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058 捕らわれの少女達

愛那まなっ、愛那っ」


「ん、んん~……」


 わたしの名前を呼ぶラヴィの声が聞こえて、少し痛む左腕の感覚を感じながら、わたしはゆっくりと目を覚ました。

 まぶたを開けて一番最初に飛び込んだのは、心配そうに眉根を下げて目尻に涙を溜めたラヴィの顔と、知らない天井だった。

 わたしと目が合うと、ラヴィは目尻に溜めた涙を零して、わたしに抱き付いた。


「いつっ……」


 ラヴィに抱き付かれた途端、左腕に痛みが走る。

 その痛みで、わたしは自分に何があったのかを思いだした。

 わたしは新兵……奴隷商人のシーサに左腕を刺されて、戦いに敗れてそのまま気を失ったのだ。


「ごめん」


 ラヴィが謝ってわたしから体を離す。

 わたしは上半身を起こして、ラヴィの頭を優しく撫でた。


「心配かけちゃったね。ありがとう、ラヴィ。左腕はラヴィが治してくれたの?」


 そう言って、わたしはシーサに刺された左腕に右手で触れる。

 あの時感じた激痛はしなかったけれど、触れた途端に痛みが走った。

 ただ、触れなければ少し痛む程度で、そこまで気になるような痛みではない。


「……そう。でも、怪我が酷くて、魔力も残り少なかったから完全には治せてない。あの時、打ち出の小槌を使ったから、魔力の消耗が激しかったせい。ごめん、愛那。回復したら治療の続きする」


「そっか。ううん、謝る事ないよ。ありがとう、ラヴィ」


 わたしはラヴィに笑顔を向けた。

 ラヴィは戸惑いながらも、眉根を少しだけ下げて口角を上げて微笑んだ。

 と、そこでわたしは気がついた。

 周囲を見ると、わたしもラヴィも何かの荷台……馬車の荷台だろうか?

 荷台の中の大きなおりに入れられていて、わたし達の他にも獣人の子供達が何人もいた。

 そして、わたしの横でワンド王子が眠っていた。


「ワンド王子……」


 呟くと、ラヴィがわたしの耳に顔を近づけて、周囲に聞こえないように耳打ちする。


「その殿下は私がスキルで作った人形。捕まる前に身代わりで作りだした。あの時の大きい男が殿下と勘違いして、私と一緒にそのまま連れて来た。戦闘中に疲れて気絶した事になってる」


 凄い。

 ラヴィのスキル【図画工作】の精度の凄さは前々から相当なものだと思っていたけど、ここまで凄いなんて……。


 ラヴィの言葉に素直に驚いていると、誰かが荷台の扉を開けて入って来た。

 ラヴィはわたしから離れて、入って来た誰かに視線を向ける。

 わたしも緊張しながら、入って来た誰かを見た。


「お目覚めかい? 勇敢な小娘ちゃん」


 この人……確か新兵の訓練で見た角の人だ。


 荷台に入って来たのは、わたしがナオさんに頼んで見せてもらった時に、わたしが目をつけた三人の一人だった。

 最悪な気分だった。

 わたしが目をつけた三人は、これで全員奴隷商人と言う事になる。


「しっかし、良かったなあ? 小娘。お仲間の幼女が回復魔法を使えなかったら、今頃死んでたかもしれねーぜ? なんせ、シーサの槍には毒が仕込んであるからな。っつっても、体の機能を低下させる系の麻痺毒さ。大量出血でもしないかぎり、死にはしないけどな」


 麻痺性の毒?

 そうか。

 だから、わたしはその毒にやられて気絶したんだ。


「あ~そうそう。小娘に会いたいって言ってた奴から伝言だ」


「わたしに会いたい?」


「ああ、ナミキだったか?」


「お姉!? お姉に会ったの!?」


 奴隷商人の口から出た名前は、わたしにとってあまりにも衝撃的だった。

 わたしは檻の中を走って、鉄格子を掴んで奴隷商人を睨んだ。

 もしわたしが檻の中に入れられていなかったら、奴隷商人に掴みかかっていたかもしれない。


「はっはっはっ。そうがっつくんじゃねーよ。安心しろ。お前の姉は無事だ。つうか、せっかくここに連れて来てやろうと思ったのに、隊長の邪魔が入って連れて来れなかった」


「隊長ってナオさん……? そっか、ナオさんがお姉を助けてくれたんだ」


「本当に困ったぜ。流石の俺も隊長相手には分が悪いってもんじゃねえ。ありゃ、俺達のボスでもなきゃ勝てないね。次元が違う」


 何があったのかは分からないけど、この奴隷商人はよっぽどナオさんに酷い目に合わされたのか、顔を青ざめさせた。

 

