006 養子姫物語開幕
「へ~。ここがストーカーが暮らしてる村なのね」
「のどかで良い所ですね」
「性悪な連中しかいない嫌な所よ!」
わたし達は幽閉された少女を助ける為に、ストーカーが暮らしている村までやって来た。
村の名前はバンブービレッジ。
村は名前の通りで、そこかしこに竹が生えていて、人の暮らす民家は昔話で出て来そうな古びた家だった。
そう言った民家や竹林が幾つかあって、そこ等中に畑や田んぼが広がっていた。
「ど田舎って感じ」
「私は、こう言うのんびりした感じの場所、好きですよ~」
「お姉は頭の中がのんびりしてるもんね」
「えへへ~」
「私は頭の中が大都会よ!」
モーナが胸を得意気に張ってアピールする。
「何の自慢よ」
と、そこでわたし達の話が聞こえたのか、近くの畑で作物を収穫していたお爺さんが、わたし達に気がついて声をかけてきた。
「いつかの猫の嬢ちゃんじゃないか。他の二人は見ねえ顔だな? 猫の嬢ちゃんの連れかい?」
「はいー。モーナちゃんのお友達です」
「そうかいそうかい。そりゃあ良い。丁度今、村長がラリューヌちゃんのお友達がほしいって、同い年位の子を探してるんだ。会いに行けば喜ばれるよ」
ラリューヌちゃんのお友達ね……。
今はそんな事してる場合じゃ無いけど、幽閉されてる子の事を村長が知ってる可能性もあるし、ここは行ってみるか。
「そうなんですね。ありがとうございます。村長さんの家は何処ですか?」
わたしは余所行きの笑顔を取り繕って、丁寧に言葉を話す。
すると、モーナがわたしに驚きの表情を向けた。
「この道をまーっ直ぐ行けば、突き当たりが村長の家だよ」
「ありがとうございます。では、早速向かいますね」
わたしはお爺さんに一礼して、言われた通りに真っ直ぐと歩き出す。
すると、モーナが少し顔を青ざめさせて、わたしのおでこに触れてきた。
「熱は無いみたいだわ!」
「失礼な。わたしだって、ご年配の方には礼儀正しくするわよ」
モーナがお姉に視線を向ける。
すると、お姉はニコニコと微笑みながら頷いた。
「愛那は礼儀正しくて、とても育ちの良い娘さんだって、学校の先生からも評判が良いんですよ」
「マナが礼儀正しい!? 皆騙されてるわ!」
「煩い」
わたしは煩いモーナの額にデコピンをお見舞いする。
「んにゃっ!」
モーナは少し涙目になって額を押さえた。
「私にも礼儀正しくしなさいよ!」
「何で同年代の子に猫被んなきゃいけないのよ。めんどくさい」
「じゃあ、私は今日からマナの一個上よ!」
「はいはい」
「私の方がお姉さんなのよー!」
それから、煩いモーナを無視して、お爺さんに言われた通りに真っ直ぐ道を進んで行くと、大きな民家へと辿り着いた。
ただ、その大きな民家では、何かがあったのか、大勢の人だかりが出来ていた。
「何かあったんですかね?」
「見て来るわ」
お姉が首を傾げると、モーナが一言喋って勢いよくジャンプした。
「わっ」
モーナのジャンプは物凄く高くて、人だかりを越えて姿が見えなくなる。
「流石は猫の獣人ですね」
「そうだね。って言うか、モーナって何気にスペックが高いよね」
「はい~。モーナちゃんの使う魔法も凄いものばかりでした」
実は、この異世界で暮らす事になってからの三日間の内に、モーナから魔法を事細かに教えて貰っていた。
その中でモーナの使う魔法も幾つか見せてもらったけど、重力を操ったりと、かなり凄かったのだ。
と、その時、わたしは妙な事に気がついた。
「あれ? お姉。たまたまなのかな? 男の人しかいない」
「本当ですね。そう言えば、ここに来るまでに見かけた人も、男性の方だけでした」
おかしい。と、わたしが感じた時だった。
人だかりの中に入って行ったモーナが、行った時と同じ様に、ジャンプして帰って来る。
「面白そうな事やってるわよ」
「お帰りモーナ。面白そうな事って?」
わたしが訊ねると、モーナはわたしの手とお姉の手を取って、そのままジャンプした。
「わっ」
「きゃっ」
わたしとお姉はモーナに手を掴まれたまま、人だかりを越えて大きな民家の庭に着地する。
と言っても、お姉は着地に失敗して、尻餅をついていたのだけど。
「いたた~」
「お姉大丈夫?」
「はい~。ありがとうございます」
わたしがお姉を心配して手を差し伸べると、お姉は返事をして、わたしの手を取って立ち上がる。
「急に何なのよ」
わたしがお姉を立ち上がらせた後に、モーナに視線を向けて喋ると、モーナは気にする事なく答える。
