088 不幸を呼ぶ少女 その3 染まり堕ちる
「ねえ、聞いた? ウームノ伯爵の事」
「ええ。何でも、家政婦との隠し子が発覚して、その日の晩の内に全財産を盗られて逃げられたみたいね」
「怖いわね。責任をとって罰せられるらしいわ」
最近、ドワーフの国の城下町ではそんな噂話が沢山流れていた。
そんなお話をしている町の人から逃げる様にして、チーはスタシアナお義姉ちゃんとラリーゼお義姉ちゃんから受けたお仕事で手に入れたお金を持って病院に向かっていた。
病院に辿り着くと、スタシアナお義姉ちゃんが外で待っていて、チーはお金を収納している小瓶サイズのマジックアイテムを渡した。
小瓶を渡すと、いつもの様に空きの病室に連れて行かれる。
病室にはラリーゼお義姉ちゃんがいて、2人は目で合図して周囲に他の人がいない事を確認してから、小瓶からお金を出して枚数を数える。
「ん~。流石は伯爵家ね。それなりに良い金額じゃない」
「本当よね~。喜びなさいよ、チー。これだけあればアンタの母親の病気を治す為の研究資金に出来るわ」
「……うん」
「何しょぼくれてんのよ。あの伯爵は元々悪事に手を染めていた。それはアンタも分かってんでしょ?」
「そう……だね。人を騙してお金を稼いでた。でも、チーは……」
「ん~。まだ罪悪感があるの? 困った子ね。悪人からお金を頂いて、そのお金で人助けが出来るのよ。誇りに思いなさい」
「……うん」
チーのスキル【幸福度増加】には、チーの知らない効果があった。
それは、スキルを使った相手に【富】と【名声】を与えてる力だった。
でも、これには大きな欠点があった。
このスキルで【富】と【名声】を得てしまうと、必ずその反動が代償として何倍にもなって跳ね返ってきてしまう。
【富】であれば【貧】を、【名声】であれば【醜聞】が……。
そして、スキルを使うと精気が抜けたような表情になってしまう。
感情を見せなくなり、まるで操り人形の様になってしまう。
このリスクの高いスキルの効果に気付いたのは、ラリーゼお義姉ちゃんとスタシアナお義姉ちゃんの2人。
2人はこのスキルを使って、ママを助ける為のお金を稼ごうと提案した。
悪い人をターゲットにして、チーがその家に行ってスキルで心を操る。
チーを子供と言う事にすれば幸せになれる。
そう思わせるだけで、不思議と皆がチーを自分の子供だと言ってくれる。
そして、相手に【富】や【名声】を与えて、その反動がくる直前でチーが財産を盗む。
そうする事でリスクを利用していた。
そしてもう一つ、チーはマジックアイテムの【スキルゲットキューブ】を使って、二つ目のスキルを手に入れていた。
そのスキルの名前は【増徴】。
スキルを使った対象を強化するスキルだ。
これは、物理的な強化とスキルの強化も出来るものだった。
このスキルを使って【幸福度増加】の効力を強化して、狙った相手に【富】と【貧】を驚くほど早く与えていた。
この事は、ママとジルお義父さんには内緒だった。
ママとジルお義父さんは反対するかもしれないから……。
だから、チーはこれがよくない事だって分かってた。
でも、ママを助けたくて、お義姉ちゃん達の言う事を聞いていた。
お金は【魔力複合症】にかかっている患者を治す為の資金援助として、ジルお義父さんに渡されていた。
チーにはよく分からないけど、そう言う人は実際にいるらしくて、ジルお義父さんも何も疑わずに受け取っているとラリーゼお義姉ちゃんが言っていた。
チーは頑張った。
スタシアナお義姉ちゃんとラリーゼお義姉ちゃんに言われたまま、沢山の人をお金持ちにして、そして破産させた。
悪い事をしている自覚はあったけど、ママの為に頑張った。
チーが頑張れば頑張っただけ、どんどんママの症状が良くなっていった。
ジル先生も「このまま良くなれば治るかもしれない」と言って、チーと一緒に喜んでくれた。
でも……それは幻想だった。
もしかしたら、チーは無意識に【幸福度増加】を使っていたのかもしれない。
あるいは、悪い事をした罰が当たって、その代償がきたのかもしれない。
◇
「完成だ! これでジエラさんの病気が治るよ! チーちゃん」