「あ~、それでお前の姉からの伝言だが、怪我なんかに負けないで。だとさ。まあ、そうは言っても、もう殆ど治っちまってるみたいだけどな」


「お姉……」


 お姉はわたしが怪我をした事を知ってるんだ。

 心配かけさせちゃったな。

 って言っても、こいつ等に捕まっちゃったから、今も心配かけてるよね。

 でも、お姉は無事みたいで良かった。


「さて、お話は終わりだ。これからお前達を乗せたこの荷台を馬に引かせてアジトに戻る。お前等はそこで商品として売られるってわけだ」


「……どうしてそれをわたし達に?」


「お前の姉がなかなかに面白い女だったからさ。お前も俺を楽しませてくれると嬉しいね」


「はあ……?」


 お姉はこの奴隷商人の男に何をしたんだろう? と、わたしは眉をひそめて首を傾げた。

 奴隷商人はそんなわたしの顔を見て笑い、ひとしきり笑うと、そのままこの場からいなくなった。


 改めて周囲を見回して自分のおかれた状況を確認する。

 わたしより年上の子からラヴィよりも年が下の獣人の子供達がいっぱいいて、怯えている子やぐったりと横になって気力を無くしている子など、色んな子供がいた。

 それから、檻は一つだけでは無かった。

 他にも二つ檻があって隣接していて、一つには大人の女性が、もう一つには男性が入れられていた。

 それによく見ると檻と檻が隣接している場所には、親子と思われる人達が「大丈夫だぞ」とか「ママがついてるからね」などと言って、慰め合っていた。


 皆売られる為に捕まったんだ。

 わたしだってそうだ……他人事じゃない。


 本当に大変な事になってしまった。

 逃げ出す方法を考えなければいけないと考えていると、その時、わたし達と同じ様に捕まっている女の子と目が合った。


 女の子は多分キリンの獣人だ。

 頭にはキリンの様な角と耳があったし、チラリと尻尾も見えた。

 あと、まつ毛が長くて、凄く美少女って感じの子。

 年はラヴィより少しだけ上くらいだろうか?


