091 甘えた分だけ
チーの家に向かう途中に、わたしはお姉から今まで何があったのかを聞いた。
それに、チーの家の事も。
チーの父親は、チーの誕生日に死んでしまった。
母親の再婚相手も事故で死んでしまった。
そして、その母親さえも、病気で今夜12時に死ぬ。
チーは母親の為に、ラリーゼとスタシアナに利用されていた。
お姉がチーの事を知れたのは、モーナがドワーフの国の王女様に協力を頼んだのがきっかけだったようだ。
チーはこの国で【座敷童】と呼ばれていて、住みこんだ家に富と名誉を与え、全てを奪っていなくなる。
そんな噂が流れていて、ドワーフの王様が放置するわけにもいかないと言って、王女様に座敷童を調べさせていたらしい。
その結果、王女様と知り合いだったモーナが情報を聞き出して、お互い協力関係になったのだとか。
だから、わたしがお姉から聞いたこの話は、王女様が調べ上げた事だ。
「奴隷商人のボスがチーだったなんて……。全然気がつかなかったな」
「仕方ないです。チーちゃんもお母さんの事があるから、きっと必死に隠していたんだと思います」
「うん」
「チーちゃんのお母さんはここ何ヶ月かずっと目を覚ましていません。なので本当は私達で保護したかったんですけど、それだと私達の事を奴隷商人さん達に知られてしまう可能性がありました。そうなると、チーちゃんのお母さんを助ける事が出来なくなるかもしれないって、サガーチャさんが言ってました」
「サガーチャさんが……か。凄いよね、サガーチャさん。ドワーフの国の王女様だったんだよね?」
「はい。普段はそれを隠しているみたいです」
そう。
なんと、博士だと自称していたサガーチャさんは、このドワーフの国の王女様だった。
確かに顔は綺麗だったけど、髪の毛はボサボサだし着ている白衣もだらしがないので、全然そんな風には見えなかった。
人は見かけによらないと言う言葉がよく似合う。
「でも、なんか納得。サガーチャさんが屋敷に来た時、グランデ王子様が変だったんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。でも、サガーチャさんって本当に凄いね。屋敷の場所とかアジトとかも調べたんでしょ?」
「あ、いえ。その情報は別の方から聞きました」
「え? そうなの?」
「はい。主にオメレンカさんとシップさんとシーサさんですね」
「そうだったんだ?」
「はい。サガーチャさんが愛那が捕まっていたお屋敷の人と関わりを持てたのは、その情報があったからなんです。サガーチャさんはチーちゃんのお母さんの事を中心に調べてくれていましたけど、スタシアナさんを含む奴隷商人さん達の情報操作で、奴隷商人については調べ辛かったみたいです」
「成る程……でも、凄いね、サガーチャさん。チーのお母さんの病気の【魔力複合症】を治す事が出来るマジックアイテム【混魔解毒薬】だっけ? を作りだしたんだよね? チーのお母さん、目を覚ましてくれるかな……」
「はい、きっと……と言いたいですけど、まだ完成してません」
「ああ、そっか。まだ材料が不足してるんだっけ?」
「はい。でも、材料が港町トライアングルにあるらしいので、フロアタムの兵隊さん達を連れてナオさんとランさんが探してくれています」
「うん。……あれ? そう言えば、モーナが追いかけられてるって言ってたよね? それは?」
「それはですね。愛那が売られてしまった場所で、モーナちゃんがレバーと言う方にスキルを使われてしまったからなんです」
「レバー?」
「はい。印をつけて、その印のついた対象を追尾するスキルです。おかげで奴隷商人さん達に私達も何度か追われました」
「そうだったんだ。でも、それならよく逃げきれたね? 普通に追い込まれそうなものなのに」
思ったまま疑問を口にすると、お姉が少し苦笑交じりに答える。
「それは、こちらもナオさんやランさんやフロアタムの兵隊さん達、それにドワーフの方々との連携があったので問題はありませんでした。でも、追われている内に……3日前くらいでしょうか? モーナちゃんがいい加減にしろー! って、すっごく怒っちゃいまして、1人で奴隷商人さん達の幾つもあるアジトに乗り込んで行っちゃったんです。全部潰せば解決だー! とか言って……」
「は? マ?」
「はい。ラヴィーナちゃんとワンドくんと一緒に私も止めたんですけど、凄い勢いで出てっちゃいました。それからはモーナちゃん抜きで、サガーチャさんとナオさん達が連携して動いていたので、私とラヴィーナちゃんとワンドくんはサガーチャさんと一緒に行動していました」
お姉の話を聞いて、わたしは呆れてしまった。
流石はモーナ、そんな状態でキレて単身で片っ端からアジトに殴り込みとは馬鹿代表の座をほしいままにしている。
「でも、それで何でモーナが逃げてるってなったの?」
「見てないので分かりませんが、様子を見に行った兵隊さんのお話だと、飯の時間だから邪魔するなー! って言いながら逃げてたそうですよ」
「モーナ……」
本当に馬鹿だなぁ……。
「あ、でも、今はラヴィーナちゃんとワンドくんが様子を見に行ってます。助け出せそうなら助けると言ってました」
