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What's your name ? (君の名は?)

作者: 後藤章倫

ラテン系アメリカ人のロドリゲス・サンチョスは怒っていた。怒りまくっていた。

レストランの受付でロドリゲス・サンチョスは自分の名前を言った。それだけでそこの受付嬢は爆笑した。

名前を聞いた直後は必死に笑いを堪えていた受付嬢。受付嬢は美しかった。はっきりいっていい女だった。が、しかし笑いを止められなかった。何故ならそこには絵に描いた様なロドリゲス・サンチョスが居たからだ。


ロドリゲス・サンチョスはユナイテッドステイツのシアトルという都市で生育ち、そしてハイスクールを卒業して働いていた。子供の頃から真面目で何事にも一生懸命なロドリゲスは度々職場の同僚からいいように扱われる事があった。

「なぁロド、家族が急病なんだ。この仕事が終わらないと帰れないんだ困ったよ」

もちろんそんな事は嘘でロドリゲスに仕事を押し付けて遊びに行くつもりなんだけど馬鹿が付く程に真面目なロドリゲスは

「いいよジョージ、俺がやっとくから早く家族の元へ行ってやれ」

と、こんな具合だった。

こんなにも真面目で良い奴なロドリゲスなのだけれども、何というか、世間と噛み合わないというか、色んな事をやればやる程に空回りしてしまい、親切に引き受けた仕事も滅茶滅茶にしてしまうというか、これなら最初から何もやらなかった方がましというか、そんな感じに何時もなってしまい、そのうちに誰もロドリゲスの事を相手にしなくなっていた。

それでもロドリゲスは逢う人に大きな声で挨拶をし、近所の子供達の遊び相手をし、道に迷った人に道案内をし、街のゴミ拾いをし、困った人の相談にのり、早寝早起きを信条とし生活していた。

しかし、それは挨拶した人を驚かせ勢い余って溝に足を突っ込ませる事になり、子供達と本気で遊んだ結果怪我をさせる事になり、道案内をしてるつもりが自分が迷子になり、ゴミと一緒にシャブ、マリファナ、違法薬物等も拾いマフィアにもポリスにも迷惑をかける事になり、困っていた人妻の相談にのっているうちに何故かその人妻から好意を抱かれ訳のわからない三角関係を築いたりしていた。


何故自分が行動すると変な方向に事が動くのか、近頃はその事に頭を抱えていた。一体自分の何が悪いのか?もうシアトルには自分の居場所は無いのか?いやもうこの国の人達とはやっていけないのかもしれない。そう思うようになっていて、何処かに自分を受け入れてくれる様な場所は無いのか書物を読み漁り、インターネットで検索しまくり、たまに発狂などもして遂にたどり着いた。未知の国を見つけたのだ。

「なんだこの美しい国は?これが日本という国なのか」

ロドリゲスは直ぐに夢中になった。広がる田園、美しい海そして山、それでいてテクノロジーは進み、人々は穏やかで優しい、おもてなしの精神、武士道、敬いの心、着物、フジヤマ、芸者、その全てが自分を呼んでいるようだった。

ロドリゲスの心は決まっていた。日本へ行こう。日本で生きよう。日本で新たな自分に出逢おうと。


成田空港に降り立ったロドリゲス・サンチョスは感無量だった。空港を出たところで人にぶつかった。しかしその人は

「ごめんなさいね」

と礼儀正しかった。


さすがは日本、コレだよコレ、俺が求めていたのはこの感じだよ。


と感動さえ覚えていた。

ホテルにチェックインする時にやっと気付いた。財布をすられていた。

が、ロドリゲスは財布を何処かで落としてしまったのだと思い落胆していた。警察から携帯電話に連絡が入ったのは次の日の午後だった。

「警視庁新宿署の飯田といいます。えっとロド、ロドラス?ロドリ?さんの携帯電話でよろしいですか?」

ロドリゲスは日本語がよく分からなかったので

「チョトスンマセン、フロントイク」

と言ってホテルのフロントへ行きフロント係へ携帯を渡した。フロント係は警察と話始め、途中片言の英語でロドリゲスと警察を通訳した。

今朝JR中央線車内ですりの常習犯が逮捕されその犯人の荷物からロドリゲスの財布が見つかったとの事。携帯電話の番号を書いたものを財布に入れていた為に連絡がとれたという事だった。これは何と言うか割りと奇跡的だった。何故ならすりは、すった財布は中身だけ抜き取り捨てる。これがすり界の一般常識であってマストな行動であるのに、このすりは、すった財布をコレクトする癖があるために所持していた。その事とロドリゲスの性格が石橋を叩いて渡る的な、携帯電話の番号をもしかして忘れたらいけないから書いてコレを財布の中に入れていた。この2つの事柄が重なってロドリゲスの元へ財布が返却される流れになった。

しかしロドリゲスは、ちょっとばかりの勘違いを起こし、やっぱ日本の警察は素晴らしい落とした財布を見つけてくれた。と思い込んでますます日本が好きになっていった。


ロドリゲスの滞在日数も7日目を迎え日本の基本的なルールというか、そんなものも少しずつではあったが理解してきた。

しかしロドリゲスは結構色々な事を勘違いしていた。不思議に思った事のひとつに武士がさっぱり見当たらないし、殿様も居ない、夜に見かける芸者ガールのような女は、如何わしい建物に入って行くようだった。

