080 奇妙な再会
バーノルド邸の門をくぐり抜けると、直ぐに大きなお城が目に映った。
とは言っても、距離はそれなりにあるから、建物の隙間からお城の天辺が少し見える程度だった。
わたしは興味津々に周囲を見回す。
大きな住宅街に、身長の低いドワーフ達。
フロアタム宮殿の書庫で見た本に書いてあった通りだ。
すれ違うドワーフ達は皆身長が低く、わたしと身長の変わらない人ばかりだ。
そして、サガーチャさんの見た目が実年齢より若かった事を思いだした。
こうして町行くドワーフ達を見れば、サガーチャさんがドワーフであれば見た目が若くても普通なのだと分かる。
すれ違うドワーフ達は皆身長が低くて、女性は皆見た目が少女ばかりだ。
男の人でも女性同様に身長が低くて、髭を生やしている人に至っては、髭の生えた子供にしか見えない。
まあ、中にはおっさん顔とかおばさん顔とかもいるので、一概にはそうと言えないのだけど。
「やっぱりドワーフってぽっちゃり系が多いね~。やっぱり女の子はぽっちゃり系のが受けが良いのかな? どう思う? マナちゃん」
「知りませんよ」
スーロパに話しかけられて適当にあしらうと、スーロパは皆に「どう思う?」と聞き始める。
皆も適当に答えればいいのに、何故か凄く考え込んでいた。
「そう言えばまだ聞いてなかったけど、おつかいって何を買いに行く予定なの?」
ふと気になってチーに尋ねると、チーがゴソゴソと紙切れを取り出してそれを見て、真剣な面持ちになって足を止める。
「読めない」
どうやらチーは字が読めないらしい。
わたしはチーから紙切れを受け取って、何が書かれているのか確認する。
「えーと、どれどれ~? …………縞パン? あのおっさん縞パン穿くの?」
思わずバーノルドのことをおっさんと言ってしまうと、それを聞いてスーロパがお腹を抱えて爆笑する。
いや、おっさんと言う部分ではなく「縞パン穿くの?」の部分かもしれないけど……って、まあ、それは今は置いておくとしよう。
スーロパがひとしきり爆笑し終えると、笑って出た涙を拭ってわたしに視線を向けた。
「それはバーノルドが穿くんじゃなくて、バーノルドがマナちゃんに穿かせようとしてる下着だよ」
「げっ。最悪」
またもや思わず本音が口から漏れる。
それが可笑しかったらしくて、再びスーロパがお腹を抱えて爆笑した。
しかも、今度はチー以外の皆もつられて笑いだした。
「皆他人事だと思って笑いすぎでしょ」
「仕方ないだろ? 他人事だしさ……あれ? あの人って、サガーチャさんじゃないか?」
そう言って、不思議そうに視線を向けてククが指をさす。
つられて視線を移したその先には、相変わらず大きめの白衣を着たサガーチャさんの姿があった。
サガーチャさんの姿を見つけて、フープがサガーチャさんに向かって走り出し、それをポフーが追いかける。
フープはリスの獣人で6歳。
その幼さからか、サガーチャさんが屋敷に来た時にマジックアイテムに興味を示して、こっそり仲良くなっていた。
それでサガーチャさんの姿を見て嬉しくなったのだろう。
ポフーは鳥の獣人で7歳。
7歳だけどしっかりしていて、いつもフープやペケテーやモノノと言った6歳の子の面倒を見てあげている。
だから、サガーチャさんを見て走り出したフープを見て追いかけたのだ。
「博士だー」
「フープ、急に走ったら危ないですよ」
2人の姿を見て、微笑ましいと思った。
だけど、その微笑ましさは一瞬で吹き飛んだ。
スーロパが2人の前に立ち、魔法を使って二人を泡の中に閉じ込めたのだ。
「ごめんね~。あの人とは会わせられないんだ~」
「スーロパさん! こんな事したらフープとポフーが死んじゃうだろ!」
ククが慌てながら2人を閉じ込めた泡に触れながら喋ると、スーロパが魔法を解いて微笑む。
「心配しなくても、水じゃなくて泡だから死なないよ。ボクだって君達を殺したいわけじゃないからね」
スーロパの言う通りだ。
2人は泡から解放されてその場に座り込んでしまったけど、特に体に異常があるわけではなく無事だった。
わたしはスーロパの使った魔法が泡だと言う事には気が付いていたので、慌てなかったけど、ただ少しスーロパに対しての認識を改めていた。
スーロパはいつもニコニコしているけど、やっぱり決して油断できない相手だった。
今の行動でわかった事だけど、逆らえば絶対にただでは済まないだろう。
未だにスキルも不明だし、そのうえ回復の魔法も使える。
逃げ出す為には、まずスーロパをどう無力化するかを考えてからにした方が良い。
「とにかく、サガーチャって人に無暗に近づかない事。分かった?」
