085 バーノルド邸の戦い
「――斬ら……れ…………っ……たあ?」
「安心してよ。わたし人殺しするつもりないし、それ、一応みねうちだから」
わたしの斬撃がスーロパの腹を斬り、スーロパは血を吐いてその場で崩れて気を失う。
腹からは血がにじみ出て、服を真っ赤に染めあげた。
だけど、別に殺したわけじゃない。
スーロパが倒れると、グランデ王子様が相変わらずの爽やかな笑顔をわたしに向けた。
「その距離から斬撃を? 凄いね、マナ。それに、みねうちってどういう事だい?」
「ああ、はい。内臓とかの切れたら不味いのを避けて斬りました。だから、スーロパは回復の魔法が使えるので死にはしないと思います」
「……ははは。マナ、君は可愛い顔でとても怖い事を言うね。しかも、斬ってしまったら、それは絶対にみねうちとは言わないと思うよ」
グランデ王子様は珍しく顔を青ざめさせて、わたしでもスーロパでもなく、別の方向へと視線を向けた。
「次はあっちの戦いをどうにかしないとね」
「――っお姉」
グランデ王子様に言われて振り向くと、お姉がチュウベエの攻撃を次々と魔法の盾で防いでいた。
「早くお姉を助けなきゃ」
「いや、その必要は無いみたいだよ」
「え? 何言って――――っ!?」
その時、一軒家かと思うくらいな巨大なアイギスの盾が、チュウベエの頭上に現れて落下し、チュウベエはアイギスの盾に押し潰される。
しかし、次の瞬間アイギスの盾が宙に舞い、押し潰されたと思われたチュウベエが刀だけでなく銃まで構えて姿を現した。
巨大なアイギスの盾はチュウベエの背後に落ちて消える。
チュウベエが銃口をお姉に向けた次の瞬間に銃声が鳴り、銃弾がお姉を襲う。
あまりにも速いその攻撃にお姉は反応出来なかった。
だけど、お姉のシュシュが淡く光り、アイギスの盾で銃弾を防いだ。
「全然必要ありありじゃん」
「……すまない」
グランデ王子様が気まずそうに苦笑して、わたしはそれを一瞥してから短剣を構えて走る。
走りながら、まずはわたし自身の状態を確認。
さっき使用した加速魔法【クアドルプルスピード】は既に効果がきれている。
魔力はまだ余裕がある。
ラヴィがスキル【図画工作】で作ってくれた短剣だからか、わたしのスキル【必斬】の調子も良好。
それに、思わぬ誤算が一つ。
ここ一週間の間だけではあるけど、ラリーゼから出される嫌がらせの様な量の仕事を、わたしは全てこなしてきた。
グランデ王子様の加勢があったとは言え、この庭に来るまでもずっと走ってチーを捜していたわりには、今この時も全然疲労を感じなかった。
それ程に体力がついていて、わたし自身が驚いてもいる。
調子は絶好調。
と、思った矢先だった。
チュウベエがわたしに気づいて、わたしに銃口を向けた。
わたしは銃に向けて短剣を振るう。
「愛那!」
瞬間――わたしの目の前でどんぐりが真っ二つになり、片方がわたしの頬をかすめた。
「どんぐり……?」
運が良かった。
銃口を向けられた時に、反射的にスキルをのせて短剣を振るわなければ、わたしは今頃頭を撃ち抜かれていただろう。
しかし、気になるのは銃弾の正体だ。
真っ二つになって頬をかすった銃弾は、秋になると見かけるあのどんぐりだった。
スキルなのか、それとも魔法なのかはわからない。
わかるのは、そのどんぐりにとんでもない殺傷能力があると言う事。
「愛那、無事ですか!?」
「ほう。見た所子供の様ではあるが、拙者の攻撃を本能で防いだか。ならば」
チュウベエが視界から消える。
そして次の瞬間、わたしの目の前にチュウベエが姿を現して、刀を振り下ろす。
瞬間――目の前でグランデ王子様の斧とチュウベエの刀がぶつかり合う。
「女の子に刃を振るうなんて、随分と物騒な事をするね」
「笑止。武器を手にした以上、女子供など関係ない」
「余はそうは思わないな」
斧と刀が何度もぶつかり合う。
わたしも呆けてはいられない。
二三歩下がってチュウベエから距離をとり、狙いを足元に定めて短剣を振るった。
チュウベエが後ろに跳躍してわたしの攻撃を避けて、そのままわたしに向かって銃口を向ける。
しまった!
