039 意外と簡単な牢屋から脱走する方法
「お姉、猫……小動物になれば、ここから出られるんじゃない?」
「あ、そうかもです!」
鉄格子の牢屋で目覚めて暫らくが経って、どうやってここから抜け出すか考えていたわたしは、ニャーニャーと煩いモーナの猫耳と尻尾を見て思いついた。
わたし達を閉じ込めている鉄格子の隙間は、人は通れなくても、猫とか小動物なら通れそうだったのだ。
「なんだ? 良い方法でも見つかったのか?」
「まあね。お姉、お願い」
「はい。任せて下さい!」
お姉はやる気に満ちた顔で頷くと、段々と姿を変えていく。
そして、猫ではなく、犬のパグに姿を変えた。
「あれ? またパグ? お姉、パグ好きだね」
「はい。ブサカワです!」
心なしか何処となくお姉がドヤ顔になる。
と言っても、お姉はおもいっきり見た目と言うか姿が犬のパグなので、ドヤ顔かどうかなんて分からないけど……。
お姉は鉄格子に近づくと、難無くそれを越えて行った。
それから周囲を見て元に戻る。
それから、直ぐに何かを見つけた様で走りだした。
「お、お姉?」
「鍵がありました」
ここからだと見えない所に、牢屋の鍵があった様だ。
お姉は鍵を持って戻って来ると、直ぐに牢屋の鍵を使って、私とモーナを解放した。
「案外楽勝だったね」
「反撃開始だな!」
「ラヴィーナちゃんを助けましょう!」
「うん」
わたしが頷いた直後、誰かが近づいて来る足音……誰かどころじゃない。
幾つもの足音が聞こえてきた。
わたしは直ぐにカリブルヌスの剣を構え……って、構えようと思ったけど、わたしの手は空を掴むだけで、カリブルヌスの剣を掴む事は出来なかった。
普通に考えたら、牢屋に入れられたわたしが武器なんて持ってるわけなかった。
それならばとナイフを取り出そうと思ったけど、残念ながらナイフも取り上げられたようだ。
「ヤバい。剣とナイフが無い」
「私に任せておけ!」
モーナがわたしの前に立って、丁度その時、わたし達の目の前に大人達……男の集団が現れた。
「なんだなんだ? 聞いてた話が違うじゃねーか! 寝ている女を好きにして良いって話だろおが! こっちは金を払ってんだぞ!」
男の一人がそう言って、他の男達もそれに頷く。
どうやら、ラリューヌはわたし達をこの男達に売っていたようだ。
この世界には人身売買があると、アイスマウンテンで知ってはいたけど、まさか自分が売られる側にまわるとは思わなかった。
と、そこでわたしは気がついた。
「あれ? あの人……村の人だ。あれ? あっちにも……と言うか、もしかして全員村の人?」
わたしが思わず気がついた事を口から漏らすと、男達の表情がみるみると険しくなっていく。
「だから何だって言うんだ? こっちは朝から楽しみにしてたんだ! 悪いか!?」
いや、悪いに決まってるだろ。と、言いたい所だけど、刺激して暴れ出したら大変だと思って黙る。
しかし、村の男達がわたし達を見たりソワソワしていた理由が、これで本当にわかった。
恐らくわたし達が村に来る頃には、わたし達を牢屋に閉じ込めて、村の男達に襲わせる計画は決まっていたのだろう。
モーナの言った通りだ。
ここの村は性悪な連中ばかりの最低な村だ。
わたしは男達を睨みつける。
「お前等落ち着け。ここには俺の女もいるんだ」
男達の背後から声が聞こえ、わたしもよく知る人物が現れた。
その人物は、モーナのストーカーで木こりの男。
高速なでなでと言うおかしなスキルを持つロリコン野郎のスタンプ=ウドマンだ。
と、そこでわたしは気がついた。
カリブルヌスの剣とナイフだけでなく、ステチリングまで取り外されてしまっていた。
無いからと言って、今とくに困る事があるわけでは無いけど、ただ何故だろうか?
