092 港町トライアングル攻防戦
「おい、ラヴィーナ。今何時だ?」
「ん」
ラヴィはワンド王子の質問には答えずに、ワンド王子にステチリングを見せた。
ワンド王子は不満そうに顔を顰めて、ステチリングに視線を移す。
ステチリングの赤い魔石には“19:30”という数字が浮かび上がっていた。
「もうこんな時間か。本当に大丈夫なのかあいつは」
「殿下、少し黙って。敵に気付かれる」
「む、むう……」
さて、ところ変わって時間は少し遡る。
わたしの事をお姉に任せたラヴィとワンド王子は、奴隷商人達から逃走中のモーナを追って、港町トライアングルまで来ていた。
モーナがあろう事か町中で戦闘を開始してしまって、町は大混乱に陥っている。
戦いは周囲の建物などを破壊するまでに及び、町にかなりの被害を出していて、モーナの周りには既に戦闘不能の奴隷商人が30人以上。
その誰もがシーサ並の強さを持つ手練ればかり。
現時点でモーナを囲む奴隷商人の数は5人。
もちろんこの5人も油断できない程の実力を持っている。
更には、奴隷商人の数は見るからに減ってはいるが、流石のモーナも疲労が蓄積している状態。
額に汗を流し、少しだけ息切れを始めていて、逆立って膨らんだ毛の尻尾も、最初と比べると心なしか少しだけ膨らみがいまいちになっていた。
そして、ラヴィとワンド王子がその様子を物陰からこっそりと窺っている最中だ。
ちなみに、ラヴィが腕につけているステチリングは、今までわたしやお姉がつけていたステチリングより性能が良い物。
赤い魔石の部分も時計になっている。
おかげで、今の様に時間が知りたい時に確認できて便利な仕様。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
「しかしだな、僕達は早くドワーフの国に行って、カリブルヌスの剣をマナに届けなきゃいけないんだぞ? 今直ぐモーナスから受け取って、僕達がマナの許に持って行った方が……」
「分かってる。でも、剣を愛那が使う為にモーナスの魔法が必要。ドワーフの国は魔法を防ぐ。だけど、魔力コントロールが上手いモーナスならそれを回避可能。モーナスを剣と一緒に愛那の所に連れて行く必要がある」
わたしがシーサに敗れた時に奪われていたカリブルヌスの剣は、モーナが奴隷商人のアジトに攻め込んだ時に取り戻していた。
そこで、ラヴィとワンド王子はモーナの様子を見に来たついでに、カリブルヌスの剣をわたしの許に持って行こうと考えていた。
「だあああああ! ゴキブリみたいに次から次に湧いて出るな! こっちは一睡もしてないどころか、ご飯も食べてないのよ! 少しはご飯休憩くらいさせろお!」
モーナが怒り叫んだ。
と言うか、半分涙目になっている。
勿論お腹は鳴っている。
けど、そんなの事よりも、厄介な事に奴隷商人がまた3人ほど増えて8人になってしまっていた。
「それはごっぢのセリフだモー。お腹ペコペコだモー。いい加減諦めで、その剣を返しで殺されろモー」
モーナを追いかける奴隷商人の集団の中には、モーナに追尾系のスキルを使ったレバーももちろん交ざっていた。
レバーはお腹をグーと鳴らせながら、モーナが持っているカリブルヌスの剣に指をさした。
なんとも締まらない絵面ではあるけど、本人たちは真剣そのもの……。
「何がお腹ぺこぺこだ! 私なんか3日もご飯食べてないんだぞ!」
「オデだっで2日と12時間以上飯食っでねえモー! そんなに変わらないモー!」
「全然違うわ!」
本人たちは真剣そのもの……なのだろうか?
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
2人が馬鹿な言い争いをしている間に、レバーの他の奴隷商人達がモーナを囲んだ。
「あの時オデを捕まえずに置いで行っだ事を、後悔するんだなモー!」
「何だお前。一緒に連れて行ってほしかったのか?」
モーナが喋りながら姿勢を低くして威嚇する。
尻尾の毛を大きく逆立てて、目を鋭くして眼光がレバーを捉える。
瞬間――モーナが跳躍してレバーの横っ腹を爪で斬り裂く。
「――っんモ゛オッ!!」
レバーが横腹から血しぶきを上げ地面に倒れ、周囲にいた奴隷商人達が一斉にモーナに襲い掛かった。
右からは犬の獣人が口を大きく開けて、鋭い牙でモーナに噛みつこうと接近。
左斜め後方からは虎の獣人が爪を鋭く伸ばして、モーナを斬り裂こうと腕を振るう。
後方からは短剣を構えた奴隷商人が接近。
前方からはモーナを殴ろうと飛びかかる猿の獣人。
そしてその後ろで弓を構えて矢を放ったのが2人。
モーナは魔法で鉄の盾を連続で出現させて、それ等全てを防ぐ。
「モオオアアアアッッ!!」
「――っ!」
倒れていたレバーが立ち上がり、モーナに向けて大玉サイズの火の玉を放り投げた。
モーナは咄嗟に両手を前に出して受け止めた。
しかし、その瞬間に頭上から剣を逆さに持ち、モーナを突き刺そうと兎の獣人が落下してきた。
モーナは直ぐに片手を頭上にかざして、重力の魔法で敵の落下ポイントをずらしてかわす。
