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075 奴隷市場の館の決闘 逃亡戦 3

 時間はほんの少し、わたしがまだ気を失う前まで遡る。

 それはわたしの目の前にシーサが現れた頃で、ラヴィとスミレさんの戦いにも変化が……思わぬ邪魔者が現れてしまっていた。

 ここ奴隷市場の館には幾つかの出入口がある。

 だけど、基本はこのエントランスホールで出入がされている為、館内に取り残されて逃げて来た人が何人かここを通り過ぎたりもしていた。

 と言っても、だいたいの人は戦闘を見るなり直ぐに逃げて別の出口を探す。

 しかし、そうで無い人もいる。

 そのそうで無い人の中に、彼等も混ざっていたのだ。


「どうなっている!?」


 床に積もった雪を踏みしめて、エントランスホールに現れた人物が二人。

 言葉を口にしたのは、少し背が高くお腹がでた体重100キロは超えていそうなあくどい顔のリングイ=トータスと名乗る男だった。

 その男……偽リングイ=トータスは苛立ちを顔に出し、ラヴィとスミレさん、それからシップとスタシアナを睨んだ。


「おい。これはどう言う事だ? ミネーク、何故ボクちんが買う奴隷がここにいる!?」


「そんなの知りませんよ」


「おい待て! 黒髪の娘が……あそこにもボクちんの奴隷がいるぞ!」


「ちっ。黒髪の少女もいるのか。面倒臭い事になったな」


 偽リングイと一緒に現れたのは、蛇の獣人であるフロアタムの元新兵ミネークだった。

 ミネークは言葉に出したまま面倒臭そうに顔を歪めて、スミレさんに視線を向けた。


「まずは裏切り者だ」


 ミネークが不規則に走り出す。

 それは床に積もった雪にくねくねとした跡をつけて、まるで蛇が通った後の様に足跡を残す。

 そして、ミネークがスミレさんとの距離を5メートルまでつめると、勢いよく鞭を振るった。


「スミレ左後ろ」

「――っ!」


 ラヴィの一言で、スミレさんは魔法で炎の壁を生み出してミネークの攻撃を防ぐ。


「こっちがお留守だぜ!」


 すかさずシップがスミレさんと距離を詰めて、スミレさんの顎を砕くかの勢いで殴りかかる。

 スミレさんはそれを紙一重で避けて、シップのお腹を蹴り上げようとしたけど、直ぐに足を引っ込めた。

 スミレさんが足を引っ込めた理由は、シップがスミレさんの足に向かって手の平を向けていたからだ。

 シップには厄介なスキル【折り畳む手(フォールドハンド)】がある。

 このスキルは、手の平を向けた対象をターゲットにして、手を曲げるとその分だけターゲットを曲げる事が出来るスキルだ。

 しかもそれは形ある物だけでなく、無機物なものまで曲げてしまう厄介なものだ。


「へえ、勘が良いな!」


 シップがニヤニヤ笑いミネークの隣に立つ。

 すると、ラヴィの雪だるまと戦っていたスタシアナは偽リングイの側に行って、ラヴィとスミレさんの様子を見ながら何かを話し始めた。


「ラヴィーナちゃん、大変なの。いつの間にかマナちゃんとシーサが戦ってるなの」


「知ってる。早く行かないと」


 ラヴィとスミレさんが頷き合い、スミレさんがシップに向かって走り出す。

 ラヴィは雪だるまの頭の上で立ち上がり、打ち出の小槌を構えた。

 すると、打ち出の小槌からソフトボールサイズの氷の塊が生み出され、ラヴィが打ち出の小槌を勢いよく振るって氷の塊が飛翔する。

 氷の塊はミネーク目掛けて飛んでいき、ミネークは鞭を構えてそれを全て叩き落とした。

 そしてそれと同時の時だ。

 スミレさんの拳が炎を纏って、シップの拳とぶつかり合う。

 二人は衝撃でお互い後ろに跳んで、直ぐに前に駆け出した。


「バティン、流石は魔族だな! 中々におもしれえ! だが俺には届かねえ!」


 スミレさんに向けてシップが手の平を前に出して曲げる。

 スミレさんは危険を察知して、シップが手の平を前に出した時には既に体を捻って避ける回避の動作に入っていた。