 女の子はわたしと目が合うと、座り込んでいる他の子達を避けながら、わたしの目の前までやって来た。

 そして、眉根を下げながら一度わたしから目を逸らして、目をつぶりながら話しかけてきた。


「お姉ちゃんはさっきの男の人と知り合いなの?」


「違うよ」


 否定すると、女の子は胸を撫で下ろして、ホッと安心した様に小さく息を吐き出した。


「怖い人と知り合いなんて酷い事言ってごめんね」


「ううん、気にしなくて良いよ。わたしは愛那。あなたは?」


「チーはチーだよ」


「愛那」


 わたしが女の子……チーと自己紹介を終えると、そこにラヴィがやって来た。


「動き出した」


 ラヴィに言われて気が付くと、わたし達を乗せた荷台は動いていて、振動が足に伝わってきていた。

 と言っても、足に伝わる振動は微かで、そこまで気になる程でも無い。

 だからこそわたしは言われるまで気がつかなかったわけだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。


 チーもわたしと同様に動き出した事に気が付いて、胸の前に右手で拳を作って、それを左手で握って身を震わせた。

 今から奴隷として売られてしまう自分のこれからが不安なのだろう。

 それもそうだ。

 わたしだって怖い。

 でも、だからって黙って売られるわけにだっていかない。

 わたしはラヴィに視線を向けた。


「ラヴィ、打ち出の小槌は持ってる?」


「無い。捕まった時に取られた」


「やっぱりそうだよね。わたしも武器を取られちゃったみたいだし」


 カリブルヌスの剣は宮殿で落としてしまったし、あの時取り出したナイフも手元にない。

 この世界に来た時に背負っていたランドセルは宮殿に置いてあるし、今着ている小学校指定の制服以外は何もない。

 対象相手のステータスを見る事が出来るマジックアイテムの、ステチリングすら取られてしまっていた。

 それに、実はさっきから気になる事があった。


「ラヴィ、向こうの檻には大人の人もいるみたいだけど、この檻って大人の人でもどうにも出来ないくらい頑丈だと思う?」


「思わない」


 そう。

 わたし達が入れられている檻は鉄製で、わたしとお姉の世界ならともかく、この世界の人であれば魔法やスキルでどうにか出来そうに思えた。

 だけど、世の中そんなに甘くないらしい。

 その理由は、直ぐにチーに教えてもう。


「大人の人が魔法とスキルでオリを壊そうとしたけど、魔法は全部当たった後に消えちゃったよ。それに、スキルも全部効かないって言ってた」


「そう言う事か。教えてくれてありがとう、チー」


「うん」


「それはそうと……」


 わたしはラヴィに視線を向ける。

 ラヴィの頭上にそびえるうさ耳。

 よっぽど気に入ったのか、未だに頭につけている。

 わたしはつい気になってラヴィに聞きたくなってしまった。


「ラヴィ……それ、まだ頭につけてるの?」


「そう」


「……よっぽど気に入ってるんだね」


 ラヴィが虚ろ目の瞳を椎茸しいたけの様に輝かせて、フンスと鼻息を荒く吐き出した。

 それを見て、わたしはこんな状況だと言うのに笑ってしまう。

 でも、おかげで緊張が解けたのか、随分と心の余裕が出来た気がする。

 わたしはラヴィに微笑んで頭を撫でる。


「可愛いもんね」


 そう言うと、ラヴィは口角を上げて微笑んで頷いた。


「この子の耳は本物じゃないの?」


「ああ、うん。うさ耳がついたカチューシャなんだ。あ、紹介するね。この子はラヴィーナ」


「は、はじめまして。チーはチーだよ」


「そう、ラヴィーナ。ラヴィで良い。チー、よろしく」


「うん。ラヴィちゃん、よろしくね。マナお姉ちゃんとラヴィちゃんもママと一緒じゃないの? 誘拐された時に離れ離れになっちゃったの?」


「一緒じゃない。でも少し違う。私達は元々両親と行動してない。旅をしてる」


「そっか……。チーはね、パパが事故で死んじゃって、ママと二人で暮らしてたの。でも、怖い人が来て、ママと離れ離れになっちゃった」


 チーは少しだけ俯いて目尻に涙を溜めた。

 何だか放っておけなくて、わたしはチーの両手を握って包み込んだ。


「チー、大丈夫。絶対何とかして、チーをお母さんの所に帰してあげるから」


「マナお姉ちゃん……本当?」


「うん、約束。絶対にチーを助けてあげるよ」


 わたしは頷いて、小指を立てて、チーの顔の高さまで上げる。

 すると、チーは不思議そうにわたしの小指を見た。


「ああ、そっか。この世界にはゆびきり無いんだ」


「ゆびきり?」


「うん、ゆびきり」


 チーの手を取って小指を立てさせて、わたしの小指と絡ませる。


「ゆびきりげんまんウソついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった」


「は、はり? チー、針飲むの?」


 わたしがゆびきりを終わらすと、チーが少し顔を青くさせて口を震わせる。

 説明なしにやったから怯えさせてしまったらしい。

 少し反省。


「ごめんごめん。実際に針を千本飲ませるってわけじゃなくて、約束したい時にするおまじないなんだ。驚かせちゃってごめんね」


「おまじない……」


「うん、おまじない」


「私もそれ知らない」


「ああ……これってわたしの世界のだから、ラヴィも知らなくて当然かも」


「そう、私もおまじないしたい」


「ラヴィも? それじゃ三人でしよっか」


 わたしの提案にラヴィが少し興奮気味に頷いて、わたし達は無事に三人で奴隷商人達から逃げられる様に【ゆびきり】をした。

 三人で一緒にやるもんだから、やり辛くて少し変な感じだったけど、何だか力が湧いてくる。

 左腕の痛みはまだ少し残っているけど、痛みなんかに負けていられない。

 わたしはラヴィとチーを見て、絶対にこのまま黙って売られたりなんかしないと、心に固く誓った。

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