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086 不幸を呼ぶ少女 その1 不幸の始まり

※今回からチー視点のお話が暫らく続きます。

「おいで、私の可愛いチーちゃん」


「ママ―!」


「チーは本当に良い子だね。流石は僕達の娘だ」


「パパだいすきー!」


 何処にでもある幸せな家庭。

 大好きなママが抱きしめてくれて、それにパパも優しく微笑んで優しく頭を撫でてくれる。

 その幸せがこの時は当たり前で、この時のチーにはそれが幸せな事だなんて考えもしなかった。







「今日でチーも3才かあ。早いなあ……う、うっ。こんなんじゃあっという間に大きくなって、結婚して家を出てってしまうね」


「もう、アナタったら。何を今から泣いてるのよ。いったいどれだけ未来の話をしているの? ねー? チーちゃん」


「けっこー? けっこーってなあに?」


「ふふふ、チーにはまだまだ先の話よ」


「でもさママ。チーは3才なのにこんなにお喋りも出来て賢いんだよ? きっと直ぐに成長しちゃうさ。そしたら……そしたらチーは僕達の許を離れて……うっうう…………パパは結婚なんて許さないぞ!」


「はあ、先が思いやられるわ」


 呆れた表情をするママだったけど、何だか幸せそうな顔をしていた。

 でも、それが最後に見たママの幸せそうな顔だった。


 チーのママは病弱で体が弱い。

 最近はいつもベッドで寝ていて、それでも体調の良い日はお外でチーと少しだけお散歩して日向ぼっこをしてくれていた。

 そんなママに代わって、パパがいつもお仕事をしながらご飯やお洗濯やお掃除をしていた。

 だけど、まだ3才になったばかりのチーはそれがどんなに大変な事かも分からなくて、そんなパパを見ているだけだった。


 チーのママは麒麟きりんの獣人で、獣人の中でも珍しい種族だった。

 だから、それもあって普通のお医者さんでは手がつけられないとパパに教えてもらった事がある。

 パパは獣人ではなくヒューマン……人間だ。

 チーは獣人と人間のハーフだけど、ママの遺伝子が多く受け継がれて、麒麟の獣人の特徴が体に出ていた。


 麒麟の獣人の特徴は、首の長いキリンさんと同じ角と耳と尻尾。

 この頃のチーには麒麟とキリンさんが別の生き物だと分からなかったけど、長い歴史の中で身を隠す為に、同じ呼び名で知られているキリンさんと同じ見た目になったとママから教えてもらった事がある。