「私に近づかれると、何か困る事でもあるのかい?」
「――っ!?」
突然だった。
スーロパの背後からサガーチャさんの声がして、スーロパが驚いて振り向く。
驚いたのはわたし達全員も同様で、突然現れたサガーチャさんに注目した。
サガーチャさんはフープとポフーの側でしゃがんで、背中を優しく撫でながら「大丈夫かい?」と言って、2人が頷くと立ち上がってスーロパと目を合わせた。
「いやあ、何処かで聞いた事のある声が聞こえたと思って来てみれば、バーノルド邸の警備員とメイドの少女達じゃないか。お出かけなんて珍しいね」
「ああ。バーノルドさんにおつかいを頼まれているんだ。それでボクがこの子達の保護者として引率しているんだよ」
「へえ、そうなのかい」
なんだろう……この感じ。
心なしか、張り詰めた空気が漂う。
スーロパとサガーチャさんの会話は至って普通の会話に聞こえる。
だけど、2人の雰囲気が微妙に怪しい。
お互い何かを探り合っている様な感じがしてならない。
「そうだ。私も一緒に行って良いかな? マナくんと話したいと思っていたんだ」
「え? わたし?」
いきなり話をふられて驚くと、わたしの目の前にスーロパが立った。
「すみません。この子はバーノルドさんのお気に入りなので、あまり他者との交流は控えたいんですよ」
「問題無いさ。私はバーノルドくんと契約と言う交流をしているからね。彼のお気に入りだと言うのであれば、今の内に私とも交流を深めておいた方がいいんじゃないかい? 今後そちらに訪問する機会も多くなる事だし、彼のお気に入りだと言うマナくんとも顔を合わせる機会もきっと増えるだろう?」
「……でしたら、その時にお話をすれば良いのでは? 今後機会があるのであれば、今でなくても良いと判断できます」
「君の言う事は最もだ。だけど、人付き合いと言うものは、そんな簡単なものじゃない。仮にここで君が私を追い返そうものなら、わたしは君を雇ったバーノルドくんの評価を下げるかもしれないよ? 何故かなんて言わなくても分かると思うけど、もちろん責任者がバーノルドくんだからだ。監督不行き届きと言うやつさ。そしてそれが今後の取引でどう影響するかなんて、君にも解かるだろう?」
怖ぁ……。
サガーチャさんの目に見えない圧に背筋が凍る思いがした。
スーロパの言った様に話なんて今する必要は無いけど、サガーチャさんの言った事だって最もだ。
とは言っても、サガーチャさんが言った言葉は、普通であれば本人には言わない様な事でもある。
それをあえて言うあたりが、本当に怖い。
完全にサガーチャさんの方が一枚上手だった。
いや、一枚どころではないかもしれない。
「それで、私もついて行って良いかい?」
「……どうぞ」
スーロパは何も言い返す事が出来なくなって同意した。
そして、スーロパから殺気の様なものをわたしは感じた。
と言うか、小声で「殺す」と連呼している。
こんな街中で暴れるなんてしないと思うけど、今にもサガーチャさんに掴みかかりそうな雰囲気だ。
それに気が付いていないのか、サガーチャさんはスーロパの横を素通りして、わたしの目の前に立って微笑んだ。
「歩きながら話そう」
「は、はい」
この人色んな意味で凄いな。
冷や汗をかきながら頷いて、そう言う事ならと歩き始める。
サガーチャさんの話は主にバーノルド邸でのメイドの仕事の内容……と言うか質問だった。
何か変わった事を質問するわけでもなく、いつも何所を掃除しているのかとか、どんな仕事があるのかだとか……。
話がそんなものばかりだからか、いつの間にかサガーチャさんを睨んでいたスーロパの殺気も消えていた。
一時はどうなる事かと思ったけど、何事も無くチーのおつかいの目的のランジェリーショップに辿り着いた。
お店の中に入るとチーはわたしの手を握って、目的の縞パンが置いてある場所を探し出す。
すると、売り場で作業していた店員さんが、わたしとチーに気が付いて近づいてきた。
「いらっしゃいませ~。姉妹みたいで可愛らしいですね~。よろしければ商品をお探しするお手伝いをさせて下さい」
「あ、いいで――――っ!?」
近づいてきた店員さんに断ろうとしてわたしは驚いた。
何故なら、その店員がお姉だったからだ。
まさかのお姉の登場に、わたしは驚きのあまり二度見してしまった。
お姉はこの店の制服を着ていて、伊達と思われるメガネをかけて、髪を後ろで束ねてお団子にしていた。
更に、何故か頭から動物の耳を生やしていて、お尻の方からは尻尾も出ていた。
そしてそれで変装が完璧だと思っているのだろう。
営業スマイルをしながらも、何処となくドヤ顔になっていた。