「こっちの方が手っ取り早いと思っただけだ」
「あのね……ん?」
そこで私は気がついた。
突然人だかりの前、庭の真ん中に現れたわたし達を、皆が注目して見ていた事に。
「あはは。どーも……」
わたしは愛想笑いをしたのだけど、とてもそんな事をして誤魔化せる雰囲気では無い。
どうしようかとわたしが困惑していると、大きな家の方からと言うか、家の前にいる人物から声をかけられる。
「珍しいな~。この村に私以外の女がいるやなんて。なんや? 男でもあさりに来たんか?」
「はあ?」
煽る様にわたし達に話しかけてきた人物に、わたしは少し苛立ちを覚えて振り返る。
「え!?」
その人物、少女の姿を見て、わたしは口を開けて驚いた。
まず、一番最初に目が行ったのは、少女の頭部に生えていた兎の耳だ。
だけど、正直それも束の間の話。
そのうさ耳の生えた少女は、痴女と言う呼び方に相応しい格好をしていたのだ。
わたしと同い年位に見えるうさ耳少女。
そんな少女は、同じ女のわたしから見ても美少女だとわかる。
だけど、とんでもない格好をしている。
その少女は着物を着ていたのだけど、その着物には帯が付いていなかった。
そのせいなのか、わざとなのかは知らないけれど、着物に袖を通して肩に乗せているだけの様な着方だった。
挙句の果てに、その下はパンツだけしか穿いていない様で、前を隠そうともしないから肌とパンツが露出していた。
下手したら胸も全部見えてしまうんじゃないかと言える程に、本当に着ているのがそれだけだ。
「わあ。凄くだいたんです」
「痴女ね」
お姉とモーナがそれぞれ少女を見て感想を言うと、少女がお姉とモーナを睨みつける。
「ホンマ何しに来たんや? 私に喧嘩でも売りに来たん?」
少女は話ながら、ステチリングの青い光を私達に向ける。
情報を取られた!
って事は、友好的ではないって事よね?
こっちも情報を見とくべきだ!
わたしは直ぐに、同じ様に少女に向けてステチリングで情報を確認する。
ラリューヌ
種族 : 獣人『兎種』
職業 : バンブービレッジ村長の養子
身長 : 143
BWH: 66・52・73
装備 : 着物・パンツ
属性 : 水属性『水魔法』
能力 : 『迷子』未覚醒
「迷子?」
わたしが少女の情報を見て呟くと、少女が嘲笑う様にわたしを見た。
「せや。私のスキル迷子は、必ず道に迷ってまう、私の自動発動スキルや!」
何その役に立たない酷いスキル。
って言うか、そんな自慢気に言う様なスキルじゃないと思うんだけど?
「分かりました! その迷子のスキルで、私達を迷子にするつもりなんですね!?」
「え? まあ、お姉の言う通り、そう考えると少し厄介ね」
と言っても、右も左も分からないような異世界に来ちゃったって時点で、既に迷子なんだけど。
「残念やったな! 私のスキル迷子は、私個人にしか発動せえへん!」
「……は?」
本当に酷いスキルに、わたしが呆れていると、モーナがわたし達の前に出る。
そして、少女に指をさして声を上げる。
「そんな事はどうでも良いわ! そんな事より、ここにいる男共に話していた話は本当なんでしょうね!?」
「話していた話?」
わたしがモーナの発言に首を傾げると、お姉もわたしに顔を向けて首を傾げる。
「何の事でしょうか?」
「分からないけど、何かを話してたみたいだね」
わたしとお姉はモーナと少女に注目する。
すると、少女はシラケた様な表情になり、つまらなそうに話し出す。
「なんや。アンタ等もそっちが目的なん? それならそうと、最初から言うてや。せやけど、物好きもいるもんやな。私等女同士やんか。ホンマにええの?」
「女同士? ねえ、モーナどういう事?」
わたしが話の内容が理解出来なくてモーナに訊ねると、モーナが少女に指をさして答える。
「三つの宝を手に入れて来たら、あの女を嫁にする事が出来るのよ!」
「嫁?」
「お嫁さんですか?」
わたしとお姉は言っている意味が分からず首を傾げる。
「モーナごめん。本当に意味が分からないんだけど?」
わたしが困惑しながらモーナに訊ねると、モーナの代わりに少女が答える。
「ええで。私が説明したる。私が求めとる宝は、打ち出の小槌、鶴羽の振袖、氷雪の花の、三つの宝や」
「その三つを集めて来たら、ラリューヌちゃんをお嫁にもらえるんですか?」
「せやな。私も、もう十歳や。そろそろ大人の女として、誰かに嫁がなアカン思うとったんや」
わたしと同い年で、もう結婚?
