008 猫に小判な猫耳少女
港町でご飯を食べてから、港町の出口に向かって歩く。
港町はあくまで休憩する為に立ち寄っただけで、これからわたし達は亥鯉の川に行かなくてはならないのだ。
わたしはお店を出て歩きながら、モーナに微笑みながら話しかける。
「モーナありがと。今まで必要無かったから気がつかなかったけど、わたしもお姉も、この世界のお金を持って無いから凄く助かったよ」
「ふふん! 当然だ! 私はお金持ちだからな!」
モーナが胸を得意気に張って答えるので、わたしは苦笑する。
実際にモーナは本当にお金持ちのようで、僅かに金色に発光している硬貨をお会計の時に出して、お店の人が凄く驚いていた。
この世界の通貨は価値の高い物から『金貨』『銀貨』『銅貨』の三種類の硬貨が基準としてあって、更にその上に『光金石』『光鐘石』と言う物がある。
光鐘石が一番価値が高くて、王族位しか持っていないらしく、王族以外が持てるのは光金石という硬貨だけだ。
それでも、光金石自体も通貨にするには価値が高すぎる為に、一般的には使われていない。
そもそもとして、殆どの人は銅貨や銀貨を主流として使っていて、金貨ですらあまり目にしない様だ。
ちなみにそれぞれの硬貨の価値は、こんな感じになっている。
銅貨100枚で銀貨1枚。
銀貨100枚で金貨1枚。
金貨100枚で光金石1枚。
光金石100枚で光鐘石1枚。
私が調べた結果、銅貨1枚を日本円に換算すると、だいたい100円位だ。
そんな中、モーナは光金石をお会計で出したのだ。
しかも、銅貨15枚で足りると言うのにもかかわらず。
おかげで店員さんが困り果てて、お釣りが用意出来ないと言ったのだけど、それを聞いたモーナから出た言葉がこれ。
「それならお釣りはいらないわ!」
だ。
モーナがそんな事を言い出したおかげで、お店の人が総出でモーナに凄いぺこぺこしていた。
ちなみに、光鐘石も光金石も石と名前についているけれど、実際は石では無く、特殊な素材で作られた硬貨らしい。
何故光鐘石が王族以外が持てないのかと言うと……まあ、それは今は置いておくとしよう。
「でも、モーナがお金持ちだなんて思わなかったな。モーナって、何処かの国のお姫様なの?」
「知り合いに王族はいるけど、私は一般市民よ!」
「一般市民って……。ねえ、光金石って、かなり価値のある硬貨なんでしょ? 本当に良かったの?」
「知り合いの王族に頼めば、またくれるから大丈夫よ!」
「モーナ、アンタ凄い事言うね」
「私は常に凄い女だ!」
この子にお金を渡したら、駄目な気がする……。
「それにしても、モーナちゃんさっきはかっこよかったですよね」
「当たり前だ! 私は世界で二番目にかっこいい大人の女だからな!」
「二番目なんだ……」
わたしがモーナに苦笑して呟くと、丁度その時、私の目の前に誰かが道を塞ぐ様に立った。
わたしは道を塞ぐ誰かに目を向ける。
すると、そこに立ったのはガタイのいいおじさんが5人で、おじさん達はわたし達を囲んだ。
「へう。な、何ですか~?」
お姉はビクビクと怯えながらも、わたしの前に立った。
すると、ガタイのいいおじさんの一人が、お姉の胸を見て鼻を伸ばしながら喋りだす。
「へっへっへっ。お嬢ちゃん達、さっき店で光金石を出してただろ? あんな高価な硬貨を持っているのに、護衛もいないんじゃ心配だ。そこでおじさん達が、お姉ちゃん達の護衛になってあげようって思ったんだよ」
「護衛ですか?」
お姉が不安そうに聞き返すと、ガタイのいいおじさんが答える前に、モーナが突然笑い出す。
「あーっはっはっはっ! 高価な硬貨って、おまえ! 親父ギャグにしても、それはつまらなすぎだ! 高価な硬貨! 馬鹿ね!」
