038 頼りない三人
「愛那、愛那、愛那ちゃん、起きて下さい」
「……ん? ん、ん~……」
小さく呻りながら目を覚ます。
目を開けると、目の前には眉根を下げて心配そうに見つめるお姉の顔があって、わたしの顔を覗き込む様に見つめていた。
わたしは上体だけ起こして周囲を見て確認する。
「何処? ここ……」
「良かった。愛那も目を覚ましてくれて、お姉ちゃん安心しました。ここが何処だかは分からないですけど、閉じ込められちゃったみたいです」
「閉じ込められた……?」
目覚めたばかりで未だ意識を朦朧とさせながら、わたしは自分が鉄格子のある牢屋に閉じ込められている事に気がついた。
そして、鉄格子の所には、鉄格子を掴んで騒いでいる猫耳少女がいる。
その猫耳少女とは、勿論モーナだ。
「くっそー! ここから出せー!」
モーナは尻尾を逆立てながらフシャーッと騒いでいる。
そんなモーナを見つめながら、ふと、一人足りない事に気がついた。
「あれ? ラヴィ……ラヴィは!?」
「わかりません。元々私達と一緒にいたのか、それともいなかったのか……。私とモーナちゃんが目を覚ました時から、ここにはいませんでした……」
「……そんな」
俯いて、わたしはどうしてこんな事になってしまったのかと、深く考えた……。
◇
ラリューヌから家に泊まらないかと提案を受けて、益々怪しいと思ったわたしは眉間にしわを寄せた。
本当に何を考えているのか怪しいにも程がある。だけど……。
「泊まりたい」
ラヴィは口角を上げてそう言った。
今更ながら思い返してみると、ラヴィと出会ったのは、ラリューヌと出会った後に歩いた砂浜だ。
ラヴィはラリューヌの事を知らないし、だからこそ、わたしと比べてラリューヌへの不信感が無いのだろう。
わたしは正直に悩んだ。
ラヴィが泊まりたいと言うなら、別に泊っていっても良い気もする。
だけど、どう考えても怪しすぎる。
ラリューヌに視線を向ければ、ラヴィと楽しそうに話している。
そこに、ラリューヌを養子にしたお爺さんの村長さんと、ラリューヌの花婿候補だと言うストンさんが会話に加わって、楽しそうに談笑している。
ラリューヌだけであれば警戒して断るべきだけど、村長さんは本当に良い人だし、そこまで気にする事ないのかもしれない。
「マナ! マナもこっちに来い!」
不意に大声で呼ばれて振り向くと、モーナが何やら楽しそうに料理が並ぶ机の上に立っていた。
あの馬鹿ー!
「ちょっとモーナ! あんた何処登ってんの!? 行儀悪すぎでしょ!」
「心配するな! 料理は踏んでないわ!」
「そう言う問題じゃない!」
「愛那、モーナちゃんは猫さんの獣人なので、仕方ないです」
「は? お姉、何言ってるの? 関係なくない?」
「関係あります。猫さんは、お箸を持ったりお茶碗を掴んだり出来ません。だから、机の上に餌の入った容器を置けば、机の上に乗って餌を食べます!」
「…………いや、それとこれは関係ないでしょ!」
わたしは一瞬だけ遅れてツッコミを入れた。
一瞬遅れた理由。
それは、あまりにもお姉が当たり前のように堂々と話すので、一瞬成程と思ってしまったからだ。
そんなわたしとお姉の言い合いを全く聞く気も無いモーナは、そのまま机の上で得意気に胸を張ってドヤ顔になる。
と言うか、あれ?
「お前等! よく聞け! 私は猫の獣人では無い! その昔この世界を蹂躙し、恐れられた恐怖の象徴【魔族】様だ! あーっはっはっはっ!」
うわ、酔ってる……。
誰だ!?
子供に酒を飲ませた奴は!
モーナの顔は真っ赤で、若干足がふらついている。
しかも、近づくと少しお酒臭かった。
「ほらほら、早く降りろ」
「聞いてたか? 私は恐怖の――」
「はいはい。分かった分かった。【魔族】なんでしょ?」
「そうだ! 怖いんだぞ!」
「はいはい。良かったね~」
どうやら本気で酔っぱらっているらしい。
わたしがモーナを無理矢理机から下に降ろすと、モーナはわたしに体重を預ける様に寄りかかった。重い……。
と言うか、そのせいで本当に酒臭い。
酒臭いモーナにうんざりしていると、フォークにケーキを刺したお姉がニコニコしながら話す。
「この世界の獣人さんは、十歳で成人らしいです」
「あー……だからか。それでお酒も飲めて……あれ? そうか。結婚とか早すぎると思っていたけど、それでなんだ」
ラリューヌはわたしと同い年。
結婚の話だなんて、やけに早いなと思ったら、成程そう言うわけかと納得した。
つまり、モーナも成人を迎えているから、お酒を飲んでも平気と言うわけだ。
その結果、この通り酔っぱらって酷いありさまなわけだけど。
「は、吐きそう」
「はあ!?」
本当に酷い。と、わたしは思いながら、急いでトイレの場所を聞いて駆けだした。
そうして、モーナをトイレに連れて行き、何だか疲れて深くため息を吐き出すと、そこへラリューヌがやって来た。
「大変やなぁ」
「……そうだね。次からは絶対お酒は飲まさない」
「あはは。その方がええなあ」
ラリューヌに笑われたのが何だか癪にさわって、少しだけ睨む。
「そう怖い顔せんといてえな~。アンタの気持ち、私やって少しは分かるんやで」
「村長さんもお酒飲んだら、あんな風になるの?」
「ちゃうちゃう。……私の育てのおとんや」
ラリューヌは一瞬少しだけ寂しげな顔をした。
それは本当に一瞬で、瞬きすれば見逃してしまいそうな程だった。
だからだろうか?
