093 待ち人
ドワーフの国の中心にある高い塀に囲まれたドワーフ城。
高い塀には一つだけ城門があり、そこには石像……ではなく、フィギュアの様な女神像が立っている。
女神像と言っても、見た目が普通の女の子。
最初は女神像を見て、何でお城に女の子の像が!? と少し驚いたけど、考えても見ればドワーフは小さい種族だから、女神像の姿が女の子なのは当然だった。
それから、いつだったかグランデ王子様が「心に決めた女性」と言っていた相手が、女神様だと言っていた事を思いだす。
なるほどこれがその心に決めた女性なのかと、再度じっくりと見て……とまあ、それは今は置いておくとしよう。
今はそんな事をしている場合じゃない。
ドワーフ城の敷地内には高くそびえる時計塔があり、時計の針が12時を差すと綺麗な鐘が鳴る。
時計の針は既に9時を回っている。
凍竜に変身したお姉の背中に乗って、チーに母親の病気を治せるマジックアイテムの存在を教えながら、ドワーフ城までやって来た。
城門をくぐって行けば、時計塔まですぐだった。
だけど、問題が起きてしまった。
最初は城門を通らずに直接時計塔に向かおうとした。
でも、ドワーフ城は結界で護られていて、上空からは近づけない様になっていた。
わたしのスキル【必斬】であれば、多分結界を斬って進む事は出来る。
しかし、それは得策ではないと考えた。
何故ならここは国の中心で、それを護る結界を破ると言う事は、ドワーフの国を敵にまわすと言う事に繋がる。
もし結界を斬った直後にドワーフから敵対されて、それが原因で12時に間に合わなくなってしまったら元も子もない。
そんな事になるくらいなら、最初から城門から入れてもらうのが一番良いと考えたのだ。
でも、結局問題が起きてしまった。
「駄目だ駄目だ。今何時だと思っているんだ? 時計塔の時計を見ろ。もう既に9時を回っているんだぞ。ここから先は通せん」
「だから入りたいって言ってるじゃないですか。もう時間がないんです。城には近づきません。時計塔に行きたいんです」
「駄目だ。城に近づかなければ良いという問題でも無い。常識を考えろ」
「常識なんて考えてる場合じゃ――」
「愛那ちゃん、落ち着いて下さい!」
「――でもお姉! って、ちょっと!」
お姉に腕を引っ張られ、20メートル程離れた距離まで連れて行かれる。
遠目にも分かるくらいに、門番が「やれやれ」とでも言いたげな視線をわたしに向けた。
それを見てしまったのもあって、わたしは少し苛立っていた。
「もういい。結界ごと塀を斬って時計塔に行く」
「落ち着いて下さい。そんな事をしたらダメです」
「だって、このままじゃチーのお母さんが――」
「マナお姉ちゃんやめて!」
「――っ。チー、でも」
「マナお姉ちゃん。チーはね、マナお姉ちゃんがチーのママの為に必死になってくれて嬉しい。でも、チーはマナお姉ちゃんに悪者になってほしくないよ。チーは今までずっと悪い事してた。だからチーのママが……だから、だからね? 悪い事したら、きっとマナお姉ちゃんもチーのママみたいに……」
「チー……」
チーは目尻に涙を溜めて、悲しそうにわたしを見つめた。
そんなチーの姿を見て苛立ちは治まった。
焦るあまり冷静さを欠いていたと反省する。
制限時間は0時で、時計の針が12を指す時……つまり12時だ。
今は9時を過ぎて15分。
時間に余裕はそこまで無いけど、どちらにしろ病気を治す為のマジックアイテムの材料が必要だ。
あれ?