 キリンさんと違って、麒麟は瑞獣ずいじゅう種と呼ばれる珍しい種族で、昔は狩りの対象にされていたらしい。


「あ、いけない! そろそろ行かなきゃ怒られる!」


「もう、しっかりしてよ。そんなんじゃチーちゃんに呆れられちゃうわよ」


「――そんな! 見捨てないでおくれチー!」


「パパすてあえうの?」


「嫌だー!」


「もう、そんな事より早くいってらっしゃいな。本当に仕事遅れちゃうわよ? チーちゃんを一文無しで路頭に放り投げる気?」


「うぅっ……うっうっ…………そんなのもっと嫌だあ。いってきます」


「はいはい。いってらっしゃい」


「パパー! おいごとがんばっえねー!」


「――っ!! ああ! パパ頑張るよ! 帰りに誕生日プレゼントを買って帰って来るから楽しみに待っててね!」


「やったあ! チーまってう!」


「うんうん。絶対買って来るから待っててね! いってきます!」


「いってあっしゃあ!」


 さっきまで泣いていたのが嘘の様に、パパが元気よくお家を飛び出す。

 それをママが呆れた顔で見つめて「単純ね~」と呟いた。

 それからママは直ぐにチーの顔を見つめて、ニッコリと微笑む。


「今日は体調が良さそうだから、散歩のついでに先生に顔を出そうと思うのだけど、チーちゃんも一緒に来てくれる?」


「うん! ママとおさんぽすう!」


「ふふふ。ありがとう、チーちゃん」


 チーはママのお出かけ準備のお手伝いをした。

 それからママと一緒にお家を出て、手を繋いで楽しいお散歩の時間。


「あら、もうお昼だったのね」


 ママが呟いて上を見上げる。

 見上げて見えるのは、ドワーフの国のお城で数年前に建てられた大きな時計塔。

 時計の針は丁度12時を指す頃だった。

 チーが時計を見上げた丁度その時、時計の針が12時を指して音を奏でる。

 ゴーンと響くその鐘の音はとても綺麗で、チーとママは立ち止まって音を聞く。


 時計の針が12時を知らせると、必ずこうして鐘の音が鳴る。

 お昼の12時と深夜の12時に必ず鳴るそれは、綺麗な音色を奏でてドワーフの国の鉱山街に響き渡る。

 深夜12時……0時にそんな大きな音が鳴ると、煩くて眠れないと思うかもしれないけど、全然そんな事は無い。

 何故なら、鐘の音はお家の中までは響かない様になっているからだ。

 だから、しっかりと戸締りさえしていれば、深夜に鐘の音で目を覚ますなんて無いのだ。


 ママと散歩をしながら病院まで辿り着くと、病院の外の植木鉢の目の前で、看護師のスタシアナさんが水やりをしていた。


「ん~、こんにちは。ジエラさん、今日は顔色が良いわね」


「はい、おかげ様で」


 病院の中に入って受付を済ませて、ママと一緒にお座りして順番待ちをする。

 いつもは直ぐに呼ばれて病院の先生がいるお部屋に入るのに、なんだか今日は待っている時間が長かった。

 ママとお喋りしながら待っていると、ラリーゼちゃんが目の前にやって来た。


「待たせたわね」


「あら? ラリーゼちゃんが呼び出しに来るなんて珍しいわね? 今日はお父さんのお手伝い?」


「ま、そんなとこ。って言うか子ども扱いしないでくれる? 前も言ったけど、私はこれでも20歳超えてんのよ。スタシアナ姉さんとそんなに歳が変わらないんだから」


「そうだったわね、ごめんなさい」


「分かればいいのよ。ついて来なさい」


「お願いします」


「ママ、いってあっしゃあ」


 チーがママに小さく手を振ると、ラリーゼちゃんが面倒臭そうにチーを見た。


「アンタも来んのよ」


「チーも?」


「そうよ。さっさと来なさい」


 チーは首を傾げてママを見た。

 すると、ママがニコニコと笑ったので、ラリーゼちゃんについて行く事にした。

 もちろんママと手を繋いで。


 ママと一緒お部屋の前に来て、扉の前でママに背中を押された。 


「ママ?」


 ラリーゼちゃんが扉を開ける。

 すると、パンッと音が鳴って、チーは笑顔でお出迎えされた。


「「「誕生日おめでとう、チーちゃん!」」」


 チーは突然の出来事に驚いて口をパクパクさせていた。

 そんなチーの背中をママが押して、チーはお部屋に入った。

 お部屋の中にはジル先生とスタシアナさんがいて、お部屋の真ん中には机があって、その上には大きなケーキが置いてあった。


「ふふふ。チーが誕生日だって言ったら、先生がお誕生日パーティーを開いてあげようって準備してくれたのよ」


「ありあとう、じるてんてー!」


 ジライデッド=ルーンバイム。

 皆からジル先生と言われている、ここの病院の先生で責任者。

 とても優しくて温かい先生。

 スタシアナさんとラリーゼちゃんのパパで、チーに優しくしてくれて、ママの病気を治そうと頑張ってくれるジル先生。

 チーはママとパパの次にジル先生が好きだった。


 そんなジル先生にお誕生日パーティーを開いてもらえて凄く嬉しかった。

 だから、チーはジル先生にお礼を言って抱き付いた。

 ジル先生はチーの頭を優しく撫でてくれる。


 この日もチーの為に前から誕生日パーティーの準備をしていてくれたようで、ママもそれを知っていて病院に来たみたいだった。

 ママは体が弱くて大変なのに、チーの為に頑張ってくれて、それが嬉しい。

 チーはママとジル先生とスタシアナさんとラリーゼちゃんに囲まれて、お誕生日パーティーを楽しんだ。

 本当に楽しくて、チーにとってとっても幸せな時間だった。

 でも、そんな楽しくて幸せな時間は、突然の悲劇に遮られてしまった。



 それは本当に突然の事で、幸せは絶望に変化した。



「先生! 大変です! ジエラさんのだん――っ!?」


 看護師のお姉さんが扉を突然開けて慌てた様子で入って来た。

 そして、チーとママの姿を見て言葉を詰まらせた。

 お部屋の中は静まりかえって、チーも皆も突然現れた看護師さんに注目する。

 看護師さんは息を呑みこんで、真剣な面持ちでチーとママを見て、直ぐにジル先生に近づいて重々しく口を開いた。

 何を喋ってるのかはわからなかったけど、ジル先生の表情が険しくなっていくのがわかった。

 そして、ジル先生はママに視線を向けた。


「ジエラさん、落ち着いて聞いて下さい」


「はい……?」


「旦那さまが突然倒れて運ばれてきました」


 ジル先生はそれだけ言うと、看護師さんやスタシアナさんと一緒に急いでお部屋から出て行った。

 ママは口元を押さえて震えていて、この時のチーは何があったのかわからずに、震えるママに触れて顔を覗き込んだ。

 すると、ママは無理に笑って、チーの頭を撫でてくれた。

 とても悲しい手だった。


 暫らくして、チーとママはパパが治療を受けていると言われたお部屋の前の椅子の上で座って、パパの治療が終わるのを待っていた。

 凄く長い時間が過ぎていて、チーにもパパが危険な状態だという事が、ラリーゼちゃんから説明を受けて理解していた。

 ママは一言も喋らなかった。

 チーも何も喋る事が出来なかった。

 静かな時間はゆっくりと過ぎていった。

 もうどれだけそうしていたのかわからない。


 長い、長い、本当に長い時間が過ぎていって、扉が開かれた。

 ジル先生が出て来てママと何かを喋っていたけど、何を喋っているのか聞こえなかった。

 ママは目に涙をいっぱい溜めて、チーを連れてお部屋の中に入った。


 チーは不安だった。

 ママはまだ震えていた。

 ジル先生もスタシアナさんとラリーゼちゃんも皆が暗い表情をしていた。


 窓は開いていて、風がカーテンを揺らしていた。

 街灯がお部屋を照らしていて、それはベットの上で眠っているパパも照らしていた。

 パパは微動だにしなかった。

 ただ、静かに眠っていた。


「パパ?」


 チーはパパを呼んだ。

 でも、返事は返ってこない。


「パパ?」


 チーはパパに駆け寄った。

 パパの手を握ると、手は冷たくなっていた。

 その冷たさが怖くて、わかってしまった。

 でも、認めたくなかった。


「パパ! パパ! パパ!」


 チーは何度もパパを呼んだ。

 でも、パパは何も返事をしれくれない。


 背後でママが静に泣き崩れて、チーの声だけがお部屋の中に響いていた。

 でも、そんなチーの声も聞こえなくなる。

 時計塔の時計の針が12時を指して、大きな鐘の音がチーの声をかき消して充満する。



 この日、チーの3歳の誕生日の深夜12時に……パパが死んだ。

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