 シップがスミレさんにスキルを避けられて舌打ちして、両手に魔力を集中する。


「させない」


 ラヴィの雪だるまがシップの頭上に飛んで、シップに勢いよくのしかかる。

 だけど、雪だるまはシップを潰す事なくバラバラになってしまった。

 何故なら、シップが瞬時に雪だるまを風の魔法を使って斬り裂いたからだ。

 しかし、ラヴィの攻撃は終わってなかった。


「ガキがいねえ……っ!?」


 バラバラになった雪だるまの側にはラヴィの姿は無かった。

 そう。

 ラヴィは雪だるまで攻撃を仕掛ける前に、既に雪だるまから降りていたのだ。

 そして、ラヴィはシップが雪だるまに気をとられている隙に背後に回っていた。

 シップが背後にラヴィの気配を感じ取り、直ぐに後ろに振り向こうとしたが遅い。

 打ち出の小槌の一振りを、ラヴィはシップの後頭部に食らわせた。


「――が……はっ」


 シップの体が小さく縮んでいき、瞬く間に500ミリリットルのペットボトルと同じサイズになった。

 それを好機と捕らえて、スミレさんがシップを勢いよく蹴り飛ばす。

 シップは壁まで吹っ飛んで激突して、血反吐を吐いてスミレさんを睨んだ。

 シップをスミレさんに任せて、ラヴィがわたしの許へ駆け出そうとして立ち止まる。


「マナお姉ちゃん!」


愛那なま……?」


 わたしがシーサとの戦いで気を失ったのは丁度この時だった。

 ラヴィの目に映ったのは、倒れて気絶しているわたしと、わたしの名前を呼びながらわたしに駆け寄ったチーの姿。

 左腕と太ももから流れる血を見て、ラヴィは顔を真っ青にさせてわたしに向かって走り出した。

 だけど、スタシアナとミネークがラヴィをわたしの許へ行かそうとしない。

 スミレさんがシップを相手にする事で、逆にこの二人がノーマークになってしまっていたのだ。


 完全に隙だらけとなってしまったラヴィをミネークの鞭が襲って、鞭は腕ごと体に巻きつき、ラヴィは身動きが取れなくなってしまう。

 更にそこでスタシアナがラヴィの目の前に立ちふさがり、掴みかかろうと手を伸ばした。


「斬り裂け! ファングフレイム!」


 瞬間――虎の顔をした大きな炎がスタシアナを噛み砕こうと牙を剥き、スタシアナが寸での所で跳躍して回避した。

 そしてそれと同時に、ラヴィを捕らえていたミネークの鞭が斬り裂かれた。


「ラビちゃんお待たせ」


「ナオ? 助かった」


 ラヴィを助けたのはナオさんだった。

 ナオさんはラヴィの目の前に立ち、スタシアナとミネークを睨み見る。


「げっ! 教官が来やがった!」


「ん~、やあね~。新手?」


「にゃ~。ミネーク久しぶりだね。あっちにいるシップ共々、今度はもう逃がさないよ」


 ナオさんが眉間にしわを寄せながらニッコリと微笑んで、ミネークが顔を青ざめさせて息を呑みこむ。


 ナオさんの登場がよっぽど気に入らなかったのだろう。

 今まで黙って戦いの様子を見ていた偽リングイが、怒りの形相で「何をやっている!」と怒鳴り、ナオさんを睨んで指をさした。


「お前はフロアタム兵のナオ=キャトフリーだろ! フロアタムの兵は何を考えている!」


「何をって、それはこっちのセリフだよ。奴隷売買は禁止だってのに許されると思ってるの?」


「違うな! 奴隷ではなく家政婦を雇っているんだ!」


「にゃ~? 家政婦って……この状況で随分マヌケな言い訳したね。他に言い訳のネタ無かったの? ちょっと感心しちゃったよ」


「幼女の家政婦……ありなのね」


 シップと戦っていたスミレさんが、いつの間にかにナオさんの隣に立っていた。

 突然現れて馬鹿な事を言いだしたスミレさんに呆れて、ナオさんは冷やかな視線をスミレさんに向ける。


「商人ども、ボクちんは先にあの娘を保護する! 金は後で払ってやるから、その兵士をさっさと片付けて雪女の娘も連れて来い! 良いな!? 分かったか!?」


