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069 奴隷市場の館の決闘 開戦

 港町トライアングルに建つ大きな建物【奴隷市場の館】。

 わたし、豊穣愛那ほうじょうまなの姉の豊穣瀾姫ほうじょうなみきが、そこに今モーナとワンド王子と一緒にこっそりと潜入していた。

 理由はわたしとラヴィを助ける為。

 三人は奴隷商人達に見つからない様に慎重に館の中を進んでいた。

 目指す先は勿論わたしとラヴィが捕らわれている部屋……と言うわけでは無かった。


「ワンド、どうだ?」


「間違いない。シーサとレバーはこの先にいる」


 三人が目指しているのはシーサとレバーのいる場所だった。

 ワンド王子は犬の獣人で、それなりに嗅覚に優れている。

 だから、一度会った事のあるシーサとレバーの臭いをワンド王子が辿って、二人の居場所に向かっているのだ。

 何故シーサとレバーの許に向かっているのかと言うと、それには勿論理由がある。


「でも、本当に良いんでしょうか?」


「スミレは変態だけど強いから大丈夫だ。私達は奴隷商人どもにやられた事をやり返してやるのに集中するぞ」


「ああ。奴等もまさか同じ手口を使われるとは思わないだろう。どれだけ卑怯な事をしたか、その身を持って分からせてやるぞ」


 そう。

 三人の作戦とは、奴隷商人達にフロアタムでされた事をそのまま仕返すと言うもの。

 シーサとレバーを奇襲して、思いっきり暴れる事で館の中から混乱を誘い、手薄になった館の外からフロアタム兵が攻め込む。

 そして、混乱に乗じてスミレさんがわたしとラヴィを助け出すと言うものだった。


 お姉達はワンド王子の嗅覚を頼りに、奴隷を売買している広間に辿り着いた。

 そこはテニスコート位の大きさの部屋で、既に捕らわれた人達が奴隷として売られ始めていた。

 人身売買は禁止されているので、それもあって奴隷商人以外の買い手の人達は全員仮面を被って顔を隠していた。

 と言っても、顔を隠しているからなのか市場特有の雰囲気から出るものなのか、広間の中はとても騒がしく、奴隷の売買をしているとは思えない程に賑わっていた。

 これだけ賑わって騒がしければ大丈夫かとも思われたけど、念の為にお姉とモーナとワンド王子も仮面を被って顔を隠し、広間の中を歩きだす。


「こんなに沢山の人が奴隷にされるなんて……。皆さんを助けてあげたいです」


「心配するな。ナオが今頃ラン達フロアタム兵に状況を報告して、作戦実行の為にここに向かっている筈だ」


「だな。私が暴れてやるから、ナミキはナオとランが来るまでの間はワンドを護る事だけに集中してろ」


「はい」


「いた。あいつ等だ」


 お姉がモーナに頷くと同時に、ワンド王子がシーサとレバーを見つけて指をさす。

 二人はおりの前で奴隷を買いに来た人を相手に、何かを話していた。


「よし。でかしたぞワンド。あの二人が一緒にいてくれたのはラッキーだったな」


「ああ。出来るだけ強い相手は一気に片付けておきたいからな」


 お姉は緊張で唾を飲み込んで、胸の前で握り拳を作って大きく息を吐き出した。

 そして、周囲を見て決意する。

 怯えて嫌々買われる子供や、全てを諦めて何の抵抗もしようとしない子供。

 ここにはそう言った子供達で溢れかえっていて、それをニヤニヤと下卑た笑みをしながら、楽しそうに子供を買う大人達。

 お姉だって、こんな事が許せないんだ。


「モーナちゃん、ワンドくん。絶対に皆さんを助けましょう」


義姉君あねぎみ……。ああ、その通りだ」


 ワンド王子が頷き、モーナが二人を見てニヤリと笑う。

 そして、モーナは周囲を確認してから「行くぞ」と言ってから、右手で顔を掃い(・・・・・・・)ながら勢いよく走りだした。

 向かう先は勿論シーサとレバーの目の前。

 モーナは一瞬でシーサを間合いに入れて、気付かれる前にシーサの顔面を重力を乗せた拳で殴りつけた。