「……そっか。って、一国の王子にそんな事させたら駄目でしょ。そうじゃなくてもラヴィもワンド王子も子供なのに」
「私もそう思ったんですけど、協力者のスミレさんは捕虜のオメレンカさん達の見張りをしていますし、他に頼める方がいないので……。それにオメレンカさん達が強いので、一般の兵隊さんでは任せられないそうです。ドワーフの国の兵隊さんは、ナオさんやランさんほどの実力の方はいないそうですし」
「スミレさんにはその実力があったって事か……。最初アジトで会った時は、ただの変態だと思ったけど、結構凄かったんだね」
「はい。とってもお強いんですよ」
「……あのさ、チーがラリーゼ達に利用されて、金儲けをさせられていたんだよね?」
「はい。サガーチャさんが“王女”と言う立場と、“博士”と言う立場を使って調べてくれたおかげで分かりました」
チーはラリーゼとスタシアナの2人の義姉から利用されて、奴隷商人のボスだけでなく、座敷童として人を騙してお金を奪っていた。
しかも、チーを利用するそのやり方が非道すぎる。
チーの母親の病気を治す為と嘘を言って、ずっとチーに嫌な事……犯罪をやらせてきた。
治す気すらないくせにだ。
そんなラリーゼ達を相手に、チーはずっと1人で母親の為に戦ってきたんだ。
わたしよりも小さな……あんな小さな少女がずっと1人で。
ラリーゼとスタシアナの父親はチーの義父親だ。
だから、2人も父親を亡くしてしまった事になる。
父親が死んでしまったとは言え、それはチーを苦しめる理由になんてならない。
父親を亡くした子供の気持ちはわたしには分かってあげられない。
でも、チーを苦しめて利用する事が間違っているなんて、そんなのわたしにも分かる。
絶対に止めなきゃいけない。
絶対に助けなきゃいけない事なんだ。
あの時、チーと出会った時に、チーが自分の家族の事を話してくれた。
あれは結局全部ではないけど嘘だった。
だけど、あの時に見せた涙は間違いなく本物だった。
チーの母親は今夜0時……つまり、時計の針が12時を指した時に命を落とす。
チーの母親の病気【魔力複合症】は、誰かに操作された形跡がある。
まるで、時計塔の時計の針が12時を指すと鐘を鳴らすように、命を落とす程の魔力の暴走時刻が設定されている。
サガーチャさんがそう言っていたと、お姉はわたしに教えてくれた。
「お姉、ステチリング持ってる?」
「持ってますよ。使いますか?」
「うん」
「わかりました。チーちゃんのお家に着いたら家の中に入る前に渡しますね」
「うん。ありがとう、お姉」
チー、ずっと1人で頑張ってたんだね。
目を閉じて、大きく深呼吸をした。
わたしは人の生死に関わる場所に行く。
もしかしたら、これ以上関わってしまうと誰かを殺してしまうかもしれない。
だけど、それでもわたしはチーを助けたい。
あの子の母親を助けてあげたい。
そう願いながら、ゆっくりと目を開ける。
「お姉、わたしさ……チーと一緒に戦いたい」
「はい。愛那は愛那がしたいと思った事をやって下さい。私が愛那を支えます。私は、愛那のお姉ちゃんですから」
「お姉……うん。ありがとう」
お姉がいてくれると安心する。
何だかんだ言っても、やっぱりお姉はわたしの姉なんだと思う。
絶対に敵わないくらいに、お姉に支えられてるって実感がするのだ。
だから、わたしは妹らしく甘えようと思う。
いっぱい甘えて、お姉に迷惑かけて困らせよう。
こんな危ない事にまき込もうとするなんて、自分勝手な妹で申し訳ないけど、お姉は誰よりも優しいからきっと笑って許してくれるだろう。
だから、お姉に甘えた分だけチーを支えよう。
わたし1人じゃ、きっとチーの母親を助けるどころか、チーを護る事すら出来ない。
そんな事はフロアタム宮殿でシーサ達に襲われた時から身に染みている。
でも、お姉がいればきっと出来る。
甘えた分だけ頑張れば、力不足なわたしでも、きっとチーを支えて助けてあげられる。
お姉と一緒なら、絶対に負けない!
◇
わたしはチーの手を取って立たせてから、涙でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチを取り出して拭いてあげた。
すると、お姉が今だと言わんばかりにわたしとチーの手前に立って、チーの背の高さに合わせて屈んで微笑んだ。
「チーちゃん、始めまして。では無いですけど、私は愛那ちゃんのお姉ちゃんの瀾姫です。改めてよろしくお願いしますね」
「ナミキ……お姉ちゃん?」
「はい、そうです。瀾姫お姉ちゃんです」
お姉はチーの頭を撫でて、真剣な面持ちになった。
「それではチーちゃん、つかぬ事をお伺いします。ラリーゼちゃんとスタシアナさんは何処に行きましたか?」
チーはお姉に質問されると俯いて、目をギュッと閉じてから、直ぐに目を開けてお姉とわたしの顔を見た。
その目はもう涙なんて流れてない。
何かを決心し、覚悟を決めた真剣な目だった。
「時計塔……ドワーフ城の時計塔にママを連れて行った!」
「わかりました」
お姉は頷いて腰を上げた。
そして、わたしに視線を向けて頷いた。
「急ぎましょう! 目指すはドワーフさんのお城の時計塔です!」
「うん!」
時計の針は、もう直ぐで9時を差す頃だった。




