007 目指せ動物マスター
打ち出の小槌。
モーナから話を聞くところによると、それは伝説上のマジックアイテムらしい。
使えば忽ち体を大きくも小さくも出来るというマジックアイテムで、わたしが知る一寸法師の話に出てくる打ち出の小槌と変わらない。
そして今日はかぐや姫みたいな少女ラリューヌと出会ってから、丁度二日が経っていた。
わたしはお姉とモーナの三人で、打ち出の小槌を捜しに何故か港町に来ていた。
暑い……。
日差しが強く、気温は炎天下の三十度越え。
港町で海がすぐそこにあり、そのせいで湿気が高くなっているのかわからないけれど、異世界にも日本と同じ様な夏があるのかと思わせる。
森からそんなに離れていないのに、こんなに暑いだなんて……。
ここ港町までは、モーナと出会った森から出てから、そこまで時間が経っていない。
と言うのも、日数にすると二日も経過してはいるけど、それは冒険の準備をしていたからだ。
着替えや食料の備えだけじゃない。
この異世界の常識などの確認。
この異世界では、わたしもお姉も未だに分からない事だらけだから、そう言った事を確認するのは必要不可欠。
ドヤ顔で答えるモーナから、わたしは二日かけてありとあらゆる事を聞き出した。
そんなわけで、必要な物をわたしはランドセルに入れて、今日ようやく森を出たわけなのだ。
だけど、その後は驚きの連続だった。
◇
時間は少し遡り、森を抜け出して30分位歩き続けると、わたしの目には絶景が映りこんだ。
「わ~。凄いですね。愛那」
「うん」
わたしは目に映る絶景に心を奪われながら、お姉に返事をする。
目に映るのは、山の上から眺める事の出来る景色。
わたしの立つ大地の下には、雲の合間から爽快感のある見晴らしの良い景色が広がっていた。
低い山は緑に覆われていて花が咲き乱れ、小鳥たちが気持ちよさそうに羽をはばたかせる。
「ここって、山の上だったんだね」
わたしが呟くと、モーナが胸を得意気に張って答える。
「そうよ! だから、今から三つの宝を手に入れる為に、これから下山するんだ!」
三つの宝か……あ。
そう言えば。
「何でモーナは、あのかぐや姫、ラリューヌの話に食い付いたの? たまたま幽閉されているって聞いていた子が、あの子だったけど、そんなの知らなかったんでしょ?」
わたしが訊ねると、モーナは胸を得意気に張って答える。
「村長の娘を嫁にしたら、幽閉されている少女の情報が聞き出せると思ったからだ!」
「あ~。成程。理解出来たわ」
モーナが馬鹿だって事が。
「マナも私の華麗な作戦に驚いたようだな!」
「ウン。スゴイスゴーイ」
わたしが適当に返事をして拍手すると、丁度その時、お姉が何かに気が付く。
「あっ。あそこ……」
「え?」
お姉がここより低い位置にある草原に指をさし、わたしはお姉が指をさした方へ視線を向ける。
「あそこに、巨大なトカゲがいます!」
うわぁ。
本当にいるよ。
よく見ると湖があるし、水でも飲んでるのかな?
