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047 幼児相手にマジになるのは恥ずかしい

「駄目! 駄目です! 愛那まなちゃんはまだ十歳なんですよ!? 結婚なんて早いです!」


 驚き叫んだ後、お姉が慌てて王子様に涙目で……いや、号泣してる。

 号泣しながら訴えてる。

 王子様は見るからにラヴィよりも小さい子供で、その子供に号泣して訴える高一の姉……妹として恥ずかしさを通り越して、悲しくなってくるものがある。

 まあ、わたしの事で感情的になってくれるのは、それなりに嬉しくはあるけど……。

 でもやっぱり相手にもよるなって思う。

 以前にも似た様な事……バンブービレッジでスタンプの愛人にと話が出た時は、ここまで動揺していなかったのに、こんな小さな子供相手に何をそんなにって感じである。

 とまあ、それは今は置いておくとしよう。

 お姉の訴えを受けた王子様は、その幼い容姿とは思えない程、お姉なんかよりよっぽどしっかりと答える。


「そう言う事なら心配するな。お前達人間は十五歳で成人で、僕達獣人は十歳で成人を迎える。僕はまだ四歳だから、僕が十歳になる頃にはこの女(・・・)も十六歳だろ? お互い成人で結婚出来る」


「へうーっ! でもでも、愛那ちゃんは、愛那ちゃんはああっ!」


瀾姫なみき落ち着いて」


「ラヴィーナちゃん……」


 情けないお姉を手で制止して、ラヴィが王子様の前に出る。

 いつも表情をあまり表に出さないラヴィのその顔は、何処か闘志に燃えている様に、ハッキリと眉根が上がってへの字口になっていた。


「愛那はこの世界の人間じゃない。いずれは元の世界に帰る。だから殿下とは結婚できない」


「ふん、つまらない嘘を……と言いたい所だが、かつて世界を救った英雄と呼ばれる者達は、皆異世界の人間だと聞いた事があるな。証拠を示せ」


「髪の色」


「髪の色……?」


 王子様がラヴィと一緒にわたしの髪に注目する。

 突然注目を受けたわたしは、何となく気まずくて苦笑する。


「なるほど……黒か。確かに珍しい髪の色だな」


 王子様が呟いて、ラヴィは口角を上げた。

 こんなにもころころと表情を変えるラヴィは珍しいから、何だかそれが嬉しくってわたしが微笑むと、ラヴィと目が合ってラヴィの表情が柔らかくなった。

 そして、ラヴィは王子様に視線を移して、その柔らかな表情のまま話しかける。


「そう。だから――」


「うむ。異世界の人間の妻か。この国の王子である僕に相応しい!」


 王子様がニヤリと笑ってわたしと視線を合わせて、ラヴィの柔らかな表情が固まった。

 正直な所ラヴィには悪いけど、今日のラヴィは何だか表情が豊かで可愛いな、なんて思ってしまった。

 とは言え、ラヴィの心情はわたしの呑気な考えとは真逆の所にあるのだろう。

 固まっていた表情は、再び眉根を上げたへの字口に変わってしまった。


「――相応しくない。どうしてそうなる? 話を聞いて。マナとの結婚は絶対駄目。出来ないって言ってる」


「はあ?」


 今度は王子様の表情も険しくなって、ラヴィと王子様が睨み合う。


「お前の様な平民で、しかも子供の戯言など、王子であるこの僕が聞くわけないだろ? 僕とこの女(・・・)の結婚を邪魔するな。だいたい、僕はこの国の王子だぞ? これ以上の狼藉ろうぜきをするようなら、それなりの刑を覚悟してもらう事になるけど良いのか?」


 わたしの頭から一瞬にして血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 本当に不味いと、わたしはラヴィを再び抱き寄せる。


「ごめんなさい! 王子様への無礼な発言、どうかお許しください!」


「ふんっ。おい、お前。お前は僕の妻になるんだ。そんな子供の事など放っておけ。そいつはたかが平民。代わりなんぞ幾らでもいる」


「代わりは幾らでもいる……ですか?」


「そうだ。たかが平民の子供。そんな無礼な奴はさっさと刑を受けさせて、お前も他の仲間を作れば良い。さあ来い! 王子であるこの僕が直々に連行してやる」


 そう言って、王子様がラヴィの腕を乱暴に掴んだ。

 よっぽど強く握られたのか、ラヴィは顔を歪めて「いたっ」と呟いた。


 どうやら、流石にわたしも我慢の限界を超えてしまいそうだ。

 国の王子様で偉い立場の相手で、それに何よりわたしよりも幼い子供だから、わたしは波風たてない様に出来るだけ黙っていたけどもう我慢出来ない。

 気がつけば、わたしはラヴィの腕を掴む王子様の手を払い除けて、ラヴィの前に立って王子様を睨んでいた。

 そして……。


「女の子に暴力振るとか最低。代わりが幾らでもいる? 冗談じゃない。代わりなんているわけない。王子様なのにそんな事も解からないの? 自分の事を王子だ王子だって言うなら、そのくらい解かりなよ」


「――なっ」


 王子様が驚いて固まり、少しだけ目が潤んだ。

 わたしはその顔を見て冷静になる。

 やってしまった。大人気ない。と、二つの言葉が頭の中でグルグルと回り、それでも言ってしまった事は無かった事になんて出来ないので、わたしは目の前の王子様と目を合わせて冷静に言葉を続ける。


「……言いすぎた。ごめんね。でも、解かってほしいのは本当だよ。暴力は良くないし、代わりなんていない。でも、王子様はまだ四歳だもんね。これからしっかり覚えていこうね。王子様はとっても賢いんだから、直ぐにわたしの言ってる事も理解できるよ」


