049 うさ耳はうさ耳を求める
「へ~……。お姉は今日も特訓するんだ?」
「はい。お姉ちゃん頑張ります」
「瀾姫頑張って。私も頑張る」
「はい! ラヴィーナちゃんもお勉強頑張って下さいね」
「うん」
「お姉が特訓って事はモーナもだよね?」
「そうだな。マナも来るか?」
「あ~……わたしはいいや。ナオさんと約束もあるし」
わたしはモーナに答えると、サンドイッチを口に運んで頬張った。
獣人達の国のフロアタム宮殿に来て二日目の朝。
わたしはお姉達と朝食を食べながら今日の予定を話していた。
朝食のメニューはサンドイッチとミルク。
サンドイッチの種類は様々でとても美味しく、ハムとレタスが挟んであるものや、タマゴが――って、まあ、それは今は置いておくとしよう。
わたしはモーナに説明したように、今日はナオさんから新兵達の訓練を見学させてもらう為に、訓練場に向かう予定だ。
それに、その前にラヴィと一緒にこの国の第一王子殿下のワンド様に会いに行く予定になっていた。
ラヴィとワンド様の仲は随分と良くなっていた。と言っても……。
「いつまで朝食をしているつもりだ? あまりにも遅いから、王子である僕が直々に迎えに来てやったぞ。感謝しろよ?」
「別に来なくて良い。ご飯はゆっくり食べる」
「何だと? 朝から無礼な奴だな!」
「朝から煩い」
こんな感じで、二人は直ぐに言い争いになる。
まあ、喧嘩するほど仲が良いって言うし、ラヴィに同年代位の友達が出来て良かったって思う。
って、そんな事を思ってる場合でも無い。
まさか迎えに来てしまうなんて思わなかった。
王子様を待たせるなんて出来ないし、早く朝食を済ませようと、わたしは食べていたサンドイッチを急いで飲み込んだ。
朝食を終えてお姉とモーナと別れて、わたしはラヴィを連れてワンド様と一緒に【学習室】へと向かう。
ここフロアタム宮殿には王族用の学習室……勉強部屋があり、ワンド様はそこで毎日勉学に励んでいるようだ。
ラヴィも今日はそこに行って、ワンド様と一緒に勉強をする事になった。
わたしは二人の様子を見てから、ナオさんの許に向かう予定だ。
「ところでマナ、一つ話がある」
学習室に向かっている途中で、不意にワンド様が話しかけてきた。
しかも、結構真剣な表情だ。
わたしはワンド様のその真剣な面持ちに気圧されて、緊張で唾を飲み込んだ。
「マナ……マナは僕の事を様付けで呼んでいるけど、ボクとお前は婚約者の関係だろ? だから、様を付けるのはやめてほしいんだ」
「……は、はあ」
何事かと身構えてしまったけど、聞いてみると可愛いお願い事で、何だか力が抜けていく。
しかし、困ったのも事実だった。
そもそもとして、わたしはワンド様と結婚する気が無い。
と言うか、わたしだってまだ子供。
結婚なんて先の事、今からなんて考えられない。
「くどい。愛那は殿下とは結婚しない」
「ラヴィーナ、お前には関係ないだろ」
ラヴィとワンド様が立ち止まって睨み合う。
わたしはまた始まったと肩を落として、二人を落ち着かせようと間に入ろうとした。
だけどその時、突然の突風がふき抜けて、それと同時にワンド様が誰かに持ち上げられた。
「ワンド殿下~、喧嘩はいけませんよ~」
「ラン!? こら離せ! 無礼だぞ!」
「はいはい。ぶれーぶれー。最高に無礼ですよ~。あ、ごめんね~君達。ワンド殿下が喧嘩っ早くて」
「い、いえ……」
突然現れて、ワンド様を持ち上げたのはランさん。
昨日わたし達の部屋に現れてワンド様を連れて行った人で、ワンド様を直々に護衛している人だ。
実は昨日の夜、寝る前に昼間の事をお詫びに来てくれたうさぎの獣人のお姉さんだ。
