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095 時計塔の決戦

 チーと繋いでいた手を離して、わたしは短剣を取り出しさやから抜いた。

 グランデ王子も何処から取り出したのか、2メートルくらいある大きな斧を構えた。


「ラリーゼ、チーのお母さんとサガーチャさんを返してくれない?」


「うざ」


 ラリーゼが舌打ちし、サガーチャさんの側に行って、真上に蹴り飛ばした。

 その威力は凄まじくて、サガーチャさんはそのまま時計塔の時計の針の短針のある部分まで飛ばされ、その短針に引っ掛かる。


「姉さん!」

「「サガーチャさん!」」


 まさか時計の針が刺さったんじゃないかと焦ったのは、わたしとお姉だけじゃない。

 あんな事を言っていたけど、やっぱり心配だったのだろう。

 グランデ王子様もわたしとお姉と同時に焦るような声をあげていた。

 だけど、わたし達の焦りは直ぐに無くなった。

 よく見ると短針はサガーチャさんではなく、サガーチャちゃんを縛る縄に引っ掛かっただけだった。

 わたし達は一先ず安心し、ホッと胸を撫で下ろした。


「私の事は観客か何かだと思って気にしないでくれたまえ!」


 サガーチャさんは自分のおかれている状況が分かっているのかいないのか、そんな事を言って笑みを見せる。

 それを見て、グランデ王子様も流石に苦笑。

 冷や汗を流しながら「余の役目は少々骨が折れそうだね」などと冗談めかしに呟いた。


「チー、これはどう言う事?」


 ラリーゼがナイフを取り出して、切っ先をチーに向けて睨む。

 その表情は怒りに満ちていて威圧的。

 チーは身を震わせて、それでも勇気を出して叫ぶ。


「ママを、ママを返して!」


 チーが叫んだと同時だった。

 グランデ王子様が斧を力強く握り締め、地面を蹴り上げて時計塔の時計目掛けてジャンプする。

 それは地面を揺るがし、直ぐ側に立っていたわたしやお姉やチーの体すらも揺らした。

 グランデ王子様を妨害しようと動いたのはスタシアナだった。

 スタシアナは時計塔の壁をまるで地面を走る様に走り出し、壁を蹴り上げてグランデ王子様の頭上に飛び出した。

 スタシアナの右手が風に覆われて、それがグランデ王子様に向かって振り下ろされ、グランデ王子様はそれを斧で受け止めた。

 二つの力がぶつかり合い、その衝撃は地面に立つわたし達の所まで届いた。


「チー、こっち!」


「うん!」


 危険を感じて、わたしはチーを安全な位置まで下がらせる。

 ラリーゼは頭上で開始された2人の戦いをとくに気にする様子も見せずに、不快そうにわたしを睨んで話を再開する。


「あのさ~。分かってんの? アンタ達があたし等に逆らう事の意味。こっちには人質がいんのよ?」


「残念ながらそれは通じません! 貴女達がチーちゃんのお母さんを自分達の手で殺さず、12時に病死する事を望んでいる事は既に分かってます! 直接殺すのと病死では解剖した時の結果が変わるから、医学として利用を考えている傾向の見えるラリーゼちゃん達は、直接チーちゃんのお母さんに手を下す事は無いってサガーチャさんが言ってました!」


「は? お姉、わたしそれ初耳」


「あれ? 言いませんでした?」


「うん。お姉、他に言ってない事ないよね?」


「へう。分かりません」


 流石はお姉。

 後出し発言も慣れたものだ。

 そう言えば、バーノルド邸の時も同じ様に「言いませんでした?」的な事を言っていたなと思う。

 でも、お姉に悪気はないし、今はそれを責めても仕方が無い。

 そんな事より、わたしとお姉が問答をしている間に、ラリーゼが気になる事を呟いていた。


「……ちっ。そこまでバレてんのかよ。めんどくさいわね。ま、いーわ。こいつ等を殺すのは止められてないし」


 止められてない……?


 わたしとお姉が問答している間、お姉の言葉に舌打ちして呟いたラリーゼの言葉を、わたしは聞き逃さなかった。

 そして「止められてない」と言う誰かの指示で動いているかのような、第三者を彷彿ほうふつとさせる言葉に引っ掛かりを覚えた。

 だけど今はそれを考えている場合でも無いし、スタシアナに言われただけかもしれない。

 だから、わたしは直ぐにその引っ掛かりを一先ず置いておいて、戦闘準備に取り掛かる事にした。

 敵のデータを見る為に、ラリーゼに向かってステチリングを使用する。



 ラリーゼ=ルーンバイム

 年齢 : 不明

 種族 : ヒューマン

 職業 : メイド

 身長 : 不明

 BWH: 不明

 装備 : スチールナイフ

      バーノルド邸専用メイド服・白タイツ・ロリータパンプス

      マジキャンデリート

 属性 : 火属性『炎魔法』

 能力 : 『幼き日の思い出(ロリータビジョン)』未覚醒



 ステチリングが表示した情報にわたしは驚いた。

 何故なら、それは今までと違った表示のされ方をしていたからだ。

 年齢や装備の表示の細かさ。

 それに……いや、今はそれは置いておくとしよう。


 わたしは不明表示やそれ等を一旦無視して、分かるものだけに注意を払う。

 マジキャンデリート、多分これは魔法を使える様になる為のマジックアイテム。

 さっきの右手を風で覆ったスタシアナの様に、ラリーゼも魔法を使えると見て間違いない。

 魔法は火属性で、スキルは……まあ、よくわからない。

 幼き日の思い出(ロリータビジョン)ってなんだ?

