055 呆気ない幕切れ
※今回のお話は少しだけ遡って、愛那視点です。
お昼ご飯を食べながら、わたしはラヴィの頭に注目する。
と言うのも、実はさっきからずっと気にしないように頑張っていたけど、どうしても気になってしまう事があるからだ。
「ラヴィ、そのうさ耳似合ってるけど、ずっとつけてるつもりなの?」
ラヴィの頭にうさ耳をつけたランさんは【鬼ごっこ大会】の実況をするそうで、今この場にはいなかった。
だから、ランさんの事を気にしてうさ耳をつけているわけでは無く、ラヴィ自身がうさ耳を気に入ってる証拠ではあった。
だけど気になってしまうのだから仕方が無い。
わたしが質問すると、ラヴィは口角を上げて頷いた。
「お前も物好きだな、ラヴィーナ。そんな物、つけても僕等の様な勇敢な獣人の血族にはなれないんだぞ?」
「可愛いから付けたいだけ。獣人になりたいわけじゃない」
「ふーん、そうか」
ワンド王子はそう言ってラヴィの頭上にあるうさ耳を見た。
それにしてもって感じだけど、随分とこの二人は仲良くなった。
最初出会った時はあんなにも仲が悪かったのに、何だか可笑しい。
わたしは自然と笑みを零して、仲良く話す二人を眺めて時計を見る。
お姉大丈夫かな?
時計の針は12時を過ぎいた。
だけど、お姉とモーナが参加している【鬼ごっこ大会】はお昼休憩が無いらしい。
モーナはともかく、お姉にお昼ご飯抜きだなんて絶対無理だろう。
耐えられるわけがない。
そんな事を考えていると、部屋の扉がトントンと叩かれた。
「食事中に無礼だな。誰だ?」
ワンド王子はそう呟いて、眉根を上げて叩かれた扉を睨んだ。
扉は開けられる事は無い。
今この場には、わたしとラヴィとワンド王子しかいないからだ。
普段はワンド王子が返事をして、向こうから部屋の中に入るか、ランさんが部屋の扉を開けに行くかの二択だからだ。
でも、今回はランさんはいないし、ワンド王子も返事をしようとしなかった。
「返事をしなくて良いんですか?」
「食事中に、しかも名も名乗らない様な無礼な奴を、ここに招くつもりはない」
「そうですか」
まあ、確かに扉を叩いただけで何も言って来ないし、王子様相手にする対応では無いのかもしれない。
でも、こう言うのって、返事を待ってから扉を開けて「失礼します」って部屋に入るもんだと思うけど?
わたし達の世界とは、やっぱりマナーの基本が違うのかな?
などと考えていると、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「おっがしいモー。ここで王子が食事中っで情報だっだんだモー?」
その声は、何処かで聞いた事のある声だった。
それも結構最近。
確かあれは、わたしが一人でナオさんに頼んで新兵の訓練を見学させてもらった時……。
わたしが話したのはシーサさんだけだけど、わたしが目をつけた三人の内の一人、牛の獣人がこんな声だった。
「ワンド王子、多分外にいるの、新兵だと思います」
「何? 新兵が何でこんな所にいるんだ?」
「それは分からないですけど……」
「まあ良い。新兵か……。それなら多少の無礼はナオに教育させるとして、何かあったのかもしれない」
ワンド王子は扉に視線を向けて「何だ?」と大声を出す。
わたしも扉に注目した。
訓練中に遠目で見ただけだけど、今日の日の為に頑張っていた姿は真剣そのもので、わたしも思わず応援……おかしい。
妙な違和感を感じた。
今は【鬼ごっこ大会】の真っただ中で、お昼休憩の無い大会の最中に、参加者である筈の牛の獣人の新兵が何故ここにいるのか?
それとも別人?
