078 メイド生活始めました
「バーノルドさん、お風呂を今から掃除するんで出てってください」
「何を言ってるんだよマナちゃ~ん。さあ、その邪魔くさいメイド服を早く脱ぎ捨てて、ボクちんに生まれたままの姿を見せておくれ?」
「うざっ」
「ほっほおおおお! その人を軽蔑するような眼差し、実に素晴らしいよマナちゃん! その目でボクちんをもっと見てくれ!」
「うわ。マジでうざっ。掃除の邪魔だって言ってるの! キモい事言ってないで、さっさと出てけ!」
つい苛つきのあまりにバーノルドの足に蹴りを一撃食らわす。
すると、バーノルドは本当に気持ち悪い笑みを浮かべて息を荒げた。
さて、わたしがこの屋敷……バーノルド邸に来てから二日。
バーノルドの奴隷として働き始めてからは、既に四日が経っていた。
今は早朝からお風呂掃除を開始した所だ。
あの日、バーノルドの豪邸に連れられてから色々あった。
この屋敷に移動する前の場所では、基本的な仕事を教えられた。
その間は忙しくて、結局何も出来ずに時間だけが過ぎていった。
この屋敷に来てからも、結局は毎日が忙しくて逃げ出す暇が無い。
屋敷の広さは少なくとも東京ドームくらいはあるんじゃないだろうか?
本当に広い。
それに、逃げ出そうにも中々出来ない理由は他にもある。
ここでの仕事は終わりが見えない程に大変だった。
わたしの他にも奴隷……と言うよりは、メイドとして働かされている女の子達が数十人いる。
だけど、屋敷が広いだけあって雑用や家事に一日使ってしまう。
正直仕事が終わる頃には疲れて、他に何もやる気力がない事が多かった。
まあ、男手の方が足りていなくて、少しだけいる男性の奴隷はかなり酷い肉体労働らしいから、わたしはまだマシな方だろう。
実際グランデ王子様とすれ違う時に、たまに苦労話を聞かされる。
と言っても、グランデ王子様は相当タフな様で、毎度その苦労話を笑いながら楽しそうに喋ってるわけだけど。
わたしへの待遇は、奴隷とは思えないほど良かった。
仕事自体は他の皆とは変わらない。
だけど、バーノルドの態度が他の子達へ対する態度と明らかに違っていた。
丁寧な敬語を使わなくても何も言わないし、なんなら今みたいに蹴ろうが殴ろうが罵ろうが喜ばれる。
正直気味が悪いけど、酷い目に合わされるよりマシなので我慢していた。
まあ、我慢しきれてない部分はあるけど……。
他にも色々とあるけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
結局ここもドワーフの国の鉱山街の何処かだった。
与えられた部屋の窓からドワーフのお城……と言うより、あの背の高く大きな時計塔が見えるのだ。
今日もその時計塔を見て時間を確認。
朝の支度を済ませてメイドの仕事に赴いて、こうやってバーノルドに邪魔されている。
「マナちゃん、今日は午後から客が来るんだ。食事も一緒にとる予定だから、その前にボクちんと一緒にお風呂に入ろう。マナちゃんの体の隅々までキレイキレイしてあげるよ」
「お風呂に入りたいならお一人でどうぞ。わたしは入浴時のお世話をまだ習ってないのでやりません。なんなら担当の子を今直ぐ呼んで来ますよ? って言うか、気持ち悪いんで腕に触らないで下さい」
「もう、マナちゃんは相変わらずツンデレさんだな~。そう言う所がまた可愛いよ。それにお風呂のお世話なんて、マナちゃんなら習わなくても出来るさ」
「うっさい離せ!」
