表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/291

065 足手纏いはいらない

 作戦会議の次の日。

 お姉とモーナはナオさんと一緒に馬車に乗ってドワーフの国へ向かっていた。

 馬車は王族や騎士や兵士が使うような馬車では無く、商人達が使うような一般的な馬車で、御者台と荷台しかないシンプルなものだった。

 と言うのも、王族や騎士や兵士が使うような馬車を使うと、奴隷商人たちに私達が向かっているという情報が漏洩ろうえいするかもしれないからだ。

 作戦はあくまで内密に、そして慎重に行われていた。


「ランさん達は大丈夫でしょうか?」


 荷台の中で馬車の振動に揺られながらお姉がモーナに呟いた。

 ランさんは別働隊を率いて行動していて、こっちは目立つ様に行動していた。

 いわゆる囮と言うやつだ。

 ランさん達が向かったのはドワーフの国の近くにある港町トライアングル。

 スミレさんの嗅覚の情報で、わたしやラヴィや捕らわれた女の子達がドワーフの国へ向かってる事を知って、あえて近場の港町トライアングルを選んだのには理由があった。

 それは、リングイ=トータスの情報だ。

 人身売買で子供を狙って買うリングイ=トータスの情報を掴んでいたのだ。

 と言っても、それはまぎれもない偽物の情報なわけだけど、港町トライアングルで奴隷が売買される可能性が高いと見た国王様は考えつく。

 あえて奴隷商人たちのアジトに行かずに、近くの港町トライアングルに表立って別働隊を行かせる事で、奴隷商人たちに勘違いをさせる作戦だ。

 ドワーフの国の近くに兵が向かえば勿論警戒される。

 だけど、警戒した奴隷商人たちはドワーフの国ではなく港町トライアングルに兵が向かったと知れば、アジトがバレたわけでは無いと勘違いして安堵する。

 そして兵が奴隷商人たちがいないと判断して国に帰ったように見せれば、上手く行けば奴隷商人たちに隙が出来て救出作戦がよりスムーズに進むと、国王様はそれを狙ったのだ。

 ランさん達の別働隊の作戦次第でお姉達の方はかなり楽になる。

 だけど、その分危険な事が起きる可能性も高く、それをお姉は心配していた。


「大丈夫だろ」


「だと良いんですけど……」


 お姉はそう呟いて荷台に積まれていた荷物を見つめた。

 そこには、わたしのランドセルやカリブルヌスの剣、それに他にも捕らわれた人達の為に用意した色々な物が積まれていた。


愛那まな……」


 お姉がわたしの名前を呟いた時だった。

 突然馬車が急ブレーキして、馬の鳴き声が聞こえた。

 お姉とモーナは顔を見合わせて、直ぐに荷台から御者台に顔を出す。


「ナオ、どうした!?」


「敵襲だよ」


「敵襲!? そんな!」


「どう言う事だ!?」


「にゃあ……。やっぱり宮殿内にまだ内通者がいるって事だろうね」


 お姉とモーナが荷台から飛び出して、ナオさんが御者台の上で立ち上がる。

 馬車は盗賊方の獣人達に囲まれていて、その数はおよそ五百を超えていた。

 お姉は獣人達を見て怯んで、弱々しく足を震わせた。

 だけど、モーナとナオさんはお姉と違って余裕があるようで、何でもない事のように話しだす。


「なんだ。雑魚がたったのこれだけか。敵襲とか言うからどんな奴が現れたのかと思ったぞ」


「敵襲は敵襲でしょ。ニャーは本当の事を言っただけだよ」


「ふ、二人ともそんな呑気な事を言ってる場合じゃないですよ! 怖そうな人がいっぱいいます!」


 お姉が慌てて叫ぶと、それを聞いた獣人達が笑いだした。


「ぎゃはははは! どうやら自分達の状況が分かってるのは、その黒い髪のヒューマンだけみたいだな」


「げへへ。中々可愛いじゃねーか。胸もでけえ。今夜が楽しみだなあ!」


「違いねえ! がはははっ!」


 獣人達の下品な笑いが周囲に響き、お姉は恐ろしさのあまり一歩後退った。


「しかし本当に良いのか? この黒髪の姉ちゃんは、あの黒髪の子供と同じ高値で売れるんだろ?」


「良いって事よ。それだけこの女どもをここで無力化する事に価値があるって事だろおよ」


「違いねえ! どいつも上玉だ! 最高な獲物だぜ!」


 獣人達が得物を構えて、下卑た笑みを浮かべた。

 お姉は相変わらず震えて、一歩後退った……事は無かった。

 それどころか、お姉は眉根を上げて一歩前にどころか、モーナの前に進みでて獣人達に向かって指をさした。


「あなた達なんかに大事な妹を……愛那を売るだなんて、そんな事は絶対させません! 返してもらいます!」


「よく言ったぞ、ナミキ!」


 モーナがニヤリと笑みを浮かべて、魔力を両手に集中する。

 更に、ナオさんも爪を鋭く伸ばして、その爪に魔法で炎をまとわせた。


「たかがこの程度の数の雑魚。傷の一つだって付けられたら恥だと思わないとね」


「当たり前だ!」


 瞬間――モーナとナオさんが獣人達に向かって跳躍し、瞬きをする間もなく、獣人達が悲鳴を上げる暇さえ与えてもらえず血しぶきだけを上げて倒れていく。

 その間、僅か一秒にも満たない。

