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幕間 雪解けの季節

 真っ白な雪で包まれた雪山アイスマウンテン。

 私が産まれたのは、その山の頂上付近にあるアイスブランチと言う名前の小さな村の民家の中だった。

 父親は誰か分からない。

 よく分からないけれど、私の母親は色んな男の人と毎晩遊んでいて、それで産まれたのが私だから分からないのだと教えてもらった事がある。


 物心がつく前に母親に捨てられていて、血の繋がってない羊の獣人の女性メリーと、メリーと一緒に暮らしているラルフとフォックとラクー、それからじーじに育ててもらった。

 私はそこで愛情を沢山もらって育ててもらえて、凄く幸せな毎日だった。

 だから、私のお母さんは、私を育ててくれたメリーだと思っていた。

 でも、ある日、私の母親だと名乗る女の人が家にやって来た。

 最初は信じられなかったけど、でも、私はその女の人の腕に抱かれていた時の温もりを覚えていた。


 熊鶴のポレーラとは、その時初めて会った。

 私を産んでくれた母親に雇われた用心棒で、安いお金で働いていて、身の回りの世話もやっているらしい。

 私はポレーラに一度だけ聞いた事がある。


「ポレーラ、お母さんの用心棒をしてるのは何故?」


「……数年前、スキルを暴走させて家族を殺してしまいそうになった所を、ミチェリ様に助けて頂いたのです。ミチェリ様は私の家族を助けるつもりで助けたわけではありませんでした。ですが、あれ以来、私はミチェリ様への恩を一生をかけて返したいと思ったのです」


 ポレーラはそう言って優しい笑みを私に見せた。

 その笑みを見て、私はポレーラが優しい心の持ち主だと思った。


 お母さんは気に入らない事があると、よく私に暴力を振るっていた。

 暴力をされる度にメリーや皆の事を思い出して、私は痛いのを我慢した。

 でも、思いだすと、メリーや皆に会いたくなって寂しくなった。

 そんな日が続いて、私の体はあざや擦り傷でいっぱいになっていた。

 私は痛くて寂しくて耐えられないくらいに辛くなったら、ポレーラによく甘える様になった。

 でも、そんな日も終わる時がきた。


「聞きな、ポレーラ。この子の買い手が見つかりそうだよ! こんな表情の分からないような可愛げのないガキでも、やっぱり粘った甲斐があったよ。私が言うのも何だけどさ、雪女ってのは地域によっちゃあ珍しい方の種族なんだ。その子供となりゃあ、欲しいって言いだす奴が出てくる。この子を引き取ってやってから、ずっと声を上げる連中を相手にして来たけど、大物がかかったんだ。誰だと思う?」


 そう言って、お母さんは嬉しそうに笑って私を一瞥いちべつしてから、ポレーラに視線を向けた。


「さあ、見当もつきません」


「そうだろうよ! 相手はリングイ=トータス! あの瑞獣ずいじゅうの一人、霊亀と恐れられる男だよ!」


「ほお、それは素晴らしい」


「だろう? ここから先はお前の仕事だ。後の事は頼んだよ? ポレーラ」


「はい、ミチェリ様」


 そうして、私は売られる事になった。

 私についた値段が幾らになったのかは分からないけど、お母さんは今まで見せた事が無い程に喜んでいた。

 その日が来るまで、私はお母さんに大切に扱われた。

 暴力を振るわれなくなって、私の体についた痣や擦り傷は少しずつ無くなっていった。

 まるで、商品を綺麗に磨いてより良い物に見せる為の様に、私は大切にされ続けた……。 

 お母さんは私を商品としてしか見てなかった。

 それでも私は嬉しかった。

 例えそれが上辺だけの優しさでも、お母さんの温もりがとても温かくて、凄く幸せで、凄く嬉しかった。




 そして、運命の日がやって来た。




 引き渡し先に向かう途中、私はポレーラに運ばれながら言われた。


「良いですか? 私はこれから最初で最後の、ミチェリ様への裏切り行為をします」


「裏切り……?」


「はい。……ラヴィーナお嬢さん、申し訳ございません。昨晩、貴女が眠っている間に、ミチェリ様の命令で貴女の魔法を封印しました。これから先の事を考えれば、封印を解くべきだと思います。ですが、それでは、貴女はきっとあの家に戻ってきてしまいます」


 ポレーラの言った事は、その通りだった。

 きっと私は魔法を使う事が出来れば、あの家に帰る。

 お母さんは、気に入らない事があれば私に暴力を振るう人だったけど、それでも私はお母さんが好きだから……。

 でも、ポレーラがなんでそう思ったのか分からなくて、私は質問する。


「どうして……そう思うの?」


「ラヴィーナお嬢さんがミチェリ様の事を愛しているからです。……私には分かります。あの方に、どれだけ辛くあたられても、貴女は逃げ出さずにあの方の所に居続けています。ラヴィーナお嬢さんには、他にも……メリー様の所に帰る事だって出来ると言うのに…………貴女は……」


