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090 不幸を呼ぶ少女 その5 ゆびきり

 もう、全部遅かった。

 バーノルドおじさんの財産を全て収納用のマジックアイテムに入れて庭に出た時には、後戻り出来なくなっていた。

 チーは2人のお義姉ちゃんの後をついて行く事になった。

 向かう先はママの所。

 チーがママと一緒に暮らしているお家。


「さっきの話の続きだけど」


 チーのお家に向かっている途中で、ラリーゼお義姉ちゃんが話を始めた。


「0時……つまり12時にアンタの母親が死ぬってのは本当よ。多分今のままだと症状を和らげる薬を飲んでも間に合わない。せっかく治療費が稼げたのに残念だったわね」


「そんな――」


「たあだーし!」


「――っ!?」


「そうねえ。助かる方法が無いわけでもないわ」


「本当!? ママ……お母さんは助かるの!?」


「ん~、そうね。そのお話の続きは着いてからしましょうか」


「はい」


 助かる。

 ママは助かる。

 まだ大丈夫。

 絶対チーが助ける。


 そんなチーの気持ちに気がついたのか、ラリーゼお義姉ちゃんが舌打ちしてチーを睨んだ。


「喜ぶのは早いわよ。先に言っておく事があんのよ」


「ん~、そうね。ちょっと問題が発生しててね~」


「問題?」


「そーそー。問題。その問題を解決する為には、ちょっとアンタの家に行かなきゃ駄目なのよね」


「チーの家?」


「ん~、そうよ。その問題を解決できれば、高い薬を買うだけで、アナタのお母さんを病気から救えるわ。もちろん治療費の為にあなたが私達に渡していたお金も、その薬を買うお金に回してあげる予定よ。ん~、それで問題の方は、多分家の中を探せば見つかると思うのよ」


「ま、そー言うわけだからさ。ちょっと家の中を色々調べるわよ」


「……お薬で……お母さんが治る? お義姉ちゃん、問題って何?」


 何だか嫌な予感がした。

 それに信じられなかった。

 でも、ママが治ると聞いて、その希望にすがりたい気持ちになった。

 だから、チーはいろんな感情を押し殺して、震える声で質問した。

 すると、ラリーゼお義姉ちゃんが「心配しなくて良いわよ」と言って、ニヤニヤと笑った。


「あそこって、もしかしたら立地が……と言うよりは、環境がよくない場所かもしれないのよ。実際はそのせいで、アンタの母親の容態が薬で良くなってきたと勘違いさせられていたわ。あたし等が勘違いして、アンタにまだ大丈夫って教えたのも、それが原因よ。だから今からそれを調べて、必要であればアンタの母親を他の場所に移して薬を使うのよ」


「良くない……場所?」


「ん~、そうよ。チーも知っているでしょう? このドワーフの国には魔法を封じるマジックアイテムを含めて、色々なマジックアイテムが街のそこ等中にある。アナタの家にも、そう言ったマジックアイテムがあるでしょう? その中に【魔力複合症】に良くないマジックアイテムがあるかもしれないのよ。それが、症状を和らげる薬と、これから買う治療薬の効果も打ち消しちゃうわけよ」


「……そうだったんだ。ラリーゼお義姉ちゃん、スタシアナお義姉ちゃん、お母さんを助けて。お願い!」


「最初からそのつもりだって言ってるでしょ? チー」


「ん~、そうよ。奴隷商人のボスとして今まで文句も言わずに頑張ってきたのだし、このくらいはしてあげるわ」


「ありがとう! ありがとう!」


 嬉しくて、本当に嬉しくてチーは泣いてお礼を言った。


「ほら、泣かないの。あなたのお家が見えてきたわよ」


「はい!」


 もう直ぐなんだ。

 もう直ぐでママを助けられるんだ。




 お家に着くと、ラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんが色んな所を探し始めた。

 ママは眠っていて、チーはママの側で2人を見つめた。

 最初はそんな事なかったけど、段々と部屋はめちゃくちゃに荒らされていって、最初チーは怖くなって止めた。

 だけど、ラリーゼお義姉ちゃんがチーを睨んで「母親を死なせたいの?」と言ったから、チーは何も出来なくなった。


「あった、あったあ!」


 ラリーゼお義姉ちゃんがそう言って見つけたのは、マジックアイテムでも何でもない、それはチーの今まで貯めてきたお金だった。

 嫌な予感がした。

 でも、もしかしたらそのお金も無いと薬が買えなくて、ママを助けられないかもしれない。

 だから、チーは見守る事しか出来ない。


「ったく、手間かけさせんじゃないわよ。こちとらベードラの獣人兵の連中にバレて急いでるってのにさあ」


「ん~。他には何も無いみたいね。こんな事なら、探さずそれだけ聞けば良かったわね。ん~、探し物は見つかったし、後はジエラさんを連れて行くだけね」


 スタシアナお義姉ちゃんがチーを手で払って、チーは床に転がった。

 そして、スタシアナお義姉ちゃんがママを肩の上に担いだので、チーは慌てた。


「待って! チーも行く!」


「はあ? もうアンタの役目は終わったんだよ」


「え……? 終わ…………った?」


 言われた意味が分からなかった……違う。

 本当は分かってた。

 ずっと気付かないフリして、そうじゃないと祈るしか出来なかった。


「ん~、今までご苦労様。アナタの役目はここでお終い。これ以上は邪魔だからさよならよ。それと、今までの事は全部嘘。今まで飲ませていた薬も、必要だと言った治療費の金額もね。ん~、今までありがとね、ごちそうさま。でも、アナタの母親は別。アナタの母親の【魔力複合症】なんて珍しい研究材料なら、死んだ後も価値があるのよ。だから、今夜の12時に死んだ後に、解剖して研究材料になってもらうわ」


