表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/291

052 企てられた計画の脅威

 お姉とモーナが身をひそめて、じっくりと観察する。

 何を?

 それは出来ればわたしの口からは言いたくない。

 何故なら、口にしてしまうと気が滅入ってしまう程にくだらない事だからだ……。


「ふっふっふっ。見て下さいモーナちゃん。これで八人目です。大成功ですね」


「だな。やっぱりこの作戦は完璧だったな」


「はい。落とし穴の上にお魚さんの塩焼きを置くと言うこの恐ろしい計画は、お昼ご飯の時に美味しいお魚さんも頂けますし完璧ですね」


 そう、お姉の言う通り、お姉とモーナがこの【鬼ごっこ大会】で考えた計画……と言うか罠とは、そんなくだらないものだった。

 と言うか、お姉の言う通り八人もこの罠にハマって、既にお姉達は八つの腕章を手に入れていた。

 ちなみに例の【えーぞー君】による中継はされていない。

 何故なら、あまりにもくだらなすぎて、映す価値無しと判断されてしまったからだ。

 まさか、映す価値無しと判断されてしまったこのマヌケな罠に引っ掛かる馬鹿が八人もいるとは、誰も予想出来なかった事だろう。


「でも、今更ですけど、なんで落とし穴に落ちた皆さんはそのまま動かなくなってるんですか?」


「ん? ああ、私が能力使ってるからだな」


「なるほど~……あれ? モーナちゃんの能力って何でしたっけ?」


「それより早くこいつを引っ張り上げて腕章を奪うぞ」


「あ、はい。そうですね」


 お姉は質問をモーナにはぐらかされるも、特に気にせずにモーナに従って、落とし穴に落ちた相手から腕章を外した。


「これで八つ目か。そろそろ逃げる準備を始めた方が良いな」


 腕章を外すと、お姉が持つ腕章を見つめながらモーナがそんな事を言うので、お姉が首を傾げる。


「どう言う事ですか?」


「この大会での腕章の奪い合いは、既に奪われた物も含まれるんだ」


「へえ、そうな……ええええ!? そんなの聞いてません!」


「ルールの説明が書いてある紙には書いてないからな。初参加の奴には分からないルールってやつだわ」


「そそそ、そうだったんですか!?」


 お姉が驚くのも無理はない。

 そんなルール、わたしも知らない。

 どうやら後日改めて調べたルールの内容によると、腕章を奪い合うとしか書いてないから、勿論それは当然なのだそうだ。


 さて、呑気に会話ばかりもしていられない。

 お姉が大声を上げて驚き過ぎたせいで、周囲にいた参加者を呼びよせる結果となってしまう。

 気がつけば、四人の大男達がお姉とモーナを囲む様に立っていた。

 お姉とモーナを囲んだ大男は、四人ともライオンの獣人で、一人だけ真っ赤なたてがみをなびかせていた。


「ぐへへへ。可愛いお嬢ちゃんの参加者発見だぜ」


「炎帝、黒髪の女がいますよ。しかも特盛ですぜ」


「うっひょお! 今夜は久々に楽しめそうじゃねーか」


「我等【百獣のトリオ】と【炎帝】に目を付けられちまうなんて可哀想だが、運が悪かったと思って諦めるんだな」


 四人の大男がそれぞれ口にして舌なめずりをする。