 ポレーラは泣いていた。

 とても悲しい目をして、ボロボロと涙を流していた。

 だから、私はポレーラの涙を指で拭ってあげたけど、それでも涙は治まらなかった。


「ラヴィーナお嬢さん、私を許して頂かなくても構いません。私は今から、貴女を予定していた場所とは別の場所に降ろします。酷な事をするようですが、瑞獣の一人と恐れられている男に渡す事と比べれば、まだ希望は見えます。これから先の事を考えれば少ないですが、お金もお渡しします。ですので、どうかご無事に生き抜いて下さい」


「そんな事したら、ポレーラがお母さんに怒られる」


「私の事は気になさらないで下さい。正直には報告しませんよ」


 ポレーラは涙を流しながら、冗談交じりな笑顔を私に見せた。

 それなら、きっと大丈夫だと私は安心して頷く。


「そう。それなら良い」


 暫らくして、私は海沿いの砂浜に降ろされた。

 本当は近くに港町があるから、そこに降ろしてくれると言っていたけど私が断った。

 きっとこれはお母さんが知ったらポレーラは辛い目にあってしまうから、出来るだけ誰かに見られたくなかった。


「本当にこんな場所で……」


「良い。ポレーラ、早く行って?」


「……はい。ラヴィーナお嬢さん、どうか……どうかお元気で」


「うん、ポレーラも……。それと、もし次に会ったら、お母さんの味方でいて? お母さんを一人にしないで? 約束」


「――っ! ……っはい。約束……します。……っ……必ず……っ守ります! 必ず!」


 ポレーラがまたボロボロと涙を流すから、私は少しの間だけポレーラが泣き止むのを待った。

 少し経って、ポレーラが泣き止んだのを見て、私から歩き出してポレーラと別れた。



 私は暑いのは危険だと初めて知る。

 気がついた時には、暑さで動けなくなって倒れてしまった。

 水を求めて海に近づいたけど、しょっぱくて飲めなかった。

 そんな時、誰かが近づく足音がした。


 私を抱き上げる優しい手。

 聞こえてくるのは、知らない女の人の声。

 私を抱き上げている人ではない、別の誰かが私に風を送ってくれた。

 誰だかは分からないけれど、私はその見ず知らずの人に求めた。


「み……ず…………」


 風を送ってくれていた誰かが、直ぐに私に水を飲ませてくれて、それを一気に飲み干した。

 水を飲むと体に力が戻って来て、私は動くだけの余裕が出来たから、お礼を言ってお辞儀をした。

 私を助けてくれたのは、珍しい髪の毛の色をした綺麗なお姉さんの愛那まな瀾姫なみき、それと猫耳のお姉さんのモーナス。

 三人とも、とても優しい人。


 これが私と愛那の初めての出会いだった。


 愛那は不思議な人。

 とても優しくて、とても厳しくて、素直な本当の気持ちを言えない人。

 何処か私に似ていて……でも、やっぱり全然似ていない人。

 最初は居場所がほしくて、私は優しい愛那に甘えた。

 そんな私に温かい微笑みを愛那はいつも向けてくれて、そんな愛那が気になって目で追っていた。

 そして、私は気がつけば愛那が好きになっていた。


 愛那達は三つの宝と呼ばれる物を集めていた。

 その内の一つは私が着ている着物で、もう一つが私の住んでいたアイスマウンテンに咲く氷雪の花。

 本当は私の家があるあの山には戻ったら駄目だけど、私は愛那達の為に戻ろうと決めた。


 私の家があるアイスブランチで、私を産んでくれたお母さんと再会した。

 お母さんは相変わらず私を商品として見ていた。

 でも、今度はそれだけじゃなかった。

 お母さんは愛那まで売ろうとした。

 私にはそれがショックで、それだけは絶対にさせたくなかった。

 だから、私はお母さんと戦うと決めた。


 お母さんと戦う作戦の結果、私と愛那は別行動をとる事になった。

 本当は愛那と別々に行動はしたくなかったけど、作戦を聞いて、それが一番だと思って我慢した。

 そして……。


「ごめんね、ラヴィーナ! 駄目なお母さんでごめんね!」


 お母さんが愛那に連れて来られて、私の前に現れてそう言った。

 愛那が奇跡を起こして、お母さんを優しくしてくれたんだと、直ぐに分かった。

 とても嬉しかった。

 だけど、愛那の事が心配だった私は、それ以上に愛那の無事な姿に安心した。

 作戦で一番危険な役目だったのに、私の為に頑張ってくれた愛那。

 だから、愛那がお母さんと一緒に現れた時は、愛那が無事だった事が何よりも嬉しくて抱き付いた。


 この時、私は愛那とずっと一緒にいたいと思った。


 愛那と瀾姫はこの世界の人では無いらしい。

 いつかは元の世界に帰るつもりでいると聞いた。

 それがいつになるかはまだ分からないけど、私は少しでも愛那と一緒にいたい。

 好きな人と一緒にいられない寂しさも辛さも知ってるから、いっぱい思い出を作りたい。

 愛那と出会えた事が、本当に幸せだから。

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