061 メイ奴隷マナ爆誕
筋肉質な女性の奴隷商人オメレンカ。
彼女のスキル【背景同化】によって認識出来なくなってしまったラヴィを助ける為に、わたしは抵抗する事が出来ず、言われるがままになってしまった。
命令は絶対で、最早既に奴隷として働かされている様な状況だ。
檻から出されてから、何故かメイド服に着替えさせられる。
それから、まずはこの部屋の掃除から始まって、洗濯物や他に捕えられている人達のご飯を作る。
そして、今はオメレンカの肩を揉んでいた。
……ん?
いつもお姉の世話をしてあげてる時とあまり変わらない様な?
そんな事を考えながらオメレンカの肩を揉んでいると、ミーティングとやらが終わったのか、シーサが部屋に戻って来た。
そして、開口一番に騒ぎ出す。
「何々? 何なのよこの状況ー?」
「長かったわね。日取りは決まったの?」
「そんな事より、アタイのマナちゃんが可愛らしくメイド服着て、何でアンタの肩を揉んであげちゃったりしてんのよ?」
「最近肩が凝ってるのよ」
「そんなん知らないわよ。マナちゃん、そんな奴放っておいてアタイの肩を揉んでよ~」
「はあ……」
わたしは生返事をしてからオメレンカに視線を移す。
すると、オメレンカは「行って良いわよ」と言って、シーサに手差しした。
それを見て、シーサは「やりい」と言って絨毯の上に座る。
「へえ、綺麗になったもんだな」
シーサの肩を揉みに行こうとした時、シップが部屋に入って来た。
わたしは気にせずシーサの許へ行って、シーサの背後に立って肩を揉み始める。
「オメレンカが掃除……なわけねーか。メイド服着せたその黒髪の嬢ちゃんにやらせたのか?」
「ええ。凄いでしょう? それにたまってた洗濯と、捕まえた連中にご飯をあげてないって教えたら、作らせてって頼んできたから作って貰ったわ」
「へえ、奴隷共は最低でも今百人はいたよな? あの数の飯を一人で作っちまったのか?」
「そうなのよ。この子かなり優秀な奴隷よ。メイド兼奴隷見習いって事で売らずにここで働かせたいくらいだわ」
「賛成~。アタイもそれが良いと思うな~。メイドと奴隷でメイ奴隷マナちゃんってところね」
「良いわねそれ」
メイドにも奴隷にもなった覚えはないと言ってやりたいけど、ラヴィを人質にとられている以上下手な事は言えないので黙っておく。
それにしてもな話だけど、ここの奴隷商人たちは本当に酷い連中の集まりだと思った。
オメレンカが言った通りで、奴隷商人たちは捕まえて奴隷として売ろうとしてる人達にご飯を食べさせない。
奴隷にも相場の値段があり、その相場の値段でしか売れない奴隷には、食事を与える必要は無いと考えている様だ。
それに空腹を満たせば、それだけで逃げる可能性が増えるとも考えていて、相場を上回る奴隷以外は管理の為にも飢えさせる。
だから、奴隷として売れ残った人は、飢えで死んでしまう事もあるそうだ。
本当に酷い話だと、わたしは心の底から思った。
だから、わたしはオメレンカに食事を作らせてと頼んだのだ。
オメレンカは百人以上もいる人達の食事を作る事なんて出来ないと考えたのか、面白がって了承した。
おかげでわたしは持ち前の料理の腕を振るって、皆にご飯を食べさせてあげる事が出来た。
まあ、そのせいで気に入られてしまったわけだけど……。
「くだらねえ事言ってんじゃねーよ。黒い髪のヒューマンなんて珍しい商品を、売らないなんて馬鹿のする事だ」
「なら、アタイ馬鹿で良いわ」
「本当に馬鹿なのかお前? ああ、そうそう。オメレンカ、捕まえた奴隷共を館に連れて行くのは明日だ。今回は【港町トライアングル】の館で店を開く事になったぜ」
港町トライアングル。
宮殿の本に載っていたから知っている町の名前だった。
空から見たら正三角形の形をした港町で、色鮮やかな三角海月と呼ばれる綺麗なクラゲが、海の中では無く空を泳いでいるらしい。
そして、確かドワーフの国から近い場所にある港町だった筈だ。
「トライアングル? 随分と近くで店を開くのね。今回はドワーフの王子もいるけど大丈夫なの?」
「心配いらねーよ。それに今回の奴隷は、ガキ共が多いだろう? 何でだと思う?」
「それはボスが今回は子供を中心に狙えと仰ったからでしょ?」
「その通りさ。だが、ボスがそう俺達に命令した理由は分からねえみたいだな」
「仕方ないでしょ。私はあんた達と違って、基本ミーティング中は見張りをしてるんだから」
「それもそうか。じゃあ教えてやる。明日、あの人買いで有名な大悪党の男リングイ=トータスが港町トライアングルに現れるそうだ」
リングイさん!?
