その10
〈Battle startまで 0:30···〉
両陣営にそれぞれ、プレイヤーが15人、一列に並び前を向いている。
その頭上にはそれぞれプレイヤー名が掲げられ、それよりもっと奥、サッカーコート並に広々としたバトルフィールドのそれぞれ両端には15cm直径くらいの棒が5mの高さで突き刺さっている。
〈ピィーン これよりBuff time 3:00···〉
電子音が鳴り響くとそれぞれ陣形を作り、効果時間の長いスキルから順に、補助呪文をかけ始めた。
観客席にいるサーシャはただ一点を、両手を組んで見つめていた。
サーシャの視線の先にはクロト。サーシャにはわからないだろうが、配置限界ぎりぎり前、最前衛で特攻組だ。
〈ピィーン!!〉
一際大きく音が鳴り響くと、フィールド全体が唸りだした。
クロトも吠えつつ前進。一人相手プレイヤーに斬りかかり、相手の攻撃を躱して更に前へ。
相手陣営中程には5人の敵プレイヤーが待ち構え、それぞれに攻撃魔法を詠唱している。
クロトの足元に魔法陣のエフェクトが光る。
「おいマズいぞ、···あぁっ」
サーシャは思わず声が出る。
クロトは一つ目の魔法陣を躱すも二つ目に捕まり、その体から炎が立ち昇った。
両手を広げ、何かを叫ぶクロト。途端に周囲に氷の粒が飛び、炎は消え、クロトはその氷を集約させると敵の一人に投げつける。
そうこうしているうちにクロトの味方プレイヤーが相手の棒に取り付いた。
クロトは自陣に一度視線を流し、何事か味方プレイヤーに叫びつつ自分もローグに駆け寄る。
倒そうとする味方と、倒されまいとする敵と。
〈ピィーン 勝者 『Gozhic』battle 終了〉
「ふぁぁぁぁ〜」
サーシャは全身からどっと力を抜いた。試合中ぎっちりと力んでいたようだ。
「サーシャじゃないか、驚いたな。珍しい」
後ろから声がかかり、振り向くとライトが立っていた。金色に光り輝く鎧を着込み、真っ青な大剣を腰に刺している。
「まぁな。これからクラン戦か?」
きっちり戦闘モードのライトを見て、サーシャは言った。
「これからだ。おまえも遂にクラン戦デビューか···」
ライトは頷くと、サーシャのステータスに注目する。そうすると所属クラン名がわかる。だが、サーシャは相変わらず無所属のようだ。
ライトは顎に手をやった。
「出たいならウチに来ればいい。今日だとそうだな···誰と代わるか···」
サーシャは手を振った。
「いや、観戦してるだけだ。クロトがハマっててな」
「あぁ···」と、ライトは後ろにいるメンバーに先に行くよう声をかけ再びサーシャに向き直った。
「あいつはひどい。3桁のレベルで容赦しないんだ。全く参るよ、サーシャ、あいつにあんまし性能のいい装備渡すなよ?」
ははは、と、苦笑いのサーシャ。
「『青い稲妻』クランが常勝位置から転落したら考えるって、言ってたな。あいつでもおまえんとこには勝った事ないんだろう?」
ライトはニヤ、と笑う。
「そりゃな、クラン戦は一人じゃできん。群がっていいなら俺の出番ってわけさ。ここは譲らないぜ」
サーシャは笑い、拳を上げた。
「健闘を祈る」
ライトはビシ!と敬礼し、コツ、と拳を当てて去っていった。
「ふぇ〜〜、おい真理子」
クロトが歩いてきて、耳の傍まで近寄ってから名前を囁く。
サーシャは周りをキョロキョロしながら言う。
「どうした?終わりなのか?」
クロトは鎧を装備から外し、適当なTシャツになりながら頷いた。
「あぁ、パーティ承認してクレ」
そうして右手を出す。
クロトさんがパーティ申請をしています。
サーシャは手を握りそれを受ける。そして呟いた。
「クラン戦はパーティを組む必要があるんだな···」
クロトは握ったサーシャの右手を左手に持ち替えそのまま繋いでいた。
「そりゃな、じゃないと皆殺しになんだろ」
サーシャは心なしクロトに近づく。そのほうが、手を繋いでいることが見えにくいと思っての事だった。
本当は恥ずかしくて仕方がない。
ライト達『青い稲妻』メンバーは少し行ったロビーで受付をしているし、たくさん人がいる中にサーシャを知るものも多いだろう。
長いことキャラを作って過ごしてきたせいで、違和感が半端ない。
その割に、サーシャの知り合いは皆一様に、クロトがサーシャの隣にいる事を受け入れているようで、サーシャにはそれが少し不思議だった。
「なぁクロト、たぶん次にライト達が出るんだ。見ていかないか?」
クロトはロビー上に設置された電光掲示板を見やり
「あぁ、いいね。見てから帰ろう」
と言うとサーシャの手を引きフィールドへ向かった。
バトルが始まると、クロトはサーシャにクラン戦の説明をしてくれる。
「それぞれに役割がある。初配置でだいたいわかる。まぁ、そう思わせる作戦の場合もあるが。『特攻』『キラー』『上乗り』とか、あと諜報いれるとこもあるな」
楽しそうに説明してくれるクロトを、サーシャは眺めていた。
「ホラ見ろ、ライトがこれまたすげぇんだ。何しろ守りが硬い。あいつがローグに取り付かれるとこ見た事ないよ」
見ると、ライトが大きな真っ青な剣を振るっている。それで手元の敵を躱したと思ったら、少し離れた敵に特大の雷が落ちる。
ドォンっと、地響きがこちらまで伝わってきそうな勢いだ。
「あの雷がマジやっかいだ。あいつは後ろに目玉がある。断言していい。詠唱時の素振りも少なくて見極めずらいしな···」
サーシャはクロトの手を握ったまま手を振る。
「でもおまえはライトに勝った」
クス、と笑うクロト。
「あったなぁ〜、あれは単体だったし。あとすげぇ必死だった」
そういえば。
あの頃はまだ、それまで適当にやってきたクロトは何もかも覚えたてだったはず。鎧も普通で、特に強化した装備ではなかった。
「そうだ···。ライトはあの頃からクラン戦にも出て活躍してたのに。よく勝てたよな」
サーシャが不思議がると、クロトは言う。
「ライトに、言われた。『おまえにあいつの横に立てる資格があるか、見極めさせてもらう。消える覚悟が出来たらかかってこい』ってな」
あぁ、と、サーシャは笑った。
「ライトはすごい世話焼きだから。自分の知り合い全部を、そうやって気にかけてくれてる」
そう説明し、あれ、とサーシャは首を傾げる。
「ライトは確か、『お互いの大事なもの賭けた』って、言ってたような···。装備かなって思ってたんだが···」
クロトは、フィールドで吠え猛るライトを見る。
「あンの野郎···」
サーシャもライトを見る。
「なんだ、誤魔化されたか?何も、もらってないとか?」
そんな奴じゃないと思うがな···と、サーシャが思っていると、クロトがサーシャを引っ張る。出口へ行くようだ。チラっと振り返ると大きく引き伸ばしたシステム画面が、『青い稲妻』の勝利を告げている。
「あいつから貰うもんじゃないがな。どっちだろう、まぁ、まだ貰ってないという解釈でいこうか」
「???」