087 不幸を呼ぶ少女 その2 希望と過ち
パパが死んだ日、パパが死んだ理由をママと一緒にチーは聞いた。
理由を聞いて、ママは「信じられない」と泣いた。
でも、ジル先生は言った。
パパのお仕事は魔石を加工するお仕事。
そう言ったお仕事の人は、働きすぎるとパパと同じ症状を起こす事が稀にある。
仕事と家事を毎日休む事なくし続けて、それが原因で魔力が暴走した結果、魔石の魔力を吸収してしまった。
人は誰しもが、火、水、風、土の4つの属性の内、2つ以上の属性を体内に宿す事が出来ない。
その為、自分の持つ属性とは別の属性を取り入れると死んでしまう。
そうなってしまうと治療系の魔法が効かず、どうする事も出来ない。
だから、パパは過労で魔力が暴走した時に、魔石の魔力を吸収してしまって命を落とした。
「今の医学では治せない」
ジル先生は最後にそう言って、ママに頭を下げた。
ママは倒れてお家に運ばれた。
この日からママは笑わなくなって、もう二度と歩く事が出来なくなった。
そして、チーもお家の中に閉じこもった。
パパが死んだ悲しみに耐えられなかったチーは、ママまで死んでしまうかもしれないと恐怖して、ママの側を離れられなくなってしまった。
ジル先生が毎日チーのお家に足を運んで、ママの病気を見てくれるようになった。
でも、ママの病気は良くなるどころか悪くなる一方だった。
ママはただ病弱だっただけじゃなかった事を、ラリーゼちゃんに教えてもらった。
ママは【魔力複合症】と言う名前の病気にかかっていた。
この病気はパパが死んだ原因に似た症状のものらしい。
本来人が持つ魔力の種類は一種類。
だけど、この【魔力複合症】は二種類以上の魔力が体の中に入っている状態で、奇跡的に死なずにすんでいる事を言う。
何臆人に1人が稀にかかる病気で、前例が少ないから治す方法も分からない。
ママが生きているのは奇跡だった。
でも、出来るのはせいぜい症状を和らげるだけ。
ママの病気は、そんな病気だった。
どれくらい経っただろう?
パパが死んでから、毎日が大変だった。
ここ最近では、ママは眠っている時の方が多くなっていた。
チーは頑張ってママの看病をしていた。
だけど、幾ら獣人は普通の人より早く成人をむかえるとは言え、3歳のチーに家事なんてまともに出来なかった。
それに、お金を稼ぐ事も出来なかった。
ジル先生とスタシアナさんとラリーゼちゃんが無償で手伝いに来てくれていたけど、ママが「何も無しでは悪いから」と言って、こっそりとお金を渡していた。
だから、生活をする為に必要なお金が無くなるのも時間の問題だった。
「チー、ジル先生とお話があるから、たまには外で遊んで来なさい」
この日、ジル先生が1人で来た。
ママが少し真剣な面持ちでチーにそう言ったので、チーは「うん」と頷いてから、外に向かおうとしてやめた。
やめたのは、なんだか嫌な予感がしたから。
だから、いけない事だと思ったけど、チーはお部屋の前に隠れて聞き耳を立てた。
「ジエラさん、どうされました?」
お話があると言ったのはママだったけど、最初にお話を始めたのはジル先生だった。
そして、ママは少しの間だけ何も言わずに黙ってて、震えた声で話し出した。
「ジル先生……いいえ。ジライデッド=ルーンバイムさん、お願いします。私の娘、チーを養子として貴方の娘にして下さい」
「――っ!? 養子だなんて、何を言ってるんですか!?」
ジル先生は驚いて、動揺して、困惑していた。
チーにはママが言っている意味が分からなくて、ただ黙って聞いていた。
「こんな事、勝手な事だと、我が儘だと分かってるんです。だけど、だけどあの子……チーだけはこれ以上不幸にさせたくないんです。ご迷惑な事は分かっています。見返りに何かお渡しできる物だって何も無いです。でも、こんな勝手な事をお願い出来る相手なんて、私にはジル先生しかいないんです。最低な事を言っている事は分かっています。それでも、それでも私にはジル先生を頼る事しか出来ないんです。こんな体の私じゃ、あの子を育てるなんて……幸せにするなんて出来ない。だからどうかお願いします。あの子を養子にして下さい。あの子を私の代わりに育てて下さい」
ママは泣いていた。
そして、チーにもやっと理解出来た。
ママがジル先生に「代わりに育てて」と言った。
チーはママに捨てられたんだ。
悲しくて涙が溢れてきた。
でも、チーはママの前に出て捨てないでなんて言えなかった。
だって、チーじゃママを助けてあげられない。
チーのせいで大好きなママが傷つく所なんて見たくなかった。
「お願いします…………。お願いします……。お願いします…………」
ママはずっと泣きながら「お願いします」と言い続けてた。
ジル先生はずっと黙っていた。
何も言わない。
チーはどうすれば良いのかわからなかった。
ママの側を離れたくない。
でも、チーが側にいるとママが不幸になる。
ジル先生の事は好き。
でも、ジル先生はそうじゃないかもしれない。
それに、チーには結局何も出来ない。
「チーちゃんの為にも、それは出来ません」
ぽつりとジル先生が呟いた。
ママは泣き崩れて嗚咽した。
だけど、ジル先生はママに優しい声で「でも」と話しかけた。