「ウインドリザートじゃない。あいつ等は人を食べるから気をつけろよ! ちなみに、あいつ等は不味くて食えたもんじゃないわ!」
「へう。人を食べちゃうんですか~」
それって、一歩間違ってたら、あの時食べられてたって事じゃん。
怖すぎなんだけど……。
「安心しろ! ウインドリザードは飛べるけど、私より弱いから守ってあげるわ!」
「え? 飛べる? 今飛べるって言った?」
「言ったわね」
「嘘でしょ? だって、羽も生えて無いのに飛ぶわけ……」
その時、大きな影が一つ、わたし達を覆う。
わたしは影に驚き、恐る恐る上を見上げた。
「きゃー! 巨大トカゲが来ちゃいましたー!」
お姉が叫び、わたしは恐怖のあまり硬直する。
「出たわねウインドリザード! 一匹で来るとは馬鹿な奴だ! そんな馬鹿な奴は、私が引導を渡してあげるわ!」
モーナが勢いよくジャンプして、ウインドリザードに猫パンチを食らわす……文字通りに。
「にゃー! 私の手を食べるなー!」
「何やってんのよ!? 馬鹿なの!?」
「きゃー! モーナちゃんが食べられちゃいますー!」
「ああっもう!」
わたしは急いでカリブルヌスの剣を構えて、上空にいるウインドリザードに向かって薙ぎ払う。
瞬間、ウインドリザードの体が真っ二つに斬り裂かれ、モーナはウインドリザードから解放された。
真っ二つになったウインドリザードは絶命し、そのまま音を立てて地に落ちる。
「酷い目にあったわ」
「モーナ、アンタ馬鹿でしょ? 何で自分から食べられに行ってるのよ」
「結果が良ければすべて良しよ!」
「良くない!」
「そんな事より、丁度良い素材が手に入ったわね」
「素材?」
「そうだ! ウインドリザードの尻尾は、飛行系のマジックアイテムを作るのに使う素材なのよ」
「空が飛べるんですか!?」
「そうだ!」
「成程。それを使って、簡単に下山出来るのね」
「やりましたね」
「でも、一つだけ問題があるわ」
「え? 何よ? 作るのに時間がかかるの? それとも一つじゃ足りないとか?」
「違う! マナは馬鹿だな~。素材が合っても、作る為の道具が無いからに決まってるでしょ!」
「馬鹿はアンタだ!」
わたしはモーナの額にデコピンをお見舞いする。
「んにゃっ!」
モーナは涙目で額を押さえた。
わたしはモーナを横目に見ながら、お姉に顔を向けた。
「お姉。馬鹿は放っておいて、さっさと下山しよう」
わたしがお姉に話しかけると、お姉がいつになくドヤ顔で話し始める。
「お姉ちゃんは大変凄い事を思いつきました。愛那もお姉ちゃんの凄さに、驚いて拍手しちゃいますよ」
大変凄い事?
って言うか、お姉、モーナに似てきたな。
凄く困る。
「大変凄い事って何よ?」
モーナが額を手で押さえながら、お姉に訊ねると、お姉はドヤ顔のまま答える。
「私がスキルを使って空を飛べる動物に変身して、愛那とモーナちゃんを運ぶのです!」
「な、何ですってー!?」
「ワー。スゴーイ」
「えへへ~。もっと褒めて下さい~」
わたしは本気で驚いているモーナの横で、パチパチと適当に拍手をする。
すると、お姉は凄く嬉しそうに、わたしに抱き付いた。
わたしは抱き付かれて、お姉の胸に顔を埋めて息苦しさを感じながら、ふと疑問を浮かべる。
空飛ぶ動物になるのは良いけど、お姉の元々のスペックの向上ってされるのかな?
なんか、それは無い気がする。
そう考えたわたしは、顔を上げて、お姉に確認する。
「お姉、変身するのは良いけど、わたしとモーナを運べる程、力はあるの?」
「……え?」
「実際に試した方が早いよね。お姉、一度何でも良いから変身してみてよ」
「はい。分かりました!」
わたしが提案すると、お姉は力強く返事をして、私から体を離す。
「いきます!」
お姉が一言声を上げると、お姉の体を白く淡い光が包み込み、お姉は何故か犬のパグに変身した。
「じゃじゃーん! どうですか? ワンちゃんに変身しても、ちゃんと喋れるんですよ!」
「なあなあ、マナ! 凄いな!」
興奮するモーナを無視して、わたしは困惑しながらお姉に質問する。
「何でパグ?」
「ブサカワじゃないですか~。パグちゃん可愛いです」
「わたしが聞きたいのは……ううん。やっぱりいいや」
わたしは若干諦めながら、言葉を続ける。
「お姉。パグになってみて、何か変わった事はある?」
「そうですね~」
私が訊ねると、お姉は考えながら私の足元に近づいた。
そして、わたしを見上げながら、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「愛那の汗のにおいがします。それに、おし――」