 お姉は小さく体を震わせて、モーナがお姉を護る様に立って、目の前の【炎帝】と呼ばれた赤いたてがみの獣人にステチリングの光を当てた。




 イラオ

 種族 : 獣人『獅子種』

 職業 : 野菜の袋詰め

 身長 : 238

 装備 : 母親の手編みセーター

 属性 : 火属性『火魔法』

 能力 : 『肩叩きマスター』未覚醒




 【炎帝】と呼ばれた獣人のステータスが表示されると、それをお姉が後ろから覗き見る。 


「モーナちゃん、大変です! この人絶対良い人ですよ!」


「そうか?」


「おいテメエ! 勝手に人のステータス覗いてんじゃねーぞ! 揉みしだくぞ!」


「駄目ですよイラオさん。そんな事言ってたら、お母さんが泣いちゃいます!」


「うるせー! 大きなお世話だ! 野郎ども! この失礼な女を縛り上げろ!」


「「「へ、へい」」」


 お姉と獣人の会話を聞いていた他の獣人達が困惑しながらも返事をして、一斉にお姉とモーナに飛びかかる。

 モーナはニヤリと笑い、一斉に飛びかかってきた獣人達に爪を立てて引っ掻いた。

 いいや。

 引っ掻いたってもんじゃない。

 その切れ味は恐ろしい程に凶悪で、飛びかかってきた獣人達は一瞬にしてその場に倒れた。

 それを見て、赤いたてがみの獣人が目を見張って一歩後退る。


「ば、馬鹿な!? こんな小娘の……しかも、たかが猫の獣人に、我等が獅子の獣人の同胞が手も足も出ないだと!?」


「馬鹿はおまえだ。私をそこ等辺の可愛いだけの猫の獣人と一緒にするな!」


「ちっ、ならば俺も本気を出すとしよう。見よ! 俺の最強の魔法【フレイムパンチ】三十分コースを!」


 獣人の両手に魔法陣が浮かび上がり、そこから炎が現れて両手を覆う。

 瞬間――獣人の顔面に大きな岩がぶつかって、獣人はそのまま気絶して倒れた。

 そう。

 モーナは獣人の魔法の攻撃を待たず、魔法で大きな岩を生み出してぶつけたのだ。


「あああ! モーナちゃん酷いです! ちゃんと相手の行動を待ってから攻撃しないと可哀想ですよ!」


「そんな事してたら日が暮れるわ」


 これにはわたしもモーナに同意だ。

 わざわざ相手の攻撃を待ってやる必要なんて無い。


 モーナはお姉に答えながら、気絶した獣人達の手足を縛りながら腕章を外して奪う。

 と、ここで例の【えーぞー君】が飛んでくる。

 そして、倒れている獣人達の姿を映し出すと、実況者であるランさんの声が周囲に響いた。


『うおおおっっとお!? 今大会一般参加側の優勝候補の一角である【炎帝】と【百獣トリオ】が気絶してるぞー! まかさ落とし穴にハマってしまったのかあ!?』


 全くの見当違いな実況が続き、腕章の回収と獣人達の拘束を終えたモーナは、それを無視してお姉に耳打ちする。


「私一人なら、このままこの煩い目玉の声で敵を誘き出すけど、ナミキがいるから移動するぞ。流石にこの数の腕章を映像で出されたら、ナミキを護りきれない数の奴等が来そうだからな」


「わかりました。……さっき言っていた奪った腕章も取れるってお話ですよね?」


「そうだ。今私とナミキの腕章を含めて、全部で手元に十六個も腕章があるんだ。狙われるに決まってるからな。それにそろそろお腹が空いてきたわ。罠に使った魚を食べて休憩するわよ」