「僕はただ、マナに様を付けずに呼んでほしいだけだ! 様を付けられると距離をとられてる気がするんだ!」
「なるほど~、そう言う事ですか」
ランさんは何か納得した様子でワンド様を降ろして、わたしと向き合った。
「度々ワンド殿下がお騒がせしてすみません。ただ拗ねているだけの様です」
「はあ……」
わたしは圧倒されっぱなしで、そんな返事しか出来なかった。
すると、ラヴィがわたしの手を握って、わたしの顔を見上げた。
ラヴィはわたしと目が合うと、口角を少しだけ上げて頷いた。
それを見て、わたしは観念して苦笑する。そして……。
「ワンドさ……ううん、ワンド王子。様付けは今後やめます」
本当はワンドと呼びすての方が本人としては良いかもしれないけど、わたしにはこれが限界だ。
流石に王子様相手に呼びすては心臓に悪い。
「良かったですね、ワンド殿下」
「ああ!」
良かった、喜んでくれた。
それにしても……。
わたしはラヴィに視線を向ける。
ラヴィはワンド王子に視線を向けて、少しだけ口角を上げていた。
少し思わぬ足止めが起こってしまったけど、わたし達はその後は何事も無く学習室に到着した。
勉強を教えるのはランさんの様で、ラヴィとワンド王子が席につくと早速授業が始まった。
わたしは少しだけ距離をとって授業風景を眺めた。
ラヴィとワンド王子の二人の授業は、最初はこの国の歴史から始まった。
この国の……と言うよりは、この世界の歴史に興味があったので、わたしも一緒になって真剣に話を聞く。
昨日書庫で読んだ本に書いてあったものもあれば、書いていなかったものもあって、とても楽しく話を聞く事が出来た。
一番興味深かったのは先代の国王様の話だ。
先代の国王様はとても長寿で千年以上も生きていた人で、書庫の本に書かれた内容であれば全て知っていたらしい。
もし今その先代の国王様が生きていれば、わたしとお姉が元の世界に戻る方法も分かったかもしれない。と、わたしは思った。
歴史の授業が終わると、少しだけ休憩時間になった。
そして、休憩時間が始まると、ランさんが何かを思いついたようにニヤリと怪しく笑って学習室を飛び出した。
どうしたんだろう? と、わたし達が三人で話していると、ランさんは直ぐに戻って来た。
ただ、何も持たずに出て行った時と違っていて、今はとある物を手に持っていた。
「ランさん……それは?」
ランさんが持っていた物に指をさして質問すると、ランさんがドヤ顔で答える。
「うさ耳カチューシャです」
「……いや、そうじゃなくて」
わたしが聞きたいのはそれが何かでは無い。
何故そんな物を持って来たのかと聞きたいのだけど……なんて事を思っていたら、ランさんはうさ耳の付いたカチューシャをラヴィの頭に着けた。
「やっぱり、よく似合いますよ」
「はい? って、本当に何やってるんですか?」
「何って、似合うと思って持って来たんですよ~。似合いません?」
「似合うけど……」
確かに似合う。
ラヴィは状況がよく分かっていない様で、少しだけ首を傾げているけど……。
「授業をしていて思ったんですよね~。ラヴィーナちゃんには我等のようなうさ耳が似合いそうだなと。やっぱりうさ耳は最強ですな~」
授業中に何考えてんだこの人……。
わたしは呆れてランさんに視線を向けた。
ランさんは自分もうさ耳だと言うのに、まるで初めてそれを見たかのように目を輝かせて、ラヴィのうさ耳姿を見て大いに喜んでいる。
まあでも、ラヴィが嫌がっていないから、このまま放っておいても良いかとわたしはこれ以上何も言わない事にした。
さて、休憩時間が終わって算数の授業が始まった。
算数の授業は特に気になる事も無く、わたしはボーっとしながら授業を眺めた。
