いつものように手をつなぎ歩くが、真理子は少し緊張してしまった。

俊は、いつものようにくたびれたシャツや色の抜けたジーパンではなく、紫と青の中間のような色合いのVネックの薄手のセーターの下に白いシャツが覗き、細身の黒いパンツを合わせていていつもより格好良く見えてしまったのだ。

真理子は先日はいたロングスカートに、今日はエンジのボタンシャツの上にもこもこしたセーターを重ねていた。寒いなんて理由で心配はさせたくなかったのだ。

駅の方に向かい、ガラスが横に来る。が、真理子は意識してそちらを見ないよう努めた。

私はサーシャ私はサーシャ私はサーシャ···

呪文のように繰り返す。

なんでも知ってて、なんでも持ってる。

なんでもできて、どこでもいったことがある。

誰をも助けて、誰でも諌める。

私は、サーシャなんだ。


電車に乗り、二人は都内へ向かった。

「どこに行くんだ?」

真理子が俊に聞くと、俊は

「水族館行きたい」

と言う。

ふ〜ん、と頷く真理子。

「魚好きだなぁ、そういえばあの『釣り図鑑』は埋まったのか?」

迷うでもなく歩く俊に手を引かれ、真理子は聞いた。俊は前を見て人混みをさばきながらボヤく。

「あ〜、あれな。あと一歩ってとこで新しい欄追加してきやがった。フルコンプしてから見せようと思ってたのに。絶対GM(ゲームマスター)の嫌がらせだぜ」

ぷくく、と、真理子は俊の腕に顔を埋め笑った。

「奴らが一プレイヤーの図鑑コンプ状況気にするわけないだろ」

俊は肩をすくめる。

「今度のまで全部コンプすると、褒賞がある。装備らしい。ちょっと頑張るかなぁ···」

二人はゲームの話をしながら歩いて行った。

やがて水族館があるビルまでたどり着いた。

そこは、都会のビルの上とは思えない開放感で、川が流れ木が茂り、そのまま歩いてひょいと覗けば海が見えてきそうな雰囲気だった。そこらにペンギンがぺたぺた歩きかわいらしいおしりを揺らす。

「ふぁ〜!シッポつんつんしたいなあれ!」

はしゃぐ真理子。俊はとさかの大きなペンギンのほうを見ている。

「あっちのが気合入ってる、あのメッシュ中々真似できねーぞ」

建物の中に入ると一転、そこは深い海を思い起こすような、暗い、蒼の世界だった。

どこが頭でどこが体か、そもそもどう生きていくのか、皆目見当もつかない生物たち。

重力の影響の少ない世界に住む者たちの自由度には驚かされる。

少ない照明の、暗い廊下を抜けると途端に広々とした空間に出た。

「わぁ···」

そこは、目の前いっぱいに海が広がっていた。

キラキラと、その体を光らせながら泳ぐ魚。等間隔で、整然と並び、誰が指示するでもなく、フ···と向きを変える。

その横を大きなマンボウがゆっくりと通過する。

奥にはサメだろうか。大きな大きな口を半開きにし、すいすいと勝手気ままに動いてる。

「すげぇ、でっかいなぁ···」

俊を見上げると口を開けて見入っていた。

真理子は、自分の口も開いていたことに気づき一人笑う。

「でかいな。そして、本物だ···」

俊が真理子を見た。

「あぁ、本物だな」

先に進む廊下があり、二人はそこに入っていった。

そこにあったのは不可思議な色にライトアップされている、円柱形の水槽で、中にたくさん何かが浮いている。

「こりゃ、くらげだな」

俊が言う。

ティッシュを水に入れてかき混ぜたみたいな様子の水の中。たしかに触覚のようなものも動いている。

下から上に、泡がポコポコ上がり、それがライトの色でキラキラ光っていた。

二人はゆっくり館内を巡り、お昼近くに外に出た。

「おもしろかった!」

真理子はごきげんだ。一方俊はほっぺが膨らんでいる。

「あのシャーク、欲しかったのに···」

俊は、出口にあったお土産屋で、真理子の身長くらいありそうな特大のサメのぬいぐるみを欲しがった。もこもこと毛だらけで、いい具合に湾曲していて、抱きまくらにちょうど良さそう。

しかし、値段がやばかった。

よーし、と財布を取り出す俊を、真理子は焦って止める。

「おまえは馬鹿か。ネタすぎる。せめて自分で稼ぐようになってからにしろ」

そう言う真理子に、俊はえ〜、と不服そうだった。

水族館の入場料を、俊は支払っている。昼も、出すつもりでいるのだろう。レジでやり取りして店員を呆れさせるつもりはないが、かといって後で出しても受け取らない。

真理子は今口座に残る金額を計算すると、そこまで無駄遣いはできない。一生このままというわけにもいかないが、それでも、見通しがつくまでは控えるべきだ。

しかし

「なら私が払おう。今日の分のお礼ということで」

と、真理子が言うと、俊はあっさり

「やっぱりいらない」

と引き下がった。

やれやれ。

真理子は心のメモに書き留める。これは使えるぞ。こいつはすぐにネタに走るから。

すると俊は、真理子と繋いだ手に力を入れて顔を寄せた。

「おまえを抱いて寝ればいいんだ。うっかりしてた」

真理子は全身に鳥肌が立った。心のメモを焦って消す。

だめだ、やっぱ全然使えない!

そして俊の手を引き外に出たのである。

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