「はい。わかりました」


 お姉とモーナはコソコソと会話を終わらせると、直ぐに移動の準備を始めた。

 二人にとって、実はここからが、この【鬼ごっこ大会】の本番だった。

 大会が始まってから既にそれなりに時間が経過していて、時刻はもう直ぐでお昼を迎える頃だった。

 この大会は夕方まで続くので、午前中に飛ばし過ぎると、午後には体力が限界がきて夕方までもたない。

 だから、二人は午前中は罠を張って体力を温存しようと考えたのだ。

 そして二人にとって一番厄介だったのが、食事の問題だった。


 この大会中の参加者の飲食などは自由だけど、休憩時間は設けられていなかった。

 よって、参加者は飲食などをする場合は自らその時間を作らなければならず、食事中に襲われてしまう事だってあるのだ。

 実はこれに関しては、参加者のほぼ全員にとっても鬼門だったりする。

 朝早くから大会が始まって、食事休憩は己でどうぞのスタイルなので、タイミングや場所を間違えれば奇襲にあって負けてしまうからだ。

 しかも、大会中は何処に潜んでいるかも分からない【えーぞー君】と観客の目がある。

 毎年その二つの目によって、食事中に場所を特定されて奇襲に合う参加者は沢山いた。


 そんなわけでお姉とモーナは【えーぞー君】にばれない様に、直ぐにこの場を移動した。

 わけでは無く、あくまで罠を使い続ける素振りをして、物陰に隠れるように見せた。

 その効果もあってか、二人のマヌケな行動を映し出した【えーぞー君】は、映す価値無しと再び判断して何処かへ飛んで行った。


 お姉とモーナは【えーぞー君】が飛んで行くと、直ぐにこそこそと移動する。

 表立って姿を晒して街中を走れば、直ぐに誰かに見つかって、お昼ご飯休憩どころではなくなってしまうからだ。

 だけど、運が悪く、お姉とモーナは食事をする事が出来なくなってしまった。


 二人は路地裏を移動していたのだけど、その途中で路地裏の……と言うよりは、二人の目の前に突然何かが落下して地面に落ちた。

 お姉は驚きつつも、地面に落ちたそれに視線を向けた。


「ひ、人です! モーナちゃん、人が空から落ちてきましたよ!?」


 お姉がモーナの肩を掴んで揺らす。

 だけど、モーナは落ちてきた人では無く、空を見上げて少し驚いた表情をしていた。

 そして、自分の肩を揺らすお姉の手にそっと触れて、珍しく静かに告げる。


「ナミキ、逃げろ。護りながら戦う余裕がなさそうだ」


「え?」


 瞬間――凄まじい強風がお姉とモーナを襲い、お姉はモーナに咄嗟にしがみつく。

 モーナは直ぐに重力の魔法を使って、風で飛ばされないように地面に張り付いた。


「へえ、この風で吹き飛ばされないなんて、少しは骨のありそうな奴も参加してるんだな」


 そう口にしたのは、モーナが先程から見上げていた何か……そう。

 モーナが珍しく謎の強気を発揮せずに、お姉に逃げろと言った原因の男だった。


 その男の頭には角が生えていて、この国の兵士の軽鎧を身に着けていた。

 男はお姉とモーナの目の前に降り立ち、お姉とモーナを交互に見る。


「猫の獣人と……へえ、珍しい髪の色の少女か~。高く売れそうだ」


 男がお姉に視線を向けてニヤニヤ笑う。

 その笑みはおぞましいと思える程には気味が悪く、お姉は怯えてしまい、モーナを掴む手に力が入る。


「高く売れそう? おまえ、ここの兵隊だろ? 今のは問題発言じゃないか?」


「ああ、そうだった。これは失言だったか。いやあ、まいったね。ここに【えーぞー君】がなくて良かった」


 男のニヤニヤとした顔の表情は、一瞬にして無に変わる。

 そして、誰にでも分かるほどの目に見える魔力の渦が、男の周囲に浮かび上がった。

 男の雰囲気にお姉が再び怯えて、モーナは緊張で唾を飲み込んだ。


「そろそろ昼か……丁度良いな」


 男は呟くと、指を鳴らして、その瞬間に男の背後に幾つもの魔法陣が浮かび上がった。


「俺は種族柄、女には礼儀正しくあるべきと本能が語りかけてくる困った持病があってな。だからこそ名乗ろう。俺の名前はシップ。龍人と求愛竜コートシップドラゴンのハーフだ。わけ合って今から君達を誘拐する事にした。怪我をしたくなければ、大人しくすると良い」


