089 不幸を呼ぶ少女 その4 断罪の日
魔族。
元々は普通の人間だったり獣人だったり、皆と変わらない種族の人達。
昔、世界に争いが絶えない頃にそう言った人達が何かをきっかけにして魔族になって、見た目が変貌して強大な力を手に入れて人々を殺していた。
チーが魔族になった時に、スタシアナお義姉ちゃんからそう教えてもらった。
ラリーゼお義姉ちゃんはチーを魔族にする事で、【幸福度増加】と【増徴】を強化するのが目的だった。
そして、チーにはラリーゼお義姉ちゃんの期待以上の事が起こった。
チーは魔族になって上位魔法が使えるようになった。
土属性の魔法の上位【生物魔法】が使えるようになって、チーは奴隷を捕まえる為の拘束魔法【土草】を使うようになった。
土草は土属性の魔法を使える人なら、練習すれば誰にでも使える魔法。
でも、上位の【生物魔法】が使えれば、その強度は普通の土草とは比べ物にならない程に強力だった。
だから、ラリーゼお義姉ちゃんは喜んだ。
これで奴隷を大量に捕まえれると……。
魔族になっても、チーの見た目は変わらなかった。
理由は分からないけど、多分本来の方法で魔族になったわけじゃないからだと、スタシアナお義姉ちゃんが言っていた。
◇
今回のお仕事は、獣人国家ベードラの王子様の誘拐。
そして、カモフラージュで関係の無い人達への襲撃と金品の強奪や誘拐。
フロアタム宮殿に先行して侵入している奴隷商人達と作戦実行日に合流して、何かあった時の為に、見た目が獣人のままのチーが捕まったフリをしてサポートをする。
だけど、チーが奴隷商人のボスだと言うのは、一部の幹部以外には内緒だった。
スタシアナお義姉ちゃんが「ボスからの命令」と話し合いの場で言う事で、奴隷商人を管理する為。と、ラリーゼお義姉ちゃんに言われた。
この日も、チーは捕らわれたフリをして檻の中に入っていた。
何かが起きたら土草を魔法で出して拘束する。
それは、檻から逃げ出した人や、捕まった人を助けに来た人だったりで、色んな人を捕まえる為だった。
でも、チーがするのはたったそれだけ。
チーはそれ以外何もしない。
もう直ぐでチーは7歳の誕生日を迎える。
ママの病気を治す為のお金を早く貯めなくちゃいけない。
でも、一つだけ嬉しい事もあった。
ラリーゼお義姉ちゃんが言ってた。
ママの病気が薬のおかげで少し良くなったって。
今の調子なら、チーの誕生日にママが死ぬ事は無いって。
それに、ママの病気を治す為の治療費ももう直ぐで溜まる。
今回のお仕事が終わったら、ママは助かるかもしれない。
だから、絶対に失敗しちゃダメ。
絶対に成功させなくちゃいけないんだ。
リングイ=トータスと名前を偽ってるバーノルドおじさんとは既に話はしてる。
ドワーフの国の王子様と獣人国家ベードラの王子様を捕まえて奴隷として連れて行けば、チーのママの病気の治療を助けてくれると言ってくれた。
そして、チーは知っている。
バーノルド小父さんを騙す事を。
ラリーゼお義姉ちゃんが「2人の王子様に会ってみたい」と言って、それだけの為に2人の王子様は奴隷にされる事を。
バーノルドおじさんも用が済めば、お金だけ貰って捨てる事を。
スタシアナお義姉ちゃんは騙されて苦しむ人達を見て楽しみたいだけと言う事を。
全部、ラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんの2人のただの我が儘なお遊びだった。
でも、この日はいつもと違っていた。
奴隷商人の一人シップと、チーより少しだけ年上の女の子が何かを喋っていた。
今までもこうして捕まえた奴隷と喋る事はあったけど、それはいつも「黙れ」だとか「殺されてえのか?」とか、そんなのばかりだった。
だけど、この日は何故かシップの方から珍しく話しかけていた。
こんな事は本当に珍しくて、チーはその子の事が気になった。
「お姉ちゃんはさっきの男の人と知り合いなの?」
その子と目が合って、チーはその子の前に移動して、恐る恐る尋ねてみた。
すると、その子は「違うよ」と否定したので、チーは安心したフリをした。
その子と話をして、その子の名前がマナだと分かった。
チーの名前はチーリン=ジラーフだったけど、本名は言わずにチーとだけ名乗った。
スタシアナお義姉ちゃんに、チーの名前が悪い噂と一緒に流れているから、名前は出来るだけ隠せと言われていたから……。
マナお姉ちゃんと、一緒にいたラヴィちゃんと3人でお話をした。
パパとママの事を聞かれて、嘘と本当を混ぜて話した。