「隙が出来たでありますな!」
「――っな!」
瞬間――モーナのお腹に剣が突き刺さる。
「ぐ……っ!」
モーナは突き刺さった剣を掴んで砕き、いつの間にか接近していた相手を蹴り飛ばした。
血反吐を吐き、モーナは腹に刺さったままの剣の刃を抜く。
そして、止血も応急処置もせずに、自分に剣を刺した相手を睨んだ。
「笛羊、お前いたのか……げほっげほっ。油断したわ」
「館ぶりでありますね。モーナスさん」
モーナを刺したのはリープ。
フロアタム新兵としてスパイ活動をしていた羊の獣人リープだった。
リープはニヤリと笑い草笛を構える。
「またそれか」
リープのスキルは【草笛の子守唄】。
聞いた相手を眠りに誘う強力なスキルだ。
モーナは直ぐに耳栓をつける。
かなり危険な状態に追い詰められてしまったモーナだが、その顔は絶望なんてしていなかった。
寧ろ安心しきった顔をしていた。
だけど、それはモーナが馬鹿だからではない。
モーナには見えていたのだ。
「その傷では苦しいでしょう。今直ぐ止めをさして――」
瞬間――リープの胴体が虎の顔を模した大きな炎に噛みつかれる。
リープは全身を炎で焼かれ、噛みつかれた胴体から血を吹き出し、口からは煙を吐き出してその場で倒れた。
それだけじゃない。
周囲にいた奴隷商人達も高さ100メートルは越える大きな竜巻にのみ込まれ、悲鳴を上げて宙に舞った。
「モ!?」
突然の出来事にレバーが驚き、そして自分の背後に近づいた人物に気付く。
「レバー、随分と今まで派手に暴れてくれたね」
「だ、隊長!?」
そう。
モーナが見たのは、ナオさんとランさんの姿だった。
2人が真っ直ぐこっちに向かって来ているのが見えていたから、追い詰められた状況でも落ち着いていた。
ナオさんがレバーの顔を掴んで、そのまま地面に叩き込む。
地面が割れ、衝撃で大地が揺れる。
レバーは血反吐を吐き出して、その場で気を失った。
「耳栓する必要無かったな」
「にゃあ。気が付くのが遅くなって申し訳ないよ。その傷大丈夫?」
「気にするな。ただの致命傷だ」
「気にしろ!」
モーナの馬鹿発言に、いつの間にか物陰から出て来たワンド王子がつっこむ。
すると、ラヴィもモーナに近づいて止血を始めた。
「あれ? お前等もいたのか?」
「そう。でも、ごめん。今は魔法が使えないから治せない」
「気にするな」
魔法が使えない。
ここはドワーフの国でもないし、魔法を封じる手枷などもつけてはいない。
だけど、ラヴィは魔法が使えなくなっていた。
「しかし、何でラヴィーナは魔法が使えなくなったんだ? 心当たりはないのか?」
「前にも言ったけどわからない。原因は不明。でも、博士は何か知ってるかもしれない」
「それならその内使えるようになるだろ。それより、ランが魔法で吹き飛ばした連中はどうするんだ? 竜巻で全員どっか行ったぞ」
「いやあ。そこは心配ご無用だぜ、モーナスさん。我が軍が誇る優秀な兵達が、皆こぼさずに回収してくれるってもんなんだぜ~」
「にゃあ。本当に大丈夫かなあ? 奴隷商人の残党はまだいるし、ニャーも念の為回収を手伝うよ」
「それなら私もお供します」
「ランランのせいだから当然だよ」
「それより、ナオとランが探していた材料……トライアングルジェリーフィッシュは見つかったのか?」
「にゃあ。捕まえたよ。トライアングルジェリーフィッシュ、別名三角海月はこの港町には沢山いますから」
そう言って、ナオさんが捕まえた例の材料をワンド王子に見せた。
「赤と黄と緑が交ざったトライアングルジェリーフィッシュ。ちゃんと全部捕まえたな」
トライアングルジェリーフィッシュこと三角海月は、港町トライアングルに多く生息する三角の形をした空飛ぶクラゲ。
その姿は色鮮やかで、三角海月を見る為だけに、この町に観光に訪れる人が多くいる程だ。
三角海月の特徴は勿論その色の鮮やかさ。
だけど、その色にも種類がある。
赤や黄、緑や青、黒や白、他にも様々に色があり、中には色んな色が交ざって虹色に輝く三角海月までいる。
「まあ、沢山いると言っても、この色の三角海月は数が少なくて探すのに苦労しましたけどね。いやあ、オラまいっちまうぜ~」
と、ランさんが冗談めかしにぼやく。
実際にその通りで、色が交ざった三角海月は珍しい……と言うよりは、種類が多すぎて見つけようと思うと大変だ。
今回の件で言えば赤と黄は交ざってるのに、緑が無かったり、逆に緑ではなく青だったり。
だから、それだけをとなると、色の交ざった三角海月は探すのに苦労するのだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
ラヴィはモーナの止血を終えると、ステチリングの時計を確認した。
「20時……急ごう」
「ああ、そうだな」
ラヴィとワンド王子が頷き合う。
タイムリミットまで後4時間。
ラヴィとモーナとワンド王子の3人は、この場をナオさんとランさんに任せて、ドワーフの国へと向かった。