 お姉が気がついた時には、周囲を囲っていた五百人以上もいた獣人は、全て地面に倒れて血の池が出来上がっていた。


「へう。凄いです……」


「だあああ! 負けたわ! やるわねナオ!」


「にゃはは~。ニャーの方が十人多く始末してやったにゃ。って、あ。そうそう」


 ナオさんが爪についた血を掃って爪を引っ込めると、ゴソゴソと何かを取り出して、それをお姉とモーナに見せる。


「内通者がいると分かった以上、これを渡しておくわ」


「なんだこれ?」


「耳栓だよ」


「耳栓ですか……」


 いぶかしげに顔をしかめるモーナと違って、お姉は首を傾げながらも耳栓を受け取る。


「あんまり考えたくないけど、多分使う時が来るかもしれないからね~」


「音の魔法を使える奴でもいるのか?」


「音の魔法? そんなのもあるんですか?」


「そうだな。かなり珍しいから滅多に見れないけどな。昔世界を救った英雄の妹が使ってたんだよな?」


 モーナがナオさんに視線を向けて質問すると、ナオさんが苦笑しながら頷いた。


「英雄の妹が使ってたのはその通りだけど、音の魔法が使える相手がいるわけじゃないよ」


「そうなのか?」


「にゃあ。まあ、変な不信感は持ってほしくないし、今は誰かとは言わないでおく。その内話すよ」


「そうか。分かったわ」


「はい。味方を疑いたくないですもんね!」


 お姉がそう言って頷いた時だった。

 突然馬車の荷台から「わあああああ!」と、叫び声が聞こえてきた。


「にゃ? この声……まさか!?」


 ナオさんが驚いて、お姉とモーナも「あっ」と驚く。

 すると、間も置かずに荷台の中から誰かが飛び出した。

 その誰かは盗賊の姿をしている獣人で、ワンド王子に短剣をつきつけていた。


「ぎゃはははは! こいつはラッキーだぜ! まさかガキが荷台にいたなんてよ! 女ども、このガキを殺されたくなけりゃ、大人しくするんだな!」


「にゃあ……やっぱり。ワンワン、ついて来ちゃってたの~」


「す、すまんナオ。敵に捕まってしまった」


「見れば分かりますよ」


「たたたた、大変です! ワンドくんが捕まっちゃいました!」


「いつの間について来ていたんだ?」


「分かりません。荷物の中に隠れていたんでしょうか?」


「ごちゃごちゃうるせえ! 黙りやがれ!」


 お姉達が喋っていると、獣人がワンド王子の首筋に短剣の先端をピタリとつけて怒鳴った。

 ワンド王子は「ひっ」と悲鳴を上げて肩を震わせる。

 流石にナオさんもこの状況で動く事が出来なかくて、お姉と同様に焦りを見せた。

 だと言うのに、モーナはやっぱりモーナだった。


「黙るのはおまえの方だ! おまえが誰を敵にまわしてしまったか、今直ぐ分からせてやるわ!」


「何? てめえ、このガキがどうなってもいいのか!?」


「知るか! ワンドは危険を承知でついて来てるんだ! 死ぬ覚悟だって出来てる筈。だから目的の為に見捨てていくわ!」


「おい馬鹿猫! 僕は王子だぞ! そんな事が許されると思ってるのか!?」


「なんだおまえ。足手纏いする為について来たのか? だったら尚更ここで捨てていくぞ。私はマナとラヴィーナを助けに行くんだ。足手纏いする為に来た奴なんか知らん。勝手に殺されてろ」


「な、なんて事言うんですか!? モーナちゃん、ワンドくんを見殺しなんて出来ません!」


 モーナの態度にお姉が慌てて、ワンド王子も黙り込む。

 ワンド王子に短剣をつきつけていた獣人も、冷や汗を流して呆気にとられていた。

 そして、ナオさんはその隙を逃さない。

 一瞬で獣人との距離を詰めて、鮮やかにワンド王子を奪って、流れる様に獣人を爪で斬り裂いた。

 獣人は悲鳴を上げて、血しぶきを上げながら地面に倒れて気を失った。


「ナオ、助かった」


「にゃあ、本当に焦った。ワンワン、何でついて来ちゃったの?」


「僕だってマナを助けたいんだ!」


 ナオさんの質問にワンド王子が力強く答えた。

 すると、ワンド王子にモーナが近づいて「おい」と話しかける。


「おまえ本当にマナを助ける気があるのか? 足手纏いはいらないぞ」


「……悔しいけど、馬鹿猫……モーナス、お前の言う通りだ。さっきお前に言われて気が付いた。僕はマナを助けたいと言う自分の自己満足の為に、お前達の邪魔をしてしまった。悪かったよ」


「ワンドくん……」


 ワンド王子は悔しそうに俯いて、眉根を下げて肩を震わせた。

 すると、モーナがワンド王子の頭に手を乗せて、ため息を一つ零して微笑んだ。


「分かったなら良い。ついて来た以上、役に立ってもらうからな。それと、助けるのはマナとラヴィーナだ。マナだけじゃない」


「モーナス」


 ワンド王子が顔を上げてモーナと目を合わせて、真剣な面持ちで頷いた。


「勿論だ。僕だってマナを……マナとラヴィーナを助ける為に役立ってみせる!」


「頼りにするからな」


「ああ!」


 モーナとワンド王子が微笑み合う。

 それを見て、お姉もナオさんも安堵する様にため息を吐き出して微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