わたしのラリューヌに対して向けていた警戒は、この時弱まってしまっていた。
「それより、どないする? 泊まっていかへん?」
「良いよ」
わたしは頷いた。
あれだけ警戒していたのに即答だった。
と、丁度そこでモーナが顔を白くさせながら、トイレから出て来た。
そして、気持ち悪そうに胸元をさすっていた。
何だかその様子が可笑しくて、わたしは笑いながらモーナを連れて、ラリューヌと一緒にパーティー会場へと戻った。
そして、わたしは勧められた飲み物を受け取り、それを飲んだ瞬間に意識を失った。
ラリューヌに進められた飲み物を飲んで……。
◇
最悪だ。
あの時、たったのあれだけの事で警戒を解いて、あんなに簡単に罠にハマるだなんて。
あの飲み物に、きっと眠り薬か何か入ってたんだ。
「愛那、二日酔いは大丈夫ですか?」
「…………は? 二日酔い?」
お姉の言葉に、わたしは一瞬何を言われたのか理解が出来ず、一拍遅れて聞き返した。
すると、お姉が眉根を下げて心配そうにわたしを見つめて頷く。
「そうですよ。ラリューヌちゃんからワインを受け取って、飲んだ瞬間に酔っぱらって倒れちゃったんです」
……あんの糞うさぎー!
未成年のわたしに酒を飲ますな!
「違うぞ、ナミキ。マナがアイツから受け取ったのは、ワインじゃなくて、ワインを飲んだ気分になれるジュースだ」
「は? どう言う事?」
「マナ達の世界にはないのか? お酒っぽいけどお酒っぽくない飲み物」
「あ、ノンアルコールです!」
「ノンアルコール?」
「はい。お父さんが仕事を家に持って帰って来て、今日はノンアルコールのビールで我慢するって、言った事があるのを覚えてます」
「……ああ、あったあった」
お姉のおかげで思い出す。
わたしのお父さんはビールが好きで、毎日飲んでいる。
だから、仕事が忙しくて仕事を家に持って帰って来た時に、ビールを飲んだら仕事が出来ないと言って、ノンアルコールビールと言うのを飲んで我慢していた。
「って、それじゃあ、わたしってノンアルコールのお酒……ジュースで酔っぱらったの?」
「そうだな。マナが眠った後に、私もマナが残したジュースを勿体無いから飲んでるんだ。間違いないぞ。そのノンアルコルって言うのは良く分からないけど、ジュースで酔っぱらってたな。一応匂いを似せてるから、勘違いして酔っぱらったのかもな!」
わたしはショックのあまり言葉を失う。
あまりにも酷すぎる。
眠り薬でも無く、アルコールを飲まされたわけでも無く、ノンアルコールのただの匂いが似ただけのジュースで酔っぱらって気絶するって、どう考えても恥ずかしすぎる。
穴があったら埋まりたい……。
と、考えた時、ふと疑問が頭の中に浮かんだ。
「あれ? それなら、何でお姉とモーナまで捕まってんの?」
わたしが疑問をそのまま口にすると、お姉とモーナが顔を見合わせて、お姉が苦笑しながら答える。
「お腹いっぱいで眠っちゃったら、気がついたらここにいました」
「お姉……」
あまりにもお姉らしい回答に、わたしは自分の事を棚に上げて呆れてしまった。
そして、呆れるわたしに、更に酷い回答が返ってきた。
「マナとナミキが寝た後もお酒を飲んでいたら、いつの間にかここにいたぞ」
「うわ……」
吐いてたのに、更に飲んだのか、この馬鹿。
と言うかだ。
確かに牢屋に入れられて、恐らくラリューヌの計画通りにわたし達は騙されてしまった。
だけど、これだけは言える。
ラリューヌが考えていた計画より、絶対簡単にわたし達は捕まえられてしまったのだと。
何故そう言いきれるのかと言うと、よく考えてみてほしい。
ラリューヌは言っていた。
『今日、私の家に泊まっていかへん?』
『それより、どないする? 泊まっていかへん?』
と。二回も。
わたしが思うに、わたし達と親睦を深めて家まで連れて行って、わたし達が眠ったらこの牢屋に放り込むつもりだったんじゃないかと考えられる。
あの場で捕まえるなら、泊まって行かないかどうかなんて、普通二回も聞かないと思う。
三回目が無かったのだって、わたしが二回目で『良いよ』と答えたからに違いないのだ。
どう考えても、家に連れて行ってからがチャンスと考えていたに違いない。
なんと言うか、本当に……ラヴィ、ごめん。って感じだ。
よりにもよって、ラヴィよりお姉さんなわたし達が、ここまで酷く頼りにならないなんて、幻滅されていてもおかしくない。
いや、今はそんな事を考えていても仕方が無い。
今はそれどころでは無いのだ。
だから、それは今は置いておくとしよう。
今考えなければいけないのは、どうやってここを脱出するかだ。