 若干困惑気味になってしまったけど、今はそれどころでも無い。


「ステータスチェックリング? なら、力を隠す必要はないわね!」


 ラリーゼの持つナイフが炎に包まれ、ビリリとした感触を肌に感じて、わたしはラリーゼに集中した。


 く――っる!?


 恐ろしい程のスピード。

 いや、歩幅だろうか?

 バーノルド邸では気がつかなかったけど、ラリーゼの一歩の距離が異様に長い。

 集中して見ていたからこそ分かった。

 その一歩、歩幅が異様に長くて想像以上の速さを出していたのだ。


 ラリーゼとわたしの距離は驚くほど直ぐに無くなり、気がつけば既に手を伸ばせば触れられる距離になる。

 そして、ラリーゼが炎を纏わせたナイフの切っ先を、わたしの首に向けて突き出し刺突する。

 わたしは寸での所で短剣を前に出して防ぎ、直ぐに反撃に移ろうとしたけど甘かった。

 ラリーゼの攻撃は思っていた以上に力強くて、攻撃は防げたけど勢いそのまま短剣の剣身があごに当たった。

 剣身の角度が角度なら顔が斬れる所だった。

 とは言え、安心なんて出来ない。

 まるでアッパーカットを食らった様な衝撃を受けて、わたしはほんの一瞬だけ意識が飛んだ気がした。

 だけど、そんなのはラリーゼには関係なく、更に攻撃が襲いくる。

 わたしが顎に短剣の剣身を食らっている間にも、次の一撃を入れるべく、ラリーゼがへその上あたりに向かってナイフを突き出した。

 意識が飛びかけているわたしがそれを防げるわけがない。

 だけど、それを防ぐ事が出来る人はいる。

 それは勿論お姉だ。


「アイギスの盾!」


 お姉が魔法で作り出した盾がわたしを護る。

 金属が弾かれるような甲高い音が鳴り響き、お姉がわたしの体を掴んで後退する。


「ちっ。報告にあった魔法の盾……確かに報告通りね」


 ラリーゼは追撃をせずにお姉を睨んで呟いた。

 やはりと言うべきか、向こう側にもこっちの情報が流れているらしい。

 お姉に攻撃を防がれても動揺する様子を見せなかった。


愛那まなちゃん、大丈夫ですか?」


「うん、なんとか。ありがとう、お姉」


 それにしても油断した。

 バーノルド邸で一度殺されかけていたのにだ。

 わたしは腕に装着したシュシュを使い魔力を集中する。


「クアドルプルスピード」


 加速魔法を使用して、わたし自身とお姉のスピードを上げる。


「動物部分変化フローズンドラゴンバージョンです! ギャオオオオッッ!」


 お姉も直ぐに動物部分変化を使って、凍竜の翼と尻尾を生やす。

 わたしはそれを見て聞いて、色々言いたい事があったけどそれは飲み込んで、今度は油断しない様にラリーゼに集中する。


 ラリーゼが動く。

 そのスピードはやっぱり速く、だけど、何か違和感……ブレを感じた。


 瞬間――ラリーゼのナイフがお姉を襲い、お姉が……と言うよりは、お姉のシュシュがアイギスの盾でそれを防ぐ。


「愛那ちゃん、大変です! ラリーゼちゃんはラリーゼさんでした!」


「は? 何言って――」


 お姉の意味不明な言葉に惑わされている場合でも無い。

 ラリーゼがわたしに向かって手をかざし魔法陣を浮かび上がらせ、ソフトボールサイズの火の玉を魔法陣から射出する。


「――っぶな!」


 わたしは体を反らして火の玉を避けて、その間に目の前まで接近していたラリーゼに向かって、スキル【必斬】を短剣に乗せて縦に振るう。

 ラリーゼは最初それをナイフで受け止めようとしてやめて、直ぐに体を横に反らして斬撃を避ける。

 続けて攻撃をしようと、わたしは直ぐに右上に向かって短剣を下から振るおうとしたけど、ラリーゼの方が速かった。


 ラリーゼの手の平がわたしの視界を覆い、目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 わたしは咄嗟に後ろに跳んで下がり、スキル【必斬】を短剣に乗せた。