どちらにしろ、本来であればあの時見た新兵がこの場にいる筈がないと、わたしの脳裏に警報を鳴らした。
瞬間――扉がけたたましく音を立てて爆散する。
「ラヴィ!」
間違いなく敵襲だ。
わたしはラヴィの名を叫んだ。
ラヴィはわたしの叫び声を聞くまでも無く、直ぐにワンド王子の前に出て、【打ち出の小槌】を取り出して扉の向こうへと視線を向ける。
わたしもカリブルヌスの剣を構えた。
爆散して瓦礫となった扉だった物を踏みつぶして、部屋の中に三メートルはありそうな大男が入って来た。
そしてその大男は間違いなく新兵の牛の獣人。
わたしが目をつけた三人の一人だった。
大男はわたしとラヴィ、それからワンド王子を見てニヤリと笑う。
「うさ耳の女の獣人の従者に、犬種の獣人の子供。ワンド王子に間違いないモー」
「貴様、どう言うつもりだ!? 僕はこの国の王子だぞ? こんな事をしてただで済むと思っているのか!」
「モッモッモッモッ! 威勢だげは一人前だモー! 話に聞いでだ通りの馬鹿王子だモー」
「何いっ!?」
嫌な予感がする。
とにかく、この場は逃げなきゃ駄目だ。
訓練を見たからわたしには分かった。
この獣人には絶対に敵わないと。
逃げなきゃ大変な事になると。
そして、全員で逃げても、絶対に追いつかれてしまうと。
わたしは直ぐにラヴィに視線を向けて大声を出す。
「ワンド王子を連れて逃げて! こいつはわたしがここでくい止める!」
「愛那……分かった」
「おい、何を言って――」
ラヴィの行動は早かった。
わたしの真剣な目を見て直ぐに察してくれて、ワンド王子の腕を引っ張って、小さな窓に向かって走り出した。
そして、ラヴィは魔法で氷の針を窓に向けて放って風穴を開けて、そこから「マナを見捨てる気か!? 離せ!」と叫ぶワンド王子を連れて飛び出した。
その窓はラヴィとワンド王子が二人同時に通るには本当に小さな窓だったけど、ラヴィが持っている打ち出の小槌の力で二人は小さくなって通る事が出来た。
流石にそんな小さな窓を大男が通れる筈がないので、それだけでも多少の時間は稼げる。
だけどそれだけじゃ終わらない。
わたしは二人を慌てて追おうとした大男に向かって斬撃を飛ばした。
そして、斬撃は避けられてしまったけど、大男をその場に止める事には成功した。
訓練を見ていたから知っているけど、大男はパワー型だ。
スピードは他の新兵と比べて劣っていた。
とは言っても、わたしなんかより全然動きが速いのは確かで、時間を稼ぐのがやっとだろう。
でも、この大男は一人で、わたしには【加速魔法】がある。
わたしの最大の魔法【クアドルプルスピード】で、通常の四倍の速さで動き回れば、それなりに戦える筈だ。
「危ないなあ。オデ一人で来なくで正解だっだ」
「え? 一人じゃ……ない?」
大男の言葉に驚いて呟いたその時だ。
わたしは背後を誰かにとられて、慌てて直ぐに横に飛び退く。
そして、わたしは背後に現れた人物を見て驚いた。
「う、うそ? シーサさん?」
「はあ~い。マナちゃん、今朝ぶりね。迎えに来ちゃった」
「迎えに来た? どう言う――あっ!」
気付いた時には遅かった。
わたしが突然現れたシーサさんに気を取られていると、その隙に大男が壁を破壊して大きな風穴を開けて、ラヴィとワンド王子を追っていってしまったのだ。
まさか壁を破壊して二人を追うなんて思わなくて、わたしは焦って大男を追う。
だけど、それをシーサさんがさせてくれない。
シーサさんが一瞬でわたしの前に立ちふさがった。
わたしは戸惑い、シーサさんに視線を向ける。
この状況で、未だにわたしはシーサさんを信じたかった。
「ねえ、マナちゃん。奴隷商人って知ってる?」
シーサさんを信じたくて、そんな筈がないと思いたかった。
シーサさんは気さくな人で、これから先仲良くなって、色々と他愛もない話をする仲になると思ってた。
だけど、わたしのその願望とも思える考えは、絶対に起こりえないのだと気付いてしまった。
「アタイはその奴隷商人の一人、シーサ=メウバ。本当はワンド王子殿下だけを誘拐するつもりだったけど、マナちゃんの事が気にいっちゃったから、これから攫ってあげる」
「させない」
わたしはカリブルヌスの剣を構えた。
「ワンド王子を誘拐なんてさせないし、わたしだって捕まるつもりはない!」