冷静になったおかげか、わたしはふと大事な事を忘れていた事に気がついた。
「そう言えばお姉、チーのお母さんの病気を治すのに必要なマジックアイテムって誰が持ってるの?」
「あ。そう言えばサガーチャさんが持ったままです」
「マ? じゃあ、先にサガーチャさんの所に……っあ。そうだ。何でこんな単純な事に気がつかなかったんだろう」
「どうしました? 何か分かったんですか?」
「うん。サガーチャさんってこの国の第一王女様なんでしょ? だったら、サガーチャさんに直接ここを通してもらえば良いじゃん」
「あ! ホントです。盲点でした」
「博士が王女様?」
「ああ、そっか。サガーチャさんのマジックアイテムの事は教えたけど、王女様だったって事はまだ言ってなかっ……あれ? 王女様って事は、結局話をするにはここを通る必要が……」
「愛那ちゃん、安心して下さい。サガーチャさんは普段お城にはいないんです」
「え? そうなの?」
「はい。城下町の一つに魔科学研究地区と言う区域があるのですが、普段はその地区にあるご自分の研究室で寝泊まりをされているんです」
「何で王女様がそんな所で……って、今はそんなのどうでも良いか。早く行こう」
「はい。行きましょう」
「うん」
お姉が再び凍竜に変身して、わたしとチーは背中に乗った。
遠目に門番が驚いている姿が見えて、わたしはニッコリ笑って「また来ます」と挨拶しておいた。
もちろん含みのある感じを出して。
魔科学研究地区は丁度お城の向こう側にあるらしく、お城の塀を迂回する事になった。
それから少しだけお姉に話を聞いた。
魔科学研究地区とは、マジックアイテムを研究する為に作られた場所らしい。
マジックアイテムは全て魔法と科学を組み合わせたもの。
と言うわけでは無いようだけど、今現在世の中に出回っているマジックアイテムの殆どは、魔法と科学を組み合わせて研究した物なのだとか。
ちなみにラヴィの【打ち出の小槌】は天然のマジックアイテムだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
魔科学研究地区に辿り着き、お姉は一直線にサガーチャさんの研究室に向かう。
お姉は何度か研究室に行った事があるらしくて、道に迷う事も無くあっという間に辿り着いた。
研究室と呼ばれていた所は三階建てアパートの様な大きさで、研究室と言うよりは研究施設みたいな見た目の建物だった。
どっかの建物の一室だと思っていたわたしは、この建物がサガーチャさんの研究室と聞いて驚いた。
ただ、サガーチャさんが王女様と考えれば、寧ろこれでも小さいのかもしれない。
「お邪魔しまーす」
驚いていると、お姉が研究室の出入口の扉を開けて中に入って行った。
それを見て、わたしは慌ててチーと手を繋いで研究室の中に入った。
研究室の中に入ると、チーが「わあ」と声を漏らした。
チーの反応は頷ける。
建物の中は確かに研究室だったけど、もの凄く広かった。
外から見た建物のそのままの広さがそこに広がっていたのだ。
それにただ広いだけじゃない。
見た事も無いマジックアイテムや重機などが沢山ある。
壁や天井には鉄パイプが幾つか張り巡らされていて、所々に魔法陣が描かれた紙が貼られている。
一部床に土があって、植物が生い茂る空間もあった。
そこでは、淡く光るタンポポの綿毛のようなものが土の中から幾つも飛び出して、そのまま上昇して天井付近に到達する前に消えていく。
他にも光るキノコや花が植えられていて、幻想的な雰囲気を出していた。
「あれ~? いませんね。どうしましょう?」
不意にお姉に話しかけられて、わたしは研究室内に見惚れていた事に気が付いてハッとなる。
今は見惚れている場合じゃない。
注意し……いない?