 それと同時に、魔法陣から火の玉が飛び出した。


 至近距離。

 寸でで火の玉を斬り、真っ二つになった火の玉はわたしの顔の左右で弾ける。

 顔の左右から熱風を感じたところで、更にラリーゼの追撃でナイフが顔面に迫る。


「ワアアアアアアアッッ!」


 お姉が叫んだ瞬間に、ラリーゼの全身に氷のブレスが直撃した。

 氷のブレスはその場にとどまり、ラリーゼの全身を覆った。


 チャンス……ううん、駄目だ。


 短剣を振るおうとしたけど、わたしは直ぐに思いとどまって後ろに下がる。

 お姉もわたしの側に後退した。


「ちっ」


 舌打ちが聞こえたと思ったら、ラリーゼを覆っていた氷のブレスが直ぐに蒸発する。

 そして、わたしが思いとどまった理由、炎をまとったラリーゼが姿を現した。


「残念ね。踏みこんで来た所をスッパリいきたかったのに」


「それはお生憎様。ラリーゼの期待に応えられなくて光栄だわ」


 わたしとラリーゼが睨み合うと、そこでお姉が何かを閃いた顔をして、スキルを使って突然姿を変えた。


「動物変化リモーコさんバージョンです!」


 背中からは黒い羽。

 他はとくに特徴的な部分は無いけど、顔もスタイルもお姉とは違う。

 と言うか、動物変化と言いながら、最早動物じゃないだろそれはって感じで完璧に人型だった。


 ラリーゼもお姉の変身した姿を見て珍しく驚いていた。

 わたしだって驚いた。

 おかげで口から出た言葉は「誰それ?」の一言で終わってしまったくらいだ。

 そんな驚くわたしやラリーゼにお姉はドヤ顔を見せる。


「奴隷商人をしていたリモーコさんです」


「……奴隷商人のリモーコ? ああ。話した事は無いけど、チラッとだけ見た事あるかも?」


 本当にチラッとだけど、アジトで食事を配る時に見た筈。

 結局それ以降見ていなくて、すっかり存在を忘れていたけれど。

 むしろよく覚えてたなって感じまである。

 なんて事を思い出して考えていると、ラリーゼが何やらわたし以上に驚いた様子でブツブツと呟き始める。


「リモーコに変身? 嘘でしょ? って事は何? あの時に……いや。それはない。シップがこの女をフロアタムで見てる。リモーコはその時はアジトで待機してるのを確認してる。て事はどっかのタイミングでられた? 見回りに行かせたまでは不審な行動をしていなかった。それなら」


 ラリーゼが呟いている間、お姉はお姉でわたしに話しかけていた。


「愛那ちゃん、見ていて下さい。ラリーゼちゃんはラリーゼさんなんです」


「いや、意味わかんないし。って言うか、そんなのどうでも――」


「超音波です!」


「――っお姉!?」


 お姉が口から声にならない声を叫ぶ。

 耳をつんざく様なその声にわたしは耳を押さえて、それはラリーゼも変わらなかった。

 それだけじゃない。

 未だわたし達の頭上で戦う2人にも影響を与えた。


 グランデ王子様とスタシアナがお姉の超音波で動きが鈍る。

 空中戦を繰り広げていた2人は、そのまま地面に落下するかのように思えた。

 だけど、グランデ王子様が先に動き出す。

 大きな斧を足場にして蹴り上げて、スタシアナ目掛けて真っ直ぐと、真っ逆さまに勢いよく落下する。

 そして、グランデ王子様は某有名ライダーの様な蹴りをスタシアナのお腹に直撃させ、そのまま地面に激突した。

 地面が揺れひび割れて、スタシアナは血反吐を吐き出してそのまま気を失った。

 宙にあった大きな斧もその近くに落下して、地面に突き刺さり再び地面が揺れる。

 グランデ王子様はスタシアナの上から飛び降りて、地面から斧を抜いて担ぎ、再びサガーチャさんのいる時計の短針に向かってジャンプした。


「死んどけ!」


「――っしま!」


 あれだけ油断すまいと思っていたのに油断した。

 ラリーゼが目の前にいて、ナイフの切っ先がわたしの喉元を狙っていた。

 お姉もラリーゼの動きについていけず、アイギスの盾を出そうとしていたけど間に合わない。

 ナイフの先端がわたしの喉元に触れ、そのままナイフがわたしの喉を突き刺――せない。


「――へ? って、え?」


 わたしは背後から突然何かに引っ張られていた。

 ラリーゼのナイフは目標を見失って空を刺す。


 訳も分からず動揺して、更にわたしは驚いた。

 ラリーゼの身長が別人かと思う程に伸びていたのだ。

 少なくとも元々わたしとあまり変わらない身長だったのが、お姉よりでかい身長になっていた。

 それに顔立ちとかも最早少女ではなく大人の女性だ。


 お姉が言ってたちゃん(・・・)じゃなくてさん(・・)って、こう言うこ――


「マナ、危なかったな!」


「――ぅえ? モーナ!?」


 背後から声をかけられて振り向くと、そこには目の下にめちゃくちゃ濃いくまをつけたモーナがいた。

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