「いやアンタ笑ってんじゃん」
「笑ってないわよ!」
私がつっこみを入れると、モーナは笑いながら否定した。
そして、高価な硬貨と言った張本人のおじさんは、恥ずかしかったのか若干頬を染めながら、プルプルと震えだし激昂する。
「なめてんじゃねーぞクソガキ! 大人をからかうんじゃねー!」
おじさんが怒りだすと、周りの4人は鼻で笑いながらわたし達を見て舌なめずりをする。
「あーあ。怒らせちまったよ」
「馬鹿な嬢ちゃん達だ」
「おいおい頼むぜ。久しぶりの上玉なんだ。怒って顔を潰さねーでくれよ?」
「俺は一番小さい子でいいか?」
ガタイのいいおじさん達が薄気味悪い笑みを浮かべて、わたし達に邪な視線を向ける。
「へう~。ま、愛那には、指一本触れさせません!」
お姉が震えながらわたしを抱きしめる。
「さあ。嬢ちゃん達、選ぶんだな。俺達を雇うかどうか。と言っても、雇おうが雇うまいが、今夜は俺達の相手をしてもらうわけだけどな」
モーナに怒ったおじさんが、喋りながらわたし達に近づく。
そんな中、わたしは冷静に周囲を確認した。
周りには立ち止まってわたし達を見る人や、見て見ぬふりなのか気にしていないのか、そのまま素通りしていく人ばかりだった。
わたしは何処の世界も似たようなものだなと思いながら、カリブルヌスの剣の柄に手を伸ばした。
するとその時、頭上から大声が聞こえてきた。
「私達に戦いを挑むとは良い度胸ね!」
声のする方を見上げると、いつの間にか民家の屋根の上に上ったモーナの姿があった。
モーナは相変わらず胸を得意気に張って、ドヤ顔でガタイのいいおじさん達に向かって指をさす。
「私を怒らせると痛い目を見るわよ!」
そう言って、モーナは勢いよくジャンプする。
そして、わたしとお姉の前に着地した。
「モーナちゃん!」
「決まったわ」
モーナがドヤって、お姉が目を輝かせる。
「何やってんのよ」
わたしが呆れてモーナに視線を向けていると、突然ガタイのいいおじさん達が、次々と倒れていった。
「え?」
わたしは驚いて、ガタイのいいおじさん達に視線を向ける。
眠ってる?
何で?
何故かガタイのいいおじさん達は眠っている様で、それ以外特に変わった事は無さそうだった。
わたしが不思議に思いながらモーナに視線を向けると、モーナは口角を上げながらわたしの手を握った。
「さっさと行くわよ」
「え? あ、うん。」
わたしは呆気にとられながら返事をして、モーナと手を繋ぎながら歩き出す。
すると、お姉もニコニコと笑いながら、もう片方のわたしの手を握って、わたしの横に並んだ。
もしかして、不明って表示されていたモーナのスキルって、これの事なのかな?
いつも自分の事を喋りたがるモーナが何も言わないって事は、聞かない方が良いんだよね?
ん~。気になるな~……。
やっぱり、モーナって少し怪しいよね。
それから暫らく歩いて港町の出入口に差し掛かる頃、お姉が私の手を離して、急に走り出した。
「お姉?」
わたしが首を傾げてお姉を呼ぶと、お姉は何かの露店の目の前で立ち止まって、こっちに振り向いて大きく手を振った。
「愛那~。モーナちゃーん。日傘ですよ~」
「へ~。日傘なんてあるんだ」
「日傘って何だ?」
「え? モーナ、日傘知らないの?」
「当たり前よ!」
「何で偉そうなのよ」
わたしはモーナに呆れながら、手を振っているお姉の許まで、モーナと一緒に歩き出す。
お姉に近づくと、日傘を売っていた露天のお婆さんが、わたし達を見てニコニコと営業スマイルで話しかけてきた。
「お嬢ちゃん達、折角の綺麗で美味しそうな肌が焼けちゃうよ。一部のマニアの視線を釘付けにしたくなけりゃ、買って言って頂戴」
「……はい?」
あ、あれ?
