005 森の主と巨大なアレ
※注意・ごめんなさい。お食事中に見ない方が良いです。
学校から家に帰り、わたしとお姉は家の玄関を開けて中に入ると、そこは何故か異世界になっていた。
わたしとお姉は異世界の森の中で、モーナと名乗る種族不明の自称猫の獣人と出会う。
それから、モーナをつけ狙うストーカーのスタンプを追い払って、わたしとお姉は異世界に来た時に通った扉の所まで戻ると、扉はわたしが飛ばした斬撃で真っ二つになってしまっていた。
そんなわけで、わたしとお姉は異世界に閉じ込められてしまい、それから三日が経過していた。
現在地は相変わらずモーナの家。
天気の良い昼下がり、木漏れ日に照らされながら、わたしはバルコニーの椅子に腰かけて読書をしていた。
何を読んでいるのかと言うと、この世界の食べ物が載っている本である。
この異世界で暮らさなければいけない以上、この異世界の事を少しでも知る必要があり、生きていく上で食料関係は知っておいて損はないと考えたのだ。
それで、モーナに食料について分かる本がないか聞いたら、今わたしが読んでいる本を貸してくれたのだ。
だけど、わたしは元の世界に帰る事を諦めたわけじゃない。
この異世界で、お姉と一緒に生き延びて、必ず元の世界に帰るのだと心に誓っていた。
と、まあ、それは今は置いておくとしよう。
気にしない様にしていた事だけど、実はさっきから外野が煩い。
「なあマナ~。マ~ナ~。マ~ナ~」
「ええい煩い! 何?」
わたしは、さっきからわたしの周りで騒いでいるモーナを睨みつける。
すると、モーナは目を輝かせた後、一拍置いてから胸を得意気に張って話し始める。
「今日こそは村を滅ぼしに行くわよ!」
「嫌だよ。めんどくさい。それに、この世界で暮らしていくなら、厄介事は増やしたくないの」
「約束が違う!」
「村を滅ぼすって話してたのは、お姉とじゃん」
「まあいいわ!」
わたしは、いいのかよと思いながらモーナを見る。
すると、モーナはわたしの足の上に向かい合う様に跨って座り、わたしの両肩を掴む。
「心して聞きなさい!」
「重いんだけど?」
モーナはわたしの訴えを無視して、真剣な面持ちで話を続ける。
「今日は聞き込み調査をしに、森の最深部に行くわ! 打倒三馬鹿チーリンだ!」
「ああ。その話ね」
モーナの言った三馬鹿とは、モーナがこの森に来た本来の目的らしい。
実は、わたしとお姉が元の世界に戻れなくなった後、モーナから頼み事をされていたのだ。
その頼み事と言うのが、三馬鹿を見つけ出して、悪さをしない様に懲らしめる事の手伝いだった。
そして、この森には三馬鹿の一人チーリン=ジラーフを見た人物がいるらしい。
モーナがこの森に来た目的は、その人物から情報を聞く事らしい。
その話を初めて聞いた時、その為だけに家を建てるなんて凄いなと思った。
村人にプリンの実を取られて、村に居座りたくなかったかららしいけど。
モーナは結局森に住んでいたら、森に愛着がわいて、随分長い間住んでいる様だ。
それで、モーナはストーカーが森の木を無暗に切るのを、やめろと止めている様なのだけど、まあ、それは今は置いておくとしよう。
「そのチーリンって人を見たのが、ここの森の主だっけ?」
「そうよ! 今日こそ見つけ出して、三馬鹿チーリンの事を洗いざらい聞いてやるのだ!」
「三馬鹿ね~。お金を巻き上げたり騙したりして、人々を苦しめてるんだっけ?」
「その通りだ」
まあ、助けてもらった恩もあるし、聞いた時に手伝うって言っちゃったもんね。
捜しに行ってあげるか。
「とりあえず、捜すのを手伝ってあげるから、まずその前にどいてくれない?」
「仕方がないわね~」
モーナがやれやれと言いたげな顔をして、わたしの足の上から降りる。
わたしはモーナの顔を見て、少しイラッときたのでデコピンをお見舞いしてあげた。
「んにゃっ」
モーナはデコピンをされた所を手で押さえて、涙目になりながらわたしを睨んで怒鳴る。
「何をするー!」
「はいはい。行くよ」
わたしは怒るモーナを一瞥して立ち上がると、そのまま歩いてバルコニーの出入口まで向かった。
「待ちなさいよー!」
◇
お姉とモーナと一緒に森の奥まで進んで来たわたしは、今にも泡を吹いて倒れてしまいそうな位に、恐怖に支配されていた。
相変わらず飛び回る羽付きの芋虫だけでなく、ムカデの様な足のいっぱいついた見た事も無いわたしより大きい巨大な虫。
更には、アブラムシを巨大化させた様な虫が大量に大木の幹に群がっていたりと、何処を見ても虫だらけ。
わたしはお姉の腕にがっちりとしがみ付きながら体を震わせて、先頭のモーナの後を歩く。
「愛那はお姉ちゃんが守ってあげますからね~」
「お姉。いつも頼りないのに頼もしい」
「えへへ~。そうですか~? お姉ちゃん、照れちゃいます」
「何をそんなに怯えてるのよ? おまえが怯えてるウィングキャタピラーの肉は、生でも美味しく食べられるわよ」
ウィングキャタピラーとは、空飛ぶ芋虫の名前なのだけど、今はそんな事はどうでも良い。
「食べたくもない!」
「美味しかったですよ?」
「お姉食べたの!?」
「はい~。モーナちゃんに進められて食べたんですよ~。メロンの様な食感と味でした」
うっ。
吐きそう。
「そんなの聞きたくない。メロン食べられなくなっちゃうじゃん。感想とか言わなくて良いから」
「そうですか~? 残念です」
「って言うか、お姉に変な物を食べさせるな!」
「変な物?」
駄目だ。
モーナには、わたしの常識が通用しない。
こんな事を話していても、気持ち悪くなるだけだと私は考えて、話を変える事にする。
「ところでさ。モーナが言ってた森の主って、どんな人なの?」
「人?」
「ん?」
わたしとモーナはお互い顔を見合わせて首を傾げる。
あれ?