間に合わない!
瞬間――わたしの目の前にアイギスの盾が飛んで来て、どんぐりの銃弾からわたしを護ってくれた。
「アイギスの盾・フリスビースタイルです」
「やはり目障りな盾だ」
チュウベエがお姉に向かって走り出してどんぐりの銃弾を放ち、お姉がアイギスの盾でそれを防ぐ。
そして、瞬きする間もなく、お姉との距離を一瞬で縮めたチュウベエが刀を振るった。
「動物変化ネコさんバージョンです!」
「――っ」
お姉の牛耳と牛尻尾が一瞬にして猫耳と猫尻尾に変化して、チュウベエの動きが一瞬だけ止まる。
その一瞬の内にお姉はジャンプして、わたしの許に跳んできた。
どうやら、お姉は足も猫変化をしていたようで、猫並の脚力を手に入れたらしい。
自慢気に足をわたしに見せた。
まあ、お姉には悪いけど、今はそんなの見てられない。
チュウベエがグランデ王子様に向かって銃を連射する。
グランデ王子様はそれを全て斧で弾いて、直ぐに斧をチュウベエに向かって投げ飛ばし、斧は回転しながら飛んでいった。
チュウベエは刀を振るって斧を払い、一瞬にしてグランデ王子様との距離を詰める。
2人の距離はおよそ1メートル未満。
グランデ王子様は斧を投げたせいで現在武器無し。
非常に不味い状態だった。
わたしは短剣にスキル【必斬】をのせて振るい斬撃を飛ばす。
しかし、チュウベエはそれを軽くかわし、グランデ王子様に刀を振るった。
でも、もう遅い。
お姉が魔法の盾をグランデ王子様の目の前に投げていたのだ。
盾がグランデ王子様をチュウベエの刀から護り、金属がぶつかり合う音がけたたましく鳴り響く。
チュウベエは次の一撃を決めるべく、銃口をグランデ王子様に向けていた。
だけど、その銃口から弾が発射される事は無かった。
グランデ王子様はお姉の魔法の盾に護られた時には、既に渾身の拳を打ちこむべく、チュウベエに向かって手に拳を作って構えていた。
そして、チュウベエが銃口を向けた時には、既にチュウベエのみぞおちに向かって拳は打たれていた。
「……っかは」
大地が揺れ、大気が波打つ。
チュウベエは口から血を吐き出して吹っ飛び、外壁に衝突してその場で倒れた。
「ふう。なんとかなったね」
グランデ王子様が爽やかな笑顔をわたしに向けて、軽く手を振った。
それを見て、わたしは短剣を納めて、グランデ王子様に向けて頭を下げた。
「グランデ王子様、ありがとうございました」
「ああ。それより、マナはこれからどうするんだい?」
「わたし、わたしは……」
グランデ王子様にどうするかと聞かれて考える。
いや、考えるまでも無い。
わたしがこれからどうするか……何がしたいかなんて、もう決まっていた。
「わたしはチーを追います。でも、何処に行ったか分からないんです」
「そうか。困ったね。余も行き先は知らないし、力になれそうにない」
正直本当に困った。
チーに何かが起きている。
そして、何処かに向かった。
スタシアナはあの場所と言っていた。
でも、わたしにはそのあの場所が何処なのかわからない。
それだけじゃない。
今のわたしはわからない事だらけだ。
「大丈夫です。何処に向かったのかは私が知ってます」
「え! お姉、本当なの?」
「はい。任せて下さい」
「うん」
「余も行こう」
「お願いしま……いえ。グランデ王子様はここの皆をお願いしても良いですか?」
グランデ王子様は強い。
さっきの戦闘を間近で見ればそれが分かる。
ついて来てくれるのは心強い。
だから、お願いします。と言いかけた。
でも、それを言おうとした時に、わたしの視界にはここに捕まって奴隷になっていた子達の姿が映った。