聞き間違えたかな?
このお婆さん、何だか変な事言わなかった?
「一部のマニアってなんだ?」
「日焼けマニアさんですね」
「変な奴もいるのね!」
う、うーん……何だか頭が痛くなってきた。
異世界に来てから、言動のおかしな人に会いすぎているせいね。
モーナがまともに見えるわ……。
「お婆さん。どんな種類があるか、見せて貰っても良いですか?」
「ああ、構わないよ。お嬢ちゃんみたいなおっぱいの大きな女の子が触ったと言いふらせば、大繁盛間違いなしだよ」
わたしは炎天下の暑さからくる汗とは別の汗をかきながら、モーナにこそこそと耳打ちで話しかける。
「さっきからお婆さんの言動がヤバいんだけど、ここヤバいお店なんじゃないの?」
「大丈夫よ。私の知り合いほどじゃないわ」
え?
モーナの知り合いって、これよりヤバいの?
わたしがモーナの発言にドン引きしている中、お姉は色んな日傘を差したりして、アレが可愛いコレが可愛いと楽しそうにお婆さんと会話する。
そして、わたしはこの時気がついた。
周囲をよく見ると、お婆さんと楽しそうに話をしているお姉は、注目の的になっていたのだ。
勿論、お姉を見ているのは男達だ。
と言うか、お姉は喜ぶとジャンプする癖がたまに出るから、その度に胸が揺れて視線を釘付けにするのだ。
わたしはお姉を見つめている男達を睨んで威嚇していく。
わたしが男達を威嚇していると、モーナがお姉を見てケラケラと笑う。
「ナミキはボインボインね! 揺れまくってるわ!」
わたしは、すかさずモーナにデコピンをお見舞いする。
「んにゃっ!」
涙目で額を押さえるモーナに、お姉が苦笑しながら答える。
「実は、この世界に来てからショーツもですけど、ブラが一つしかなくて、今はつけてないんです」
「え!? お姉、今つけて無いの!?」
あまりにも衝撃的な事実に、わたしは大声を出して硬直する。
そして、わたしの声を聞いた男達が、より一層お姉の胸へと視線を向ける。
「はい~。おかげで、ちょっと痛いです」
そう言いながら、お姉は自分の胸を持ち上げる。
すると、今まで黙っていた男達が、忽ち感嘆と声を漏らす。
「こんな暑いのに上着を脱がないのは、そういう事ね! 港町を出たら人目がつかないし、脱ぐと良いわ!」
「そうですね。下にシャツしか着て無いので、どうしようかなって思ってました」
「駄目ーっ!」
わたしは大声を上げて、お姉の腕を掴んだ。
「日傘なんて買ってる場合じゃないよ! モーナ、お金貸して! 下着買いに行く!」
「良いわよ」
モーナの返事を聞いて、わたしがお姉の腕を引っ張って、下着を売っているお店を探そうと歩き出す。
すると、日傘を売っているお婆さんに呼び止められる。
「ちょっとお待ちよ」
「何ですか?」
わたしは呼び止められて、お婆さんに振り向いて聞き返すと、お婆さんはニコニコと営業スマイルをしながら答える。
「日傘をさせば、視線を防げるよ」
「一本下さい!」
「はい。まいど~」
そんなわけで、わたしはまんまとお婆さんに乗せられて、モーナからお金を借りて日傘を購入してしまった。
ちなみに、相変わらずモーナは光金石を出したので、お婆さんも流石に驚いて日傘を二本追加してくれた。
実際には露店ごと買い占めれるのにモーナはそれをせず、相変わらず気前よく「釣りはいらないわ」と言って、猫柄の日傘を差して喜んでいた。
謎の多い子だけど、色々と考えてるわたしよりも、よっぽど純粋な子なんだなと私はモーナを見て感じる。
だからだろうか?
わたしがモーナに抱いていた不信感は、いつの間にか、本当の意味で無くなっていた。