「本当? ママの病気、本当に治るの?」
「ああ、そうだよ! 君のお父さんの仕事を調べ直して正解だった。彼は凄いよ」
「うん!」
数か月前から、ジルお義父さんは亡くなったパパのお仕事に目を付けていた。
ママの病気の【魔力複合症】と、パパの魔石を加工するお仕事の関係性。
パパが死んでしまった原因は、過労で暴走した魔力のせいで、魔石の魔力を吸収してしまったから。
でも、それは本当に稀で、滅多な事では起きない現象だった。
だから、ジルお義父さんは考えた。
【魔力複合症】の解明をする為に、パパが魔石を加工するお仕事をしながら、魔石に二種類以上の魔力を入れて調べていたのではないかと。
それを調べる事で、二種類以上の魔力を分離させる方法を研究していたんじゃないかと。
そして、それを調べた結果、ジルお義父さんは魔力を二種類以上持つ原因の一つの可能性を見つけた。
可能性は日に日に謎を解明していき、そして、ついにママの病気を治せる所まできた。
この頃には、チーも資金援助と偽ったお金を奪う事もしていなくて、毎日ジルお義父さんのお手伝いをしていた。
大好きなママが助かるんだ。と、ジルお義父さんの言葉に嬉しくて涙が出た。
でも、泣いてなんていられない。
「チーちゃん、先にお家に帰って、ジエラさんに伝えてほしい」
「うん! ジルお義父さんも早く帰って来てね!」
「ああ。準備が出来たら直ぐに帰るよ」
早くママに治ると教えて上げたい気持ちいっぱいで病院を出た。
だけどその時、その瞬間に、背後で耳をつんざく程の爆発音が背後で聞こえた。
チーは爆風に押されて数メートル先まで吹っ飛んで横転して、たまたま近くを通っていた人にぶつかって受け止められた。
何が起こったのか理解できなかった。
振り向けば病院は炎上していて、外壁の一部が崩れていた。
数秒遅れて理解する。
病院が爆発したのだと。
「ジルお義父さん………………っ! ジルお義父さん!」
チーは立ち上がって、燃え続ける病院に向かって走った。
だけど、直ぐにチーを受け止めた人に腕を掴まれて「危ない! 近づいたら駄目だ!」と止められてしまった。
チーは泣きながら「ジルお義父さん」と叫んだ。
目の前で病院が燃え続けて、黒い煙を上げて、バチバチと不安を煽る音を鳴らせる。
周囲の人が集まって来て騒ぐだけで、誰も中に入ってジルお義父さんを助けようとしてくれる人はいない。
そして、病院は二度目の爆発を起こした。
周囲にいた人達は叫びながら病院から距離を置く。
チーは二度目の爆発を見て、その場で泣き崩れてしまった。
ジルお義父さんは爆発に巻き込まれて死んでしまった。
遺体は発見されたけど、ジルお義父さんだと分からないくらい酷いありさまだった。
爆発の原因は魔石の暴発だった。
ジルお義父さんがママの病気を治す為に研究していた魔石が暴発して爆発した。
ほんの少しでも早く爆発していたらチーも死んでいたと、運が良かったと、事件を調べていた衛兵の人に言われた。
でも、運が良かっただなんて、そんな風にチーには思えなかった。
ジルお義父さんの遺体を見たスタシアナお義姉ちゃんとラリーゼお義姉ちゃんは、見ていて居た堪れない程に泣き崩れた。
「お前達のせいだ! お前達親子のせいでパパが死んだ! パパを返せ!」
ラリーゼお義姉ちゃんから責められて、チーは何も言えなかった。
ママは二人のお義姉ちゃんに「ごめんなさい」と謝り続けていた。
ママは悪くないのに。
チーのせいなのに。
チーが全部悪いのに……。
ジルお義父さんが死んで暫らくして、ラリーゼお義姉ちゃんが怖い事を考えた。
「人攫いの連中を集めて奴隷商人をやるわよ。チー、アンタがそれのボスをやりなさい」
突然の事でチーは困惑した。
意味が分からずに何も言えないでいると、スタシアナお義姉ちゃんがため息を吐き出した。
「ん~、あなたに拒否権はないわよ。でも、その代わりご褒美を上げる」
「ごほう……び?」
「ん~、そうよ。あなたのママの病気、それを治す為の研究資料が残っていたのよ」
チーはこの時、どんな顔をしていたのだろう?
