077 ロリコン変態野郎の魔の手は突然やってくる
「おかえり、マナ。あれ? そんなに目を大きく開けてしまって、どうしたんだい?」
「……いや。あ、いえ、グランデ王子様はずっとここにいたんですか?」
「そうなんだよ。余だけここに連れて来られてしまって寂しかったんだ」
「はあ……」
気を失っている間に捕まってしまっていたらしいわたしは、手枷と足枷をつけられて魔法を封じられていて、その上でスタシアナ達奴隷商人に連れられてアジトまで来ていた。
奴隷商人のアジトと言っても、前に捕まっていた所ではなく別の場所だ。
それに、この場所も危険だから準備が終わり次第直ぐに移動を開始するらしい。
ただ、わたしはいつの間にかにあの偽リングイに売却済みだとかで、チーと一緒に連れて行かれるようだけど……。
まあ、それは今は置いておくとしよう。
アジトに来たわたしとチーを出迎えたのは、爽やかな笑顔のグランデ王子様だった。
相変わらず捕まっているとは思えない程の爽やかで余裕のある雰囲気に、わたしは驚いた後に冷や汗をかいて困惑した。
流石ドワーフの国の王子様と言うべきなのか……うーん。
「ん~。マナちゃん、止まってないで早く歩いてくれる? あなたはおめかししてから直ぐに連れて行かないといけないんだから」
「へ? おめかし……」
「マナお姉ちゃん、可愛くしてもらうの?」
「ん~、そうよ。ボスが高額で売れたからサービスしておけって言ったからね」
「……はあ」
未だに誰がボスなのか分からないわたしは、生返事をしてスタシアナに背中を押されてアジトの奥に進む。
チーはグランデ王子様と一緒に待機と言う事で、その場に残る事になった。
わたしはチーに見送られて、気持ちを切り替えて今後どうするか考える。
今は奴隷商人たちに逆らうのは得策ではないし、ここは黙って言う通りに動いた方が良いだろう。
それに戦いで傷ついた体では、最早何も出来ないに等しい。
正直な所、左肩を負傷している状態でシーサと戦った自分が信じられない。
今にして思えば、本当にあの時のわたしはどうかしていたと思う。
おかげで追加で傷ついた腕と足が痛くて仕方ない。
今度からはもう少し上手く立ち回れるようにしようと心に決める。
まずは情報収集からだ。
情報収集をしようと思ったその頃には、わたしはスタシアナによってメイド服に着替えさせられて、化粧台の前にある椅子に座らされていた。
少し考えすぎたと思いながら、とりあえず気を引き締めてスタシアナに視線を向ける。
「あの……ボスって誰なんですか?」
「ん~。それは言えないわね」
やっぱりそう簡単には教えてくれないか。
それなら次は――
「失礼しまーす」
不意に背後から声がして視線を向けると、何処かで見た事のある女性がこちらに向かって歩いて来ていた。
何処で見たのかは覚えていないけど、最近だったのは覚えている。
でも、前のアジトでは見なかった顔だった。
「ん~。どうしたの?」
「ボスからマナちゃんの傷を治せって言われまして~」
「そうなの? 今メイク中だから邪魔しないでね」
「分かってますとも。あ、マナちゃんのが終わったら、それ貸して下さい。ボクも使うんで」
見覚えのある女性はスタシアナと話すと、わたしの側に来て水の魔法を使って回復を開始した。
わたしの傷はみるみると治っていって、メイクが終わる頃には傷が全て完治していた。
「……ありがとうございます」
相手が奴隷商人とは言え、傷を治してくれた事には本当に助かったのでお礼を言うと、女性は「どういたしまして~」と微笑んで自分のメイクを始める。
奴隷商人なんてやってるわりにはあまりにも爽やかな感じの女性で、何だか調子が狂うと感じながら見つめていて気がつく。
あれ?
この人……。
「もしかして、スーロパさん?」
「そうだけど……って、え? うそ? まさか今まで気がつかなかったの? 傷つくな~」
「は、はい……。すみません」
スーロパさんはフロアタム宮殿でナオさんの訓練を受けていた新兵の一人だ。
何故今まで気がつかなかったのかなんて、そんなの決まっていた。
実はこの女性……わたしが見学していた時は、思いっきり見た目が男性だったのだ。
まあ、どちらかと言えば可愛い系男子って感じの人だったわけだけど、だからってまさか実は女性でしたなんて分かるわけがない。
それに、スーロパさんはあの時とはまったく見た目が違う。
スーロパさんは雀種の鳥の獣人で、今は茶色の髪の毛なんだけど、あの時は髪の毛の色が真っ黒だった。
そして何より、今まさに化粧をしていって男の人の顔立ちになっていっているけど、さっきまで思い切り可愛い顔した大人の女性だった。
しまったな。
まさかスーロパさ……スーロパまで奴隷商人の仲間だったなんて……。
気にしなくて良いって思える程度の実力だったから、訓練中のスーロパの情報は全然さぐってなくてお姉達に教えてない。
こんな事ならスキルだけでも調べておくべきだった。
って言うか、声で気付けよわたし。
あまりにも自分の無能ぶりに肩を落とすと、スタシアナに背中を押された。
「早く行くわよ」
「あ、はい」
「じゃあね~、マナちゃん」
スーロパに手を振られて見送られ、スタシアナに背中を押されながら来た道を戻る。
しかし本当に困ったな。
この分だと、他にも新兵として潜り込んでた奴隷商人がいるかも。
あの偽物の所に連れて行かれる前に隙を見て逃げ出そうとも思ってたけど、これじゃあ何処で裏切り者に出会うか分からないな。
前以上に慎重に行動して、誰が味方で敵なのか見極めないとだね。
せめてチーだけでも先に逃がしてあげたいけど、暫らくは様子見か……。
それとも、あの偽物の所に行った後に、逃げ出す方法を考えた方が良いのかな?