そうすると騙しやすいからしろと、スタシアナお義姉ちゃんに言われてるから。
でも、やっぱりパパが死んだ時とジルお義父さんが死んだ時の事を思い出して、悲しくなって涙が出た。
不意にマナお姉ちゃんに両手を握られた。
そして、真っ直ぐな目で「お母さんの所に帰す」と言われた。
そんな事出来ないと思いながらも、チーは「本当?」と聞いていた。
すると、マナお姉ちゃんはチーの目の前に小指を立てた拳を出した。
それにどんな意味があるのか分からくて黙っていると、マナお姉ちゃんがそれの意味を教えてくれた。
“ゆびきり”
それは、約束する時のおまじない。
そんな事をしても意味があるなんて思えなかった。
でも、“ゆびきり”をしている時のマナお姉ちゃんとラヴィちゃんを見ていると、何だか温かい気持ちになった。
マナお姉ちゃんが「助ける」と言ってくれた。
絶対にそんな事は出来ないと分かっていた。
だけど、それでもチーは何だか凄く嬉しかった。
マナお姉ちゃんは優しく微笑んでくれる。
温かくてホッとする優しい顔。
チーはマナお姉ちゃんのこの顔が大好きになった。
◇
姉妹の様に仲が良いマナお姉ちゃんとラヴィちゃんの2人と過ごした時間は、凄く幸せだった。
信じられない程に幸せで、一緒にいるとチーが悪い子だと言う事を忘れられた。
だから、勇気を出した。
チーはスタシアナお義姉ちゃんにお願いして、マナお姉ちゃんとラヴィちゃんと一緒にいたいと我が儘を言った。
スタシアナお義姉ちゃんは今回は上手くいけば思った以上にお金が入るから、特別に許してくれると言ってくれた。
凄く嬉しかった。
ママの病気が治ったら、全部上手くいって急いでお金を稼ぐ必要がなくなったら、マナお姉ちゃんとラヴィちゃんをママに紹介したいと思った。
チーの初めてのお友達だよって、ママに教えてあげたかった。
でも、そんなのチーの自分勝手な我が儘でしかなかった。
奴隷市場の館ではラヴィちゃんにチーの正体がバレて、チーが悪い子だって知られてしまった。
もう一緒にいられない。
だから、チーは諦めた。
もう一緒にいられないから、後腐れなくお別れしたくて酷い事も言った。
ラヴィちゃんが悲しそうな目で涙を流してチーを見ていた。
苦しくて辛くて、今直ぐ「ごめんなさい」って言いたいけど我慢した。
我慢しないと、ママの病気を治す為のお金を集める事が出来ないから。
きっと悪い事をしているチーには、幸せが大きすぎたんだ。
だから、罰が当たってお友達を悲しませてしまった。
本当にチーは悪い子だ。
悪い子だから、最後まで悪い子でいなきゃ、そうじゃなきゃダメなんだ。
スタシアナお義姉ちゃんに見られてる。
だから、ママの為にチーは悪い子でい続ける。
そして、悪い子だから、また罰があたったんだ。
バーノルドおじさんのお家で暮らして暫らくして、スタシアナお義姉ちゃんに呼び出された。
今日はチーの誕生日だった。
ママの容態は良好で調子が良くて、予定ではチーの誕生日にはもう死んでしまうと言われていたけど、全然そんな様子は無かった。
まだ大丈夫なんだと、チーはそれで安心していた。
そんな時に呼び出されて、ママの容態が悪くなったと思って焦った。
でも、チーが呼び出されたのは別の事だった。
内容は、奴隷市場の館で邪魔をした人達がこの町の何処かに潜入して、隠れて何かをしているという事だった。
それに奴隷商人のアジトとして使っていた場所が、新しい所も含めて全部襲われたと聞かされた。
スタシアナお義姉ちゃんはチーを疑っていた。
マナお姉ちゃんと仲良くしているのは、外にいる仲間と裏で連絡しているからだと。
だから、スタシアナお義姉ちゃんの命令で、チーはバーノルドおじさんに頼んで外出許可証を貰った。
外に出て、チーに近づく怪しい人物がいないか見つけ出す為に。
カモフラージュとして無関係の子達を連れて。
何かあった時この子達を盾にして、秘密が知られたら殺せと言われた。
嫌で嫌で胸が苦しくなったけど、でも、チーはアジトを襲った人達とは無関係だったから「分かった」と答えた。
でも、そんなチーの考えは甘かった。
マナお姉ちゃんのお姉さんと出会ってしまった。
最初は気がつかなかったけど、間違いなくマナお姉ちゃんのお姉さんだった。
チーは焦ったけど、それは顔の表情に出さなかった。
一緒に監視としてついて来たスーロパさんが、もし勘違いしたらママの病気が治せないと、チーの焦りはどんどん大きくなっていった。
せっかく容態が良くなってきたのに、そんなの絶対嫌だった。