本気でウザいので股間に蹴りを入れてやる。
流石に急所はダメージがデカいのか、バーノルドは股間を押さえて蹲った。
ちなみにメイド用のブーツを履いているので、股間にある男性特有のアレの感触は無いので安心だ。
やっと煩いのから解放された。
さっさと掃除を済ませてラリーゼに報告しないと。
バーノルドが身動きをとれなくなっている間に、わたしはせっせとお風呂掃除を開始する。
この家のお風呂はだいたい10坪くらいの広さ。
正直一人で掃除するには少し広すぎる。
だけど、一人で掃除をするのにも理由があった。
バーノルドの奴隷にもリーダーがいる。
そのリーダーはラリーゼと言う名前の女の子で、わたしはこの子に悪い意味で目を付けられていた。
見た目からしてわたしと対して変わらない歳なのに、ずっとここで奴隷をしているらしくて、わたし以外でバーノルドに自分の意見を唯一言える立場にある子だ。
新人のわたしがバーノルドに気にいられていて気にくわないのだろう。
何かとわたしに嫌がらせをしてくる。
まあ、わたしは元々手伝いで家事をしていたので、与えられた仕事を難無くやっているから良いけど。
と言っても、それがまた癪にさわるのか、仕事を終わらす度に色々小言と命令が飛んでくるので大変だった。
いつの間にか復活していたバーノルドが、全裸姿で「マナちゃーん」と背後で言っていたけど、面倒なので無視して掃除を終わらせた。
それから、バーノルドの裸なんて見たくも無いので振り向きもせずに風呂場を出ると、バーノルドの「待ってるよー!」と言う声が聞こえてきた。
本当に気持ち悪い。
ここが異世界じゃなかったら、事案で警察に突き出してやるところだ。
お風呂掃除が終わった事を報告する為にラリーゼの許へ向かう。
ラリーゼはキッチンで仕事をしている。
と言っても、ラリーゼにご飯は作れない。
じゃあ何をしているのかって?
あーしろこーしろと命令する為にいるわけだ。
キッチンに辿り着いて中に入ると、ラリーゼは椅子に座ってふんぞり返っていた。
腰まで届く少し癖のある紫の髪に、ごんぶと眉毛。
きついつり目に紫の瞳。
少しそばかすのある顔は嫌味のある偉そうな顔立ち。
メイド服に似合わない偉そうな態度で、腕を組むその姿は相変わらずである。
キッチンには他にもメイド姿の女の子が七人いて、慣れない手つきで頑張っていた。
と言うか、おかしい。
料理をしているのは全員料理担当じゃ無い子だ。
キッチンの様子を見て、何故? と疑問を抱いた丁度その時だ。
突然ラリーゼが一人の女の子に向かって喚き散らした。
「メソメ、いつまで仕込みをやってるの! 何回言わせるんだ! そんなんじゃ昼に間に合わないって言ってるでしょ!」
「も、申し訳ございません」
うわあ。
可哀想……はあ。
仕方が無い。
「お風呂掃除終わりましたー。ラリーゼさん、仕込み手伝いますよ」
「マナ? 随分と早いわね。適当にサボって来たんでしょう? もう一度掃除に行って来なさい」
「そんなまさか~。ちゃんと綺麗にしましたよ。バーノルド様もお喜びになって、もう直ぐでお見えになるお客様が来る前にって、既にお風呂に入ってますよ」
「……ちっ。まあ良いわ。だったら、アンタは庭の掃除を一人でやって来なさい。アンタみたいな素人に食材を触らせてあげるわけ無いでしょう?」