何か嫌な予感がした。
「げっ。また出て来たぞ、あいつ」
モーナがあからさまに嫌な顔をした。
お姉も「変な人がまた出ました」なんて言って、わたしの腕を掴む。
それから、そのままわたしはお姉に引き寄せられて抱きしめられた。
わたしが前回この男に襲われたから、きっと護ろうとしてくれたのだろう。
「スタンプさん、アンタの気持ちも分かるが、俺達だって金を払ってるんだ。一人の女を独り占めなんて許されないぜ」
スタンプと男達が何やらもめ始める。
モーナがそれを見て、わたしとお姉にこそこそと話しかけてきた。
「ここは私に任せておけ。マナとナミキは早くラヴィーナを助けろ」
「あ、モーナちゃんかっこいいですね。私もそのセリフいつか言ってみたいです」
「お姉……馬鹿な事言ってる場合じゃないから。でも、入口にはあの連中がいるから、残念だけど先にはいけないよ」
それに、ラヴィが今何処にいるのかもわからない。
モーナの提案は状況を考えれば凄く助かるけど、正直それが一番問題でもあった。
わたしがモーナに答えると、モーナはそれを聞いて何か考える素振りを見せてから、周囲を見回し始めた。
そして……。
「道ならあるぞ! 作ればいいんだ!」
「は?」
モーナの言ってる意味が分からなくて眉を顰めると、モーナは得意気に胸を張って、通気口の様な所に指をさして答える。
「あそこから外に出られそうだぞ!」
「無理に――」
無理に決まってるでしょーが! と、わたしがつっこむ暇は無かった。
モーナはわたしがツッコミを入れる前に、宝石の様な輝く石を魔法で生み出して、それを通気口のような所がある場所へとぶつけた。
忽ち轟音が響き渡り、魔法がぶつかった通気口……壁が勢いよく崩れ去る。
その突然の出来事には、わたしとお姉だけでなく、男達も驚いて崩れた壁に注目した。
壁の向こうは外だったようで、外の景色がひょっこりと顔を出した。
「モーナちゃん凄いです!」
「いや、確かに凄いけど、最初からやってれば牢屋から直ぐに出られたじゃん」
「おお、そうだな」
「そうだなって……」
流石はモーナ……相変わらず馬鹿な様だ。
わたしはモーナにジト目を向けてから、外に通じる穴が空いた壁に視線を向ける。
とにかく今は急がなければならない。
ただ、カリブルヌスの剣もナイフも無いから心許ない。
だからと言って、ここで大人しくしているわけにもいかない。
この場をモーナに任せて、私はお姉と一緒に外へ飛び出した。
外に出ると気がついたのだけど、ここは村の中で、ラリューヌの住む村長の家とは別の民家だった。
ラヴィが何処に捕えられているかは分からないけど、それならまずはラリューヌの家に行くべきだと判断する。
そうして、わたしはお姉と一緒に走り出した。
「モーナちゃん、大丈夫でしょうか?」
「心配いらないよ」
心配そうに呟いたお姉に答えて、わたしは魔法【ダブルスピード】を自分とお姉に使って、走る速度を上げた。
◇
話は少し遡り、ここはラリューヌの住む村長の家。
わたしとお姉とモーナと違い、ラヴィはラリューヌに連れられて、ラリューヌの部屋に招き入れられていた。
部屋はだいたい十畳程の広さがあり、床には畳が敷かれている。
それから、部屋の中にはタンスなどの木製の家具があり、木彫りで作られたウサギの形の人形などが沢山飾ってあった。
妙に目立つのは、この部屋には似つかわしくない、お姫様が使うような大きなベッドの存在だ。
この部屋には日本ではよく見かける親しみ深い畳が何故か床に敷かれていて、そこにお姫様が使っていそうな大きなベッドが置かれている物だから違和感しかなかった。
ただ、ラヴィはあまり気にならなかったのか、特に気にする事も無く大きなベッドの横に正座していた。
「緑茶でええ?」
ラリューヌがラヴィに訊ねると、ラヴィは頷いた。
「待っといてな」
ラリューヌは一度部屋を出て、少し時間が経ってから緑茶が入った湯のみをおぼんに乗せて戻って来た。
「何から話そか」
ラヴィに緑茶を差し出すと、ラリューヌは緑茶を一口飲んでから呟いて、じっとラヴィの目を見つめる。
