094 そんなもの今はポイしちゃって捨てて下さい
「サガーチャさんが攫われたんですか!?」
「は、はい。サガーチャさんって、お屋敷に来たお客様……今日お店で会った博士の事ですよね?」
そうかしこまって答えたのはメソメ。
メソメを含む7人は、バーノルド邸を飛び出して逃げていた。
7人は逃げながら話し合い、ドワーフのお城に助けを求めに向かっていた。
そして、その途中でサガーチャさんが捕まった所を目撃したらしい。
その後は結局お城に行く前にグランデ王子様と会って、グランデ王子様と話をしてここに来たようだ。
メソメが答えて質問すると、お姉は少し考える素振りを見せてから答える。
「はい。お屋敷にも行った事があると思いますし、今日皆さんと一緒にいた女の方です。攫ったのはラリーゼちゃんとスタシアナさんで間違いないですか?」
「はい。それと、他にも大人の女の人も捕まってました」
女の人とは、おそらくチーの母親だろう。
お姉が「どうしましょう?」とでも言いたそうな顔でわたしを見た。
「……何処に攫われたかはわからない?」
「モノノは後を追ったから分かるよー!」
「そっか、攫われた後を…………は? 追いかけたの?」
「そだよー」
後を追ったと言いだしたモノノに驚いたわたしを見て、モノノが楽しそうに笑って尻尾を振った。
「私等は止めたんだけどさ。モノノってこの中じゃ一番足が速いだろ? 誰も追いつけなかったんだ」
「見失った時は焦っちゃったよね~」
ククとカルルが苦笑して話すと、ポフーが無言で頷いた。
流石は恐れを知らない元気な犬の獣人6歳児。
と言うかモノノと言った所だろうか。
奴隷をしていた時もよく無茶をしてラリーゼに怒られていた。
いつも怒られて反省して、と見せかけて次の日には忘れているのだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
そんな危険な事するなと言いたい所だけど、今は話を進めなければ。
「とにかく、何処に連れて行かれたかわかる?」
「んーとね~。お城に行ったよ。塀をぴょーんって飛び越えて凄かった。それに塀の上で何かがバチバチってなってたよ」
「塀をぴょーんでバチバチ……そっか。教えてくれてありがと」
「うん!」
元気に返事をするモノノの頭を撫でる。
しかし、困った事になった。
どうやら、ラリーゼ達はサガーチャさんを攫ってドワーフ城に侵入したらしい。
塀の上でバチバチしていたという事は、恐らく結界を破ったと言う事だろう。
ただ、逆にこれは好機かもしれない。
向こうはこの国の第一王女を捕まえた極悪人。
そうなれば、ドワーフの国自体を味方に出来る筈で、門番にこの事を伝えて味方に出来るに違いないのだ。
だけど、そんな考えを持ったわたしにくぎを刺すかのように、グランデ王子様が真剣な表情で「マナ」とわたしに話しかける。
「一つ先に言っておく事がある。おそらくドワーフの城内でラリーゼとスタシアナとの戦闘は避けられないが、ドワーフの兵を戦闘に参加させる事は出来ないだろうね」
「どうしてですか?」
尋ねると、グランデ王子様が真剣な表情のまま、こちらに手の甲を見せながらピースの形を表した。
「理由は二つあるよ」
「二つ……」
「そう、二つだ」
グランデ王子様はそう呟き頷くと、少しだけ長く吐息を漏らした。
「まず一つ。ドワーフの国では基本この時間帯に兵をあまり働かせていない」
「ええっと……つまり?」
予想外な答えに困惑しながら質問すると、グランデ王子様は爽やかな笑顔を作った。
「この時間帯は非番が多いからね。戦力を集めるとなると時間がかかってしまうって事だよ。もちろん城内で寝泊まりしている兵もいるけど、余の見立てではラリーゼとスタシアナは手練れだからね。アレと対等に戦える兵となると、城内にはいないんじゃないかな?」
まさに開いた口が塞がらない状態。
と言うか、万が一それで敵襲があったら、この国は簡単に攻め落とされるんじゃないかと思ってしまう。
しかし、今はこの国の安否なんて考えてる場合でも無い。
そんな事はどうでも良いとして、わたしは気を取り直して、もう一つの理由とやらを尋ねる事にした。
「あの……それで、もう一つは?」
「彼女達が待ち合わせ場所を城内の時計塔に選んだのには、必ず彼女達に有利になる何かがある筈だと考えたからさ」
「なるほど……」
今度はまともな理由だった。
いや、まあ、さっきのも何だかんだと言ってちゃんとした理由ではあったけど、こっちの方がちゃんとした理由に聞こえてしまうのも無理はない。
しかし、これはこれで疑問が残る。