 王子様を優しく抱きしめて頭を撫でる。

 それにしても、四歳相手に何言ってるんだわたしって感じ。

 確かに王子様はその幼さからは想像もつかない程にしっかりと自分の意見を言う子だけど、だからって四歳には変わりない。

 わたしもまだ十歳でまだまだ子供だと自覚はあるけど、だとしても、四歳相手に怒るだなんて思いだすだけでも恥ずかしい。

 こんな小さな子相手に本気で怒って、これではお姉の事を言えないではないか。

 本当に恥ずかしい。


 さて、それはそうと、王子様はわたしに抱きしめられてから動かなくなってしまった。

 そのまま抱きしめ返すでも無く、嫌がって拒むでもなく、ただされるがままになっている。


 少し経つと、お姉がニヤニヤしながら見ている事に気がついて、何だか恥ずかしくなってきた。

 そして様子を見ていたモーナがこっちに歩いてきたので、何か言われるんじゃないかと警戒して、わたしは王子様を撫でるのをやめて体から離す。

 王子様は放心したような表情で、少し顔が赤くなっていた。

 すると、モーナはわたしではなく、王子様に向かって馬鹿にした様な表情で話しかける。


「ワンド、お前って相変わらずクソガキだな。誰に似たんだ?」


「……っ! なんだと馬鹿猫! お前にだけは言われたくない! 雪女共々極刑だ!」


 はあ、また始まってしまった……。馬鹿モーナ、ホント馬鹿。


 モーナとラヴィが王子様と睨み合う。

 それを見て、わたしは何だか段々と頭が痛くなってきた。

 と言うか、気苦労で胃に穴が空きそう……。

 どうにかこの場を治めないとと考えるけど、良い案なんて思い浮かばない。

 そもそもとして、さっきカッとなって感情に流されて、四歳相手に偉そうな態度をとってしまった手前、わたしはこれ以上の事は恥ずかしくて何も出来ない。


「とにかく、この女(・・・)は僕の婚約者になったんだ。お前達の意見なんてどうでも良い!」


 この女(・・・)……と、何度目かになる王子様のわたしに対しての呼び方に、話の流れを変える事が出来るかもしれないと思いつく。


「王子様、わたしはこの女(・・・)ではありません。豊穣愛那ほうじょうまなです。豊穣でも愛那でも、好きな様に呼んでいただいて構いませんが、この女(・・・)とお呼びするのだけはおやめください」


 王子様がわたしに視線を向けて、目がかち合う。

 わたしは真剣な眼差しを王子様に向けて、王子様はわたしから目を離さずにジッと見つめ返……さない。

 王子様は頬を少し赤く染めて、直ぐに視線を逸らした。


「そ、そうだな。それは僕にも少しは非があった。これから妻になる相手を、いつまでも女と呼び続けるのは失礼だ。びよう」


「王子様……」


 どうやら分かってくれたらしい。

 まあ、確かに少しおませで生意気な所があるかもしれないけど、王子様だってまだ四歳で子供。

 わたしが言うのも何だけど、こんなに小さい子なんだから、ちゃんと丁寧に教えてあげれば分かってくれるんだ。

 頬が少し赤く染まったのは気になるけど、このまま婚約も出来ない事を教えてあげよう。


「僕も今後はお前の事をマナと呼ぶ。マナも僕の事はワンドと呼ぶがいい。将来結婚する仲だ。呼びすてで構わんぞ」


「王子様、わたしは――」


「ワンドだ」


「……はい。ワンド様、わた――」


 わたしは結婚するつもりはないです。と、言おうとしたその時、わたしの言葉をさえぎる様に大声が部屋中に響く。


「あああああああああああっっ! やっと見つけましたよ、ワンド殿下! もう! こんな所で何やってるんですか!? 怒られるのは私なんですよ!?」


 声に驚いて振り向くと、そこにはうさ耳を頭から生やした兎の獣人の女性が、ワンド様に指をさして立っていた。

 髪は綺麗な桜色で、左側にサイドアップテールで肩までの長さ。

 整った顔立ちに、瞳は綺麗な赤色。

 身に着けているのは軽鎧だろうか?

 その軽鎧の胸には、この国の紋章が刻まれていた。 

 後姿はこの位置から見えないけど、多分腰には兎の尻尾があるに違いない。


 まあ、それは今は置いておくとしよう。

 突然大声を上げてこの場に現れたその人物に驚いたけど、その人物に驚いたのはわたしだけでは無かったようだ。

 お姉とモーナとラヴィは勿論驚いていたけど、あと一人、ワンド様も驚いていたのだ。


「げっ、ラン! もう来たのか!?」


「げっ、じゃないですよ! ワンド殿下、もうお勉強の時間ですよ! ワンド殿下がお勉強をサボると、私まで怒られるんだから逃げないで下さい!」


 ワンド様にランと呼ばれた女性が部屋に入って来て、ワンド様の首根っこを掴む。


「こら! 離せ! ラン、王子の僕に無礼だぞ! それに逃げたんじゃない! 未来の妻と挨拶をしていただけだ!」


「はいはい、ぶれーぶれー。最高にご無礼ですよー。妻とかそー言う分かり易い嘘はどうでも良いですから、さっさと行きましょーね~」


「ばっ、おい! 離せ! 嘘じゃないぞ! 本当に――――」


 ワンド様の首根っこを掴んだままランと呼ばれた女性が部屋から出て行き、勢いよくバタンッと扉が閉められる。


「な、何だったの……?」


 圧倒されて思わずそんな言葉が出たけど、返って来る言葉は何も無くて、代わりにモーナの腹を抱えて笑う声が部屋中に響いた。

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