「やる気ね~。仕方が無いか。可愛い子を傷つける趣味なんてアタイには無いけど、黙らせなきゃいけないよね~」
本当は今直ぐ大男を追いかけたかった。
だけど、それは出来なかった。
シーサさん……ううん、奴隷商人のシーサに背中を見せれば最後だと、わたしでも分かるからだ。
ラヴィとワンド王子を護る為には、どうにかしてシーサを攻略する必要がある。
だけど、最悪な状況だ。
今は国をあげての【鬼ごっこ大会】の真最中で、宮殿の兵士も殆どいない状態だ。
それに、ランさんがいない間のワンド王子の護衛を任されていた兵士は、多分だけど既にシーサ達にやられている。
何故なら、ワンド王子の護衛の兵士は、この部屋の外の側で待機していた筈だからだ。
扉を爆散させる程の大きな音を立てたのに来ないと言う事は、既にやられているという証拠に他ならない。
だから、わたしはたった一人でシーサを相手に勝たなければいけない状況だ。
シーサと睨み合い、静かに時が過ぎていく。
だけど、いつまでも睨み合ってばかりもいられない。
わたしには一刻の猶予もないのだから。
魔力を集中して解放する。
出し惜しみなんてしていられない。
使うのは勿論わたしの現時点での最高の魔法だ。
「クアドルプルスピード!」
わたしは魔法で四倍の速度を手に入れる。
一気にシーサとの間合いを詰めて、シーサの動きを封じる為に、足を狙ってカリブルヌスの剣を振るった。
瞬間――わたしが振るったカリブルヌスの剣はシーサでは無く、床を綺麗に斬り裂いた。
避けられた!?
「ごめんね~。遅いから避けちゃった」
「――っ!?」
背後をとられた!? 振り向かな――駄目だ! 振り向いた瞬間にやられる!
わたしは振り向かずにそのまま走る。
すると、その瞬間に何かの切っ先がわたしの左腕に深く刺さった。
「ぅああっ!」
わたしはカリブルヌスの剣を落として、右手で左の腕を押さえてその場に倒れる。
左腕からくる激痛は尋常では無かった。
一瞬意識が遠のきそうになったけど、何とか意識を保つ為に、自分に「しっかりしろ」と言い聞かせる。
そして、叫びたくなる程の痛みを歯を食いしばって我慢する。
気絶している場合じゃない。
叫んでなんかもいられない。
こんな所で倒れている場合じゃない。
早くラヴィとワンド王子を追いかけて、大男から護らないといけないんだ。
「そこまで深く当てるつもり無かったのに、動くからいけないのよ」
シーサに視線を向けると、シーサはいつの間にか手に鉄の槍を持っていた。
わたしは立ち上がりながら、床に落としてしまったカリブルヌスの剣に視線を向ける。
カリブルヌスの剣は床に落としてしまった時に、随分と転がってしまった様だ。
正直、シーサを相手に取りに行く余裕なんて無い。
そもそも、わたしの全力を「遅い」と言った相手に、これ以上隙を見せるわけにはいかなかった。
武器はナイフだけどまだある。
でも、わたしがシーサを倒せる可能性はあるの?
魔法で四倍のスピードになったのに、こんなにあっさりそれ以上のスピードで動かれるなんて思わなかったな。
訓練を見ていて速い事は知ってたけど、こんなの予想以上だ。
左腕は焼ける様な痛みで感覚が麻痺して動かないし、叫びたいくらい痛くて堪らない。
お姉とモーナがいれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
……駄目だ。
弱気になってる。
わたしがラヴィとワンド王子を助けなきゃいけないんだ。
わたしは左腕の焼ける様な痛みを我慢して、右手で懐からナイフを取り出した。
だけど、わたしの意識は、わたしの意志とは比例して朦朧と遠のいていく。
痛みで……違う。
いいや、それもあるかもしれない。
だけど一番の理由は多分出血の量だろう。
わたしの左腕からは今も尚大量の血が流れ続けていた。
それもその筈だろう。
多分だけど、骨までシーサの槍は貫通していた。
さっきだって右手で押さえた時に、ドロッとした感触と、悲鳴を上げたくなる程の肉が斬り裂かれた時の痛みを感じたのだ。
しっかりしろ。
わたしはラヴィとワンド王子より……お姉さんなんだから、二人を護らなきゃ駄目…………なん……だ。
わたしの意志に逆らう視界が、段々とわたしの光を閉ざしていく。
しっかり……し…………。
意識が無くなる直前にわたしの最後に視界に入ったのは、シーサの舌なめずりをする姿だった。