んっと、おかしいな?
これは……。
「森の主は人間じゃないわ。ケプリって名前のフンコロガシよ」
「フン……コロガシ……?」
「そうよ」
「なんだ……。どんなヤバいのが出て来るのかと思ったじゃん。フンコロガシなら、そんな怖くなさそうだね」
「当たり前だ! 所詮はフンコロガシだからな!」
モーナが得意気に胸を張る。
わたしは安心して微笑んでいた。
微笑んでいたのだ。
だけど、現実はそんなに甘くは無かった。
森の主の話題を話してから、少し歩いた先で、先頭を歩くモーナが指をさして声を上げる。
「やっと見つけたわ! あいつが森の主、ケプリだ!」
「案外早く見つかったね」
「今まで散々森の中を捜し回っても見つからなかったのに、今日はついてるわ!」
そうなんだ?
まあ、言われてみると、家を作っちゃう位には見つけられなかったって事だもんね。
そう考えると、凄く運がいいのね。
「私もうクタクタで、助かりました~」
「もう。お姉は仕方がないな~」
わたしは苦笑して、お姉に肩を貸してあげる。
そうして、わたしとお姉は二人でモーナに近づいて、モーナが指をさす方向へ視線を向ける。
「何あれ?」
モーナが指をさす方向を見て、わたしは顔を顰めて訊ねた。
すると、モーナがケラケラ笑いながら答える。
「ケプリが集めたうんこだ!」
「そんなの分かってるよ! 何であんなにデカいのよ!?」
「凄いですね~」
モーナが笑い、お姉は感心し、わたしは青ざめる。
わたしが青ざめるのも無理はない。
ケプリと言う森の主が集めたらしきフンは、それはもう物凄く大きくて、三階建ての建物位の大きさはあったからだ。
フンコロガシだからって、甘く見過ぎてた。
まさか、こんな嫌な物を見る事になるなんて思わなかったな~。
「おーい! ケプリー!」
モーナが巨大なフンの近くにいる虫に話しかける。
そして、わたしはまたしても、虫を見て驚愕して、顔を更に青ざめさせた。
「わ~。フンコロガシさんも大きいですね」
「デカすぎでしょ?」
森の主ケプリは、わたしの思っていたフンコロガシとは、全然違う大きさだった。
その大きさは、恐らくわたしの身長の倍はある。
あまりにも大きいので、何で今まで見つからなかったんだと、言っても良いんじゃないかと思える程だ。
わたしは顔を引きつらせて硬直する。
そんなわたしの横で、お姉はステチリングを森の主に使った。
「わっ。愛那も見て下さい。フンコロガシさんの情報も、ちゃんと出ましたよ」
「ホントだ」
わたしはお姉に言われて、お姉のステチリングが表示した情報を見る。
ケプリ
種族 : フンコロガシ
職業 : インセクトフォレストの主
身長 : 280
装備 : 無し
属性 : 土属性『土魔法』上位『生物魔法』植物特化型
能力 : 未修得
この森ってインセクトフォレストって言う名前だったんだ。
って、280って本当に大きいな。
怖すぎなんだけど?
「なんやなんや? ワテに許可なくステチしとるんか?」
森の主がわたし達に気がついて、わたしとお姉を睨みつける。
と言うか、かなり大きすぎて、正直迫力ありすぎで怖い。
ヤバ!