ママが顔を上げてジル先生を見ると、ジル先生は優しく微笑んだ。
「もし許されるなら、貴女と結婚したい。結婚して貴女を支えたい。貴女と一緒に、チーちゃんを支えたい」
ママがボロボロと大粒の涙を流して、ジル先生が慌てた。
チーも隠れていた事を忘れて、ジル先生に抱き付いた。
「じるてんてー!」
「ち、チーちゃん!?」
ジル先生は最初驚いた顔をしていたけど、直ぐにチーに優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
とても優しい手。
チーはこの手が大好きだ。
数日後、ママとジル先生が結婚した。
でも、この日から、スタシアナさんとラリーゼちゃんはチーに話しかけてくれなくなった。
◇
「チー。アンタさあ、天然もののスキルを持ってんでしょ?」
ママとジル先生が結婚してから暫らくして、チーも4歳になっていた。
今ではチーもお家のお手伝いをいっぱい出来る様になっていて、ジルお義父さんのお手伝いもいっぱい頑張っていた。
ママの症状は相変わらず良くならないけど、それでもジルお義父さんのおかげで悪くもならなかった。
スタシアナお義姉ちゃんとラリーゼお義姉ちゃんはあれ以来チーとママとあまり話さなくなったけど、それでもジルお義父さんのおかげでチーは幸せだった。
ジルお義父さんの事がパパと同じくらい好きになっていた。
そしてある日、ラリーゼお義姉ちゃんに珍しく呼び出されて、そんな事を言われた。
天然もののスキル……チーはその意味を知っていた。
スキルには二つのタイプがある。
一つは、【スキルゲットキューブ】と言うマジックアイテムを使って覚えるもの。
そしてもう一つは、生まれた時から既に持っているスキル。
これが、天然もののスキル。
天然もののスキルはとても珍しくて、極めると覚醒されて強力なスキルとなると言われている。
そして、天然もののスキルを持って生まれた人は、【スキルゲットキューブ】を使う事でもう一つのスキルを手に入れる事が出来る。
このドワーフの国で暮らすきっかけは、実はチーの持つこの天然もののスキルが理由だった。
ママも死んでしまったパパもドワーフじゃない。
だけど、チーが生まれながらスキルを持っていて、それを隠す為に誰もチーの事を知らないこの国に引っ越してきた。
ドワーフは魔法が使えない代わりに、マジックアイテムを開発して日常で使っている種族。
だから、万が一何かがあっても新しいマジックアイテムと誤魔化して、また逃げる事が出来るとパパが考えた。
パパが魔石を加工するお仕事をしだしたのも、それが理由の一つとパパから聞いた事がある。
加工された魔石が、マジックアイテムの動力源になるから、新しく開発中のマジックアイテムと関わっていると思わせる事が出来る。
何故そこまでしないといけないのかと言うと、それは、チーの持っているスキルのせいだった。
チーの天然もののスキルは【幸福度増加】。
相手の幸福度を上げて、全ての事に幸せを与える。
人の精神や感情や価値観を操作出来てしまう。
だから、これを使うと人の死も操れてしまう恐ろしいスキル。
死を操るなんて、そんな事出来るのかと思われるかもしれないけど、このスキルを使えば簡単に出来てしまう。
死ぬ事が幸せな事と思わせるだけで、思った人は簡単に死んでしまうのだから。
このスキルはとても危険で、チーがまだ物心つく前に、一度悪い人に利用されそうになった。
チーは誘拐されそうになった事があると、パパに聞いた事がある。
その時のチーはまだよく分かっていなかったけど。
チーはこのスキルが嫌いだった。
パパが生きていた時に、スキルを一度だけ使った事があった。
殆ど寝たきりなママの幸福度を上げて、偽りでもそれが幸せだと思ってもらいたかったから。
でも、パパを悲しませた。
「こんなのあんまりじゃないか」
パパはそれだけしか言わなかった。
でも、それだけでも、パパの顔を見ればチーにも解かってしまった。
例え幸せだと思えても、そこには本人の意志が無い。
それはただの偽りで、操られた空っぽなお人形と変わらないと。
だから、それ以来チーはそのスキルを使わなくなった。
だから、パパが死んだあの日も、このスキルを使おうなんて思わなかった。
だからこそ、チーは驚いた。
ラリーゼお義姉ちゃんが、チーが天然もののスキルを持っている事を知っている事に。
だって、チーはあれ以来スキルを一度も使ってないのだから。
「アンタのそのスキルを利用すでば、アンタの母親の病気が治せるかもしれないわよ」
「え……」
「どうする? 母親をこのまま見殺しにするか、それとも私に協力してアンタの母親を助けるか。決めるのはチー、アンタよ」
頭の中がごちゃごちゃで自分の考えが分からなくなっていた。
だけど、チーは迷わなかった。
自分の考えが分からなかったけど、ラリーゼお義姉ちゃんが「母親を助けるか」と言った時点で、チーの言葉は決まっていた。
「協力する。ママを助けたい!」
「決まりね」
ラリーゼお義姉ちゃんは満足気にニヤリと笑った。
そして、チーは自分がこれから犯してしまうであろう過ちに気付けないでいた。
ただ、ママを助けられると喜んで、他の事は何も考える事が出来なかった。