 偽リングイが気を失っているわたしの許に走り出して、それを護るようにスタシアナも走り出す。


「逃がさない!」


「はっ! 逃がしてやれよ!」


 ナオさんがリングイに向かって跳躍し、シップがナオさん目の前に飛び出て手の平をかざして折り曲げる。

 瞬間――ナオさんの目の前の空間が歪んで曲がり、ナオさんは寸での所で後方に避けて攻撃をかわした。

 スミレさんも偽リングイを止める為に走り出したけど、それをミネークが邪魔をする。

 そして、ナオさんとスミレさんがシップとミネークに足止めされている内に、偽リングイがわたしの側に辿り着いてしまった。


 目の前に現れた偽リングイを見て、チーが震えてわたしの手を握り締めた。

 近くにいた五人の女の子達も、恐怖で身が竦んでその場を動けないでいた。


「離れて」


 偽リングイに向かってラヴィが打ち出の小槌を振るう。

 だけど、打ち出の小槌は偽リングイに当たらず空ぶった。

 何故なら、スタシアナがラヴィの襟を掴んでそれを止めたからだ。


「離して。愛那にさわるな」


「ん~、少し黙っててね」


 そう言って、スタシアナがラヴィの顔に触れた瞬間だった。

 ラヴィが全身をビクリと揺らして、そのまま動かなくなってしまった。

 それを見て、偽リングイが「でかしたぞ」と言って、下卑た笑みを浮かべる。


「スミレ、こいつ等をお願い!」


「分かったなの!」


 ナオさんが偽リングイに向かって走り出し、それと同時に偽リングイがわたしを抱き上げた。


「ほっほお。なんと言う軽さ。そしてこの黒い髪と可愛い寝顔。最高だ。ボクちんの奴隷に相応しい」


「マナナを離せ!」


 ナオさんが偽リングイとの距離を僅か5メートルまで縮めて飛びかかる。

 偽リングイはナオさんを気にもしない様子で、わたしの手を未だに離さず握り続けるチーに視線を向けた。


「流石は奴隷商人のボスだね、チーちゃん」


「――にゃあ!? ボス!?」


 偽リングイの言葉に驚いて、ナオさんがチーに警戒して動きを少しだけ止めてしまった。

 そしてその瞬間に、チーがナオさんに向けて手をかざし、目の前に茶色く光る魔法陣が浮かび上がる。


「もう、チーとマナお姉ちゃんの邪魔をしないで」


「――っにゃ!」


 警戒したにも関わらず、ナオさんは幼い見た目のチーに油断してしまう。

 瞬間――魔法陣から大量の土草が飛び出して、それはナオさんの全身に巻き付いて、そのまま床に縛り上げた。


「こんなに良い買い物をしたのは久しぶりだよ」


「マナお姉ちゃんは特別」


 最悪な状況だった。

 戦況は一変し、偽リングイとチーが不気味に織り成す日常会話。

 チーが奴隷商人のボスと言う事実に、スミレさんも驚いて隙を作ってしまった。

 スミレさんはシップの拳をお腹にまともに食らって吹っ飛んで、壁に衝突して血反吐を吐いて気絶した。

 信じられない事だけど、姿を小さくしたシップであったがその戦闘能力は凄まじく、これ程の威力のある攻撃を可能としたのだ。

 そして……。


「チーがこの人達のボス…………?」


 そう言ってラヴィが虚ろな目を見開いて、チーを戸惑いながら見つめていた。

 ラヴィは反撃のチャンスをうかがっていて、わざと気を失ったフリをしていたのだ。

 だけど、チーの正体を知ってしまって、気が動転してそれが出来なくなった。

 そして、更に衝撃的な真実を知らされる事になる。


「あ、ラヴィちゃん起きてたの? じゃあ、全部聞かれちゃったんだね……残念。それならちゃんと教えてあげるね。チーは奴隷商人のボス、チーリン=ジラーフ。今まで黙っててごめんね、ラヴィちゃん。でも、マナお姉ちゃんには内緒だよ?」


 奴隷商人のボスだけでなく、チーはわたし達が捜していたチーリン=ジラーフだった。

 チーの口から出た言葉はあまりにも衝撃的で、ラヴィの頭の中は真っ白になってしまった。

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