079 捕らわれのお姫様
奴隷……と言うよりはメイドとして働き始めて一週間が過ぎていた。
流石にもうこの生活にも慣れてしまっていて、この頃は奴隷仲間の皆とも仲良くなっていた。
その中でも、キッチンで一緒に料理を作った7人の女の子達、メソメ、虎の獣人クク、リスの獣人フープ、牛の獣人カルル、猫の獣人ペケテー、犬の獣人モノノ、鳥の獣人ポフー、そしてチーとわたしの9人で、いつも仲良くメイドの仕事をしている。
ただ、メイドの中にはわたしに風当たりの厳しい子もいた。
あの日……皆から博士と呼ばれるサガーチャさんが来た日から、わたしはキッチンを任される様になっていた。
バーノルド曰く「流石はボクちんのお嫁さんだね。これからは毎日マナちゃんの作ったご飯が食べたいな」らしい。
おかげで、わたしに風当たりの厳しい子……ラリーゼに睨まれて、料理以外の仕事が今まで以上に増えたのは言うまでも無い。
そんなある日の事だった。
いつもの様に掃除や料理をして、お昼の休憩をもらって庭園で座って休んでいた。
すると、仲良しの七人とチーが一緒に歩いている姿を見つけた。
チー、それに皆……何処か行くのかな?
チーはペケテーと手を繋いで楽しそうに歩いていて、笑い声が聞こえてくる。
その中には「お外」と言う単語が飛び交っていて、それが妙に気になった。
わたしは立ち上がって、チー達に向かって走りながら「チー、皆もどこ行くの?」と声をかけた。
すると、チー達が立ち止まって振り返った。
「マナお姉ちゃん」
チーは声をかけたのがわたしだと気が付くと、笑顔を向けてペケテーと手を繋いだまま小走りでやって来た。
「今からおつかいに行くの」
「え? おつかい!?」
わたしは驚いた。
おつかい程度で驚くなと思うかもしれないけど、その【おつかい】を任されると言うのは、今の生活ではまずあり得ない程の事だった。
奴隷として雇われているわたし達は、まず外出が許されない。
この家の庭を囲む背の高い塀があるので、外に出る為には正面の門を通る必要があるのだけど、そこには門番が立っていて外に出ようとしても止められてしまう。
外出許可を貰ったと嘘をつこうものなら、きつい拷問が待っていると聞いた事がある。
ここから外に出るのは困難で、外出許可だってもらえない。
それがここに来て知ったここの常識だった。
だからこそわたしは驚いて、他の皆に視線を向ける。
すると、皆は外出許可証と書かれた紙を取り出してわたしに見せてくれた。
「ホントだ……」
外出許可証に驚いていると、ククが得意気に「だろー?」と話し出す。
「マナも頼んでみろよ。チーと一緒にって言えば貰えるぞ」
「マ?」
「ま?」
「ああ、ごめんごめん。本当なの? クク」
「おう。私等も驚いたんだけど、今日は特別だってさ」
「でも、護衛でスーロパさんがついて来るけど」
「なるほど」
ククの言葉にメソメが補足してくれたおかげで、自由に動き回れるわけではなさそうだと納得する。
門の方を見ると、確かにスーロパがチー達を待っている姿が見えた。
間違いなく見張りつきのおつかいで、逃げ出さないようにされている。
ただ、これはチャンスかもしれない。
逃げる事が出来なかったとしても、何か逃げ出す為の手がかりの様なものは見つかるかもしれない。
「あ、あの……マナちゃんも一緒に行こ」
「うん。マナお姉ちゃんも一緒に行こうよ!」
ペケテーが頬を赤く染めてモジモジとしながらわたしを誘ってくれて、それを聞いてチーが笑顔で賛同した。
「わかった。じゃあ、許可証を貰って来るから待ってて」
「うん!」
「ま、待ってる」
元気に返事をするチーと、モジモジしながら返事をするペケテー。
何だか対称的な二人だけど、これで結構仲良しだ。
ペケテーは猫の獣人の女の子で6歳。
いつもこんな感じで恥ずかしそうに喋る子だ。
だけど、褒めてあげる時や機嫌が良い時に顎の下を撫でると、凄くリラックスした顔で幸せそうな表情を見せる。
ちょっと癖になる可愛さをもっている。
わたしはチーの頭とペケテーの顎の下を撫でて二人の喜ぶ顔を堪能してから、バーノルドを捜しに急いで家の中に戻った。
バーノルドは確か今日は自分の部屋にいる筈。
バーノルドの今日の予定を思いだして、バーノルドのいる部屋へと急ぐ。
途中でグランデ王子様に会って話しかけられたけど、適当に挨拶だけ交わして失礼した。
そうしてバーノルドの部屋まで辿り着き、身なりを整えて一度深呼吸をしてから扉を軽く叩く。
「なんだ?」
「愛那です。バーノルド様にお力添えして頂きた――」
瞬間――勢いよく扉が開かれる。
あまりにも突然の事で本来であれば驚く所だけど、わたしはこれには既に慣れてしまっていた。
バーノルドはわたしが来るといつもこの反応だから、寧ろ今では呆れている。
「マナちゃんの頼みなら何でも聞くよ~。どうしたんだい? 式の日取りを考えたのかい?」
「しません」
相変わらずの気持ち悪い下卑た笑みを浮かべるバーノルドに冷ややかな視線を送りながら、わたしは淡々と用件だけを述べる事にした。
「チー達と一緒におつかいに行きたいので外出許可を下さい」
「はあ? 駄目だ駄目だ。あの子達はともかく、マナちゃんは許可できない」
予想外……と言うべきか、予想通りと言うべきか、バーノルドの答えにわたしは言葉を失う。
「マナちゃんは一生ボクちんの側にいればそれで良い。外出なんてしなくて良いんだ」
「で、でも――」