二人の目はかち合い、どちらも視線を逸らさずに見つめ続ける。
すると暫らく経ってから、ラリューヌは何処か懐かしむ様に話し出した。
「私が育てのおとんと初めて会うたのは、物心つく前やった。流石に私もそんなん記憶になくて、聞いた話なんやけど、捨てられとったらしいわ。育てのおとんは子育てなんて、それまでした事も無かったらしくて、私を育てるんはそれなりに苦労したらしいわ」
ラリューヌは何処か遠い所を見つめながら微笑して、ラヴィに視線を戻した。
「聞いたで。アンタも親に捨てられたらしいやん?」
ラリューヌの質問にラヴィが驚いて、少しだけ目を丸くする。
それを見て、ラリューヌがニヤリと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「この村にスタンプって名前の男がおるんや。スタンプ、アンタも知っとるやろ? あの男が【鶴羽の振袖】をアンタが着とった言うから調べさせたんよ」
「……そう。私もお母さんに捨てられた。でも、今は違う」
「そうなん? ま、そんなん別にどうでもええんよ。私はアンタに興味が出たんや」
「どうして?」
「私等同じやろ? 同じ本当の親とは違う相手に育てられた仲間や」
「仲間……?」
「そうや、仲間や。アンタだけここに呼んだのも、仲間やからや」
「……そう。愛那達をどうするの?」
「ん? あ~、あの子等な。仲良うなって、ここに連れて来て眠ってから捕まえるつもりやったんやけど、全員そんな必要なかったでびっくりや。おもろいよな~。まあ、それは置いとくとして、そうやな。あの子等には、この後は村の男共を相手に、夜の営みにでも励んでもらう予定や。村の男共が宝集めに全く役立たんかったでな~。この位しか使えんやろ? せやで元々そう言う予定やったんや」
ラヴィは意味が分からず首を傾げる。
そんなラヴィを見て、ラリューヌは「お子様にはまだわからんわな」と微笑して言葉を続ける。
「あんな連中は放っといて、私の所に来えへん? 親に捨てられた者同士、仲良うなれる思わん? ……あ、せや。この村には実は名産品があるんよ。お餅言うんやけどな、作る時に二人がかりでお餅を突くんやけど、それが結構おもろいんや。明日にでもおとんに頼んで、お餅一緒に突けるようにしたるわ。一緒にお餅突こ」
「……仲良くするのは、良い。おもち? も、一緒に突いても良い。でも、愛那達は放っておけない」
ラヴィは瞳を力強くラリューヌに向ける。
その表情はわたしでも見た事の無い程の真剣な表情で、真っ直ぐとラリューヌの瞳を見つめていた。
「愛那は……愛那達は私を救ってくれた。お母さんを優しくしてくれた。放っておけない」
ラヴィとラリューヌは暫らく見つめ合い、ラリューヌが観念したようにため息を零した。
そして、残っていた緑茶を一気に飲みほしてから、ニヤリと笑った。
「さよか。ほんなら、ええ事教えたるわ。私もな、今日の歓迎パーティーであの子等と話してて、思う所があったんや。あの子等には悪い事したな~思ったんやで? だから教えたる。無事にあの子等救えたら、私も身を引く事にするわ。……あ、育てのおとんに会うんは嫌やで?」
ラヴィは首を傾げ、ラリューヌは部屋の中にあったタンスからカリブルヌスの剣を取り出した。
そして、カリブルヌスの剣を机に置くと、ラヴィに微笑む。
「スタンプは自身の半魔の力を使いこなせるようになって、スキルを覚醒させたんや。アンタ等が知っとるスタンプと思わん方がええで。あと、スタンプはモーナスいう子の他に、一人気になる子がおるみたいや。これは返したる。その気になる子言うのは、これの持ち主や。早う行った方がええで? 場所はここから出て七時の方向や」
「……ありがとう」
ラヴィはカリブルヌスの剣を受け取る。
ラヴィの体にはカリブルヌスの剣は大きくて、落とさない様に両手で抱きしめた。
そして、ラヴィはラリューヌにお辞儀をして部屋を飛び出した。
ラリューヌは何もせず、ただじっとその後姿を見送った。
「なにやっとんのやろな………………私」