その1
◇◇◇完結編◇◇◇
◇◇◇ラームフルオンライン◇◇◇
「クロト、買ってきたぞ。これでいいか?」
ガチャ、と玄関ドアを開けて真理子が顔を出した。
手にはドライバーセットとカーテンレール。
靴を脱ぎ、中に進む、と
明るい直射日光に煌々と照らされながら、ヘッドギアを頭につけて、ゲームにログインしている俊の姿があった。
「······」
ぎぃやぁぁぁぁ!!
洗濯ばさみの跡で鼻と頬を赤くした俊が、唇を尖らせながらカーテンレールを取り付けている。
真理子はトイレの掃除を終わらせ、顔を出した。
「もうサボるなよ」
俊にそう声をかける。
俊は顔をしかめつつ真理子の方を向いた。
「サボってたんじゃない、ネット接続の確認してただけだろ。なぁ真理子腹減った」
真理子は時計を見ようと顔を上げた。
つい、いつもの自分の部屋の、時計の位置を見上げてしまう。
あぁ、そうだった。
ここは駅近く、2DKの真新しいアパート。大学生となった俊が一人暮らしするための部屋だ。時計はまだ設置していない。
「もう昼か。駅に向かえば何か店があるかな?行ってみようか。クロト、鍵忘れるなよ?」
ストン、と椅子から降りた俊は、バックを漁る。
「あぁ。真理子もスペアキー持っててくれよ。俺失くしそう」
真理子はため息をつきながらも手を出す。
「失くすな。一人でやってくんだろ?管理できないなら家にいればいい」
俊はそんな真理子の背を押しながら玄関に誘導した。
「家に戻るくらいなら真理子の所に行く。さぁ、肉がいいな!肉食おう♪」
バタン。と、玄関が閉まった。
真理子は自分の食事を取りつつも、俊の方を呆れながら見ていた。
俊は、ハンバーグセットにピザを丸々一枚、ご飯は大盛りで、3杯目のコーラを今、飲み干すところである。
「プハー、やっぱこれだね」
俊は、コト、とコップを置いてそう言う。
「おまえはサラリーマンのおっさんか。そんなに食って、午後動けるのか?荷物も届くだろうに」
ため息混じりの真理子に、俊は気にもせずコーラのおかわりを取りに立ち上がる。
「真理子こそ、そんな少ししか食べないと夜までもたねーぞ。あと肉がつかんだろ」
ついただろ···。真理子は思う。さすがに三食欠かさず食べるということはないが、俊に付き合う形で、真理子の食はずいぶん改善された。
「男は皆、ムチムチボイ〜んが好きなんだな···」
ぼそっと言う真理子。ドリンクバーから戻ってきた俊が、真理子の頭にコップを乗せる。
「何が好きだって?」
真理子は肩をすくめ
「いいや、何でもない」
と言う。
午後は荷物が届き、二人はそれを開封する作業に追われた。
最近やっと、服を買い揃え始めた真理子と違い、俊の服はよりどりみどり、数が多い。あっという間に部屋は物で溢れかえる。
「ぐは···あんなに広々してたのに狭っ!もう一個広い方のが、やっぱ良かったかなぁ···」
俊が独りごちる。
真理子はダイニングで食器を一つずつしまう。
「金の心配もないのになんで狭い方にしたんだ。わけわからん」
俊は、ぶぅと唇を出している。真理子には見えないが。
「こっちのが近かったから···」
ヒョイ、と顔を出す真理子。
「あぁ、駅に?」
それを見やる俊。
「おまえん家に」
ピョコ!と顔が消える。
「あ、あ、あほか。ほら、皿しまい終わったぞ。次は···と」
ぶくく、と笑う俊。しかし、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔をした事を、まだ出しただけの姿見が、きちんと捉えていた。
夕方になり、荷解きは一段落ついた。
後は細々した小物で、どこに置くかは本人次第。
確認しながらの作業は、却って無駄な時間をとってしまう。
真理子の出番はもうなさそうだった。
「さて、クロト。私はそろそろ家に帰るよ」
真理子は俊に声をかける。
俊は持っていた参考書を棚にしまい立ち上がる。
「あぁ、助かったよ。ありがとな。送ってく」
真理子は首を振った。
「まだ整理に時間かかるだろ、私なら大丈夫だ」
俊はそんな真理子の二の腕を掴み、鍵を持つ。
「今日はさすがに、LFOはできないなぁ」
俊に引きずられる形で玄関まで行き、真理子は靴を履く。
外に出ると、辺りはもうすっかり暮れて道は暗く沈んでいた。
駅の方に向かい、明るい街灯に目が慣れ、そして再び暗闇に突入する。
真理子のアパートは、そこから少し歩く。
「あぁ、そいうえば」
真理子は俊を見上げた。
「隣近所に挨拶行かないといけないぞ?タオルとか持って···あれ、そばがいいんだっけ?」
俊は真理子を見下ろした。
「あぁ、母親がなんか入れてたから、明日それ配るわ」
ポツ···ポツ···と、遠慮がちに灯す街灯。無言で歩く二人。
と、俊は、そっと真理子の手を取って繋いだ。
「っ」
真理子はビクっとして周りを見渡した。
「おい、クロト。誰かに見られるぞ」
俊は、この春大学にエスカレーター式で進学した。ピッチピチの10代である。
一方真理子は、すでに誕生日を越えた。
四捨五入すると大変な年齢になる。する必要はないが。
俊はギュと真理子の手を握る。
「困るのか?」
真理子は首を振る。
「困るのはおまえだろ、クロト」
俊は足を止め、真理子を見下ろす。真理子は顔を上げない。
「真理子···」
ギュゥゥゥ。無意識に真理子の握る手が強まる。
俊は小さくため息をつき、再び歩き出した。
「はよ帰ろう。パトラッシュがしぼむ」