ロドリゲスにとって何の不思議もない自分の名前、つまりロドリゲス・サンチョスは日本人にとってその響きからしてザ☆ラテン的である事にも全く気付く訳もなかった。それに輪をかけてロドリゲスのルックスは眉毛が濃く、目はギロリとし、鼻や口も大きく、頭髪は天然パーマであって、どこからどうみても、もし初めて逢った人でも想像で彼の名前を答えよと言われれば間違いなくロドリゲス・サンチョスと答えるであろう事もわかるはずはなかった。


「御予約のお名前は?」

と問うレストランの受付嬢へ彼は普通に

「ロドリゲス・サンチョス デス」

と言うと受付嬢は秒速で下を向いた。かなりヤバかった。思わず口を押さえた。涙も出た。そして数秒後に爆笑した。失礼は百も承知で大爆笑した。それは仕方がなかった。彼女が想像する漫画みたいな完璧なルックスのロドリゲス・サンチョスがそこに居て、そしてロドリゲス・サンチョスだと名乗ったのだから。

受付嬢も流石にヤバいと思い、呼吸を調え顔を作り正面を見て謝罪しようとしたけど無理だった。絶対反則だと思った。これは何かの罰ゲームか?とも思った。口を力強く閉じていた為に鼻の穴から鼻水が噴出した。同時に大爆笑した。

ロドリゲス・サンチョスは憤慨した。いくら彼が真面目で良い奴でもこれには怒った。自分には何の落ち度もない、只名前を述べただけだ。それなのにこの女は馬鹿にしてる。爆笑している。大爆笑している。屈辱だ。

ロドリゲスは普段は絶対口にしないようなスラングを爆発させ、その受付嬢を英語で罵った。怒りを露に手足をバタつかせた。すると受付嬢の笑いのスイッチを更に強く押した感じになって受付嬢は床へ転がり笑い転げた。

ロドリゲスのただならぬ怒りと受付嬢の大爆笑は店内にまで響いた。

ここは都内でも評判な洋食屋であって予約をとるのが困難な人気店なので店内はお客で溢れていた。騒ぎを聞きつけ支配人的な感じの男性が受付に走り寄った。

「お客様、申し訳ございません。どうなされましたか?」

ロドリゲスは未だ興奮状態であって怒りを全面に出していたが、受付嬢もまだ笑い転げていた。その時、支配人的な感じの男性は思った。なんかこのお客様ってロドリゲス・サンチョスみたいな感じの名前だろうなぁ。

「大変失礼ですが、お名前を」

支配人的な感じの男性はそう聞いてしまった。

ロドリゲスは気を悪くしていたが低い声で

「ロドリゲス・サンチョス」

と言ってしまった。支配人的な感じの男性はもう駄目だった。受付嬢の行動の理由を0.2秒で理解した。そして直ぐに天井に顔を向け吹き出した。受付嬢と支配人的な感じの男性は何かの奇病にとり憑かれたみたいに爆笑し続けた。

その頃になると店内のお客達も騒ぎに気付き始めていた。厨房からアメリカ人シェフのジョンクーガーがロドリゲスのところに歩み寄り、失礼を英語で詫びた。受付嬢と支配人的な感じの男性は居なくなっていた。

ロドリゲスはジョンクーガーの言葉で冷静さを取り戻し案内された席についた。ジョンクーガーはメニューを丁寧に説明し、この店で一番人気のライスを勧めた。実はロドリゲスもそのライスの事を知っていてオーダーしようと思っていた。

厨房から香ってくるデミグラスソースの奥深く独特の風味にロドリゲスはさっきまでの怒りは収まり、そして食欲が湧きまくった。それから5分も経たないうちに遂にライスが運ばれてきた。

なんという気品に満ちた美しい褐色ソース、ライスも光輝いており、添えてある野菜も新鮮そのものだった。ロドリゲスはたまらずスプーンでライスをソースに絡めひと口食べると、口のなかに旨味が広がった。旨い、旨すぎる。ロドリゲスは感動した。

ロドリゲスはテーブルの上の呼鈴を鳴らしボーイを呼んだ。片言の英語混じりの日本語で、これを作ったシェフを呼んでくれと伝えた。ロドリゲスは、きっとあのナイスガイのジョンクーガーが来るものだと思っていた。すると厨房から顎髭を蓄えた年配の男が姿を現した。

「わたしが、これを作りました。どうかされましたか?」

そう言う男にロドリゲスは感動をどう伝えて良いものか迷っていた。続けて男は

「これが当店自慢のわたしが生み出した料理ハヤシライスです」

ロドリゲスは、ワナワナしていた。あまりの旨さに拍手をしていた。そして一言

「What's your name ?」

と尋ねると、その年配のシェフは

「わたしですか?わたしは林です」

そう言ってロドリゲスと握手をして厨房へ帰って行った。





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