074 奴隷市場の館の決闘 逃亡戦 2
「ふぇっくじょん! ううっ寒っ! なんか急に気温さがってませんか!?」
「にゃー。館の中から水……と言うより氷の魔力を感じる。多分魔力の質を考えるとラビちゃんだと思うよ」
「うへ~。あの子って外の気温まで影響を与える程の魔法が使えたんですね~……ふぁっふぇっふぇっくじょん! 寒っ!」
「流石は妖族の雪女の子だね。ニャーがあの子くらいの時はこんなに凄くなかったよ」
「何言ってるんですか。ナオ様も昔から大概でしたよ」
「それはどうも」
ここは奴隷市場の館の外。
モーナ達の活躍で逃げて来た非戦闘員の奴隷商人や、今回の奴隷の売買で奴隷を買いに来た人達を、ナオさんとランさんを含むフロアタムの兵達が捕まえている最中だった。
本当は奴隷商人の非戦闘員相手じゃなくて、戦闘に長けた奴隷商人も相手にしていたのだけど、それはこの二人によって既に一瞬で無力化されている。
だから今は状況を見つつ兵達に今後の作戦の指示を伝えながら、逃げて来た人達を捕まえているのだ。
「距離は近い……正面玄関出入口だね。館に突撃した兵からも作戦成功の報告がきてるし、陽動の方もそろそろ必要無い……ランラン、ここ任せて良い?」
「はいはい、どうぞどうぞ。私にはこの寒さは結構きついので寧ろお願いしちゃいます」
「ありがと。それじゃあ、ちょっと借りを返してくる」
「は~い。ナオ様グッドラックで~す」
◇
所変わって奴隷市場の館内エントランスホール。
雪雲から雪が降り、床には雪が積もっていく。
目の前で、ラヴィとスミレさんがシップとスタシアナを相手に激しく戦い、わたしはスーの手を握って二人の戦いを見守っていた。
スミレさんの髪は炎のように揺らめいて、拳には魔力が集まって炎が燃え上がる。
シップがニヤリと笑ってスミレさんの拳を受け止めて、そこにラヴィを頭に乗せた雪だるまのゴーレムがシップを踏みつぶそうとして飛び跳ねる。
シップはスミレさんを蹴り飛ばし、直ぐにその場を離れて手に魔力を集中した。
「切り刻め!」
瞬間――シップの目の前に一瞬にして緑色の魔法陣が浮かび上がり、そこから目に見えない風の刃が飛翔する。
だけどスミレさんだって負けていない。
スミレさんはシップに向かって走りながら魔力を集中して、炎を纏った拳で風の刃を四散させた。
スタシアナがシップに近づくスミレさんの背後に回って、スミレちゃんの後頭部を殴打した。
かに見えたけど、スミレさんは瞬時に身を低くしてスタシアナの攻撃をかわして、スタシアナの腹部にひじ打ちする。
スタシアナは吹っ飛び、エントランスホールに備えてあった受付カウンターに衝突して破壊し転がった。
かと思ったら、直ぐに立ち上がってスミレさんに向かって走り出した。
凄……。
わたしも加勢したいって思ってたけど、こんなのわたしなんかじゃ足手纏いにしかならないかも……。
戦いは想像以上だった。
わたしが例え本調子でカリブルヌスの剣があったとしても、とてもあの中に入って役に立つとは思えない。
それ程に戦いは激しくて、それに何よりスピードもあった。
わたしの加速魔法でスピードを上げても、正直ついていける気がしない。
「見~つけた~」
「――っ!?」
ラヴィとスミレさんの戦いに気をとられていた時だ。
不意に声が聞こえて振り向くと、そこにはシーサが立っていた。
シーサ!?
嘘っ、何でここに!?
お姉とモーナが足止めしてるんじゃなかったの?
まさか二人の身に何か……。
「マナお姉ちゃん」
スーが怯えながらわたしの手を強く握り締める。
気を動転させてしまっていたけど、そのおかげで直ぐに冷静さを取り戻す事が出来た。
「急いで来て正解だったわね~。マナちゃん心配しなくていいのよ。マナちゃんはボスのお気に入りみたいだし、アタイも最初から売って手放すなんて事しようと思ってないから」
わたしがボスのお気に入り?
会った事も無いのにどう言う事だろう?