まさかのリングイさんの名前を聞いて、わたしは驚いてシーサの肩を揉む手を止める。
すると、シーサはわたしに振り向いて、訝しむ様に視線を向けた。
シーサと目が合い、わたしが我に返って直ぐに肩もみを再開すると、シーサは顔を前に向けた。
「リングイ=トータスは人買いと言っても、その殆どが子供だと言う話で、ボスはそいつにガキ共を売るつもりなんだよ」
「リングイ=トータスか……。噂では、奴隷の売買中に気に入らない事があれば、かなり暴れるヤバい奴らしいけど大丈夫なのかしら?」
「さあね。どんな奴かは会ってみないと分からねーが、俺は出来れば暴れる展開を期待してるぜ」
「まーたシップの悪い癖ね~。アンタそれで教官に戦いを挑んで負けたんでしょ? 少しは懲りなさいよ~。それに付きあわされるアタイ等は堪ったもんじゃないわ」
「うるせーよシーサ。女には分かんねーんだよ。強い奴と戦いたいって言う男の願望はな」
「脳筋すぎ」
「そこの筋肉女と一緒にすんなよ」
「はあ? シップ、良い度胸してるわね?」
シップとオメレンカが睨み合う。
そんな中、わたしはシーサの肩を揉みながら、このまま奴隷として売られる方法もありかもしれないと考えていた。
決して奴隷になりたいわけじゃない。
リングイさんの存在がわたしにそう思わせた。
リングイさんは噂では大悪党なんて言われてしまっているけど、本当は孤児を孤児院で育てているとても優しい人。
まさかこんな形で再会する事になるなんて思わなかったけど、リングイさんならきっと力になってくれる筈。
敵しかいないこんな場所で抵抗する必要も無い。
わたしはそう考えて、オメレンカに向かって頼んでみる。
「ラヴィを元に戻してくれませんか? そしたら、わたし何でも言う事聞きます。ちゃんと奴隷として売られるのも覚悟しました」
「あら? 随分としおらしくなったわね。本当にもう逃げ出そうと考えないでしょうね?」
「え? 何々? どう言う事?」
事情を知らないシーサがオメレンカに質問する中、わたしはオメレンカの目を見て「はい」と頷いた。
すると、オメレンカはシーサに何があったのか説明しながら、姿が認識できなくなっていたラヴィを元に戻してくれた。
ラヴィは檻の中にいて、手足に魔法を使えなくなるあの重りをつけられていたけど、外傷は無いように見えた。
ラヴィの姿を見てホッとすると、わたしは直ぐに檻に駆け寄る。
「ラヴィ、良かった。怪我とかは無い?」
「無い。……愛那、ごめん。足を引っ張った」
「何言ってんの。そんな事ない。ラヴィが無事で本当に良かった」
「愛那……ありがとう」
わたしはラヴィと手を取り合って微笑み合う。
本当にラヴィに何も無くて、姿を見えなくされただけで良かった。
「あ~、そう言えば、ドワーフの国で何人か新人が入ったらしくて自己紹介もやったな」
わたしとラヴィが微笑み合っていると、シップが思いだしたように話し出した。
「どいつもこいつも特殊な能力持ちで、ガキの居場所を捜し出す事が出来るみたいだぜ。んで、皆まとめてボスが以前スカウトしてたらしい」
「あら、そうなの? その新人達さんは今何処に?」
「新人どもなら周辺の見回りに行かせた。んで、その内の一人は――」
オメレンカが質問して、シップが答えている時だった。
わたしの背後……と言うか、下から「ここなのよ」と声がした。
その声にわたしが驚いて足元に視線を向けると、声の主……女性が仰向けに寝転がってわたしのスカートの中を覗いていた。