んー分からないーっ。
「マナお姉ちゃん、どうしたの?」
不意に声をかけられて我に返ると、チーが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。
どうやら考え事をしている間に、チーのいる場所に戻って来ていたようだ。
わたしはチーに苦笑しながら「何でもない」と答えて、グランデ王子様に視線を向ける。
「グランデ王子様は今後何処かに連れて行かれるんですか?」
「余か? 余もリングイ=トータスと言う名の者の所に行く予定だよ。マナとチーが同じ場所に行くと言うので、少しワクワクしている所さ」
ワクワクって……。
奴隷にされるってのに本当に楽しそうだな、グランデ王子様。
ああ、何だか色んな意味でこの先が心配になってきた。
「ん~。あなた達、お話は後にしなさい」
「それもそうだね。では、参ろうか」
「うん」
何故かグランデ王子様が先頭を歩き出して、その後ろをチーが歩く。
わたしは何だかため息を吐き出したくなる気持ちを抑えて、スタシアナに背中を押されて前に進んだ。
◇
暫らく馬車に乗って進んで行くと、高い山の鉱山が見えてきた。
馬車で運ばれている途中で、聞けるだけ情報を聞いて分かったのは、今から向かう先はこの鉱山の地下にあるドワーフの国の鉱山街だと言う事。
ドワーフの国の王子であるグランデ王子様を連れて行く事に驚いたけど、『木を隠すなら森の中』や『灯台下暗し』と言う言葉もあるし、案外隠すのに最適でこっちの方が見つからないのかもしれない。
それから他にも意外と色々聞き出す事は出来たのだけど、役に立つ情報と言えば、このドワーフの国では魔法が一切使えないと言う事だろうか?
どうやらドワーフ達は【マジックアイテム】を発明して世界に広めている種族の様で、その一つに魔法を無効化するマジックアイテムがあるそうだ。
そして、ドワーフの国ではそれが至る所に設置してあり、余程に腕の立つ者でないと魔法が使えないのだとか。
実は、わたしの怪我を治してもらえたのもこれが理由にあったらしい。
奴隷に使おうとしているのに、怪我で動けないじゃ話にならない。
そう考えれば納得のいく理由だった。
ちなみに、ドワーフの国には治療用のマジックアイテムと、魔法を無効化するマジックアイテムを無効化出来るマジックアイテムを医者が持っているので、実際は怪我をしても大丈夫な様だ。
……まあ、怪我をして大丈夫ってなんだよって話だけど。
鉱山の中に入ると馬車はどんどんと地下深くを進んで行き、そして、ついにドワーフの国の鉱山街に辿り着いた。
鉱山街は地下とは思えない程に明るくて、とても綺麗な街だった。
街の中心にはお城があり、恐らくあそこがグランデ王子様が元々暮らしていた城に違いない。
お城には真新しく背の高い大きな時計塔が建っていた。
時計塔を見ていると、丁度12時の所に針が回って、低く綺麗な鐘の音が鉱山街全体に大きく響いた。
わたし達を乗せた馬車は街の中に入って行き、少ししてから目的地に辿り着いた。
連れて来られた場所は大きな敷地のある豪邸で、スタシアナの指示に従って馬車を下りると偽物のリングイ=トータスに笑顔で出迎えられた。
「よく来たね。ボクちんの可愛い奴隷達。今日と明日はここに泊まって、明後日にはボクちんの家に連れて行ってあげるからね」
「いやあ、歓迎してくれるなんて嬉しいなあ。貴方の口ぶりからすると、ここに住むわけではないのだね?」
何の躊躇いも臆せもせずにグランデ王子様が前に出て偽リングイに爽やかに微笑むと、偽リングイが眉根を上げて顔を真っ赤にさせて怒る。
「貴様の事じゃない! 口の利き方に気をつけるんだなゴミ虫が! 貴様は地べたを這いつくばって、ボクちんに買われた事を光栄に思うんだな!」
「おやおや、残念だ。どうやら余は嫌われているらしい」
気にもしてい無さそうな顔で苦笑しながらそう言って、グランデ王子様はわたしに視線を向けた。
わたしは呆気にとられて「はあ……」としか答えられなかった。
呆気にとられたのは、偽リングイのわたしとチーに対する態度と、グランデ王子様に対する態度の温度差の違いに驚いたからと言うのわけでは勿論ない。
苦笑して軽く流すグランデ王子様の態度が、本当に全然気にしている感じがしなかったのだ。
流石は一国の王子様と言った所だろうか。
しかし困った事になった。
スタシアナから偽リングイに引き取られた後、スタシアナはこの場を離れていった。
それからわたし達は直ぐに豪邸の中に招かれて、今後の事を偽リングイから説明を受けたのだけど、その内容にため息を吐き出したくなった。