ママを助けられる。
凄く嬉しい出来事で喜びたかった。
だけど、ジルお義父さんがその研究のせいで死んだから、喜ぶだなんてそんな事は出来なかった。
でも、この時のチーの顔を見て、ラリーゼお義姉ちゃんはチーを睨んだ。
睨まれて、チーはきっと顔を綻ばせてしまったのだと思った。
チーは自分の事ばかりで、本当に最低だ。
「ん~、話はおわりじゃないわよ。治療するには知っての通りお金が沢山必要。馬鹿なあなたでも、ここまで言えば理解できるでしょう?」
「……奴隷商人のボスになって、お金を……治療費を稼ぐ」
「ん~、正解。と言っても、あなたのお母さんの病気の症状を和らげるお薬を定期的に買うのも目的よ」
「お薬? お薬を飲めば治るの?」
「和らげるだけよ。ん~、でも、お薬が効けば多少は治るかもしれないわね」
「本当? お母さん助かるの?」
「だけど勘違いするなよ? アンタの取り分は一回の儲けに対して一割りだけよ」
「ん~、そうね。それが妥当かしら。どうせあなた1人ではやっていけないから、私とラリーゼが裏で動く事になるし」
「それだけじゃないわよ。こいつのせいでパパが死んだのよ。アンタの一生を懸けて償ってもらわないとね」
「……うん」
返事をした瞬間に、チーはラリーゼお義姉ちゃんに張り手されて地面に転んだ。
訳が分からずラリーゼお義姉ちゃんを見上げると、チーを睨んでいた。
「はい。でしょ? 後それから、今後は喋り方に気をつけな。一応表沙汰は奴隷商人なんていうクズの集まりのボスをするのよ。最低でも人前では、ママだとか甘ったれたガキ臭い言い方はするんじゃないよ」
「……はい」
「スタシアナ姉さん他に何かある?」
「ん~。そうね。奴隷商人のボスになったら、一応この子の我が儘を多少聞いてあげないと示しがつかなくなりそうだし、ラリーゼは無理そうね」
「はあ? 別にそんなのしなくてよくない? 頭の悪いクズ集団には分からないわよ」
「そうもいかないわよ。ラリーゼは奴隷商人とは別の裏の仕事をしてもらうとして、私が一応この子の下について奴隷商人達をコントロールするわ」
「ふーん。ま、別にそれで良いけど。……あ、そうそう。良い忘れてたわ、チー」
ラリーゼお義姉ちゃんがチーに嘲笑うような視線を向けた。
「多分アンタの母親の命、病気が治らなかったら、もうそんなに長くないから。必死になった方が良いわよ」
「え?」
「そうね~。私の予想だと、もって後だいたい……アンタの7歳の誕生日までかしら?」
「そんな……っ! でも、お薬を飲めば――」
「黙って聞け。話は終わってないわよ」
「――はい」
「ん~。皮肉よね。あなたの誕生日は、もしかすると父親だけでなく、母親の命日になるかもしれないなんて」
「私達のパパを殺したのよ。それくらいじゃなきゃ許されないわ。ま、母親を見殺しにしないように、せいぜい頑張る事ね」
ラリーゼお義姉ちゃんの声は冷たくて、チーの心に突き刺さった。
チーはもう何も言えなかった。
ママを……お母さんを見殺しにしない為に、チーが頑張らないといけないんだ。
「まあ、薬代もちゃんと余分に稼げば、運が良けれべ治るかもよ? 期待はしない方が良いだろうけど。あ、そうそう。パパがさ~。面白い研究を残してくれたんだよね~」
「面白い研究……?」
ラリーゼお義姉ちゃんがニヤニヤと笑う。
その顔に恐怖を感じて、チーはラリーゼお義姉ちゃんの目を見ながら怯えてしまった。
すると、ラリーゼお義姉ちゃんは更にニヤニヤと笑った。
「ん~、本当にこの子で実験するの?」
「当たり前じゃん。こいつが殺したパパだってそれを望んでるわ」
ラリーゼお義姉ちゃんはそう言うと、チーの目の前に紫色の液体が入った小瓶を出した。
そして、その小瓶の蓋を開けて、チーに口元にそれを近づけた。
「飲みなさい」
「これ……なんのお薬…………?」
「良いから飲みなさいよ」
「……はい」
チーは口元に出された小瓶を受け取って、紫色の液体を見て怖くなった。
手と足が震える。
怖くて歯も震えて音が鳴る。
ラリーゼお義姉ちゃんはチーを見てニヤニヤと笑っていて、スタシアナお義姉ちゃんはつまらなそうにチーを見ていた。
「飲め!」
ラリーゼお義姉ちゃんに怒鳴られて、チーは怖くて目をつぶった。
そして、ラリーゼお義姉ちゃんに小瓶を取られて、そのままチーの口の中に紫の液体を無理矢理流された。
「――っ!! ぅあ゛」
紫色の液体が喉を通った瞬間に全身が熱くなった。
紫色の液体が喉を通った瞬間に全身が痛くなった。
紫色の液体が喉を通った瞬間に目の前が真っ暗になった。
紫色の液体が喉を通った瞬間に心臓を掴まれるように苦しくなった。
チーはその場で倒れて、嗚咽して苦しんだ。
ラリーゼお義姉ちゃんの大きな笑い声が聞こえた。
スタシアナお義姉ちゃんの呆れるような視線を見た。
1時間苦しみ続けて、チーは気を失った。
そしてこの日、チーは“魔族”になった。