「そうですか。お手伝いできなくて残念です。見た所料理の仕込みも終わってないようですし、このままだとお客様の目の前でバーノルド様に恥をかかせてしまうと思うんです。それにそうなると、ラリーゼさんにも責任がでますよね? だからお力添えしたかったんですけど。でも、仰られる通りですね。お庭が汚いと、それだけで恥をかかせてしまいますから。では、行って参ります」
ニッコリと微笑んで、回れ右をしてラリーゼに背を向ける。
「待ちなさい!」
網にかかったな。と思いながら、再びラリーゼと向き合い「どうされました?」と質問する。
すると、ラリーゼが咳払いを一つしてから、ため息を吐き出してわたしを見つめた。
「庭の掃除は他の子達に任せてあるのを思いだしたわ。仕方が無いから、こっちを手伝わせてあげる」
「ありがとうございます」
「それと、この場の責任はアンタにあげる。感謝しなさい。大事な責任を譲ってあげるのよ。せいぜい不味くない程度のものくらいは作りなさいよ? 私はバーノルド様のお背中を流しに行くわ」
「分かりました。よろしくお願いします」
ラリーゼがキッチンを出て行った。
すると、緊張の糸が途切れたのか、女の子達が全員ホッとした様に胸を撫で下ろした。
そして、ラリーゼに喚き散らされていた女の子……メソメは泣き崩れてしまった。
「メソメ、大丈夫?」
「うん、うん。ありがとう、マナちゃん。でも、私のせいでマナちゃんがまたラリーゼさんに酷い事されちゃう……」
「良いの良いの。気にしないで」
ハンカチを取り出して、メソメの涙を拭う。
メソメはオレンジの髪でショートヘアーの女の子。
歳は7歳でわたしより年下だ。
可哀想に。
ラリーゼのあの口ぶりからすると、きっとメソメはわたしが来るまで、あんな調子でずっと怒鳴られていたのだろう。
同じ奴隷にされてしまった身なのに、ラリーゼは何を考えているんだ。
普通は助け合うものじゃないかと本気で思う。
本当に理解出来ない。
と、そこで、わたしとメソメの側に一人の女の子が近づいて口を開く。
「いやあ、しかしさ。良かったの? リーダーのあの様子だと、まともな料理を出さなかったら、本当に責任をマナに押し付けるつもりだぜ」
女の子はそう言って苦笑する。
この子の名前はクク。
虎の獣人の女の子で8歳。
少年を思わせる程のショートな髪の毛で、色はまさに虎模様。
黄と黒が入り混じっている。
「ああ。まあ、良んじゃない? って言うか、責任なんてとる必要無いし」
「うわ。マナは私等に責任押し付ける気かよ。はあ……でもそれが普通だよな。メソメが怒鳴られてるのを黙って見てた報いを受けるしかないか」
「みんな私のせいでごめんね……」
「違う違う。勘違いしないで。そうじゃないでしょ。めっちゃくちゃ美味しい料理を作って、この場を放棄した事を後悔させてやるんだよ。残っていれば自分の手柄に出来たのにってね」
まるで悪者がする様な笑みを浮かべて言う。
すると、この場にいた皆が「おおっ」と声を上げて息を呑んだ。
さて、それはともかく、お客さんが来るまで既に残り一時間とない。
直ぐにお昼に出す料理が何かを皆から確認。
あまりの酷さに絶句して、それを全て白紙に戻した。
正直この短時間では終わるわけがないものだった。
例えると、スパゲティを作るとして、収穫した小麦から作るみたいな感じだ。
どう考えても無茶がある。
未だ仕込みすら終わってないこの大惨事は、間違いなくラリーゼのせいだ。
更に言うと、料理担当には別の仕事をさせているらしい。
それで掃除や雑用を担当するメソメ達に料理をしろって、頭がおかしいんじゃないだろうか?