「ぇ? ……あ、うぁ……あ…………や……や…………」


 上手く言葉が出せなかった。

 ラリーゼお義姉ちゃんはそんなチーを見て鼻で笑って、窓から外に出た。

 スタシアナお義姉ちゃんはチーを見る事なく、ママを担いだまま窓のから外に出た。


「やだ! ママを連れて行かないで!」


 必死になってチーは外に出た2人を追いかけようとした。

 だけど、スタシアナお義姉ちゃんが窓ガラスが割れるくらいに強い風をチーに向けて放って、チーは部屋の中で転がった。

 その時に顔を強く打ちつけて、右目の下に激痛が走った。

 それでもチーは立ち上がって追いかけようとした。

 すると、ラリーゼお義姉ちゃんがチーを睨んで面倒臭そうに口を開いた。


「はあ、ウザ。だったら、アンタのお気に入りのマナを、アイツを殺しなさい」


「え……」


「出来ないなら母親はこのまま殺す。出来たら治す。どっちを選ぶかはアンタの自由よ」


「ん~、アナタのお母さんを病気以外で殺すと研究材料として使えなくなるかもしれないから、一応12時までにマナちゃんの死体を持ってこれば交渉成立ってところかしら?」


「そうね。今直ぐ解剖してやりたいけど、こればっかりはどうにもならないしね」


「マナお姉ちゃんを……チーが…………殺す?」


「時計塔で待っててあげるわ。12時に鳴ったら鐘がなるし何処でも良いけど、どっちにしろあたし等は行かなきゃいけないしね」


「ん~、そうね。じゃあね、チー。アナタのおかげで楽に稼げたわ。それだけは感謝してあげるわ。せいぜい母親を見殺しにしないように頑張る事ね」


「チーが……マナお姉ちゃんを殺す。ママを……助ける為……に…………」


 ラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんの声は、もうチーには届いていなかった。


 ママを助けたい。


 マナお姉ちゃんを殺せば、ママを助けられる。


 でも、本当にそう思うの?


 ずっと騙されてきたんだよ?


 さっき全部嘘って言ったんだよ?


 これも嘘じゃないの?


 それなのに、信じて殺すの?


 初めて出来たお友達を。


 チーの事を「助ける」と言ってくれた温かくて優しい人を。


 本当に殺しちゃうの?


「チー?」


 気がつけば、暗がりの中でマナお姉ちゃんが側にいた。


「お母さ……ママが連れて行かれちゃった。チー、頑張ったのに。いっぱい頑張ったのに。どうしよう、このままじゃ……このままじゃママが死んじゃう」


 マナお姉ちゃんは黙ってチーの話を聞いた。

 ただジッとチーの目を見つめて、何も言わずに側に立っていた。


 “だったら、アンタのお気に入りのマナを、アイツを殺しなさい”


 そんな言葉が頭の中に浮かんだ。


「だから、マナお姉ちゃん。ママの為に死んで」


 気がつけば、チーはそんな事を言いながらマナお姉ちゃんに飛びついて、泣きながら首を絞めていた。

 でも、チーにはマナお姉ちゃんを殺す事なんて出来なかった。


 マナお姉ちゃんが本当に優しくて。

 首を絞められてるのに優しく微笑んでくれて、チーの頭を優しく撫でてくれた。


「チー……泣かな……いで。い……っしょに……助けよう?」


 殺そうとしたのに。

 チーはマナお姉ちゃんを裏切ったのに。

 それなのにまだ「助ける」と言ってくれる。

 そんな事を言われたら、もうチーには何も出来ない。


 結局、チーは何も出来なかった。

 悪い事をして、いっぱい関係ない人達を巻き込んで苦しめて、それなのにママを助けられない。

 マナお姉ちゃんを殺す事も出来ずにママを見殺しにして、泣いてうずくまる事しか出来ない。

 本当に最低な悪い子だ。


「チー」


 マナお姉ちゃんがチーの名前を優しく呼んだ。

 チーは嗚咽おえつしながら顔を上げて、マナお姉ちゃんの顔を見た。


 マナお姉ちゃんは優しい顔で微笑んでいた。

 温かくてホッとする優しい顔。

 チーはマナお姉ちゃんのこの顔が大好きだ。


 マナお姉ちゃんはチーの頭をそっと優しく撫でてくれた。

 とても優しい手。

 嬉しくて、温かくて、優しくて、涙が止まらない。


「ゆびきり」


 マナお姉ちゃんはそう言って、チーの目の前に小指を立てた拳を出した。

 チーはそれを見つめた。


「ゆび……きり…………?」


 チーは拳を作って小指を立てて目の前に出した。


 “ゆびきり”


 あの時、マナお姉ちゃんと出会った時に交わしたおまじない。

 チーはあの事を覚えている。

 あの時から、マナお姉ちゃんの事が大好きになったから。


 マナお姉ちゃんがチーの小指と小指を絡める。

 そして、絡めたまま優しく微笑んでチーに顔を近づけて、チーのおでこにおでこをくっつけた。


「約束、絶対護るから。だから安心してよ」


「マナお姉ちゃん……」


 マナお姉ちゃんは小指とおでこを離して立ち上がった。

 そして、チーに手を伸ばして、真っ直ぐで真剣な眼差しをチーに向けた。


「12時の鐘が鳴る前に、必ずチーのお母さんを助け出そう!」


 マナお姉ちゃんのその言葉は力強くて、その姿はとてもかっこよくて、暗がりなのにチーにはマナお姉ちゃんが輝いて見えた。

 ママを本当に助けられるかなんて分からない。

 それでも、チーはマナお姉ちゃんの言葉で救われた気がした。


 チーはマナお姉ちゃんの手を取って立ちあがった。

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