そうして算数の授業も終わって、お昼ご飯休憩に入った。
お昼はモチモチのパンと厚切りベーコンとサラダ、それと甘いフルーツジュース。
どれもとても美味しくて、私とラヴィは楽しくお喋りしながら昼食を食べた。
昼食を食べ終えると、わたしはラヴィ達と別れて訓練場へと一人で向かう。
本当はナオさんが迎えに来てくれると言っていたけど、訓練場の場所は、昨日の内にナオさんから聞いておいたので迎えはいらないと断っておいた。
そうして訓練場に辿り着いて、わたしはナオさんと合流した。
新兵の訓練は既に始まっていた。
わたしはナオさんと一言だけ挨拶を交わしてから、暫らくの間はその様子を見守った。
訓練をしている新兵はぴったり三十人いて、その中でも、特にわたしの目で見ても目立っていたのは三人いた。
多分だけど牛の獣人と馬の獣人、それから……あの角は…………鹿? じゃないな。
何かの獣の角だと思うけど分からない。
何処かで見た様な気がするけど思いだせない。
とにかく、その角が生えた獣人と牛の獣人と馬の獣人が特に目立っていた。
どんな風に目だっていたのかと言うと、それは勿論その訓練での動きの鋭さなどだ。
まず、馬の獣人だ。
男ばかりがいる新兵の中で唯一の女性で、動きが他の新兵と比べて早く、正直目で追えない。
今までモーナの動きが速いと思っていたけど、もしかしたらそれ以上かもしれない。
次に、牛の獣人だ。
動きこそは他の新兵達と変わらない……いや、寧ろ遅いくらいだろうか?
だけど、パワーがとにかく凄くて、時たま地面が揺れていた。
そして、最後が角の生えた獣人だ。
動きこそは他の新兵と殆ど変わらなかったけど、とにかく無駄が無かった。
武術だとかなんだとか、とにかくそっち方面で素人のわたしの目から見ても明らかに分かるその華麗な無駄のない動きは、本当に見惚れるくらいに鮮やかだ。
お姉が参加する鬼ごっこ大会の為に、目立つその三人を特に重点的に見ていると、その内の一人の馬の獣人と目がかち合った。
その瞬間、馬の獣人はわたしにあっという間に近づいて微笑する。
「そんな真剣に見つめられ続けたら、可愛すぎて手を出したくなっちゃうわ。あ、先に名乗らないとね。アタイはシーサ=メウバよ」
「豊穣愛那です……」
突然の事にわたしが困惑しながら名乗ると、馬の獣人……シーサさんが姿勢を低くしてわたしと顔を近づける。
と、そこで、ナオさんがシーサさんの後頭部に軽くチョップを入れた。
「シーサ、サボってないで続ける」
「え~? 良いじゃないですか教官。アタイとこの子の仲を引き離そうとしないで下さいよ~」
「その子はニャーの大事な客人だから手を出すなって、昨日説明したでしょう?」
「確かに言いましたけど~、こんなに可愛い子が来るなんて思わないじゃないですか~。こんな可愛い子が来るなら、手を出したくなっちゃいますって」
「いいからさっさと戻る」
「え? 手を出して良いんですか~?」
「よくない戻れ」
「ちぇ~」
シーサさんは口を尖らせて不満気に声を洩らすと、わたしと目を合わせて微笑する。
「また後でお話しましょう、マナちゃん」
シーサさんはそう言って、手を振りながら訓練に戻った。
すると、ナオさんがため息を吐き出して、わたしに視線を向けずに話しかけてきた。
「ごめんね、マナマナ。一番面倒なのに気にいられちゃったね」
「一番面倒……ですか?」
「にゃー。本当ごめん」
「……はい」
どうやら、わたしは一番面倒な人に気にいられてしまったらしい。
まあでも、相手が男の人じゃないなら、そこまで気にする事でもないでしょ。
と、この時のわたしは、まさか気にいられる事であんな事になってしまうなんて、夢にも思わなかったのだった……。