「お姉元に戻って!」
「分かりました」
わたしがお姉の言葉を最後まで聞かずに叫ぶと、お姉は返事をして元に戻った。
「マナ、ちゃんと拭かなきゃ駄目よ」
「拭いたわよ!」
「愛那、顔が真っ赤ですよ」
「煩ーい!」
わたしが涙目で怒鳴ると、モーナが胸を得意気に張ってドヤ顔になる。
「でもこれで証明されたわね! 変身すれば、変身している間は、その動物の特徴が身につくわ!」
「そうね」
「よーし! お姉ちゃん頑張っちゃいますよー! いきます!」
お姉は意気込むと、またスキルを使って変身する。
のは、良いんだけど、お姉は予想外な生物に変身してしまった。
その姿に、わたしはドン引き、モーナは目を輝かせる。
「ナミキは凄いな! そこからどう見ても完璧だ!」
「お姉、何でよりにもよって、ウインドリザードなの?」
「お姉ちゃんは、愛那とモーナちゃんを運べる位大きな鳥さんを知りませんでした」
「……そっか」
「それより、早く乗って下さい。この姿になったら、何だか愛那とモーナちゃんが美味しそうなお肉に見えてきました」
「そんな所まで再現するなんて、ナミキは才能があるわね!」
「えへへ~。目指せ動物マスターです」
「目指さなくて良い」
「へう」
わたしは若干の不安を感じながら、わたしの一言で涙目になったお姉の背中に乗る。
モーナもわたしに続いてお姉の背中に乗ると、お姉がフワッと空を飛ぶ。
「わっ。ホントに飛んだ。お姉凄い」
「えへへ~。行きますよ~。しっかり捕まって下さい」
わたしが驚いて思ったままを口にすると、お姉は上機嫌になって勢いよく飛び始めた。
それから、モーナから目指す方向へ道案内されて進んで行くと、わたしは気温の変化に気がついた。
山を下るにつれて、段々と気温が上がっていたのだ。
距離はそこまで進んでもいないというのに、山を完全に降りる頃には気温も真夏と変わらない温度になり、お姉はフラフラと地上に降りて変身を解いた。
「暑くてもう動けません~」
「お姉、大丈夫?」
わたしはランドセルから水筒を取り出して、お姉に水を飲ませる。
「ありがとうございます~」
「ウインドリザードは標高の高くて涼しい山に住んでいるから、熱さには弱いのよ。そして、私も暑いのが苦手だ!」
「何で威張ってるのよ。でも、本当に暑いね。何度位なんだろ?」
わたしが額に流れる汗をハンカチで拭いながら疑問を喋ると、モーナが胸を得意気に張って答える。
「多分三十度は越えてるわ! それより、ここから先は歩きになりそうだし、早く出発するわよ!」
「うん。お姉、歩ける?」
「はい。頑張ります~」
わたしはお姉の手を握って、先を歩き始めたモーナの後を追って歩き始めた。
◇
港町に入り、わたし達は休憩と食事をする為に、お店に入って一息つく。
わたしはハンカチで額の汗を拭いながら、モーナに視線を向けて訊ねる。
「ねえ、モーナ。これから船に乗るの?」
「乗らないわ。一先ずは海沿い、海辺を歩いて行って、亥鯉の川を目指すのよ」
「いこいの川?」
「憩いの川ですか? きっと名前の通り、とっても落ち着く所なんですね~」
お姉がフワフワと微笑んで楽しそうに喋ると、モーナが真剣な面持ちで口を開く。
「そんなわけないでしょ。亥鯉の川は、猪鯉って名前の鯉達が群れを成して生活している恐ろしい川だ」
「猪鯉?」
「へう。恐ろしい所なんですか?」
「そうよ。ちなみに、猪鯉の肉は美味しいわよ」
「へ~。そうなんだ。……って、モーナ。やけに静かだね。どうしたのよ? 流石に暑さにやられて、バテちゃったの?」
わたしはモーナが静かな事に気がついて、不思議に思って訊ねてみる。
すると、モーナはわたしを呆れた様に視線を向けて、苦笑して答える。
「ここは食事をする為のお店の中よ。騒ぐのはマナー違反だわ」
「……そうだね」
わたしは心にモヤっとしたものを感じながら、静かに頷いた。
と言うか、モーナから常識的な言葉が出るとは思わなくて、ちょっと感動した。
「亥鯉の川に行くと、何かあるんですか?」
お姉が話を戻してモーナに訊ねると、モーナは突然椅子の上に立ち上がり、胸を得意気に張って答える。
「亥鯉の川の上流に、お宝が眠っていると伝えられているのだ!」
「わあ! 本当ですか~!?」
「モーナ、マナーは?」
「少しくらい気にする事ないわ!」
モーナはやっぱりモーナなんだなと思いながら、その後やって来た店員さんに向かって、わたしはモーナの頭を掴んで下げさせながら全力で謝るのであった。