いや、今はそんな事より皆を護らなきゃ。
スーと女の子達をわたしの後ろに下がらせて、わたしはシーサを睨む。
左腕を負傷している今のわたしに大した事が出来るとは思えないけど、それでもだからって黙って捕まるわけにはいかなかった。
シーサは魔法で槍を出現させて、それをわたしに向けて微笑んだ。
「悪い事は言わないから、抵抗せずにアタイの許においで? 言う事を聞けば酷い事はしないわ」
「言う事を聞いて……わたしが言う事を聞いたとして、他の皆はどうなるの?」
「そんなの奴隷として売るに決まってるでしょ」
「だったら聞くわけない!」
出し惜しみなんてしてられない。
相手はフロアタムの宮殿でわたしを圧倒したあのシーサだ。
魔力を一気に解放して、速度を四倍に高める加速魔法【クアドルプルスピード】を使用する。
シーサに向かってロケットエンジンの様に一気に走り出して、わたしは隠し持っていたナイフを握り締めた。
「遅いのよ。これで――」
シーサは一瞬にしてわたしの背後に回り、わたしの右肩を刺す為に槍を突き出す。
だけど、シーサの槍はわたしには届かなかった。
わたしだって馬鹿じゃない。
同じ事を二回も受けてなんていられない。
前回シーサに負けて捕まって以来、わたしなりに考えていた。
それで一つの仮説を考えた。
シーサはわたしより圧倒的に速い。
それなのにもかかわらず、わざわざ背後に回る必要はあるのかと。
圧倒的なスピード差があれば、わたしだったら背後に回らず間合いを詰めて、そのまま斬りかかる。
その方が早く決着がつくし、その分相手に余裕を与える暇を作らないと、少なくともわたしは思っている。
それなら何故シーサは背後に回ったのか。
背後に回ると言う手段は、相手に自分との差を見せつける為?
あるいは単純に何も考えず、ただ背後に回って攻撃をしたいだけ?
もしくは反撃を恐れたから?
他にも色々と背後をとる行動には理由があるかもしれないけれど、所詮わたしは小学5年生。
命のやり取りをする戦いなんて、この世界に来るまでした事なかった。
そんなわたしにそれ以上の事を理解するなんて出来ない。
だからこそ、分かる範囲で考えた答えを出した。
今までシーサと接してきて感じた事をもとにして、その性格上反撃を恐れたからだと考えた。
そこから導き出された答えは、もう一度同じ場面に出くわした時に、シーサはまた同じ事をすると言う事。
力の差を見せつけたいからだったり、何も考えずであれば、もう一度同じ場面になる可能性は極めて低い。
だけど、反撃を恐れたからであれば同じ事を繰り返すかはともかく、前回通じた方法であれば二度目がある可能性は高い。
シーサの槍がわたしに届かないのは、シーサが背後に回る事を予想して、背後に回って来た時にはわたしが既に後ろに振り向いて避ける事が出来たからだ。
そして、わたしはそのまま攻撃の態勢に入っていた。
手に持つナイフにスキル【必斬】の力を乗せて、勢いよく横一文字に振るう。
「――なっ!?」
シーサは慌てた様子で斬撃をかわそうとしたけど避けきれなかった。
わたしの斬撃はシーサが持っていた槍を真っ二つに斬り裂いて、更にはシーサの横腹をかすめた。
かすめたと言っても、わたしのスキル【必斬】の威力は言うまでもなく、シーサの横腹からは血が噴き出した。
「やってくれたわね……マナちゃん。アタイね、他人の血を見るのは好きだけど、自分が怪我して血を流すのが本当に嫌いなんだよ? それなのにアタイにこんなにも血を流さしてさ。幾ら可愛いマナちゃんが相手でも、何も無しで許すなんて出来ないでしょう?」
シーサが目つきを変えた。
今までの余裕のある目つきでは無い。
鋭くなったその目つきからは、明らかに怒りを感じた。
シーサが左手を前にかざして、わたしとシーサの周囲に大量の魔法陣が浮かび上がる。
わたしはナイフを構えて周囲を警戒する。
「だからお仕置きが必要よね? 二度と逆らえないように、悪い子にはたっぷりと教えてあげるわね」
魔法陣が淡い茶色の光を放って、テニスボールサイズの土石が飛び出して浮遊する。
浮遊するだけ……?
魔法陣から飛び出した土石はわたしに向かって来る事も、何か変則的な動きをする事も無かった。
それ等は特に何かをする事も無く、ただ空中を漂うだけ。
触れたら発動する魔法?
それともまだ使わないだけ?