女性の髪は真っ赤で燃える様な髪の毛で、目の白い部分の結膜が黒く瞳は赤い色。
スタイルは良い様で、わたしのお姉に負けてない。
とまあ、それは今は置いておくとしよう。
突然現れた女性……変態にわたしは驚いて飛び退く。
すると、変態が残念そうに眉根を下げてから立ち上がって、わたしに笑顔を向けた。
「はじめまして、私はバティンなの。今日から奴隷商人の新人として働く事になった新人の中でも、一番優秀な期待のエースなのよ」
「は、はあ……」
突然変態のバティンと名乗る女性に自己紹介をされてわたしがそう返事をした直後に、シップがバティンを睨んだ。
「おい新人、自己紹介する相手が違うだろ?」
「幼女を前にして、幼女に最初に名乗らない愚か者になった覚えはないなのよ。お前こそ、男の癖にそんな事も分からないとか、一度人生をやり直した方が良いなのよ」
「ああ゛? てめー新人の癖に良い度胸だな? 殺されたいのか?」
「一々騒ぐな雑魚野郎なの。たかが龍族のハーフの男が、魔族で幼女を前にした私に勝てるとでも思ってるなの?」
シップとバティンが睨み合う。
それを見て、シーサが笑いながらオメレンカに話しかける。
「バティンって面白いでしょ~? ここまで態度のでかい新人は初めてだわ~。さっきのミーティングでもアタイ等相手に、幼女のお世話しかする気が無いなのよ。とか言いだしたのよ~。思わず笑っちゃった~」
「随分と濃いのが入って来たわね。大丈夫なの?」
「大丈夫でしょ。ボスの命令は素直に従うって言ってたし」
「あら、そうなの? それなら大丈夫そうね」
「それに例の件。他の新人もそうだけど、あの件がある以上、下手な事は出来ないでしょ」
「ああ、アレね。確かにあの件がある以上、新人は全員下手な事は出来ないわね」
「そう言う事よ」
オメレンカがシーサとの会話を終えると、わたしの許まで来て、わたしを再び檻の中に誘導した。
わたしは素直に従って檻の中に入って、ラヴィの側まで駆け寄る。
そして、その時チーとグランデ王子様がいない事に気がついた。
「あれ? ラヴィ、チーとグランデ王子様は何処に行ったの?」
「分からない。愛那が皆がいる部屋の掃除をしている時に私もそこに連れ出されて、ここに戻って来た時には二人ともいなかった」
「そうだったんだ」
失敗した。
ラヴィの事で頭がいっぱいで、よっぽど余裕が無かったのだろう。
掃除だけでなく洗濯もしていたから、それなりにこの部屋に出入していたけど全く気がつかなかった。
今にして思えば、この部屋に洗濯物を取りに一人で来た時に、二人に話しかけられなかった時点で気付くべきだった。
ラヴィを助けたいと言う一心で働かされていて余裕が無かったとはいえ、ちゃんと気をつけるべきだったのだ。
「……とにかく、今は明日の事を考えよう。もしかしたら、二人ともその内またここに連れて来られるかもしれないし」
「分かった」
檻の外で騒ぐ奴隷商人たちを尻目にして、わたしとラヴィは話し合う。
話の内容は勿論リングイさんの事と逃げ出す方法。
それに、捕らわれている人達の事。
料理を披露して、それがきっかけで、わたしは皆と仲良くなった。
だから、もう放っておくなんて出来ない。
どうにかして皆を助けたいと、いつの間にか、そんな風にわたしは考えるようになっていた。
わたしがそれをラヴィに言ったら、ラヴィは口角をあげて賛成してくれた。