まるで見破れまいとでも言いたげな顔だ。
よく分からない動物の耳や尻尾を生やしているし、いっそ別人だと思いたかったけど、この自信ありげなさり気ないドヤ顔はお姉以外ありえない。
「お姉さん、しまぱんはどこにあるの?」
お姉と面識の無いチーが店員と勘違いして質問すると、お姉がドヤ顔をにおわせる営業スマイルで「こちらですよ~」と答えて、チーの手を握って連れて行く。
わたしはお姉に連れて行かれるチーに引っ張られて、困惑しながら後に続いた。
と言うか、正直意味が分からなくて状況についていけずに混乱している。
お姉が店員に変装? をして、わたしに招待をばらさずにいるのには、恐らく何か理由がある筈だ。
だから、その理由が分からない限り、わたしの方からは下手に話しかけない方が良いだろう。
実際ここには保護者と言う名目の、実施は見張り役のスーロパもいる。
下手な行動に出れば、この場が戦場になるかもしれないし、チーや一緒にいる子達にまで取り返しのつかない被害が起こるかもしれない。
「しまぱん似合う?」
チーが並んでいた縞パンを手にとってお姉に確認するように見せる。
すると、お姉は「そうですねえ……」と顎に手を当てて少し考えてから、他の並んでいるパンツに手を伸ばした。
「愛那ちゃんは縞パンより、こちらのクマさんパンツの方が似合うと思います」
「――っ!」
「わあ、可愛いー」
あっぶなあ。
おいこら、お姉。
わたしの名前を言わないでよ。
チー相手だったからセーフだったけど、もしスーロパに聞かれていたらアウトだったじゃん。
本気で焦った。
チーがわたしにとは言ってないし、なんならわたしの名前をまだ呼んでいないのに、お姉が当たり前のようにわたしを名指しして答えたのだ。
一歩間違えれば、姉妹かどうかはともかく、知り合いだと思われてもおかしくなかった。
「私はマナくんにはこちらを推薦しよう」
「サガーチャさん!? って、うげ。何ですかこれ?」
「ネグリジェさ」
「いや、それは見れば分かりますけど……」
急に背後からサガーチャさんがネグリジェを持って現れて、わたしはそれを見てドン引きした。
サガーチャさんが持って来たネグリジェは透けていて、それを着ようものなら色々と丸見えになってしまうような代物だったからだ。
「愛那ちゃんにはまだ早いです。お客様と違って子供なんです! そう言うエッチなのは私が代わりに着ます!」
「私はそうは思わないな。マナくんはこの歳で結構しっかりとしているし、少し背伸びして大人なものを着ると可愛いと思うよ」
「確かに! 少し背伸びってところは、可愛くてポイント高いです!」
「マナお姉ちゃん大人なの? 凄ーい!」
「大人じゃないし背伸びもしないし着ないから」
わたしが呆れて答えると、何故か三人とも気を落として肩を下げる。
と言うかだ。
呆れてはいるが、わたしはお姉の発言に内心気が休まらなかった。
さっきから身内だとしか思えない事ばかり言っていて、本当に隠す気があるのかと言いたい。
「お店のお姉さん面白いね、マナお姉ちゃん。スミレお姉ちゃんみたい」
「あ、うん。そうだね。面白いね」
スミレさん、ありがとう。
あの日、わたしが気を失って以来会っていないスミレさんの存在に感謝した。
スパイだったとは言え、確かにスミレさんも最初からわたし以外の女の子に対してもこんな感じだった。
距離が近いと言うかなんと言うか……。
とにかく、そのおかげでチーの感覚は麻痺しているのかもしれない。
そう考えれば、お姉のこの態度を見ても、同じ様な人種として認識されてもおかしくない……かも?
「探し物はあった?」
スミレさんに感謝していると、不意にスーロパの声が聞こえてきた。
振り向くと、スーロパはこのお店の買い物袋を持っていて、その背後では子供達七人が嬉しそうに話していた。
チーはスーロパに小走りで近づいて行き、さっき手に取った縞パンを見せて楽しそうに話し始める。
わたしが何となくそれを見ていたら、誰かにメイド服のスカートのポケットの中に何かを入れられた。
「さて、そろそろ私は研究室に戻るとしよう。店員さん、このネグリジェをプレゼントするよ。お会計をお願いしてもいいかな?」
「本当ですか? ありがとうございますー」
お姉がサガーチャさんと一緒にレジカウンターに歩いて行く。
わたしはポケットに入れられた何かが気になったけど、2二人がこの場を離れると直ぐにスーロパに視線を向けられて確認するのを止めた。
何を入れられたんだろう?
入れたのはお姉?
それともサガーチャんさん?
わたしは何かが分からないまま、ランジェリーショップを出て帰路に就いた。