この騒ぎを聞きつけて、今この場所には皆がいたのだ。
皆は不安そうな顔でわたし達を見ていた。
短い間だったけど、協力してここで働いた仲間。
放っておけるわけがないんだ。
だから、わたしはグランデ王子様に託す事にした。
グランデ王子様は最初目を丸くして驚いた様子を見せたけど、直ぐにいつもの爽やかな笑顔で微笑んだ。
「ああ、構わないさ。行っておいで」
「はい。ありがとうございます」
わたしはグランデ王子様に一礼して、お姉と向き合う。
「お姉、お願い」
「はい。急ぎましょう。動物変化フローズンドラゴンです!」
お姉がスキル【動物変化】を発動して、凍竜へと姿を変えた。
その姿を見て、周囲が騒めいてグランデ王子様も少し驚いていた。
わたしはお姉の背中に乗って首に捕まり、それと同時にお姉が羽ばたいた。
地面が段々と離れていき、不意に「いってらっしゃい」と声が聞こえて下を見下ろした。
メソメ、クク、フープ、カルル、ペケテー、モノノ、ポフーの7人が、わたしに向かって手を大きく振っていた。
チーがラリーゼ達と話していた姿を何人かは見ていた筈で、だから心配しているんだと思う。
メソメやククやポフーはとくに心配そうな顔でわたしを見ていた。
だから、わたしは心配かけない様に「いってくる!」と大きく声を上げた。
◇
そこは、小さな民家だった。
2階はなく、外から見ても小さな一軒家。
お姉の案内で中に入ると、中は1Kのアパートの様に廊下も無く、玄関と部屋と台所が同じ部屋にまとまっていた。
広さは8畳くらいだろうか?
部屋の中は電気がついていなくて暗かったけど、それでも外の明かりに照らされて視界が無い程では無かった。
だからこそ分かる。
決して広くない小さな部屋は荒れていた。
いいや、荒れていたと言うのは少し違う。
荒らされたと言った方が良いかもしれない。
窓ガラスも割れて破片が部屋の中に散らばっていて、それは窓の側にある大きなベットの上にも落ちていた。
誰かがさっきまでそこで眠っていたのか、ベッドの布団が捲られていて、布団の上に落ちたガラスの破片が外の光に照らされて光っていた。
そして、そのベットの隅っこで、チーが体育座りをして俯いていた。
恐る恐る、わたしはチーに近づく。
「チー?」
チーを呼ぶと、チーは体をビクリと震わせて、ゆっくりと顔を上げる。
泣いていた。
大粒の涙がボロボロと目から頬を伝って流れていた。
チーの顔……チーの右目の下に大きな青い痣が出来ていた。
もしかしたら、チーはラリーゼ達と争っていたのかもしれない。
「お母さ……ママが連れて行かれちゃった。チー、頑張ったのに。いっぱい頑張ったのに。どうしよう、このままじゃ……このままじゃママが死んじゃう」
わたしはチーの側に立って、チーの目をジッと見つめた。
ここに来るまでの間、お姉からチーの事を聞いた。
わたしとラヴィを騙していたと言う事。
モーナが捜しているチーリン=ジラーフだと言う事。
奴隷商人のボスであると言う事。
お姉がわたしを助けに来てくれるまでに知った全ての事を聞いた。
だからこそ、わたしはチーに言わなくちゃいけない事がある。
でも……。
「だから、マナお姉ちゃん。ママの為に死んで」
チーはわたしに飛びついて首を絞めてきた。
「愛那!」
お姉が慌てて駆け出す。
だけど、直ぐに止まった。
苦しくて出来てるかどうかわからないけど、出来る限り優しく微笑んで、わたしはチーの頭に手を回して優しく撫でた。
「チー……泣かな……いで。い……っしょに……助けよう?」
わたしの首を絞めていたチーの手から力が抜けていく。
そして、チーはその場で泣き崩れた。
時計の針は、既に8時を過ぎていた。