「何か有利になるものがあるとして、ドワーフの兵を仲間にしない理由はなんですか? その二つに接点が無いように感じますけど?」
そう。
ドワーフの兵を連れて行くのと、ラリーゼ達のその何かには関係性が全く無い。
少なくともわたしはそう感じた。
だけど、グランデ王子様はそうは感じないようで、これまた爽やかに答える。
「城内の時計塔を待ち合わせ場所に指定しているのに、そのうえで余の姉を誘拐したんだ。普通に考えたらあり得ないだろう? あからさまな罠としか思えない。まるで、兵を連れて取り囲んでくださいとお願いされてるみたいじゃないか」
「確かに……そうですね」
頷いて、一度大きく息を吐き出した。
言われてみると、確かにこれは明らかな罠。
もしドワーフの兵を連れて行ってしまったら、何らかの罠にハマってしまう可能性は大いにあった。
「わかりました。わたし達だけでなんとかしましょう。チー、ごめんね。わたし達だけじゃ頼りないかもしれないけど、絶対に約束守るから」
「うん。でもね、マナお姉ちゃん。頼りないなんて全然そんな事ないよ。チーはマナお姉ちゃんを信じてる」
「チー……うん。ありがとう」
チーがわたしの手を強く握る。
少し震えていて不安だと言うのが伝わってくる。
それでもわたしを信じてくれると言ってくれた事が嬉しかった。
さて、ドワーフの兵を仲間に入れれない今、呑気に話なんてしてられない。
時計塔を見ると、10時30分を過ぎていた。
「急ごう。お姉、お願い」
「はい。分かりました」
お姉は窓を開けて、外に飛び出して凍竜に変身した。
チーを先にお姉の背中に乗せて、わたしも続いて乗ろうと窓から外に飛び出そうとした時だった。
「マナちゃん!」
背後からメソメの声が聞こえて振り向くと、メソメを含めた7人がわたしを囲った。
そして、皆はピンボールサイズの魔石を取り出して、わたしに見せる様に手の平に乗せた。
「マナちゃん、持って行って?」
「私等の魔力を入れておいたんだぜ」
「ここに来るまでに、殿下に頼んで教えて貰ったんだよー」
「微力だけど役に立つと思うよ~」
「が、頑張ってね」
「マナねえちゃん、ラリーゼなんてぶっ飛ばしちゃえ」
「健闘を祈ります。ご武運を」
わたしはそれぞれ魔石を受け取る。
「メソメ、クク、フープ、カルル、ペケテー、モノノ、ポフー……皆、ありがとう。大事に使うよ」
「ううん。豪快に使っていいよ」
「モノノ、マナねえさんはそう言う意味で使うと言ったわけじゃありませんよ」
「いや、モノノにそんな事言ってもわからんだろ」
ククがポフーにツッコミを入れて、モノノが首を傾げて皆がドッと笑う。
わたしもそれにつられて笑って、いつの間にか緊張していたのか、随分と気持ちが楽になったような気がした。
「本当にありがとう、皆。いってきます」
「「いってらっしゃーい!」」
皆に見送られながらお姉の背中に乗ろうとすると、いつの間にか先に乗っていたグランデ王子様がわたしに手を伸ばし、その手を掴んで引っ張られる。
そして、わたしがお姉の背中に乗ると、お姉はドワーフ城の時計塔に向かって羽ばたいた。
「そう言えばグランデ王子様、皆から貰ったこの魔石って、どうやって使うんですか?」
「……すまない。実は知らないんだ」
「は?」
聞き間違いだろうか? と、わたしは首を傾げた。
メソメ達に魔石に魔力を入れる方法を教えたのはグランデ王子様だ。
さっきフープが言っていたから間違いない。
「余……と言うより、ドワーフは魔力を持っていないから魔法が使えないんだ。だけど、余は姉さんの手伝いで、色んな形で魔力や魔法を魔石に入れていて知っているだけなのさ」
「そうですか……。チーは知ってる?」
「ううん。知らない。そう言うのは全部スタシアナお義姉ちゃんがやってたよ」
「そっか。お姉は……」
知ってるわけないか。
お姉には聞かない事にした。
知っているわけないだろうし、知っていたとしても、お姉は今空を飛んでくれている。
知っていたとして、この状態で説明するのは大変だろう。
メソメ、クク、フープ、カルル、ペケテー、モノノ、ポフー、皆ごめん。
せっかく貰った魔石は使えそうにないわ。
わたしは肩を落として、心の中で7人に謝った。
ただ、使えないからと言って捨てるのも申し訳ないので、メイド服のポケットにしまっておく。
メイド服のポケット……と言うよりは、内ポケットになるけど、実は結構収納が出来て便利だったりする。
バーノルド邸の広さを考慮して考えられたメイド服で、外から見えない場所に収納用ポケットが備えてあるのだ。