「駄目なものは駄目だ!」
「……はい」
わたしは肩を落として、気を落として重くなった足でゆっくりと来た道を戻る為に一歩足を前に出す。
するとその時、さっきすれ違ったグランデ王子様がわたしの目の前に立った。
「さっきマナに伝え忘れた事があったんだけど……何かあったのかい?」
グランデ王子様はわたしとバーノルドを交互に見て不思議そうに首を傾げた。
それを見て、バーノルドが少し苛立ちながらグランデ王子様を睨んだ。
「マナちゃんに用事とは何だ?」
バーノルドはよっぽどグランデ王子様が気に入らないらしく、いつもグランデ王子様に対してのあたりがきつい。
奴隷にしたのだって、正直言うと今でも信じられない。
これだけ嫌っているのに未だに奴隷として使っているし、もしかしたら何かあるのではと勘ぐってしまう程だ。
グランデ王子様も奴隷になってからも相変わらずだ。
それに意外と雑用などを上手くこなしていて、本当にドワーフの国の王子様なのかと疑いたくなる。
グランデ王子様が言うには、姉に厳しく躾けられて育ったおかげと言う事らしいけど、それにしてもって感じだった。
そして、極めつけは今もバーノルドに向けているこの爽やかな笑顔。
グランデ王子様は誰に対してもいつも通り爽やかな笑顔を向けていて、しかも気が利くので奴隷の女の子達から人気だった。
あのラリーゼすらグランデ王子様だけには優しいくらいだ。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
いつも通りの爽やかな笑顔をバーノルドに向けたグランデ王子様は、わたしに少しだけ視線を移してからバーノルドの質問に答える。
「先程チーに会って、今から外出すると聞いたんだ。マナもそれを知ったら、一緒に行きたいだろうなって思ってね」
「何だお前もかゴミ虫。その話なら終わった」
「ははは、そうか。それはとんだ取り越し苦労だったみたいだね。それなら、マナちゃんはもうチー達と一緒に外出する為の許可証を貰えたんだね?」
グランデ王子様の気持ちは嬉しいけど、それは勘違いだ。
バーノルドはわたしを閉じ込める事しか考えていない。
「何を言っている!? そんなもの出すわけがないだろ! 一生この屋敷の中から外に出る事は許さん!」
バーノルドは思った通り、わたしをここに閉じ込める事しか考えていなかった。
この分じゃ、いつになったら逃げだせるのか分かったもんじゃない。
「それはまた奇怪な事を」
「何だと? 貴様、奴隷の分際でボクちんを馬鹿にするつもりか?」
「いや、そうではないさ。余はマナがバーノルド殿の為にプレゼントを買って来るのを楽しみにすると思っただけで、馬鹿にす――」
「マママママママ、マナマナマナ、マナちゃんがボクちんの為にプレゼントオオオオオッッ!?」
グランデ王子様の言葉を最後まで聞かずに、突然バーノルドが大きく奇声を上げて私の手を勢いよく握る。
突然の出来事に、わたしは思わず「ひっ」と小さく悲鳴を上げて体を強張らせた。
さっきまで爽やかに話していたグランデ王子様も、流石にバーノルドの奇声に驚いたのか顔を引きつらせていた。
「ほっほおおおおおお!! なんだよお、マナちゃん! それならそうと先に言ってくれないと困るじゃないかあ! 良いよ、行っておいで。来週はボクちんの誕生日だからね。まさかマナちゃんがボクちんの為に、誕生日プレゼントを用意してくれようと思ってたなんて思わなか――ああああああ! そうか! だから理由を言いだせなくて、さっきあんなにしょんぼりしていたんだね!? 可愛いなあボクちんのマナちゃんは!」
いや、寧ろ誕生日とか初耳なんだけど?
って言うかバーノルドちょろすぎない?
そんな理由で外出許可くれるの?
って、ああ! 近い近い!
気持ち悪い顔で私の頬にすり寄らないでよ。
はあ、気持ち悪くて気分悪くなってきた。
吐きそう……。
正直今にも殴ってやりたい気持ちだったけど、下手な事をして怒らせて外出が出来なくなってしまうのも困るので我慢する。
ただ一つ言えるのは、グランデ王子様のおかげで外出の許可をもらえる事になって、本当にグランデ王子様に感謝したいと言う事。
とりあえず、チーのおつかいついでにバーノルドへのプレゼントと、こっそりグランデ王子様にお土産を買おうとわたしは決める。
少しして、喜びの舞を踊る気持ちの悪いバーノルドから外出許可証を手に入れて、わたしは急いでチー達の元に向かう。
すると、その途中で再びグランデ王子様に出会ったので、わたしは今度はしっかり足を止めて腰を曲げでお辞儀してお礼する。
「さっきはありがとうございました」
「マナの力になれたみたいで良かったよ」
「はい。すっごく」
爽やかに微笑むグランデ王子様に笑顔で答えると、グランデ王子様はわたしに向かって投げキッスを飛ばして「またね、可愛いお姫様」と言って去って行った。
わたしは去り行くグランデ王子様の背中を見ながら、もう一度「ありがとうございました」と言って手を振った。
……投げキッスって、イケメンがすると結構ドキッとするな。
流石爽やかイケメンのグランデ王子様。
天然たらしなんじゃないかあの人。
奴隷願望があった人とは思えないな……って、考えてる場合じゃなかった。
思わず立ち止まって考えてしまっていたけど、チー達をいつまでも待たせてられないので早く戻らなければならない。
わたしはチー達の待つ門前に向かって急いで走った。