しかも、ここに集められた皆は平均年齢がわたしより下。
メソメは7歳でククは8歳。
他の子も似たようなもの。
包丁も握った事の無い子しかいなくて、野菜を切るのだって凄く危なっかしい。
そんな子達にどうしろと言うのだ。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
各自に細かく指示を出す。
役割分担は大事な事。
手早くお手軽で簡単な料理を開始した。
決して手の込みすぎない簡単に出来る料理を次々と終わらせていく。
皆で力を合わせたおかげで、時間までに料理が全て完成した。
「私も役に立てたかな?」
「十分だろ。何とか間に合って良かったな」
「よし。皆、冷めないうちに早く料理運ぶよ」
皆に向かって声を上げると、皆は「はーい」と声を揃えて返事した。
料理を運んで行く途中で、様子のおかしなグランデ王子様とすれ違う。
グランデ王子様は全身から大量に汗を流していて、何かに焦っている様子だった。
珍しくわたしに声もかけずに、逃げる様にわたしの横を通り過ぎていった。
何かがあったのか気になったけど、今は料理を運ぶ途中なので、声をかけるのはやめておいた。
「おお。待っていたよ、マナちゃん」
料理を運ぶと、バーノルドに両手を広げて迎え入れられた。
面倒臭いので無視して料理をテーブルに置く。
さっさと部屋から出ようと思ったけど、バーノルドが鬱陶しくてお客さんの顔を見ていないなと思って、挨拶くらいはと視線を向け……二度見してしまった。
何故なら、お客さんが綺麗な少女だったからだ。
歳はわたしより少しだけ上だろうか?
凄く綺麗な顔をしていて、バーノルドなんて言うロリコン変態野郎のお客さんには見えないハイスペック。
どっかで誘拐してきたんじゃないかとさえ思えてくる。
だけど、その驚きも一瞬で終わる。
顔は凄く綺麗な美少女だったけど、髪の毛はボサボサ。
小さな体には見合わない程の大きな白衣を着ていてだらしがない。
まるでお姉の寝起きの様な姿で、わたしは何だかホッとした。
いや。
ホッとしている場合でも無かった。
最悪だ。
いつの間にか側にいたバーノルドが、わたしの肩を抱いて引き寄せる。
わたしは若干眉間にしわを寄せつつも、お客さんの手前なので我慢して受け入れた。
「紹介しよう。この子がさっき話していたボクちんのマナちゃんだよ」
わたしはあんたのものじゃないんだけど?
などと思いつつも、笑顔を取り繕って本音は心の中にしまっておく。
すると、お客さんはその綺麗な顔に似合わないニマァっといった怪しげな笑みを浮かべた。
「その子が噂のマナくんかい? へえ、可愛い子じゃないか」
「どうも……」
「おっとこれは失礼だったね。私はサガーチャ。そうだね……マジックアイテムを開発している【博士】って所かな? 以後、お見知りおきを」
「ほっほお。サガーチャちゃんはこう見えて天才なんだよ。今日はマジックアイテム開発の専属契約をボクちんの為にしに来たんだ」
「マジックアイテムを開発している人……ですか。凄いですね」
サガーチャさんが再びニマァッと笑みを浮かべる。
「でもね、私はこう見えてもう27なんだよ。それだけ生きていれば、そのくらいは当然なのさ」
「え!?」
失礼だとは分かっているけど、驚いて開いた口が塞がらなかった。
なんて言うか、全然見えない。
27歳とは思えない程に見た目が若い。
本当にわたしとそこまで変わらない程度の歳にしか見えない。
これもマジックアイテムの効果なのだろうか?
とも思ったのだけれど、ふと、フロアタム宮殿の書庫で見た情報を思いだす。
確かドワーフは見た目より随分と若く見える。
そしてここはドワーフの国。
もしかしたら、サガーチャさんはドワーフなのかもしれない。
「サガーチャ様、そんな子の事なんて放っておいて、私とお話して下さい」
不意に甘ったるい声が聞こえて視線を向ける。
いつの間にかラリーゼがサガーチャさんに近づいて、上目使いでアピールしていた。
サガーチャさんに気にいられて、ここでの立場を更に良くしようと言う魂胆だろう。
だけど、相手はわたし達と同じ性別でしかも大人だ。
サガーチャさんはとくにデレる様子も無く、わたしに微笑してから席に戻って食事を始めた。
ラリーゼはそれでも負けじとアピールをしていたけど、あれじゃあ最早逆効果だ。
寧ろ失礼になるだろう。
ラリーゼのアピールにバーノルドが気をとられていたので、わたしは今の内にこの場を離れる事にした。