まず、明後日はスーロパが護衛として来るらしいのだけど、スーロパは今後は偽リングイの護衛として雇われたらしい。
隙を見て逃げ出そうと考えていたわたしにとって、それはあまりにも酷く悩ませられる内容だった。
そして次に、明後日の移動の日は目隠しをされての移動になるらしい事。
理由は聞いていないけど、恐らく場所が特定されて逃げ出されたり、誰かに文通などの連絡手段で住処が知られるといった事を防ぐ為だと考えられる。
そして次に、これは良かったと言うべきか悪かったと言うべきか。
偽リングイはわたし達以外にも奴隷をあの館で買っていて、買われた子達は皆今この家で待機していた。
正直あの時買われていった皆の事が気になっていたから、無事だと分かっただけでもありがたい。
ただ、この子達もチーと同じで助けてあげたいから、この大人数を連れて逃げだす事の難しさを考えれば、頭を悩ますしかなかった。
「チュウベエ、このゴミ虫に仕事を教えてやれ」
「御意」
説明を終えた後に、偽リングイが命令をした相手。
実はこのチュウベエなる人物もわたしを悩ませる要因の一つだった。
名前はチュウベエ。
鼠の獣人で、フロアタムで新兵をやっていた一人だ。
今はフロアタム兵用の鎧ではなく、和服の様な着物を身につけていて、腰には刀をぶら提げていた。
見た目は和風なげっ歯類……お侍さんといった感じだ。
しかし、この人物もナオさんの訓練で大した実力が無いと判断してノーチェックだった。
チュウベエは偽リングイの護衛と言うよりは、偽リングイに代わって奴隷達に命令して仕事をさせる為に雇われたらしく、この豪邸に入った時には既に奴隷に命令して働かせていた。
更には、偽リングイが雇っている護衛をまとめる役目も担っている様だ。
それにしても、本当に自分の目の節穴さ加減に呆れてしまう。
あの時は全然強そうに見えなかったのに、今のチュウベエの佇まいは手練れそのもので、全く隙が無いように見える。
そう考えると、スーロパもそうだけど、強い人ほど実力を隠していた事になるかもしれない。
スーロパはそうでもなかったけど、武術がよく分かっていないわたしですら、チュウベエに至っては殺気の混ざった威圧の様なものすら感じる。
チュウベエがグランデ王子様を連れて行くと、偽リングイがニヤリと下卑た笑みを浮かべて舌なめずりをした。
この場に残ったのは、わたしとチーだけだ。
他の奴隷にされた子達は、今は別の部屋で閉じ込められている。
怯えてわたしの腕を掴むチーを、わたしは後ろに隠して偽リングイと向かい合う。
「気持ちの悪いゴミ虫はいなくなった事だし、ボクちんの事を知ってもらおうか」
「チーに変な事したら許さないから」
偽リングイを睨むと、偽リングイは何が可笑しいのか笑った。
「ほっほお。変な事なんてしないよ。ボクちんはこれからの為に本当の名前を教えてあげるんだ」
「本当の名前?」
「そうだよ。ボクちんの名前はリングイ=トータスなんてマヌケな名前じゃない。本当の名前はバーノルド=チンパンだよ。マナ」
「バーノルド……。バーノルドさんは何で本名を隠してたの?」
「そんなの、そっちの方が世間から恐れられて交渉事がしやすいからに決まっているだろ? そんな事より、マナには早速ボクちんのスキルを使ってあげよう」
バーノルドがその図体に似合わないスピードで一瞬でわたしに近づき、胸に触れようとして手を伸ばした。
「――っきゃああああああ!」
わたしは叫びながらも、必死に胸を腕で護って触られるのを防いだ。
だけど、その瞬間にわたしの胸が光に包まれる。
胸は確かに護られた筈だった。
触られてはいない。
なのに何故か光る胸を見て、わたしは困惑せずにはいられなかった。
「なっ、何これ!?」
「完成だ」
「……え?」
バーノルドが満足そうに下卑た笑みを浮かべてわたしから離れる。
すると、それを合図にしたかのように、胸の光が消え去った。
そして、バーノルドが困惑するわたしを見て、とんでもない事を言い放った。
「ボクちんのスキル【絶対まな板宣言】をプレゼントしてあげたよ。このスキルを浴びたおっぱいは大きくならない。二度と成長しないんだ。マナ、君は一生ボクちんの専属つるぺたメイ奴隷として働くんだ!」
「そ、そんな……。そんな恐ろしいスキルがあるなんて…………」
わたしは絶望に打ちひしがれて、その場で膝をついて項垂れる事しか出来なかった。
だから、わたしの隣で呆れてアホ臭いとでも言いたげな視線を向けていたチーに、この時のわたしは気がつかなかった。