早すぎない?
「せやけど、しょうもない男に嫁ぐんは嫌やろ? せやから、私につり合う男を選ぶ為に、あえて難題を作ったんや」
言いたい事は分かったけど、何か引っ掛かる。
バンブービレッジに宝を求める村長の養子。
どっかで似たような事を聞いた事がある様な無い様な……。
「愛那~。何だか面白いですね。まるでかぐや姫みたいです。それに打ち出の小槌だなんて、一寸法師さんがこの世界にいるんですかね~?」
「あっ。そっか。竹取物語だ」
わたしはお姉の手を取って声を上げた。
すると、モーナがわたしを見て首を傾げる。
「竹取物語?」
「確かかぐや姫って、最後は月に帰るんだっけ……月? 最近、形だけは似たような物を見た様な……あっ」
その時、わたしの脳裏に凄まじく酷い発想が生まれてよぎる。
わたしは首を大きく横に振って、その酷い発想を押し殺す。
そして、少女に向かって質問する。
「アナタって、もしかしてケプリの関係者だったりするの?」
「なんや。私の育てのおとんに会うたん?」
「はい。ケプリさんって、ラリューヌちゃんの育てのお父さんだったんですね」
「分かったわ! ケプリが言ってた幽閉されている少女って、おまえの事だったんだな!」
モーナが胸を得意気に張って声を上げると、少女が凄く嫌そうな顔をした。
「何が幽閉や。育てのおとんは、ホンマ適当な事ばっか言うて鬱陶しいわ~」
確かに嘘を言うのは良くない。
この子、全然幽閉されてるって感じじゃないもんね。
まさか変態糞虫の奴、娘が自分の許を離れていったのが寂しくて、わたし達に救ってくれとか嘘ついたんじゃないよね。
もしそうだったら、抗議しに行こう。
「育てのおとんと違って、今のおとんは私に何でもしてくれる。村の皆も私の言う事何でも聞いてくれる。アンタ等気付いた? この村には私以外の女がおらんの。何でやと思う?」
「さあ」
「私が頼んだからや。凄ない? 私が望めば思い通りや。こんな生活やめる馬鹿はおらんやろ? せやのに、育てのおとんは良くない言うて、この村から私を連れ出そうしてるんよ。ホンマ鬱陶しいわ~」
なんだ。
あの変態糞虫、ケプリって思っていたよりはまともな奴だったって事か。
「良いお父さんじゃん。娘が堕落していくのを、止めようとしてくれてるんでしょ」
「そーだそーだ! マナの言う通りよ!」
「はい。きっと、ラリューヌちゃんの事が、本当に大切なんですね」
わたし達の言葉を聞いた途端、少女は顔を顰めた。
そして、わたし達に向かって払う様に手を振り、淡々と話し出す。
「もうええわ。アンタ等、育てのおとんの回しもんやろ? そんなゴミみたいな連中と話す事なんてあらへん。帰りや~」
「何ですってー!?」
モーナが怒って少女に向かって歩き出したので、わたしはモーナの腕を掴む。
わたしに腕を掴まれたモーナは、不機嫌そうな顔でわたしを見るので、わたしは首を横に振って一言だけ告げる。
「行こう」
「何でよ!? まだ話は終わってないわ!」
「いいから」
わたしはモーナの腕を引っ張って、今までのわたし達の様子を一部始終見ていた人だかりの方へと歩き出す。
お姉も少し慌てながらも、わたしについて来た。
人だかりはわたし達が近づくと道を開けてくれたので、わたしはそのまま振り返らずに前へと進んで行った。
それから暫らく歩いて村の外れまで来ると、モーナが騒ぎ出す。
「愛那! あいつを連れ出さなきゃ、情報が聞き出せないじゃない!」
「落ち着いて下さいモーナちゃん。愛那には、きっと考えがあるんですよ」
「考え?」
「まあね」
わたしは返事をしてから、モーナの腕を離して立ち止まる。
そして、モーナと向き合って、言葉を続けた。
「あんな所で話してても、どうせ話なんて進まないよ。そんな事より、あのかぐや姫がお望みしてる三つの宝を手に入れよう」
「持って行ってあげるんですか? 冒険の始まりですね!」
わたしの言葉に、お姉が目を輝かせる。
だけど、わたしは首を横に振って、口角を上げて悪い顔になって答える。
「違うよお姉。三つの宝ってのを先に手に入れて、かぐや姫の婚約を邪魔するんだよ。それで、その宝を目の前でちらつかせて、これがほしければケプリの所に帰れって言ってあげるの」
「えー!?」
「面白そうな事考えたな! その話乗ったわ!」