「――っぎぁ!」


 瞬間――シーサは吹っ飛んで近くにあったおりに激突して、檻はぐにゃりと変形した。

 喧騒し賑わっていたこの場の空気は一瞬で静まりかえって、誰もが何事かとシーサとモーナに注目する。

 そして、シーサの側にいたレバーがこめかみにしわを寄せて、モーナに殺気を放った。


「お前、どう言うづもりだモー? 返答によっぢゃ、づまみ出すだけじゃすまないモー」


「どう言うつもりも何も、この奴隷市場をぶっ壊しに来たに決まってるだろ!」


「そうが……なら、ここで死ねモー!」


 レバーがマジックアイテム【土草の種】をモーナに投げつける。

 ナオさんを縛り付けた様に、土草がモーナを縛り付けようとしたけど、それはモーナには効かなかった。


「馬鹿が! 私に土草は効かないわ!」


 モーナは自分を縛ろうと伸びた土草を魔法で止めて、レバーに向かって跳躍する。

 そして、一気に間合いにレバーを入れて爪で斬り裂こうとした瞬間に、モーナの爪を横から伸びてきた槍が受け止めた。


「おいたが過ぎるわよ。猫のお嬢ちゃん!」


 モーナの攻撃を槍で止めたのはシーサだった。

 シーサは口から少量の血を流しながらモーナに話すと、片手で血を拭って、レバーと一緒に一度後ろに下がった。


「シーサ、大丈夫がモー?」


「ええ、でも油断したわ。まさか、フロアタムでマナちゃんと一緒にいた猫のお嬢ちゃんが紛れてたなんてね~」


「何だっで!? こいつ、あの子の仲間だっだんだモー!?」


「……あのね、本当にあなたって鈍い……と言うか馬鹿なのね。普通は気が付くでしょ~?」


「オデ、全然気づかながっだモー」


「あーっはっはっはっはっ! その牛男が気がつかなくても仕方が無いわ! 私の変装は完璧だからな!」


 モーナがドヤ顔で得意気に胸を張り、そして自分の正体を明かすように顔につけていた仮面を取り外……せなかった。

 何故なら、取り外そうにも既に仮面をつけていなかったからだ。


「あれ? 無いぞ?」


「モーナちゃーん! 仮面取っちゃったらバレちゃいますよー!」


「あ、義姉君!?」 


「あっ」


 なんと言う事だろうか……。

 モーナはシーサに向かって走り出した時に顔を掃ったのは、邪魔だった仮面を取るためだった。

 そして、流石はお姉。

 馬鹿なだけあって、自分達がいる事を大声でバラしてしまった。


 静まりかえっていた広間が、そんな馬鹿な二人のマヌケな行動を合図にしたかのように騒ぎ出す。

 奴隷を買いに来た人々は、突然始まった戦闘に驚き悲鳴を上げて逃げだした。

 そして、広間にいる奴隷商人たちは、お姉とワンド王子とモーナを取り囲んだ。


「だ、大ピンチです!」


「義姉君、焦っちゃ駄目だ」


 慌てるお姉をワンド王子が落ち着かせる。

 すると、シーサがそれを見ていぶかしむ。


「ん~? もしかして王子様じゃない?」


「ほ、本当がモー!?」


「ち、違うぞ。僕は確かに他の者達よりもかっこいいが、決して獣人国家ベードラの第一王子のワンドではない!」


「そうです! ワンドくんは可愛らしいワンちゃんの王子様だけど、ワンド王子じゃないです!」


「そうだ! あいつは生意気なワンドだけど、生意気な王子のワンドじゃないぞ!」


「シーサ、違うらしいモー」


「馬鹿ね、あんな嘘に騙されないでくれる?」


「う、嘘だったのがモー!?」


「バレました!」


「おい、モーナス! 僕を生意気呼ばわりとはどう言うつもりだ! 僕は王子だぞ!」


「本当の事だから仕方が無いわ」


「何だとー!」


 もしこの場にわたしがいたら、きっと呆れてしまっていただろう。

 隠す気が無いのか? と疑問に思うくらいには三人とも馬鹿だった。


 モーナとワンド王子がこんな時に喧嘩を始めると、それを見ていたシーサが、突然何かに気がついたかのような表情を見せて「やられたわ!」と声を上げた。