だから、マナお姉ちゃんのお姉さんと別れた後に、チーは自分から悪い事をしてしまった。
通りがかった雑貨屋さんの店主さんにスキルを使った。
もし勘違いされても、新しいターゲットを捜したから、それで許してって言おうとした。
今までチーから誰かを狙うなんてしなかったから、きっと許してくれると、自分勝手で酷い事を考えてしまった。
本当にチーは悪い子だ。
そんなの、意味が無いって分かっていたのに、そうする事でしか不安が消せなかった。
だから、罰があったった。
スーロパさんにチーがスキルを使う所を見られた。
スーロパさんにはチーの正体を隠していたのに。
そして、帰り道に、マナお姉ちゃんのお姉さんとも出会ってしまった。
もう後戻りできなくて、チーは何も知らないチーを演じるしか出来なかった。
帰ったら、ラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんに怒られるだけでは済まない何かをされる。
もしかしたら口封じでスーロパさんが殺されてしまうかもしれない。
もしかしたら約束を破った罰として、ママの治療をやめてしまうかもしれない。
チーの不安はどんどん大きくなっていく。
助けてと叫びたい。
でも、助けてくれる人なんて誰もいない。
チーは悪い子だから、だから自業自得なんだと、苦しくて泣きたくて仕方なかった。
だけど、その時チーは思いだした。
“ゆびきり”
帰って来てお家の中に入ってから、チーはマナお姉ちゃんに少しだけお話しようと思った。
マナお姉ちゃんはあの時、何も知らずにとは言え、奴隷市場の館であのシーサさんを倒してチーを護ってくれた。
だからと言って、マナお姉ちゃんがママを助ける事が出来るとは思わなかったけど、それでも相談にはのってくれると思った。
でも、マナお姉ちゃんに話しかけようとした時に、マナお姉ちゃんは何か考え事をしていて、なんとなく話しかけられなかった。
マナお姉ちゃんと別れた後に、チーは結局マナお姉ちゃんに話そうと思った。
何かを期待していたわけではなく、ただ、チーは聞いてほしかった。
ずっと、ずっと誰にも何も言えなくて、いつも一人ぼっちだったから。
マナお姉ちゃんはとても温かくて、側にいると安心出来るくらいに優しかったから。
でも、そんな気持ちも、もう全部意味が無かった。
マナお姉ちゃんのお部屋に行くと、扉が開いていて、マナお姉ちゃんが窓の外を見ていた。
机の上には紙が乗っていて、文字が読めないチーにも一つだけ分かるものが書いてあった。
“0”
最初はチーには0と数字が書かれているだけしか分からなかった。
でも、マナお姉ちゃんが見ていた窓の外の時計塔を見て、それが何を意味するのか分かってしまった。
だけど、それを否定したくて、チーはマナお姉ちゃんに尋ねる。
「マナお姉ちゃん……。これ、何て書いてあるの?」
「……急げ、タイムリミットは深夜0時って書いてあるよ」
立ち眩みに襲われて、目の前が真っ暗になりそうだった。
不安が押し寄せて、心臓を掴まれた様な苦しさに押し潰されそうになった。
「0時……っ!?」
気がつけばそう言って、チーは窓に駆け寄って時計塔の針を見ていた。
0時……それが12時の事だと、チーにも分かった。
そして、チーは部屋を飛び出した。
向かう先はバーノルド小父さんの所。
涙が溢れてくるけど、泣いている場合じゃなかった。
「やだ。やだよ……ママ。何で? 何でなの? 大丈夫って言ったのに。チーの誕生日に死なないって言ったのに。何でママが今日死ななくちゃいけないの? 悪いのは全部チーなのに。ママは何もしてないのに。チーが悪い子だからいけないの?」
紙を握り締めて、チーは必死にバーノルドおじさんのお部屋に向かった。
お金を早くラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんに渡して、ママを助けてもらう為に。
ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!
何度も心の中で叫ぶ。
そんな事をしても意味が無いのに。
心の中でそんな事を言っていても、チーが今までしてきた事が許されるわけがないのに。
今のチーにはそんな事しか出来なかった。
そんな事をしても、ママが助かるわけないのに、そうやって謝って縋るしか出来なかった。
このままだと、ママは予定通りにチーの誕生日に……パパと同じ時間に死んでしまうから……。