「龍人と竜のハーフか。道理で魔力が強い筈だ。おまえに誘拐されてやる気は無いわ! そっちこそ怪我したくなかったら逃がしてやるぞ」


「へえ、俺の事を知っても刃向うってのか。今はまだ俺の好みじゃないが、将来良い女になりそうだ」


「私は今でも良い女だ!」


 モーナとシップと名乗った龍人のハーフが睨み合う。

 そして、モーナは睨み合いながらも、シップにステチリングの光をかざした。




 シップ

 種族 : 龍人『求愛種』

 職業 : フロアタム新兵

 身長 : 217

 装備 : フロアタム兵専用軽鎧

 属性 : 風属性『風魔法』上位『嵐魔法』

 能力 : 『折り畳む手(フォールドハンド)』未覚醒




「上位の魔法……予想はしてたけど厄介だな。ナミキ、常に魔法で盾を出せるようにしてろ。こいつは強いけど、ナミキの盾なら防げる筈だ」


「わ、わかりました!」


「盾? へえ、そっちの珍しい髪の色の子は強力な盾の魔法を使うのか。そいつは見てみたいな。もしかしたら価値が上がるかもしれない」


「へうっ。この人、目が怖いです」


「職業はこの国の兵って出るみたいだけど、おまえの本職は最近ここ等辺で出没する奴隷商人ってところか?」


「ご名答だ。ま、そう言うわけだから、君達は奴隷になってもらう」


「お断りだ! 返り討ちにしておまえを私の奴隷にしてやるわ!」


「活きが良いね! 嫌いじゃない!」


 瞬間――シップの背後に浮かび上がっていた幾つもある魔法陣が緑色に発光して、一斉に圧縮された空気が飛び出してお姉とモーナに向かって飛翔する。


「アイギスの盾!」


 お姉が叫んで盾の魔法を目の前に生みだして、同時にモーナが姿勢を低くして尻尾の毛を逆立てながら、シップに向かって駆け出した。


 シップの魔法は強力で、お姉を盾ごと吹き飛ばして、お姉は数メートル先にあった路地裏のゴミの山に突っ込む。

 正直運が良かったと言える。

 もしそれが無ければ、頭か背中に大きな怪我を負ってしまったに違いない。


 モーナはシップに一瞬で近づいて爪で襲い掛かる。

 が、シップは無駄のない動きでそれを避けて、モーナが爪で襲い掛かった時に出した腕を掴んで、お姉に向かってモーナを投げた。


「……っく!」


 モーナは直ぐに体勢を整えて爪を地面に引っ掻けて止まり、お姉との衝突を避けた。


「ナミキ、大丈夫か?」


「は、はいぃ……。死ぬかと思いましたぁ…………」


「大丈夫そうだな。それにしても厄介な奴が出て来たな。思っていた以上に強敵だぞ」


「はい。どうしましょう? 困りました。このままだと売り飛ばされちゃいます……」


「困ってるのはアイツも一緒みたいだけどな」


「え?」


 モーナの言葉にお姉が首を傾げて、シップに視線を向ける。

 すると、モーナの言う通りだった。

 シップの顔の表情は驚きを表していて、その視線はお姉に向けられていた。

 そして、その理由をシップ自信が「俺の魔法をまともに受けて無傷だと?」と呟いた。

 しかし、シップは次第に表情を変えて、ニヤニヤと笑みを浮かべる。


「思った以上だ。この大会に出場して良かった。最終目標を護る従者としか満足に戦えないと思っていたが、全然そんな事は無い。中々に楽しめそうじゃないか!」


 シップはそう言うと、空を仰ぎ見て両手を広げる。


「さあ! 待ちに待った俺達の祭りの時間だ! 今日この時の為に俺達で計画してきた祭りのな! 今日は最高の商品が手に入る最高の日になるぞ!」


 瞬間――ここでは無い、あらゆる別の場所から爆発音が響き渡る。

 そして、周囲から悲鳴や叫び声が同時に聞こえてきた。

 お姉とモーナがその爆発音や悲鳴や叫び声に驚くと、シップはニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「鬼ごっこ大会はお終いだ。だが喜べ。代わりと言っちゃなんだが、この国に集まった獣人どもを全員奴隷にする祭りが始まるのさ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