「どうしだんだモー?」


「この子達は囮よ! こんなに分かり易い馬鹿騒ぎ、どう考えてもおかしいわ! 普通は自分達から国の重要人物の王子の正体なんてバラすわけないでしょ!」


「だ、確かにその通りだモー! それに、オデは騙されだげど、王子がごんな所にいる事自体がおがしいモー!」


「そうよ。つまり、狙いは他にある。マナちゃんよ!」


 シーサはわたしの名前を言ってお姉に視線を向けた。

 すると、お姉はシーサと目が合った瞬間に顔を引きつらせてそっぽを向いた。

 流石はお姉、バレバレだ。

 と言っても、実際はお姉達が馬鹿だからワンド王子の正体がバレてしまっただけで、作戦でも何でもないわけだけど……。


「やっぱりそーよ! 最悪! ただでさえ前回の作戦で王子誘拐に失敗してるのに、更にマナちゃんまで逃したらボスに何されるか分かったもんじゃない! レバー、ここは任せたわよ!」


「分かっだ! 任せろモー!」


 シーサが広間を出ようと駆け出して、モーナがそれを止めようとシーサの前に出る。


「そうはさせ――」


「アイギスの盾! フリスビースタイル!」


 瞬間――モーナの頭上で火花が散る。

 それは一瞬の出来事だった。

 モーナがシーサの目の前に出た瞬間にお姉が魔法で盾を生み出して、それをモーナの頭上にフリスビーを飛ばすように投げた直後に、アイギスの盾が何かを防いで火花を散らしたのだ。

 そして、今まで誰の目にも見えていなかった人物……オメレンカがモーナの頭上で「あら?」と呟いて姿を現して、レバーの側に着地した。


「おかしいわね。私の姿が見えていたの? いえ、そんな筈は……」


「ナミキ、助かった!」


「はい! 特訓の成果です!」


「だなって、あああああああああっっ! 逃げられた!」 


 モーナが叫んだ通り、シーサは今の内にと広間から出て行ってしまった。

 モーナは直ぐに後を追いかけたかったようだけど、ここにお姉とワンド王子だけを残して行くわけにもいかず、悔しそうに顔を歪ませてオメレンカを睨んだ。


「何なんだお前は! 邪魔するな!」


「あら? それはこっちのセリフよ。よくも私達の商売を邪魔してくれたわね」


「オメレンカさん、もうこんな事はやめて下さい! 苛められてまで奴隷商人なんてするべきじゃないです!」


「あら? あなた、何で私の名前を知ってるの? 何処かで会ったかしら? それに苛めって何の事よ?」


「隠さなくても良いんです。オメレンカさんが皆さんから背景だと無視されて、苛められている事を私は知っています。オメレンカさんは背景なんかじゃありません!」


「……あああっっ! あ、あなた昨日の!? あらあら。どうやら、リモーコだと思ってたのはリモーコじゃなかったって事ね。大方スキルを使って何かをしたって所でしょうけど、やってくれるわね」


「あーっはっはっはっはっ! 背景!? おまえ、背景って言われてるのか!? その筋肉で滅茶苦茶存在が濃いくせに背景とか、冗談は筋肉だけにしろ! 私を笑い殺す気か! あーっはっはっはっはっ!」


「くくくっ。おい、モーナス。僕まで笑えてくるから笑うな」


「笑っちゃ駄目ですよ! 可哀想です!」


 豪快に笑うモーナと、笑いを必死に堪えるワンド王子。

 そして、その二人の笑いを止めようと注意しているお姉のオメレンカへの視線。

 オメレンカはその全てを受け、ピクピクとこめかみを痙攣けいれんさせながら眉根を釣り上げてお姉を睨み見た。


「あらあら、上等じゃない。黒髪の女、何か勘違いしている様だけど、よくもまあここまで私を虚仮こけにしてくれたわね? いいわ……ぶっ殺してやる!」


「へう!? モーナちゃん達が笑うから怒っちゃいました!」


「あんたに怒ってるのよ! 黒髪の女!」


「えええっ!? 私ですかー!?」

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