シーサのスキルと関係が……ううん、それは無い。
鬼ごっこ大会に参加したお姉とモーナの為に調べたシーサのスキルは【早読み】だった。
スキルの効果はそのままの意味で、ただ読書が早いだけのスキル。
個人的に羨ましいスキルではあるけれど、今この場面で使うには流石に無理がある。
そもそもそんなスキルだからこそ、今までシーサのスキルを気にしていなかったまである。
瞬間――シーサが空中に浮遊する土石に向かって跳躍し、更にそれを足場にして跳躍して土石と土石を何度も移動し始めた。
それはまるで漫画とかアニメで何度か見た事のある戦術で、相手の周りを素早く移動してかく乱する事で翻弄する為の動きだった。
ヤバっ……。
まさか生でこんなの見るなんて思わなかった。
実際に体験すると分かるけど、されると相当ヤバいやつじゃ――
「――っつぅ!」
シーサの攻撃がわたしを襲った。
何をされたのかは分からない。
シーサは未だに浮遊する土石を足場にして移動し続けている。
分かっている事は、何かで左腕を斬られたと言う事だけだ。
左腕からは血が流れ、ただでさえ傷が完治していない左腕は最早使いものになりそうにない。
「ふふふ。マナちゃん、じっくりといたぶってあげる」
「最っ低……」
考えろ考えろ……。
シーサはまだ手加減してるんだ。
それにシーサの槍は確か食らうと毒で気絶させられる。
抵抗するなら意識がハッキリしてる今しかない。
でも、さっきの背後に移動するあれとは全然違う。
これじゃあ何処から攻撃してくるか分からない。
漫画とかだと主人公が気を察知してとか、目をつぶって心の目で見て反撃とかやるけど、わたしにそんな事…………反撃?
そうだ!
反撃すれば良――
「――うっ」
シーサの攻撃をまた食らう。
今度は左足の太ももを斬られて、痛みで左足に力が入らなくなってしまった。
わたしはその場にしゃがんで斬られた場所を手で押さえる。
痛みから汗も流れて、段々と呼吸も乱れていく。
意識も朦朧とし始めて、今にも気絶してしまいそうだった。
だけど、わたしは諦めない。
「やあああっっ!」
自分に活を入れる為にも大きく声を出して叫んで、スキル【必斬】の力を込めて何度もナイフを振るう。
「残念。そんなの当たらないわよ」
斬撃はシーサには当たらなかった。
……でも、わたしの狙いはシーサでは無い。
わたしが狙ったもの……それは、シーサが魔法で出した土石だ。
斬撃が次々と土石を斬り裂いて消していく。
そして、わたしは頃合いを見てから、全ての神経を一点に集中した。
「まさかアタイの魔法を消す為に? やるじゃないマナちゃん! それならお遊びの時間はここで終わりだよ!」
シーサが土石を消していた事に気付いて、わたしに向かって跳躍した。
「そうくると思った」
「――っな!?」
瞬間――横一文字にわたしの斬撃が放たれる。そして、シーサの両足の脛の部分に斬撃が命中して血しぶきが上がった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!」
シーサが叫びながら勢いそのまま床に転がって倒れる。
そして、両足を斬られて立つ事が出来なくなったシーサが、顔だけわたしに向けた。
「そんな……な………んでっ!」
わたしは大きく息を吐き出して、ナイフをしまってからシーサに視線を向けた。
「簡単だよ。シーサはわたしを甘く見てくれてて、手加減してくれてた。だから隙だらけで狙いやすかっただけ」
「……納得できないわね。確かにマナちゃんを甘く見て手加減してしまったけど、そうだとしても何でアタイが攻めてくる方向が分かったの?」
「魔法を切ってある程度予想出来る様にしただけだよ」
「予想出来る様にした? そんな筈……確かに魔法は斬られていたけど、一か所を集中してじゃなかった」
「それもわざとだよ。一つの場所に集中したらバレバレじゃん。だから、狙った所は少し多めに魔法を残して、他は少しだけ残すって方法とっただけだよ。シーサさんは慎重だから、安全性を考えて魔法が多めに残ってる動きやすい方に来ると思ったんだ。まあ、手薄な方を選ぶ可能性もゼロじゃないけどさ。そこは賭けだよ」
「……はあ。アタイは慎重だから……か。ははは、アタイの完敗ね。やっぱマナちゃん最高だわ~」
種明かしを終えると、シーサは仰向けになって大の字になって、負けたと言うのに何がおかしいのか清々しい顔で笑った。
そして、その顔を見た直後にわたしは限界を迎えてその場に倒れ、チーの「マナおねえちゃん」と心配そうに叫ぶ声を聞きながら意識を失った。