「サガーチャさんいないの?」
「はい。どこ行っちゃったんでしょう。すれ違いにならない様に、8時までにはここで待機すると言っていたんですけど」
「8時までには……? じゃあ、8時までにはって、それまでは何処にいるって言ってたの?」
「時計塔みたいです。元々あの時計塔の建っている場所には、サガーチャさんの昔の研究室があったみたいなんです。それで、マジックアイテムの材料が残ってないか確認するって言ってました」
「マナお姉ちゃん……」
チーが不安そうな表情をわたしに向けて、繋いだ手の力を強める。
ここから時計塔……と言うよりは城門までは、飛んでだいたい5分くらいだった。
歩いてだと30分以上は絶対にかかるだろう。
城の塀の迂回が、それ程に大変で長いのが原因だ。
8時までにはと言う事は、最低でも7時には時計塔を出ていると考えられる。
だけど、それはあくまで何もなかったら。
「チー、ラリーゼ達が時計塔に行ったのって、どの位の時間だったか分かる?」
「……わかんない。でも、マナお姉ちゃんと別れてから、直ぐにチーのお家に行って、それからそんなに時間は経ってないと思うよ?」
「そっか。ありがと」
礼を言い、チーの頭を撫でる。
でも、わたしの心は穏やかではなかった。
非常に不味い状態かもしれないと、焦る気持ちを抑えこむ。
わたしが今こうしてまだ冷静でいられるのは、焦ったらチーにまた心配をかけさせてしまうかもしれないから。
焦ってしまいそうな理由。
それは、サガーチャさんがラリーゼ達に捕まった可能性があると言う事。
時計塔でチーと待ち合わせしているラリーゼ達が、万が一サガーチャさんとすれ違った時に、何かが起きたっておかしくはない。
すれ違わなくても、ラリーゼ達がチーの母親を連れているのをサガーチャさんが見つけて、知らないフリして研究室に向かうとも思えない。
少なくとも、わたしだったら何事かと後をつけて聞き耳を立てるだろう。
サガーチャさんはチーの母親の為に病気を治すマジックアイテムを作ってくれるような人だ。
そんな心の優しい人が、そんな場面に出くわして見過ごすなんてありえない。
「お姉、念の為少しだけ待って、来なかったら別の方法を考えよう。後、書き置きも残そう」
「そうですね。そうしましょう」
時間は残酷にもあっという間に過ぎていく。
非常に不味いと思ったわたしの考えは当たっているのかもしれない。
待ち人は来ず、窓の外を見て時計塔の時計を見ると、時計の針がもう10時を回ってしまった所だった。
「とりあえず城門まで戻ろう。今度は下に注意して、サガーチャさんが歩いてないか確認しながら行こう。あと、最悪の場合はわたしが結界を斬る」
「愛那……わかりました。そうしましょう。私が書き置きを書きますね」
お姉が書き置きを残す為に、適当に紙とペンを借りて書き始める。
すると、チーが心配そうにわたしの顔を見上げた。
「マナお姉ちゃん……」
「ごめんね、チー。悪者になってほしくないって言ってくれたけど、悪い事しないとチーのお母さんを助けられないかもしれないから。だから……ごめん」
「ううん。ありがとう、マナお姉ちゃん」
チーは眉根を下げて不安そうな顔をしている。
でも、それでも「ありがとう」と無理して笑ってくれた。
この笑顔にわたしは応えなくちゃならない。
例え、ドワーフ全てを敵にまわしたとしても。
「ああ、やっぱりここにいたんだね。捜したよ」
「――っ!」
不意に出入口から声が聞こえて、驚きながら出入口に視線を向ける。
身長は種族がら低く、それでも綺麗な顔立ちは爽やかな笑顔。
口調や性格、年相応に見えないその人物は、両手に花ならぬ、背後に花束を引き連れてそこに立っていた。
「ある程度落ち着いたから、助っ人が必要だと思って会いに来たよ、マナ」
「マナちゃん、チーちゃん、私も2人に伝えなきゃいけない事があってついて来たの」
「グランデ王子様……!? それにみんな!?」
研究室に現れたのは、待ち人では無くドワーフの国の第一王子グランデ殿下。
そして、バーノルド邸で共に過ごした奴隷仲間ならぬ7人のメイド仲間達だった。