040 竹取の合戦 その1
わたしとお姉が、モーナが空けてくれた壁の穴から出て行くと、モーナが穴の前に立って道を防いだ。
「モーナちゃん……いいや、俺の花嫁。今日の俺は今ここを出て行ったマナちゃんにも用事があるんだ。そこをどいてくれ」
「は? 馬鹿かお前? どくわけないだろ! お前もそこの連中も、皆まとめて私がぶっ殺してやるわ!」
「やれやれ。これだけは言っておくよ、モーナちゃん。今の俺はモーナちゃんが知っている俺とは違う。俺は半魔の中に眠る魔族の力を覚醒させたのさ」
スタンプが不気味に微笑して、石板を取り出した。
モーナは顔を顰めてそれを見て、右手に魔力を集中させる。
「よく分からんが関係あるか! さっさと殺してやるわ!」
モーナが右手を前にかざして、淡く茶色い光を放つ魔法陣が浮かび上がる。
そして、魔法陣から土石の塊が飛び出して、それはスタンプだけでなく村の男の人達全員を襲った。
牢屋のあるこの空間は一瞬にして吹き飛んで、建物が崩壊して煙が舞う。
もしこの場にわたしとお姉がいたら、間違いなく生き埋めになっていた。
それ程に威力が高く、その場にいた全員が巻き込まれた。
「流石私だ! 全員まとめて一瞬で始末してしまったわ!」
モーナが誰に言うでもなく、瓦礫の上で独り言を胸を張って叫んだ。
だけどその時、煙で視界の見えないこの状況で、モーナの耳が声を捕らえる。
「流石は俺の花嫁だ。想像以上の魔法の威力。モーナちゃん、君に先日つけられた爪の痕が多少なりとも疼いてしまったよ」
モーナが声のした方に振り向くと、煙が段々と消えていき、そこに立っていたのはスタンプの姿。
それだけでなく、スタンプの背後には村の男達の姿もあった。
そして……。
「やれやれ。仮にもアレは貴殿の花嫁でしょう? 私の手を煩わせないで頂きたいものですね」
「アレ? アレと言ったか? おいストン、言葉を慎め。俺の花嫁のモーナちゃんだぞ?」
スタンプの隣には、歓迎パーティで出会った男……ストンが立っていた。
ストンは歓迎パーティの時と違って着物を羽織っていて、手にはライフルの様な武器を持っていた。
だけど、ストンの登場に驚くモーナでは無い。
モーナは考えるより先に、直ぐにスタンプに向かって駆け出していた。
自身の爪を伸ばして尻尾を逆立てて、既に戦闘態勢は出来ていた。
「切り刻んでやるわ!」
モーナが一瞬でスタンプを間合いに入れて、爪で斬り裂こうとしたその時、モーナの全身に微量な電流が触れる。
モーナは電流に触れた瞬間に何かを察知して、直ぐに後方へと後退った。
「なんだ?」
モーナが呟くと、スタンプがニヤリと下卑た笑みを浮かべてモーナを見た。
そして、スタンプが両手を広げてモーナに叫ぶ。
「流石だよモーナちゃん! 今の一瞬で身の危険を感じて下がるなんて、それでこそ俺の花嫁だ! さあ、今直ぐ馬鹿な考えを捨てて、俺の腕に飛び込んでくるんだ!」
「ふざけるな! そんな事する位なら、魚を一年間食べずに我慢する方がマシだ!」
何だかよく分からない例えを出したモーナが、眉根を上げてスタンプを睨む。
すると、スタンプは「やれやれ」とでも言いたげな顔をして、ストンに話しかける。
「おい。ここは任せたぞ。だが、モーナちゃんは俺の可愛い花嫁だ。あの可愛らしい顔には傷をつけるなよ?」
「心得ておりますとも。私も少女の顔に傷をつける程愚かではありません。そんな事をしてしまえば、私の愛しいラリューヌに顔向けできませんからね」
「おいおい、お二人さんよ。俺達を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「そうだそうだ! 二人で盛り上がってんじゃねーぞ!」
スタンプとストンの会話を聞いていた村の男達が騒ぎ出して、スタンプが村の男達を睨む。
「黙っていろ。約束通り、あのナミキとか言う名前のお嬢ちゃんはお前等にくれてやるんだ。黙って俺達の言う事を聞いていれば良い。それに、場合によっては、あのマナってお嬢ちゃんも連れて来てやる。感謝しろよ?」
「へへっ。わ、わかりゃあ、いいんだよ」
「そ、そうだぜ。俺達も、別にあんたと事を荒立てたいわけじゃねーんだ」
「ごちゃごちゃ煩いぞお前等! 全員まとめてぶっ殺してやるからかかって来い!」
スタンプ達の会話を一々聞いてあげる必要もないモーナは、眉間にしわを寄せて叫んだ。
ただ、モーナはいつもと違っていた。
いつもなら、馬鹿みたいに何も考えず突っ込んでいる所だ。
何故今回そうしないのかは明白で、さっきの全身に触れた電流を気にしての事だった。
今はステチリングが取り上げられていてアレが何だったのか、誰かの魔法、もしくはスキルだったのか分からない。
モーナは自分の実力に自信があって、ある程度の電流の攻撃だろうと気にしない。
だけど、あの時に感じた電流は危険なものだったと感じたのだ。
そうでもなければ、あの時、気にせずに今頃スタンプを爪で斬り裂いていた。
「モーナちゃん、悪いけど俺は今から行かなければならない所があるんだ。出来れば大人しく待っていてくれないか?」
「行かせるか!」
モーナが跳躍して、スタンプとの距離を詰める。
勿論、さっきの電流への警戒は怠らない。