おかげでピンボールサイズの魔石なら、7個くらいは余裕でしまっておける。
ちなみに、ラヴィが作ってくれた短剣も、今は内ポケットにしまっていた。
念の為、予定通りドワーフ城は城門から入る事になった。
先程来た時と違って、今度はこの国の第一王子グランデ殿下がわたし達と一緒にいる。
最初、凍竜姿のお姉が戻って来たのを見て、門番たちが手に持っていた槍を構えた。
だけど、その背にグランデ王子様が乗っているのを見て、驚いて顔を青ざめさせて動揺していた。
まあ、無理ないだろう。
怪しい人物が戻って来たと思ったら、奴隷商人に攫われていた、自分達が護るべきこの国の王子様が一緒に現れたんだ。
しかも爽やかな笑顔を振りまいて。
そんな事態になったら、わたしだって頭が混乱する。
「では、殿下は今までこの者達と……」
「そうさ。この娘達は余の客人だ。それに余を奴隷商人達から救ってくれた。丁重にもてなしてほしい」
「はっ!」
門番はグランデ王子様に頭を垂れて返事をすると、わたし達に向き合い、そして跪いた。
「殿下を救って下さった大恩人と知らず、先程は大変失礼いたしました! どんな処罰をも受ける所存です!」
「しょ、処罰だなんてそんな! 顔を上げて下さい!」
お姉がびっくりしてオロオロしている。
わたしは真面目だな、なんて思いながら、グランデ王子様に視線を向けた。
「時計塔まで案内して下さい」
「引き受けよう」
グランデ王子様は即答すると、門番に何かを告げて、お姉をエスコートして戻って来た。
門番は通信機の様な物を取り出して、何か連絡を取り合いだした様だった。
それが何なのか少し気になったけど、今はそんな事はどうでも良い。
直ぐに時計塔に向かわなきゃならない。
城門をくぐり、チーと手を繋いで、グランデ王子様の後について走り出す。
時計はもう直ぐで11時に針を差す頃だ。
チーの母親の病気を治す為のマジックアイテムの材料を取りに行ったナオさん達はまだ来ない。
だけど、だからこそ、1秒でも早くチーの母親を助けなきゃならない。
それに、捕まってしまったサガーチャさんも。
2人を同時に助ける。
かなり難しいかもしれない。
もしかしたら、どちらかを選ばなきゃいけない選択に迫られるかもしれない。
そうなった時、わたしは――
「何があっても、余の姉の事は気にしないでほしい。姉もそれを望むと思うしね」
わたしの考えている事を察したのか、不意にグランデ王子様がそう言った。
グランデ王子様の顔の表情は後ろからじゃ見えないけど、声色からして爽やかに微笑んでいそうだ。
憂いを、心配事を一つでも無くすために気遣ってくれているのかもしれない。
でも、そんな事したら……。
「それなら、グランデくんがサガーチャさんを助けてあげて下さい」
「余が? 流石にそれは出来ない。民の安全を第一に考えるのが、王族の誇りであり義務だ。何よりそう教えたのは余の姉だ。余もチーの母を――」
「駄目です! そんなの私が許しません! 王族の誇りも義務も、そんなもの今はポイしちゃって捨てて下さい!」
「す、捨て? しかし、今は――」
「チーはママも博士も助けたい」
「……はは。わかった。ありがとう、ナミキ、それにチーも。お言葉に甘えさせてもらうよ。その代わり余を信じて、何があっても姉の事は構わず、チーの母を助ける事に集中してほしい」
「はい! お願いします! 任せて下さい! 愛那ちゃん、これで心置きなくチーちゃんのお母さんを助けられますね」
お姉には本当に敵わないな。
「うん」
憂いなんて何も無い。
サガーチャさんの事は全部グランデ王子様に任せよう。
わたしはただ、チーの母親を助ける為だけに全力を出すだけだ。
時計塔に辿り着く。
そこにいたのは、時計塔の壁に張り付けられたチーの母親。
わたし達の姿を見て不機嫌な顔になったラリーゼと、面倒臭そうに顔を顰めたスタシアナ。
そして……。
「いやあ、すまない。油断して捕まってしまったよ。おや? 愚弟も来たのか。無事な様で何よりだね」
地面に転がされて縄でグルグル巻きにされているのに、随分と余裕がありそうに苦笑するサガーチャさんがいた。
と言うか、無事じゃないのは貴女の方では? と、言いたいけどこんな状況なので黙っておく。
時計の針が11時を差し、わたし達の戦いが始まろうとしていた。
次回の更新から暫らくの間は、火曜日と金曜日の固定を無くします。
ストックは少しあるので、更新頻度が極端に減る事は無いと思います。
それと、先日登場人物のイメージラフ画に“モーナス”を追加しました。
イメージと違ってたらごめんなさいですけど、もし良かったら覗いてみて下さい。