お姉が勝手にステチリングで情報出したから怒りだした。
まあ、いきなり見ず知らずの相手に個人情報見られたら、そりゃ怒るよね。
「私の顔に免じて許しなさい!」
「誰やわれ?」
「モーナよ!」
モーナが得意気に胸を張って、森の主がモーナを睨む。
「ごめんなさい!」
モーナのアホと思いながら、わたしが頭を下げて謝ると、続けてお姉も頭を下げる。
「失礼な事をしてごめんなさい」
「まあええ。ワテも鬼やないし、次からは気いつけや」
「はい。ありがとうございます~」
森の主がわたしとお姉を許すと、お姉が柔らかく微笑んだ。
すると、森の主はお姉の微笑んだ顔を見て、若干顔を赤く染めた。
「なんや。よう見たら、えらいべっぴんさんやないか」
「ようやく私の美しさに気がついたのね!」
モーナが得意気に胸を張る。
「ワテはガキには興味ないんや。黙っといてくれんか?」
「私は大人の女だ! この溢れ出る大人の色気が分からないの!?」
「いやアンタ。わたしと同じ10歳って言ってたじゃん」
「それはそれ! これはこれだ!」
「どれよ?」
「やかまし。これやでガキは好かんのや」
「まだ言うかー!」
モーナと森の主が口論を始める。
わたしはお姉と目を合わせて、顔を顰めて首を横に振る。
すると、お姉は嬉しそうに話し出す。
「凄いですよ! 今気がついたんですけど、フンコロガシさんとお話が出来ます!」
「お姉……」
わたしはお姉の相変わらずなマイペースに呆れていると、森の主がわたしに視線を向けた。
そして、わたしをじっと見つめて、大きなため息を一つ吐き出した。
「よう見たら、森の草木を無暗に斬ったガキやないか」
わたしはその言葉に驚いて、森の主と目を合わす。
すると、森の主はわたしに背を向けて歩きながら言葉を続ける。
「自然を無暗に傷つける様な連中は信用でけへん。そんな連中と、ワテは慣れ合いたーないわ。帰ってくれへんか?」
「え?」
「おい待て! チーリンの居場所を教えろ!」
わたしが思いもよらない発言に驚くなかで、モーナが背を向けて歩く森の主に叫ぶと、森の主は一度だけ振り向いてモーナと目を合わせる。
そして、再び背を向けて、ゆっくりと歩きながら答える。
「そうやな~。どうしても聞きたい言うなら、ワテの頼みを叶えてくれたら、聞かせてもええで」
「本当か!?」
モーナが聞き返すと、森の主は立ち止まり、わたし達に振り向いて話し出す。
「勿論や。でな、森の近くに村があるんやけど、その村には幽閉されとる少女がおるんや。頼みたいんは他でもない。その少女を助けて村の外に連れ出して、ワテの許に連れて来くる事や。ワテの許に連れても来ーへんのに、助けましたー言うんは無しやで? 連れて来んかったら、信じられへんからな」
森の主はそう言って、巨大なフンの塊を転がしながら、何処かへ消えてしまった。
わたしはと言うと、完全にやらかしてしまった事に、凄く気を落としてしまっていた。
「ごめん。モーナ……。わたしのせいで、めんどくさい事になっちゃって……。あの時、ストーカーに剣を振り回さなきゃ、こんな事にならなかったのに。本当にごめん」
わたしがモーナに謝ると、モーナは首を傾げてわたしと目を合わせた。
「何で謝ってるのよ? マナは別に悪い事してないじゃない」
「モーナ……」
「そうですよ。モーナちゃんの言う通りです。愛那は何も悪くないですよ」
お姉がわたしを後ろから抱き寄せる。
「お姉……。二人ともありがとう」
わたしの目に涙が溜まり、涙がわたしの頬を流れそうになったその時、突然森の主が目の前に戻って来た。
本当に突然だったので、お姉もモーナも、勿論わたしも驚いて森の主に注目する。
すると、森の主はヘラヘラと笑いながら喋り出す。
「一つ言い忘れとったんやけど、ワテは少女の糞を集めるのが趣味でな、何やったらそこの茂みで出してくれるんやったら、条件はそれでも構へんで?」
わたしの涙は、森の主改め変態糞虫の発言で驚く程に引いていった。
そして、わたしはカリブルヌスの剣を横に構える。
「お断りだ変態糞虫」
わたしは一言だけ話すと、変態糞虫に向かって薙ぎ払う。
瞬間、斬撃が空を斬り、変態糞虫の背後にそびえる巨大なフンの塊を真っ二つに斬り裂いた。
変態糞虫は顔を青ざめさせて、自分の背後にある無残な姿へと変わってしまった巨大なフンの塊を見て硬直する。
わたしはお姉とモーナの顔を交互に見てから、変態糞虫に背を向けて歩き出す。
「行こ。こんな変態糞虫と話してても意味が無いし、さっさと幽閉されてる女の子を助けよう」
「愛那かっこいいです~」
お姉がわたしの右側に並んで、わたしの腕を取って自分の腕と絡ませる。
「村の連中に借りを返す時が来たわね!」
モーナがわたしの左側に並んで、わたしの手を握って尻尾を垂直に立てる。
そして、来た道を戻って行くわたし達の背後から、変態糞虫の叫び声が響き渡る。
それにしても幽閉か~。
ストーカーが、お姉に気持ち悪い事を言っていたけど、まさか……ね。