だけど……。
「――何!?」
一瞬の事だった。
スタンプの周囲にバチバチと電流が流れたかと思ったら、忽然と姿を消したのだ。
流石のモーナも目を見開いて驚いて立ち止まり、周囲を見回した。
だけど、スタンプの姿どころか気配すら感じられない。
「捉えましたよ」
不意にストンからの声が聞こえて、モーナはハッと驚く。
そして次の瞬間、モーナの右腕を銃弾が襲い、モーナが直ぐにそれに反応して避けようとしたけど僅かにかすった。
「……っく」
モーナは声を洩らして、直ぐに後退る。
「避けられた!? ちっ。今のは確実に当たると思ったのですが、流石と言っておきましょう。ですが、完全に避けられたわけでは無いようですね」
「かすっただけとはいえ、私に攻撃を当てた事を褒めてやるぞ! 感謝しろ!」
とは言うものの、この時、モーナが若干の焦りを感じていた。
何故なら、銃弾がかすった右腕が段々と痺れてきたからだ。
モーナは痺れてきた右腕を見て表情を歪めた。
すると、それを見て、ストンは口角を上げて微笑んだ。
「私のこの銃は、インセクトフォレストで獲物を狩りする為の銃なんですよ。それでこの銃の銃弾には、麻酔が仕込まれているのです。例えかすっただけでも、その内に全身に麻酔が回って、直ぐに動けなくなりますよ」
「ぐへへへ。ストン、後は俺達に任せな」
「そうだそうだ! スタンプの野郎が戻って来る前に、俺達がたっぷりと楽しんでやるぜ!」
「やれやれ、いいですよ。私の今回の仕事は、あくまでお手伝いです。私には愛しいラリューヌさえいれば他に何もいりませんからね」
「うっひょおお! 流石はストンだぜ!」
「おっしゃあああ! 今夜は猫耳少女がメインディッシュだぜ!」
本当に気持ちの悪い連中だ。
村の男達は喜んで、モーナにゆっくりと近づいて行く。
そして、モーナは動けないでいた。
全身に麻酔が回ってしまったからでは無い。
ストンが村の男達と喋っている間も、ずっと銃口をモーナに向けていて、隙が無かったからだ。
動いた瞬間に撃たれると察したモーナは、右腕から伝わる痺れを感じながら、どうするかを考えていた。
このストンと言う男は、戦闘においての実力は未だ不明だけど、少なくとも一対一ではかなりの曲者だ。
現にモーナは隙をつかれて銃弾をかすめられて、右腕が使い物にならなくなってしまっている。
それに、モーナでも感じる程の銃の腕前。
動けば直ぐに撃たれ、今度こそ撃ちぬかれて行動不能にされかねない。
アイスマウンテンでは【氷雪の花】を手に入れる事が出来なかったと言う話だけど、あそこでの脅威の一つには【白蟻】があった。
ストンの銃の腕前なら、一対一でなくても、少数相手なら問題無いかもしれないけど、白蟻はでたらめな数で襲ってくるので対処しきれなかったんだろう。
そう考えると、【氷雪の花】を採って来れなかったからと言って、実力が無いとは言い切れない。
「マナとナミキなら、私がいなくても大丈夫だ」
モーナはゆっくりと近づいて目の前まで来た村の男達、それからストンを見ながら、口角を上げて笑って呟いた。
「あ? なんか言ったか? まあ良いか。それより楽しもう」
「ぐへへへ。スタンプ悪いな! お先に猫耳の嬢ちゃんと楽しむぜ!」
と、村の男達がモーナに触れようとしたその時、モーナはもの凄い速度で駆け出した。
そして、その瞬間に、ストンが銃を撃ってモーナの左足に命中……左足を銃弾がかする。
「――また!?」
ストンが驚いたのも束の間だった。
村の男達が次々に倒れていき、ストンがその様子に目を奪われて、ストンの背後にモーナが回り込む。
「眠ってろ!」
「馬鹿な!? ――かはっ」
モーナがストンに触れて、ストンはまるで電池が切れたおもちゃの様に、その場で倒れて眠りについた。
いつだったか、わたしとお姉がこの異世界に迷い込んでモーナと出会い、三つの宝を探しに行こうとなった時に訪れた港町。
その港町でガタイのいいおじさん達に襲われた時にも、これと同じような事があった。
気がつけば、ガタイのいいおじさん達はその場で眠ってしまっていたのだ。
モーナが何かをしたようだけど、何をしたのかわからなかった。
そして今回も、モーナが何かをしたようだ。
「マナ……ナミキ…………」
モーナはストンが眠りにつくと、フラフラとした足取りで数歩だけ歩いて倒れる。
そして、ついに右腕と左足からの痺れを全身に感じて、モーナも身動きが全く取れなくなって、その場で眠ってしまった。
ラリューヌの花婿候補のストンのスキルについて、今後出す予定が無いので説明をします。
ストンのスキルは、確実に狙った獲物に銃弾を命中させる事が出来る【必中】と言う優秀なスキルで、命中しない場合は追尾される機能がついています。
かなり厄介なこの【必中】と言うスキルですが、ただ、このスキルには条件があり、しっかりと銃口を対象に向けて捉える必要があります。
その為モーナの左足を狙った二発目を撃った後に、次の攻撃が出来なかったわけです。
そして、この【必中】のスキルを使って放たれた銃弾が、二発ともかすっただけで終わってしまった事に驚いたようです。
スキル【必中】の欠点は、かすっても当たり判定になってしまう事の様です。